二回戦 メイクゲーム

第6話 つかの間の休息

「健一。……おい、健一! ……起きろ!」

 僕を仮眠から目覚めさせたその声の正体は、悠人だった。

 僕はしばらくの間、予定通りに事は進み、今は悠人の家で一晩を明かしたところなんだと思った。もちろん、頭の中から『FAKER』のことが綺麗さっぱり消え去っていたわけではない。それでも、ほんのひと時の間は、心のどこかで今、長い夢から覚めたところなんじゃないかと思っていた。

 ……ただ、時間が経つにつれて、僕は現実を理解し始めていた。

「待って! 起きてるから。ちょっと待って」

 僕はひとまず悠人の声に応える。


 ……目を開けたくない。


 ――1秒――2秒――3秒――4秒――

 5秒目で僕は勢いよく起き上がり、目を開けて周りを見渡した。


 ……僕は全てを察した。

 僕は、深いため息をつこうと思ったが、思い返せば昨日からため息ばかりついている。流石に、ちょっと控えた方がいいかな、と思った。

「……えっと、今、何時?」

 悠人が備え付けの時計を見る。

「今? あー……丁度6時くらいだな」


 僕は、何と応えようか少しだけ考えた。

「……それは、昨日の夕方? それとも朝の6時半ってこと?」

 悠人が、目を細める。

「昨日の夕方って聞き方がもうおかしいだろ。もう重々承知してるじゃねぇか」

「良く気付いたね!?」

「いや、気づくよ。そのくらい」

 僕は、改めて悠人の顔を見た。軽口をたたきあっている僕たち。いつもと同じだ。いくら環境が変わろうと、変わらないものもある。少なくとも、昨日の重苦しい雰囲気はもうここにはなかった。

 僕は、少しだけ笑った。そんな僕を見て、悠人もまた笑い返す。よく考えてみると、笑ったのもかなり久しぶりだ。


「まぁとにかく、シャワーでも浴びて来いよ。お前、昨日俺がシャワー浴びてる間に寝ちゃっただろ? まだ案内の人が来るまでには時間があるし、浴びといた方がいいぜ」

 それもそうだ。このままだと汚いし、気分転換にもなるかも。

「ん、分かったよ」


 僕は、ささっとシャワーを浴びてくることにした。

 起きたばかりの時は少しブルーな気分になっていたが、シャワーを浴びると、そんな気分も昨日の汗と一緒に流れていく。

 本当のことを言うと、僕は湯船の一つにでも浸かっていたかったが、そんな時間も無かったし、髪と体を洗うだけでも十分リフレッシュができた。久しぶりに僕の気分は、爽快だった。


「ふぅ、スッキリした」

 僕は、シャワーから上がってベッドの淵に座り、一息ついた。そのまま、しばらくゆっくりしていようかと思ったが、ここで悠人が、チラチラと僕の方を見ていることに気が付いた。

「……ん? どうしたの? 悠人」

 悠人は、僕の方に向き直った。

「……健一くん、君に話がある」

 ……良い話ではないことはすぐに分かった。大体、悠人が僕をくん付けで呼ぶときはろくなことがない。どうしたものか。……僕は悩んだ末に、ひとまず無かったことにしようと思った。


「……ふぅ、スッキリした」

 僕は、さっきのセリフを繰り返した。

「……何聞こえなかったことにしようとしてんの」

 悠人の鋭いツッコミがとぶ。

「……だって、絶対聞きたくない話しようとしてるでしょ」

「いや、それはそうだけどさ」

「あー、テイク3いっとく?」

「『いっとく?』じゃねぇよ。ちゃんと聞けっつーの」

 悠人は、深いため息をついた。あーあ、せっかく僕はため息つかないようにしたのに。


 ……でも、悠人とこうやって喋っている時間はやっぱり楽しかった。これから待ち受けているであろう苦難も、悠人と一緒ならなんとか乗り越えられるような気がした。


 悠人が話を戻す。流石にふざけてばかりもいられない。僕は真面目に話を聞き始めた。

「えっとさぁ、昨日部屋についてから、250万渡したじゃん」

「……うん」

 あぁ、なるほど。悠人が言わんとすることが分かってきた。僕は昨日、仮眠を取ろうとしてそのまま朝まで眠ってしまった。と、いうことは……


「……一応聞いとくんだけどさぁ、健一は今、あれがどこにあるかって知ってる?」

「あぁー、やっぱそうなるよねー……」

 僕は、悠人から貰った250万円を自分の金庫に入れるのをすっかり忘れていた。

 はぁ。僕は心の中でため息をつく。言い逃れが出来ないことはもうわかっていた。僕は、少しでもマシな言い訳を考えようとしていた。


「えっとね、昨日は仮眠を取るつもりで横になったのね」

「あれ? まだ何も言ってないんだけど、もしかして思い当たる節でもある?」

 悠人の冷たい視線が僕に注がれる。散々考えたにもかかわらず、結局僕の言い訳は何も取り繕えていなかった。


「いや、悠人。違うんだよ」

「え? 何がどう違うの?」

 ……僕は何も言い返せなくなってしまった。




 ……見かねた悠人が、僕に救いの手を差し伸べる。

「ちなみに、今どこにあると思う?」

「……まぁ、パッと見て見当たらないってことは、金庫の中かなぁ?」

「そう、金庫の中だ。2つあるだろ? 健一のベッドの下の金庫に入れてある」


 僕は、ベッドから立ち上がり、自分の金庫を開けようとした。

 ……びっくりした。取っ手にかけた僕の右手は、力を入れる前の位置から全く動いていなかった。

 あぁ、悠人。お前、やったな。

「……暗証番号は?」

「……今日の夜にでも教えようかな」

「え! ちょっとそれは勘弁してよ! 僕、今日のゲームに集中できなくなっちゃうよ!?」

「はいはい、1234だよ」

「絶対違うでしょ?」


 悠人は答えない。あぁ、こんなことになるなら、昨日ちゃんとしまっておけばよかった。

「ねー、本当に教えて?」

「何言ってんの? さっき言ったじゃん」

 悠人は、完全に僕のことを弄んでいた。


 僕は、半ば諦めモードで金庫のダイヤルに手を伸ばそうとして……その手を止めた。

 今の番号が6292になっている。普通なら、僕たちが部屋に入ってきたタイミングでは0000になっていただろう。わざわざこの番号にしてあるということは……


 僕はLOCKに合わせられたつまみをそのまま回そうとした。




 ……回らない。


 悠人が、小声で僕のことを笑った。

「うるさい! 聞こえてるよ!?」

「いや、せっかく教えてあげたのに全然当ての外れたことをし出すからさ」


 僕は、すぐさまダイヤルを1234に合わせ、乱暴につまみを回そうとした。




 ……つまみはあっけなく回り、OPENに合わせられた。


 悠人が、さらに笑い出す。

「何? 何がおかしいの!?」

 僕は、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。



 悠人は、ひとしきり笑って落ち着くと、また話を元に戻した。

「まぁともかく、本当に気をつけろよ。失くしたらシャレにならないからな」

 まぁ確かに、250万円が無くなったりでもしたら大変だ。これは、気をつけないとな。


 悠人はさらに、二回戦に向けての話を始めた。

「あとこの後のことだけど、ここには俺たち以外にもたくさんの人がいるみたいだし、二回戦はきっと1対1の個人戦ではなくなると思う。それに当たって、周りに俺とお前が組んでるってことは言わないようにしよう。俺たちはコールドで決着がついているし、多分そんなに不自然にもならないと思う。というより、むしろこれで普通に接してたら怪しまれる」

「……なるほど。分かった」

 僕は頭の中で一度、悠人が言ったことを反芻した。



「……よし、じゃあ7時までちょっと横になって休んでるよ」

「おい、ちゃんと起きれんのか? 『ちょっと待って?』とか言いだしたら置いてくぞ?」

「いいんだよ、オンオフの切り替えは出来るから」


 僕はそう言って、体を横たえる。



 その後しばらくして7時になり、案内の人が来た。


「健一様、悠人様。迎えに参りました」

「おーい健一、起きろー」

 悠人が僕のことを呼ぶ。


 案の定僕は、なかなか起きることが出来なかった。


「ちょ、ちょっと待って?」

「あーあ、だから言ったのに……」

 悠人がため息をつく。


 僕は結局悠人にたたき起こされ、部屋を出るころには7時5分になっていた。悠人が、案内の人に謝罪する。まるで、悪いことをした息子のような気分だ。


 部屋から会場までは、これまた面倒な道のりだった。エレベーターで下の階に下がり、そこから少し歩く。ここで迷ったら、自力で部屋に戻るのは困難だろう。部屋からどこを通ってきたか、なんてどうでもいいことを考えているうちに、僕たちは会場についた。


「会場は、こちらになります」

 僕たちは、一つの大きな部屋に通された。やはり、大人数での戦いになりそうな予感がする。

「人数は、1,2,3,4,……俺たちを入れて10人だな」

「いや、まだ誰かくるかもよ?」

「お前がグダグダしてるうちに5分も部屋を出る時間が遅れちゃったんだから、それはないだろ」


 ……確かに。どこか言い方に棘があるような気がするが、言っていることは的を射ている。

 それを裏付けるように、すぐに二回戦のディーラーが現れた。


「人数がそろいました。二回戦、会場Bのディーラーを担当させていただくトゥルズです。早速ですが、まずは参加プレイヤーと、その人の一回戦での獲得賞金額を発表させていただきます」


五十嵐 一也いがらし かずや 499万円

井上 仁いのうえ じん 499万円

小谷 健一おだに けんいち -200万円

織原 悠人おりはら ゆうと 500万円

郡山 裕介こおりやま ゆうすけ 0円

武岡 守弘たけおか もりひろ 0円

月影 司つきかげ つかさ 500万円

本庄 誠ほんじょう まこと 60万円

目黒 覚めぐろ さとる 60万円

米山 新平よねやま しんぺい -200万円


 コールド勝ちは、悠人を除くと、月影という名前の人1人だ。強敵になりそうだな。


 トゥルズが説明を続ける。

「8時まで自由時間とします。また、この時間を朝食の時間とするので、ある範囲のものであればご自由にお召し上がりください。それでは」


「じゃあ、これからは別行動な」

 僕は、悠人と一度別れ、軽い朝食を取った後に、他の参加者と少しだけ話をした。

 トゥルズが発表した名簿は、五十音順になっていたが、少し周りと話せば誰と誰が一回戦に当たったのかくらいは分かる。

 例えば、本庄と目黒。この二人は、互いに競い合うことにはなったものの、親友同士で喧嘩をしたくなかったから、終了ボタンを押しあって引き分け、という形で一回戦を終えたらしい。

 こういう話を聞くと、本気で戦っていた僕たちが少し恥ずかしくなるが……




 ともかく、『協力』と『裏切り』の二回戦が今、始まろうとしている。


 勝つぞ。今度こそ。

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