想い 3
「何がダメなんやろ…」
全く釣れないままに、すでに日付は変わっていた。
さっきまであれこれアドバイスしてくれた無駄に親切なおじさん達も、いつの間にか引き上げていた。
「うーん…」
時々、海面を跳ねる魚の姿は確認できた。他の釣り人の釣果を見ても、魚はいるはずだ。
時折当たりらしきものも、何回かあった。だけど釣れん!
何が、何が悪いんだ!
悩みながら、再度ルアーを付け替える。
今度は海の表面を泳ぐタイプにした。
これでダメなら…
いや、今度こそは!
少し眠くもなってきていた。だめかも集中力も切れそうになってきた。
今回もダメなんかも…
一人で苦悩していると、俺の近くに誰かがいることに気づいた。
イヤホンで音楽を聞いていたために反応が遅れた。
何か声を掛けてきているようだ。俺は慌ててイヤホンを外した。
「あのー…」
「あ、まだまだこれからっすよ」
てっかり釣れましたか?って聞かれると思い先手を打って返事をしたが違ったようだ。
「あれ?」
てっきり家族連れの子供だと思ったが、柏本かしもと 夏向かなたがまた肩からカメラをぶら下げて、ちょこんとたっていた。
「こんな夜中に一体どうしたん?」
時間はとっくに午前0時を過ぎていた。散歩にしても遅すぎる時間だ。
「いや…あの…その…」
柏本は何やらモゴモゴはっきりしない返事を返してくる。
先生も見つかったから、俺にはもう用事はないはずなんだけどな。
「夜景とか星空の撮影にでも来たん?」
夜空を見上げると、満点の星空が広がっていた。
釣りに夢中になっていたが、今夜は月も綺麗に輝いていた。雲ひとつない夜空の真っ黒なキャンバスに星々が輝いていた。
はっとした感じで柏本も夜空を見上げる。
「う、うん。星空や夜景を撮りにきたん…それとついでにお礼を言いたくて。さっきね、顧問を探すの手伝ってくれてありがとう」
「ああ、ここだと星も綺麗もんな。先生はたまたま居場所知ってただけやし。お礼言われるほどのことでもないで」
「ううん、うちだけやったら見つからんかったと思うし、本当にありがとう」
「柏本ってあれだな、けっこう真面目なんやな」
「そうかな?よく見た目では言われるんやけど自分じゃあまりわかんないかも」
わざわざお礼を言いに来るところとかがやっぱ真面目なんだよな。
それに何を考えているのかわかりやすい…
どうも言いにくい事があるみたいだ。
「まだ言いたいことがあるんやろ?」
「え?う、うん。それとね…あの実は、……ツーショットで写真を撮って欲しいって言われて」
「写真?……それって俺と一緒に撮って欲しいってこと?」
「うん、佐藤君と…うちの後輩の子が」
なるほど、それでわざわざカメラ持参でここまで来てくれたってわけか。
「それくらいなら別にいいよ。記念になるもんな、ちょっとカメラ貸して」
中央の柵に竿を立てて、俺は柏本の横に移動した。
「え?え?え?」
何故か戸惑いながら柏本はカメラを俺に渡した。結構重いんだな、一眼レフは。
「ここを押せばいいんんだよな?」
「え、うん。そこがシャッターだけど…」
俺は膝を曲げて柏本と頭の高さを合わせた。そして目一杯手を伸ばして、レンズを俺たちの方に向ける。
「んじゃ、ハイチーズ!」
パッとフラッシュが焚かれ暗さに慣れていた目が一瞬眩んだ。
すぐに視界が戻り、俺は柏本にカメラを返した。
「ちゃんと撮れてる?」
柏本は慌ててカメラ本体の液晶画面で確認する。
「う、うん。ちゃんと撮れてるけど…うちじゃ…」
「うん?私じゃ?」
「ううん!なんでもない!ほんまありがとう」
柏本の表情がようやく柔らかくなった。どんだけ俺相手に緊張してんだよ。
こいつ男子が苦手なんかな。
「今度、その写真俺にもくれよな。宜しく頼むわ」
「え?佐藤君もいるの?」
「うん、欲しいわ今日の記念やしな。そういや俺ここにきて全然写真撮ってないわ」
「じゃあデータにして渡すね。すぐには出来んかもしれんけど。それと…迷惑じゃなかったらもう少しここにいていい?」
俺は持ってきたクーラーボックスを柏本の横に置いた。
「全然構わんよ。では椅子代わりにどうぞお掛けください」
俺はおどけて深々とお辞儀する。
「え?いいん?」
「レディーファーストなんで」
俺の大げさな態度にようやく笑ってくれた
「あは、佐藤君優しいね。じゃあお礼に釣れたらかっこよく撮ってあげるね」
柏本は笑顔を浮かべたまま、クーラボックスに座ってカメラを構えるポーズを取った。
しかし何気にプレッシャーを掛けてきやがった。
「よし!予定ではもうすぐ釣れるから待っててや」
力強く宣言して俺は釣りを再開した。
ルアーを沖にキャストする。勢いよいく飛んで言ったルアーは小さな音を立てて波間に浮かぶ。
リトリーブのスピードを早くしたり遅くしたり変化させて、ルアーに動きを与える。
「それよりさ、こんな時間に出てきて大丈夫なんか?」
海の方と柏本の方を交互に見ながら話しかけるた。
いつ大物が掛かるかもしれないからあまりロッドから目が離せない。
「うん、大丈夫やと思う。美里には言って出てきたし、顧問はめっちゃいびきを掻いて爆睡しとる」
「めっちゃ酔ってたしなぁ。俺も呑んだけどけっこうアルコール入ってる酒やったわ」
「え?それやばいくない?顧問にもし見られてたら…」
「目の前で呑んでたよ、しかも先生にお酌されたわ。まあウチの兄貴が説得してたからやけどな」
「それちょっとずるい。私達にはめっちゃ厳しいんよ!お菓子食べてるだけで怒るけんね」
「そういや呑む前に今日は教師を休むって言ってたわ。確かにあの姿はもう先生じゃなかったな」
引きずられて宿舎に消えて行ったあの姿を思い出して俺は笑い出す。
なんか…本当に普通の人って感じがした。
「でもなんか先生に対しての苦手意識みたいなのは無くなったかも」
「あ。それはうちもかも!」
「顧問苦手なん?俺よりは普段から付き合いあるやん」
「あ、いや顧問じゃなくて…」
いきなり柏本の声が小さくなる。
なるほどね。
「俺が苦手やったわけね。そういう人は昔からけっこうおるよ」
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