第11話 嫌な予感

 ついに、始まった。既に、部屋の中の電光掲示板にはデジタル文字で『4:52』という数字が表示されていて、その数は一秒ごとにどんどん減少していっている。

 最初のカードは、『3』だった。得点カードの中では、丁度真ん中に位置するカード。これを受けて何の手札カードを出すのか。それを5分以内に考えなければならない。


 俺はまず、他の人の様子を見た。

 本庄と目黒は、2人で固まって相談をしている。そもそも2人は友達で、一回戦も引き分けにしたというのだから、それは当然のことだ。タブレットを触るような様子も見られない。


 一方で、郡山、武岡、五十嵐、井上の4人は、何やらタブレットを見ているようだった。今はどこか当然のことのように4人がグループだと決めつけているが、これはまだ確定事項ではない。健一が「郡山と武岡がアイコンタクトを取っているように見えた」と言っていたからこういう推測をしているだけで、それが思い違いだったら全てが崩れる。このゲームを通して、その辺りもはっきりさせていきたい。まずはこの1ターン目で、どのように出てくるか、一つ注目だ。


 さて、時間は残りおよそ4分。こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。5分って、短い時間だな。投票に向かう人はまだいないが、あまりのんびりとはしていられない。


 まず、このターンで絶対にしてはいけないのは、誰かと出すカードがかぶってしまうことだ。それ以外なら、正直何でもいい。


 少し考えて、ここでは強い手札を出した方がかぶりにくいような気がした。3あたりは、特に弱い手札カードを捨てやすい得点だ。


 俺は、躊躇うことなく投票機に向かった。7人の中で一番最初だ。

 正直に言うと、俺にはこのターンは絶対にかぶらないだろうという自信があった。俺が手札カードを入れると、投票部屋と待機部屋を繋ぐドアが開き、俺は待機部屋の中に入った。


 待機部屋は、4つの長椅子が無機質に置かれていて、あとはカウントダウンのタイマーを除けば何もない簡素なつくりだった。

 俺はその中の一つに腰かけると、このゲームと今の状況について、より詳しく考察し始めた。


 今、俺はBのカードを提出した。この時点で俺は、ほとんどこのターンの3ポイントを獲得したといってもいい。

 何せ、誰かがAかBのカードを出さない限り、俺は絶対に負けないんだ。このゲームは、先を考えようとすればするほど、思い切った行動は取りづらくなる。ましてや、最初からAを出す勇気がある人なんているわけがない。3ポイントなんて、Eあたりを出してギリギリかすめ取ろうとするか、諦めて弱いカードを消費しようとするのが普通だ。

 俺だってかぶりたくないからBを出したが、3回かぶったら負けというルールさえなければ、ここでこんなに強いカードを切るのは流石に愚策だろう。


 なんなら、俺が今出したカードは、みんなに公表したとしても、俺はこのポイントを取れるはずだ。Aを出すことによってカードがかぶるリスクだってあるし、取れてもたったの3ポイント。それなら、そのAは別の機会に温存するだろうし、Bに関しては、公表した時点で『出せないカード』になる。


 俺が考えているうちに、既に待機部屋には本庄と目黒を除いた5人が集まっていた。残り時間は1分だ。


 ――待て。『出せないカード』――?


 どうして今まで気が付かなかったんだろうか。気が付いてしまえばそれは至極単純なトリックだった。


 ――分かったぞ。Aの使い方が――


 「他の人の出したカードは、結果発表の段階にならないと分からない」という考え方がそもそも間違っているんだ。もちろん、馬鹿正直に教えてくれる人はそうそういないだろうが、ここで必要なのはその逆の発想。


 ……俺が出したカードを周りに公表することによって、周りの動きを制限することができるんだ。


「時間です」

 0になったタイマーを即座に止め、待機部屋のディーラがそう言った。このディーラーは、投票部屋の彼女とはまた別の人だ。


「それでは、1ターン目の結果を発表します。結果発表では、時間の都合上かぶっていた人と得点カードを獲得する人だけが発表されます。詳しい結果はいつでもタブレットで見ることができるので、ご活用なさってください」


 俺の読みが正しければ、このターンで得点カードを獲得する人は俺のはずだ。


「まずは、出した手札がかぶっていた人から発表します。今回の該当者は……」


 ゲームの参加者全員が、緊張の面持ちをしている。部屋の中は、しんと静まり返っていた。誰かが呼ばれるのか、将又はたまた誰も呼ばれないのか……?



「郡山様と、目黒様です」

「くっそー!」

 言われるなり声を荒らげたのは、目黒だった。分かりやすく地団駄を踏んでいる。感情表現が豊か、というか、きっと分かりやすいタイプの人なんだろう。

 一方で郡山は、全く動じていない様に見えた。本当に動揺していないのか、あるいは感情をひた隠しにしているのか、今の所はどちらともいえない。


「次に、得点カードを獲得する人を発表します。今回は……」



「織原様です」


 思った通り。人には、損失回避の法則という心理が働く。「強いカードを出したのに得点をゲットできない、あるいはカードがかぶってしまう」という最大の損を回避するのに気を取られ、初めは無難に弱いカードを出してしまうんだ。結果的にその行動が、出した手札のかぶるリスクを高めていることにも気がつかずに。


 俺が3ポイントの得点カードを受け取って結果発表が終わると、投票部屋と待機部屋をつなぐ部屋が開き、俺たちは投票部屋に戻った。このゲームは、あと14回今の流れを繰り返せば終わる。


「それでは、2ターン目を始めます。まずは、得点カードの抽選を行います」

 待機部屋のディーラーが言った。さっきと同じように、カードを1枚取り出す。


「得点カードは……『7』です。それでは、只今より5分以内にご投票ください」


 俺はまず最初に、タブレットで1ターン目の詳しい投票結果を確認した。


織原 悠人 B

郡山 裕介 O(被、1回目)

武岡 守弘 M

五十嵐 一也 N

井上 仁 L

本庄 誠 J

目黒 覚 O(被、1回目)


 順番は、五十音順から並び替えの機能を使って見やすいようにしてある。

 これを見るとやはり、みな弱いカードを出していることが分かる。かぶった二人も、一番弱いOのカードを出してのことだ。


 ただ、それよりも気になることがある。


 郡山、武岡、五十嵐、井上の4人。こいつら、思ったよりも分かりやすく協力してるぞ……。

 アルファベットを1つずつずらしての投票。これがただの偶然とは考えづらい。一応次の投票も見てみるが、もしかして彼らの作戦は……


 少し嫌な予感がしたが、俺はひとまず今回投票するカードについて考え始めた。

 このターンの得点カードは『7』。この予感が当たっていた場合のことを考えると、今強いカードを出しても意味はない。

 なるべく小さいカード……そうだな。ここでは……


 俺が考えていると、本庄と目黒が投票をしに行った。残り時間は、2分50秒。


 ……3ポイントで弱いカードを出しておいて、このターンも弱いカードを出すなんてことはないだろう。そんなことをしていたら、もうこのゲームで勝つのは厳しい。


 俺は、念のために一番弱いカードであるOは選択肢から外して、その次に弱いNを投票することにした。

 投票機で投票を済ませて、待機部屋に入る。俺が本庄や目黒に対して向かい合わせの位置に座ると、本庄は一瞬顔を上げたが、またすぐに手元のタブレットに視線を戻した。


 ……もしあの4人の作戦が俺の思う通りだったら、少し面倒なことになる。

 どうにかして彼らの信頼関係を崩さなければ、勝つのは厳しい。大体、目黒は既に1回かぶっているんだろ?


 俺が、1ターン目の投票の結果とにらめっこをしていると、ここで健一からのチャットが来た。


『ゲーム、もう始まったよね? 手札カードって、どんな感じになってる? 細工とかできそうにない?』


 俺は、持っている手札カードを見た。このカードには、最大で4つまで2,3mmの切れ込みが入っていて、それによって端の方が一部欠けている。

 4つということは、最大でも16パターンしか作ることができないから、きっと切れ込みによってアルファベットを、文字の横にあるバーコードによって名前を判別しているのだろう。その裏付けとして、俺が持っているカードのバーコードは、全て同じ種類のものだった。なんだか少し、ややこしい仕組みだな。


 ただ、これでは何の細工もできそうにない。ある程度は精巧に作られているだろうし、それなりに硬さもあるから、カードを切るなんて暴挙に出ることもできない。


『うーん、カードの切れ込みとバーコードでカードを判別してるみたいだから、それはちょっと厳しい……』


 俺がそう返信したところで、時間がきた。


「時間です。2ターン目の結果を発表します」

 そうそう、さっきまであの4人のことを考えていたんだ。

 俺は、自分が抱いた予感が当たっていないことを祈った。


「まずは、手札がかぶっていた人の発表です。今回の該当者は……」



「五十嵐様と、目黒様です」

 俺は自分が呼ばれなかったことにホッとすると同時に、あることに気が付いた。


 ――目黒、もう2回目じゃないか――

 本来ならば、他の人がかぶってくれることは自分にとって好都合だ。しかし今の状況を踏まえると、これを良く捉えていいものか……


 目黒は、さっきのように大きな声は出さなかった。もはや、大声を出すような段階は超えていたんだろう。動揺していない、というより唖然として、言葉を失ったような様子だった。


 その一方で五十嵐はというと、狼狽うろたえることなく堂々とした様子だった。

 さっきの郡山で、どちらともいえないという話をしたが、きっとこれは、本当に何の焦りも感じていないんだろう。

 見れば見るほど、俺の嫌な予感は正しかったような気がしてくる……


「次に、得点カードを獲得する人を発表します。今回は……」



「郡山様です」

 まぁ、その辺りだよなぁ……


 俺たちは投票部屋に戻ると、これまでと同じように3ターン目の抽選を行った。

 3ターン目の得点カードは-1。3ターン目で初めて、負の数の得点カードが出た。


 俺は、5分間のカウントダウンが始まるとすぐに、2ターン目の投票の内訳をみるためにタブレットの電源を入れた。


織原 悠人 N

郡山 裕介 A(1回)

武岡 守弘 C

五十嵐 一也 B(被、1回目)

井上 仁 D

本庄 誠 O

目黒 覚 B(被、2回目)





 ……やっぱり……


 ――彼らの作戦、それは、『ごり押し』だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FAKER ~知恵と騙しあいの頭脳・心理ゲーム~ まつも @matsumo1576

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ