想い  6

「まだ心臓がドキドキしよる」


胸に手を当て自分の鼓動を柏本は確認している。


釣り上げたスズキは大型のクーラーボックスに収まりきらず、尾の殆どがはみ出ていた。


「よっこらせ」


俺は掛け声を上げて肩にクーラーボックスを担いだ。


「こっちはうちが持つけんね」


柏本がバックを肩に掛け持ってくれた。


「うん、ありがとう」




大物が釣れた事で、釣りは終了にすることにした。


なんとか無事に朝飯のおかずをゲットできたことだしね。


それにこのまま続けたらまた柏本が釣り上げる様な気がする。


いや、きっと釣ると思う…でももう時間もかなり遅くなっていた。




せっかく釣ったスズキを痛めてしまうのももったいないので、このままコテージに運び込むことにした。


片付けを終えた俺達は二人で桟橋を後にした。




「柏本は興奮しすぎやねん。俺みたいにもっと冷静にならんと」


「えー!まじかよ!!とか言って大声出してたやん」


「そんな事無いで、俺は常に冷静やから」


「もうそんなイメージ、さっきで崩れたし」


俺のツッコミに柏本は笑いながら返してくる。


柏本って笑うと目が無くなるよな。




「あ、そうだ。聞いていいかな?」


「うん、いいよ」


「あのね、お兄さんから聞いたんだけど。佐藤君って中学入る前に高松に越してきたんやってね。前は関西におったん?」


「うん、そうやで。大阪から高松に引っ越してきた。だからまたこっちに来て5年ちょいやで」


それを聞いて柏本は納得した顔をして頷く。


「やっぱりそうだったんだ。なんか話し方が訛りよるけん、そうかなって」


「え…訛ってるんは柏本やろ!俺はむしろ標準語やで!」


思わず俺は吹き出した。まさか柏本に訛ってるって言われるとは思ってもいなかった。




「なんかバカにしとる?うちが訛ってるのは認めるけど、佐藤君が標準語って言うのは絶対違うけんね」


「それは柏本の耳がおかしいんやって。てか柏本はずっと高松で暮らしてるん?」


「おかしくないもんね。うん、うちは生粋の讃岐人やよ。生まれも育ちも高松やけんね」


「確かにそんな感じするな。なんかのんびりした感じする所とかさ」


「それって褒め言葉なん?」


「もちろんやって」




話しながら歩いていると、あっという間にコテージが見えてきた。


灯りは消えていた。俺が出発するときに先に寝ると言っていたからもう休んでいるはずだ。


だけどゆき兄は眠りはめっちゃ浅い。


ちょっとした物音でも目を覚ましてしまう。柏本と一緒に入るとどうしても賑やかになって起こしてしまいそうだった。


「ここでちょっと待ってて。荷物置いてくるわ」


「うん、わかった。待ってるね」




出来る限り物音を立てずに俺はコテージの玄関を開けた。


「キィー」


ドアの丁番が嫌な音を上げる。夜中だとけっこう大きく聞こえる。


振り返ると柏本がこっちを見ていた。俺は軽く手を振って中へ入った。


靴を脱ぎ室内へ上がる。そして真っ暗で静かな室内へと入っていく。


歩く度に木造独特のきしみ音がする。思った以上に軋む。




「幸太、戻ったのか?」


やっぱ起こしてしまったみたいだった。二階からゆき兄が呼びかけてきた。


そのままリビングに荷物を置いてから返事した。


「ごめん、起こしたみたいやね。荷物一旦置きに戻ったんよ。一応、朝飯はゲットしといたからね」


少し間が空いて、二階の扉が開く音がして、階段の蛍光灯が灯った。


「圭太に釣られる魚が存在したんか」


すぐにゆき兄が階段を降りてきた。さすがにその顔は眠そうだった。


「ほら、あれを見てみ!」


リビングのテーブルの上のクーラーボックスを指差した。


「え?まじかよ!」


眠そうだったゆき兄の目が開く。


「どうよ、すごいやろ!」


「確かにこれはすごいな、脂の乗ったスズキやん。ほんまに幸太が釣ったんか?誰かに釣ってもらったんちゃうやろな?」


俺の目が一瞬泳いだ。それをゆき兄は見逃さない。


あまり感情を表には俺は出さない方だけど、ゆき兄には大体見透かされている。


「幸太、本当はどうしたんや?」


「いや、たまたま柏本が来てさ。んで一緒に釣りしよってなって、そしたら柏本が…」


なんかゆき兄に柏本の事を話すのが照れくさい。


「柏本さんと一緒か」


ゆき兄がニヤニヤしだす。


「いいね、若いねー。……それで柏本さんはもう帰ったの?」


「ああああ!外でまたせてる!」


「あほ、先に送ってこい!とりあえず俺がスズキはし・め・て・おくから」


「うん、わかった。行ってくる!」




俺は慌てて靴を履き、コテージのドアを開けた。


コテージの玄関前の階段の一番下に柏本がちょこんと座って待っててくれていた。


「ごめん!遅くなって」


「ううん、大丈夫やよ。それよりお兄さん起きてきたみたやね。声、聞こえてきた。それに佐藤君の叫び声も聞こえてきたよ」


柏本はクスッと笑う。


さっきの時だ、思わず大きな声を出してしまった。




「まあまあ。色々あるんよ。とりあえず送るわ」


「うん、佐藤君ありがとう」


また肩を並べて歩き出す。


「なんか眠気がどっか行っちゃった感じする」


「それは俺もやわ。このまま戻ってもオールしそう」


すぐに柏本の宿舎が見えてきた。元々、そんなには離れていない。




「そういやここらへんで俺、風呂の帰りに柏本とぶつかりそうになったんやっけ」


「あ!そうそう。佐藤君全くうちに気づいてなかったんやって?ひどすぎるし!」


そう言いながらも柏本は笑っている。


「だってよ、薄暗かったし。それにまさか柏本達がここにおるって思わんかったもんな」


「あはは、だよね。私も昼間、まさかビーチで佐藤君がいるとは思わんかったもん」


「え?ビーチ?どういうこと?」


「あっ…あのね、その…」


柏本が焦りだす。


「詳しい話を署で聞かせてもらいましょうか?」


俺は冗談っぽく突っ込む。


「はい、刑事さん!  ねえ佐藤君はまだ寝なくて大丈夫?」


「全然大丈夫やけど、どうして?」


「あのね、お願いしたいことあるんやけどいいかな?」


「お願いって?」


「朝日を…日の出を見に連れて行って欲しいんやけど」


「いいよ、朝飯を釣ってくれたお礼も兼ねて、一緒に見ようぜ」


俺は即答した。


きっともう少し柏本と話をしたかったんやと思う。

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フォーカス 一番暑かったあの夏 貴名 百合埜 @takanayurino

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