一回戦 あるなしクイズ
第1話 招待状
「大丈夫ですか?」
気が付くと僕は、知らない人に声を掛けられていた。だんだん意識がはっきりしてくる。
あれ? 僕は、何を? ……確か、悠人の家に行こうと思って……自転車に乗って……あぁ!
自分が地面に転がっているという奇妙な状況を考えれば、何があったか思い出すのにさほど時間はかからなかった。横から人が出てきてびっくりした僕は、思わずハンドルを切って……きっと、横の電柱に衝突したのだろう。我ながら間抜けなものだ。
相手が僕が意識を取り戻したことに気づく。
「あぁ、よかった! 大丈夫ですか?」
「あ、はい! ちょっと転んだだけだし……と、いうより、すみません! 僕の不注意で……」
「いやぁ、いいんですよ。そっちに怪我がなくてよかったです」
僕の行動は怒られても仕方のないものだったが、僕の事故を目の前で目撃した彼はとても優しかった。念のために親御さんに連絡を入れようかとも言われたのだが、二人が旅行に行っている今、こんなことで旅行をぶち壊しにしたくもない。それに、こんな所で事故に遭ったと知られると、何をしていたのかと問い詰められることは必至だろう。そうしたら、僕の計画も台無しだ。
僕が彼の提案を断ると、彼は僕の体が無事であることをもう一度確かめた。本当に何の怪我もしていないことが分かると、最後に「これからは気をつけて!」とだけ言って、彼はその場を歩き去っていった。
僕は、服についた土を手で振り払った。
「危なかった…」
奇跡的に、けがもなく、自転車も無事だった。
思わぬアクシデントに見舞われたものの、当座の所、悠人の家に向かう他はない。僕は倒れた自転車に乗り直そうとした。
しかし、その時、ある物に気がついた。
「……あれ?」
さっきの人が落としたのだろうか、A5サイズ程の紙を半分に折り畳んだものが落ちている。
僕はその紙を拾い上げて、中身を読んだ。
「ええっと……『 FAKER の招待状』?」
招待状ということは……
危うく轢きかけた彼の顔が頭に浮かぶ。
――もしかして、あの人はそこに行こうとしてたのか?
僕は、ハッとして招待状を見た。
場所の部分には、会場の住所だけが載っていた。隣の市だという事だけは分かったが、詳しい場所は分からない。
……とんでもない事になってしまったぞ。
元々、この状況を引き起こした原因は僕だ。しかも彼は、僕に対してかなり親切にしてくれた。果たしてここでこの招待状を無視して良いものだろうか。悠人との約束には遅れるかもしれないが……。僕には、彼の恩を仇で返すような事はできなかった。
……よし、……届けに行こう。
僕は、予定からは少し遅れるという電話を悠人に入れて、一旦家に帰り、招待状に書かれてあった住所からその場所を特定した。
早くしないと、彼の到着に間に合わないかもしれない。僕は場所を確認するとすぐに、急いで自分の家を出た。
……"FAKER"という言葉の意味は、その時はまだ、知らなかった。
ーーーーー
それから自転車で数十分。ようやく会場についた。こんな場所には来たことがない。一応地図は確認していたが、うろ覚えがネックとなり、道に迷って苦労した。地図を印刷して持って来ていれば良かったのだが、後悔した時にはもう遅かった。
会場には、どことなく受付らしき場所があった。何から説明すればいいのかは分からなかったが、僕はひとまず話をしてみることにした。
「すみません、あの……」
僕はさっと招待状を取り出し、そこにいた人に事情を説明しようとした。
「あぁ、参加者の方ですね。招待状を確認します」
「えぇ? いや、……」
「はい、中にどうぞ」
ちょっと待ってよ!? しっかり対応すればいいものを、パニックに陥った僕は、うまく話を切り出せない。なんとか平静を装いながら、話を続けようとする。
「いや、違うんです。この招待状は……」
「いや、違うも何も、あなた招待状持ってるじゃないですか。参加者だから持ってきたんでしょ?」
ダメだ、事情が複雑すぎて説明できない!
話の通じない受付の人に困り果てた僕だったが、ふと周りを見て、さっきの彼がどこにも居ないことに気がついた。
「……えっと、今日これまでに、招待状が見つからなくて困ってたみたいな人っていませんでしたか?」
「いえ、誰もいませんでしたけど……」
普通に考えて、今受付をしているってことは、これから何かをするってことだ。そして、事故からこれだけ時間が経って、全員がすんなりと会場に入ったという。もしかして、予備があったとかそんな事情があって、もう中に入っているのか?
ここまでは良かった。ここからの考え方が、危険だった。
……それならもう、いっそのこと参加してもいいのではないか? 内容については詳しくは書かれていなかったが、受付の人の様子を見た限りは、僕が参加したとしても、さほど違和感はないんだろう。
何のイベントかは分からないが、最悪、途中で抜けたとしても誰にも気づかれないはずだ。パーティーの一つでもするのなら、ちょっと悠人を誘ってみたっていい。どちらにせよ、中に入ってから色々考えてみることはできる。
「……分かりました。この招待状はどうすればいいですか?」
「それはお預かり致します。中に入ったら係のものが案内いたしますので」
受付の人は少しばかり安堵の表情を見せていた。僕は案内の人に連れられ、建物の中に入り長い通路を歩き始めた。
若干の不安はあったが、実際の所、僕は少しワクワクもしていた。案内の人について歩いていくと、しばらくして、その歩みがある一つのドアの前で止まった。
どうやら、ここが目的の場所のようだ。僕は、案内されるがままにその部屋に入った。
「ここが一回戦の会場です。一回戦は1vs1の試合となります。準備ができしあい一回戦を行います。」
…………え?…………
………一回戦だって?………
僕はただただ絶句した。正直に言うと、部屋に入って誰もいなかった時点で、心のざわめきは感じとっていた。ただ、流石にこれは思いもよらない展開だ。とんでもない失態を犯した気がするが、少なくとも今は、不注意な自分を責めている場合ではない。
今更ここを出る訳には行かなさそうだし、彼が言う一回戦にしても、今すぐにでも始まってしまいそうな雰囲気だ。
と、と……とりあえず悠人に電話をしないと!
「あ、悠人もしもし? ごめん今大変なことになってて……」
ガチャ
慌てて掛けた電話が繋がってすぐ、僕が通った背後のドアが開いた。
どうやら、電話の最中に一回戦の対戦相手が現れたようだ。
僕は、びっくりして後ろを振り返った。
目を疑った。僕の目に映っていたその人物は……
悠人だった。
「なんでここにいる!?」
おもわず声が裏返ってしまったが、そんなことはどうでもいい。僕は悠人に説明を促した。
「いや、それはこっちが聞きたいくらいなんだけど。なんでこんなものに参加しているんだ?」
「いやこれはね、違うんだ。いろいろ」
「うわぁ約束すっぽかすとかないわぁ~」
ダメだ、何がどうなっているのか全然わからない。予想外の出来事の連続に、僕の頭はパンク寸前だった。
「いや、そもそも何でここにいるの?」
「だからそれはこっちが聞きたいくらいなんだけど」
話が平行線だ。このままでは埒が明かない。
冷静になるのは無理だったが、取り敢えず、僕はここに来ることになった経緯を悠人に話した。
きっと支離滅裂な説明になっていただろうが、一通り説明を終えると、悠人も納得したらしく頷いた。そして、おもむろに口を開くとこう言った。
「はぁ。じゃあお前はこの試合で負けたら借金を負うことになるみたいなことは知らないんだな」
「はぁ!?」
これにはついに度肝を抜かれた。どうしてパーティーからここまで話がずれるのだろうか。負けると借金を負うだって? 本当にどうなってるんだ?
頭の整理はついていなかったが、まだ聞きたいことが聞けていない。僕は悠人の説明を優先した。
「……分かった。借金の件は、一旦聞かなかったことにするよ。もう一度聞くけど悠人はどうしてここにいるの?」
そこでようやく、悠人はこれまでの出来事を語り始めた。
悠人は、僕がいつまで経っても来ない上に暇だったので、遅れるという僕の電話を無視し、僕の家まで様子を見に行ったそうだ。
すると、僕は丁度何かの紙を持って家から出てきたところだった。そして、悠人が声をかけようと思った所で、僕は悠人の家とは別の方向に行ってしまった。
きっと、「紙」とは招待状のことだ。僕が二回目に家を出た時、あの時すでに悠人は僕のすぐ近くにいたのだ。
不審に思った悠人は、しばらく僕の後をつけた。そして、僕がこの会場に着いて、中に入っていった……という流れに繋がっていくのだ。
ちなみに、その後悠人も中に入ろうと思ったが止められ、これが何の受付なのかを聞き出し、無理を言って入れてもらったらしい。
つまり、僕たちは奇しくも同じ大会に同時に参加することになったのだ。
とにかく事情を聞きあった僕たち。話題はこのFAKERの話にうつった。
「大体、詳しいことは知らなくても、何となく怪しいって分かるでしょ。FAKERって詐欺師って意味だよ? なんで無鉄砲に飛び込んだんだよ?」
これは、悠人が僕に向けて放った言葉だ。
「分かんなかったんだよ! 英語力皆無だから」
悠人が軽くため息をついた。
「……でもそんくらい、調べときゃあよかった話だろ?」
……ぐうの音も出ない。そこまで頭が回らなかったと言えばそれまでなのだが、あまりに不注意な自分にも、少し嫌気が差してくる。
「……まぁ、しょうがないな。借金どうこうの話はあるが、もう入っちゃったんだから、やっぱり無しっていう事もできない。1回戦、今からなんだろ?」
その通りだ。そして、僕は恐ろしい事実に気がついた。
「……これってもしかして、僕と悠人が戦うってこと?」
「そういう事になるな」
マジか……悠人と?
「うわぁ、嫌だなあ……」
「まさかこんな事になるとはな。でも、やるならやるで、手を抜くつもりはないよ」
借金がかかっているんだ。今考えても、僕の反応は決して不自然ではなかったと思う。
しかし、悠人の方は本当に冷静だった。悠人は賢く、キレる人物なのだ。僕と悠人の反応はあまりに対照的だった。
自分の置かれた致命的な状況を理解し始めた所で、とうとうゲームのディーラーが現れた。
「人数がそろったのでゲームを始めます。ディーラーのカルケーネです」
黒いローブを身にまとった怪しげな男だ。悠人は全く動じていない様に見えたが、僕はこの時点で少し物怖じしていた。
カルケーネと名乗った彼は、そのまま淡々と話を進めて言った。もう後戻りできない。
「それでは一回戦のゲームを発表します。一回戦で行うゲームは……」
あ・る・な・し・ク・イ・ズ
「あるなしクイズです。あるなしクイズといっても、普通のあるなしクイズとは全く違うので別物だと考えて下さい」
すぐにルール説明が始まった。その具体的かつ丁寧な説明が、夢ではないということを物語っていた。
僕は息を深く吐いた。
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