第2話 あるなしクイズ

「一回戦で行うゲームは……」



 あ・る・な・し・ク・イ・ズ



「あるなしクイズです。あるなしクイズといっても、普通のあるなしクイズとは全く違うので別物だと考えて下さい」


 本当に始まるのか。未だにこれから起ころうとしていることが現実ではないような気がする。


「ルールは、リハーサルを通して説明致します。まずは攻撃側・防御側を決めて下さい。本番ではコイントスで先攻・後攻を決めますが、リハーサルは一度しかしないので話し合って決めて下さい」

「別にどっちでもいいけど。健一は?」


 どうやら悠人は、比較的早くこの環境に対応し始めているようだ。

 一方の僕は、まだリハーサル、というよりこのゲーム自体を、受け入れる気になっていなかった。


「そんな……僕だってどっちでもいいよ」

「そうか。じゃあ俺が防御側をやる」

 僕の反応を見ると、悠人は何の躊躇もなく防御側を選んだ。

 まずい。僕があたふたしている間に、リハーサルはどんどん進んでいく。


「それでは、攻撃側の健一様は個室に入って下さい」

 言われるがままに個室に入ろうとした僕だったが、どこか違和感を覚えて立ち止まった。

「……あれ? どうして、僕の名前を?」

 カルケーネは、少しだけ沈黙して、僕の方を向くとすぐにその答えを言った。

「……先ほど、悠人様が貴方のことを健一と呼ばれましたので。何か不都合なことでもございますか?」

 カルケーネは、上辺の態度こそ丁寧だったが、僕には彼が、そんなことはどうでもいいとでも言いたげなように見えた。


「いや、そういうわけじゃないんだけどね。……ちょっと、気になっただけだよ」

 僕は、カルケーネの気迫に押された。この空間で、僕は浮いている。明らかに、そんな風に感じた。


 僕が部屋に入ると、カルケーネは説明を続けた。

「防御側の悠人様は、ここにレプリカの50万円を用意したので、『☆のマーク』の箱にマネーを入れて下さい。また、健一様が防御側の時は『○のマーク』の箱にマネーを入れて下さい。但し、入れなくても構いませんし、入れる額は任意です。相手の箱にマネーを入れた場合、そのマネーは相手のものになるので注意してください。ちなみに、説明が聴こえるよう今は会場の音声が個室に届くようになっていますが、本番では聞こえないので安心してください」


 なるほど。悠人が悩んでいる様子が、音声から聞いてとれる。

「じゃあ、……こうするか。まぁ、リハーサルだしな」

「それでは健一様は会場に戻って下さい」


 僕はカルケーネの指示通りに個室を出て、会場に戻った。


「健一様は『☆のマーク』、つまり相手の箱にマネーが入っているかそうでないかを当てて下さい。当たったら攻撃側の勝利、外れたら防御側の勝利となります」


 ほうほう。ここまでは大して難しくない。


「次に、勝敗が決まった時のマネーの移動についてです。どちらが勝ったとしても、マネーが入っていた場合はその額の2倍がもらえます。この時、半分は敗者、もう半分は主催の私たちが負担します。また、マネーが入っていなかった場合ですが、この場合は一律50万円を、敗者が勝者に支払います」


 カルケーネがここまでのルールを理解できたか、目で問いかける。僕はうなずこうと思ったが、それよりも先に悠人が大丈夫だと返事をした。

 カルケーネは説明を続ける。


「ただし攻撃側は、マネーが入っているかどうか当てる自信がない時、終了ボタンを押してその回の攻撃を終わらせることが出来ます。しかし、この時に10万円を消費します。また、防御側のほうが不利である(相手は終了ボタンを押せる)ため、防御側が勝った場合はボーナス10万円がもらえます」


カルケーネがまたこっちを向いた。特に不明解な点がないのを確認する。


「それでは、実際にやってみてください」

 えー、ルールは一応理解できたけど、こういうの苦手なんだよな。

 ……まぁ、今はリハーサルだし、気を楽にして一度やってみよう。


「……あるでしょ」

「ないよ」

 一瞬で、悠人からの返事が返ってきた。その速さは、思わず笑いそうになってしまうくらいだ。僕は、一度タメを作ると、また同じように悠人に鎌をかけた。


「……あるでしょ」

「ないよ」

「あるでしょ」

「あるよ」


 今度は2回連続。そして、2回目になって悠人が返答を変えてきた。

 僕は悠人の狙いを読もうとしたが、しばらく考えて、これはリハーサルだということを思い出した。こんなもの、勝っても負けても、対して意味はない。

「……じゃあ、予想は『ない』にするよ」


 一応、もの凄く考えた結果だと装いつつ、僕は適当に予想をしてそのまま『☆のマーク』の箱を開けた。


「……残念。20万円入っていたよ」

 悠人は、僕をあざ笑うかのようにそう言った。

 別に、適当に決めたのだからそんなに残念でもないのだが、悠人の言い方を聞くと、なんだか悔しくなってくる。

 もし当たったら、ちょっとは悠人にプレッシャーを与えられるかなんて思っていたけど、全く思い通りにはいかなかった。


 そんな僕の思いもつゆ知らず、カルケーネは淡々と説明を続けていく。それを聞いて僕も、今は悠人との小さな一戦を気にしている場合ではないと思い直した。


「この場合は、悠人様+50万円、健一様-20万円で、所持金は悠人様100万円、健一様30万円になります」

 今、悠人は箱に入れていたお金の2倍の額である40万円と、防御側で勝ったボーナス10万円の、併せて50万円をもらえた。

 一方の僕は、悠人が箱に入っていた20万円を失った……と、いうことか。

 お金の移動については、これで分かったぞ。


「次は、賞金についてです。攻撃側と防御側、一回ずつやって1ターン。合計4ターンで勝負を決します。最初は両者とも150万円を持った状態でスタートします」


 150万円……。目がくらみそうになる額だ。これを今から、生で保管しなけばならないというのだ。


「4ターン終了時、所持金が多い方が勝者です。敗者はいくらマネーを持っていても所持金は0円。所持金が同じ時は引き分けとなり、両者ともその時に持っているマネーを賞金として貰うことが出来ます」


 ……あれ? そのルールなら、取りあえずは借金を背負わなくても済むのでは? と思ったが、それはさすがに早とちり。ぬか喜びだった。間髪を入れずにカルケーネは借金についての話を始めた。


「次は借金についてです。もしも所持金が0またはマイナスになった時、100万円まで借金をすることができます。これは自分が防御側になった時、マネーを入れることが出来ないのを防ぐためです。この借金はゲーム終了時に所持金から差し引かれます」


 僕は何にも気づいていなかったが、ここで悠人が質問を挟む。

「あれ、でももしその100万円さえ使い切ってしまったら、結局同じ問題が起こるよな?」

 あぁ、確かに。流石悠人、鋭いなあ。

「その通りです。ですから、どちらかの所持金が−100万円を切るか500万円を超えた場合、コールド負け(勝ち)になります。この場合は敗者が200万円の負債を負い、勝者が500万円を賞金として貰えることとします」


 ……なんて現実味の湧かない数字だろう。さっき、150万円で目がくらみそうだなんて思っていたのに、このまま数が増え続けていくと考えると、大変なことになるのでは……

 僕はもの思いにふけりそうになっていたが、ふとカルケーネの説明が締めくくりに入っていることに気が付き、現実に引き戻された。


「最後に禁止事項ですが、これは暴力行為と、箱・終了ボタンの破壊です。また、自分の攻撃時に防御側の箱に触れることも禁止とします。質問がなければこれで説明を終わりますが、何かございますか?」


 僕は、特に何も思いつかなかった。そのまま数秒間の沈黙が流れる。



「それでは、これから10分後にゲームを始めます。チャイムを鳴らすのでそれまでには戻ってきてください。ご健闘をお祈りいたします」


 カルケーネは準備があるのか、一度僕たちのいる部屋を出た。どうやらルール説明は以上らしい。やること自体は単純だけど、賞金やら借金やら、その辺りが少しややこしい。

 悠人とは二人きりになったが、会話が弾むわけもない。二人の間に重苦しい雰囲気が流れたまま、僕たちはとても長い10分間が経つのを静かに待っていた。

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