灯(ひかり)
焼けでひりひりする肩と鼻先を土産にして、俺達は予約していた宿泊場所へと到着した。
道の駅が併設されている公的施設の中にある、キャンプエリアのコテージだ。
国民宿舎やバーベキューエリアとか体育館なんかもあって、多くの家族連れや団体客などで賑わっていた。合宿中の俺と同じ年くらいの学生も多く見かける。
エリアの入り口で記帳して鍵を受け取るとその先にある。木造のコテージの前に車を停めた。
玄関のドアをさっき受け取った鍵で開けて中に入ると、生暖かい空気がむわっと俺を迎えてくれた。
1日中締め切られていた為、熱気がこもっている。
部屋に上がると窓を全て開けて空気を入れ替えた。
窓を開けると海からの涼しい風が拭いてきた。窓のカーテンも揺れだした。
「幸太、荷持入れるの手伝ってくれ」
「今行く!」
玄関口からゆき兄が呼ぶ声が聞こえてきた。
前に停めていた車のトランクを開けて、次々と荷物を降ろしていた。俺はそれを室内へと運び込む。
それほど多くはなかったから作業はすぐに終わった。
「先に風呂していい?髪がベタつくんよな」
リビングで扇風機の風に当たりながら、自宅にいるかのように寛いでいるいるゆき兄に俺は話しかけた。もうこの場所に馴染んでいる。
「それなら本館の方で温泉に入ってくれば?景色もいいらしいぞ」
「ゆき兄はどうする?やっぱ海水でちょっと髪とかべたつくから先に洗っときたい」
「俺は飯の後でいいよ、どうせまた汗かきそうやから。幸太が戻ったら飯にしようか」
俺は荷物からバスタオルを取り出す。
「じゃあちょっと行ってくる。待っといて」
「おう、行ってらっしゃい」
本館の方に向かうと学生の集団がこちらに歩いて来るのが見えた。途中で全員が道沿いに折れていった。
バーベキュー場へ向かったようだ。奥から多くの人の声が聞こえてくる。
そのまま少し急な上り坂を直進すると本館が見えてきた。コンクリート剥き出しの2階建ての建物だった。
玄関付近まで俺が来ると、本館の中から人が駆け出してきた。
少し辺りも薄暗くなっていたからだろうか、俺に気づかずにぶつかりそうなる。咄嗟に俺が回避して衝突は避けれた。
「ごめんなさい!」
ぶつかりそうになった相手は髪の長い小柄な女性だった。頭をペコンと下げる。
「いいっすよ、全然当たってないんで」
「あっ……」
俺は軽く返答をする。女性が何かを言おうとしたが、放置して玄関に入った。
そんな事よりも温泉だ。
脱いだ靴を下駄箱の最上部に置いて俺は館内へと進む。
廊下の壁の案内に沿って歩くとすぐに温泉の入り口が見えた。ピンクの「ゆ」が女風呂で青の「ゆ」が男風呂だ。突き当りが男湯でその右手が女湯になっていた。
決して覗くつもりはないけど、女湯の前を歩くのはいつも緊張する。
無事に女湯の前を通過し、暖簾をくぐって脱衣所に入った。
中には子供が数人、父親らしき人、年配の人など多くの人がいた。
服を脱ぎ捨て、浴室に入る。空いていた洗い場の椅子にシャワーを掛けて座った。
付属してあるリンスインシャンプーで髪を洗う。
いつも思うだんけど、リンスインシャンプーのすすぎ具合の加減がわかんない。
すすぎ過ぎて、髪が軋むのは誰もなんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら俺は体も洗う。
少し急いでいるのには訳があった。
さっきから空腹で腹が鳴り出してたんだ。
俺も風呂を後回しして先に晩ごはんにすれば良かった…
体を洗い終わった俺は、温泉に浸かろうと椅子から立ち上がったが湯船には多くの人がまだ入っていた。
一番隅の方から入って湯船の縁に腰を掛け、大きな窓から外の景色を眺める。
瀬戸内に夕暮れが訪れていた。
穏やか波間が夕日から降ってくる灯ひかりで燃えているようだった。
シルエットになった大型タンカーが進んでいるのが見える。
外を眺めているといつの間に俺の前に子供が移動してきた。
俺の膝を見ていた。
「どうしたん?これ」
俺の左膝の、まだ生々しさが残る傷跡を指差して聞いてきた。
湯船の縁に俺は腰を掛けていたために、丁度子供の顔の高さに俺の膝が来たため視線に入ったようだ。
「こら、やめなさい」
それを聞いた近くにいた父親が子供の手を引いて浴槽から出る。
「別にいいだけどさ…」
妙な気を使われて、かえって居づらくなった俺は温泉に一度肩まで浸かりそして湯船から出てそのまま脱衣所に向かった。
タオルで髪をガシガシ拭いて、服を着る。
脱衣所は俺が来たときよりも混んできていた。鏡の前に立つと、ドライヤーと手ぐしで髪を乾かす。
ある程度、身支度が出来た俺は温泉を後にしてコテージへ戻ることにした。
もう腹が減りすぎて限界が近かった。
辿り着く前に遭難しそうだ…
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