第5話 決着
「確かに、それができるならば必勝だろうな。できるならば、だけどな」
「え?それってどういう……って、終了ボタンが無い!?」
僕の逆転。からのダメ押し。
もう決まったと思われた勝負に、悠人は待ったをかけた。
終了ボタンがない。と、いうことは……
なるほど、悠人の箱の中か。攻撃側は、相手の箱に触れることが出来ない。それは当然だ。もし触れることが認められたら、あるなしクイズの答えが分かってしまう。
そして悠人は、僕が必勝パターンに気づくことまで読んだうえで、終了ボタンを安全な自分の箱に隠したんだ。
何なんだよ、こいつ。あまりに隙が無さすぎる。こんなのに本当に勝てるのか?
でも、今からでもいい。どうにか作戦を構築するしかない。でないと負けてしまう。
僕は、一旦状況を確認した。
「……じゃあつまり、ここで宣言して勝負を決めろって事ね。成功すれば、次のターンに僕は両方の箱に1万円を入れれば勝てるし、失敗すれば、勝負は更にもつれていく」
悠人は、少し悩んでからこういった。
「……いや、そういう訳でもない。実は今、俺の箱の中に終了ボタンはない」
「え?」
「俺は、終了ボタンを『お前の箱』に隠した」
どういうことだ? ペースは完全に悠人にある。取り敢えず粘るしかない。
「だから、お前は選ぶことができるんだ。ここで宣言をするか、自分の箱から終了ボタンを取り出すか。どっちでも成功すればお前は勝てる。勝率が高いと思う方を好きに選んでいいよ」
「……じゃあ、さっき終了ボタンを押したのは、この展開を見越した上での行動だったんだね」
「そういうことだ。こっちの方が、自分が主導権を握れて楽だからな」
……いや、この展開に持ち込んだのは悠人だが、この2択なら悠人が特段有利になったわけでもなさそうだ。主導権は悠人かもしれないが、決定権は僕にある。まだチャンスは、十二分にありそうだ。
そんなことよりここが重要な2択となる。
「分かった。ちょっと待ってね」
「あぁ、いくらでも待つよ」
悠人も、一番最初に僕をだましたときほどの余裕はなかった。しのぎを削る戦いになっていることは間違いない。
よし、今の状況を整理しよう。
まず悠人の所持金は128万円、僕の所持金が153万円で今、25万円差で勝っている。
もしここで僕が『自分の箱を当てる』方を選ぶと、
勝った場合 賞金141万円(終了ボタンで-10万円、両方の箱に1万円を入れて-2万円)
負けた場合 借金200万円(コールド負け)
となる。
逆に僕が『宣言する』方を選ぶと
勝った場合 賞金153万円以上
負けた場合 0円
となる。
パッと見たところ、宣言する方が得に見える。でも、それより問題なのはどちらの方が勝率が高いかだ。出来るだけ、最後の選択を何の根拠もない直感に頼りたくはない。
まずは、『自分の箱を当てる』方を選んだ時、どちらの箱を選んだ方が勝率が高いかについて考えよう。
この場合、焦点となるのは箱の交換だ。3回裏が終わった時点で僕の箱は『○のマーク』だった。
もし僕が両方に1万円を入れれば勝てるという必勝パターンに気がつかずに進行した場合、僕はとりあえず終了ボタンを押して、4回裏でどちらに1万円を入れるか悩んだことになる。
でも、悠人は今、終了ボタンを隠しているから、そのパターンは捨てている場合が高い。
むしろ、僕が両方に1万円を入れれば勝てるということを僕に教えていたかもしれない。
だとすると、4回裏まで行ったときに悠人が僕にどちらに1万円を入れさせようとしていたか考えても、意味はない。
そうすると、この時点で判断材料になるものはない。
強いて言うなら、悠人はまだ箱を交換したことがないという事実だけが転がっている。
じゃあ次に、僕が『宣言する』方を選んだとき、どちらの方が勝率が高いかについて考えよう。
まず前提として、僕はここで外したとしても、即負けが決まるとは限らない。悠人がお金を入れなかった場合や、入れたとしてもよほど大金でない場合は、僕がこのターンで間違えたとしても、悠人に次のターンで同じことをすることができる。
ただ、悠人がお金を入れており、それがとても高額だった場合、次のターン、僕が『お金を入れない』という選択では追いつけなくなってしまうから、悠人は入っていると言えば必勝になってしまう。そこは気を付けないといけない。
そういう意味では、ここでお金が入っていると宣言しておけば、一応安全ではあるのだが、勝負を先延ばしにするだけになってしまう。
……どうしようか。こうなると、僕が苦手な心理戦を仕掛けるしかない。
そういえば、僕はこの試合で、一度だけ悠人に心理戦を仕掛けられたうえに、完全に敗北したことがあった。
……あの時は確か、僕が爪痕をつけた、☆のマークの箱を無意識に見ていて、悠人に自分の箱を見破られたんだった。
あれを、応用すれば……
「よし、悠人、今からいくつかの質問をするよ」
「……あぁ、いいよ」
流石の悠人も少し、警戒しているようだ。
「悠人は、○マークの箱にマネーを入れた?」
「……入れてない」
「……じゃあ悠人は、さっきの質問に嘘をついた?」
「……ついた」
ここまでの質問に意味はない。ただのカモフラージュだ。
確認したのは、悠人がちらっと○マークの箱を見た事だけ。
「……じゃあ、悠人は、悠人の箱にマネーを入れた?」
「…………入れてない」
見 逃 さ な か っ た !
悠人は、僕が宣言するほうで勝負すると思っていたんだろう。
最初の質問とその後の質問からも、明らかにそっちで勝負しそうな様子が伺えるし、現にそっちの方がローリスクハイリターンだ。
だからこそ、悠人にはこの質問の本質が分からなかった……!
僕が聞いていた、いや正確には『見ていた』ものとは……悠人の目線だった!
僕が『悠人の箱』と言ったその刹那、悠人は一瞬『☆のマーク』の箱を見た!
さっき『○のマーク』の箱と言った時には、チラッと○マークの箱を見た事が、その目線の信憑性を高めている。
悠人の箱は☆のマークの箱だ!
悠人は僕に別の選択肢を与えることで混乱させようとしたんだと思う。実際に、僕は混乱した。
でもそこを、逆手に使うことで勝利への道が開けた!
「分かったよ。終了ボタンが入っているのは"○のマーク"の箱だ!!!」
そう言って僕は勢いよく箱を開けた。
箱の中には……確かに終了ボタンが入っていた。
「よっしゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
……勝った。悠人に……ギリギリで……勝ったんだ!
僕はこれまでの人生で最大のガッツポーズを咬ました。これほどの興奮は今までに感じたことがない。スリリングな戦い。その雌雄はついに決されたのだ。
「ハァ……ハァ」
僕は、一度呼吸を整えなおした。
「残念だったね、悠人。この試合は……」
「残念なのはお前の方だ」
その瞬間、空気が切り裂かれる。悠人は、全く表情を変えることなくそう言い切った。その顔には、負けが決まった時のショック、悔しさといった感情は全く含まれていなかった。
僕は、悠人が何を言っているのか、本当に分からなかった。もしかすると、あまりに感情が刺激されて頭がおかしくなってしまったのかとさえ思った。
「え? なんで? ここにある終了ボタンが見えないの?」
これは決して煽っているのでもなんでもなく、本心から出た言葉だったのだ。
――でも、本当に残念ながら、悠人は頭おかしくなったわけでもなんでもなかった。
「確かにそれは終了ボタンだ。だが……」
「本当にそれはお前の箱なんだろうね?」
悠人の頬は明らかに緩んでいた。演技をする必要がなくなったからだ。
僕はある可能性に思い当たった。信じられない。まさか……
「健一様、自分が攻撃側の時に相手の箱に触れてしまったので反則負けとし、これにてゲーム終了とします」
「…………」
あまりに衝撃的だった。言葉も出ない。
「……ど、どういうこと? 説明してよ」
やっとの思いで口から出した言葉は、その時間に見合わないほど投げやりなものだった。突然の敗北は、僕にとっては天地がひっくり返るような出来事だったのだ。
「はぁ、そんなに難しいことじゃない。俺は終了ボタンをお前の箱に隠したといったが、あれは嘘だ。本当は終了ボタンは俺の箱にあって、お前が終了ボタンを押して勝つ方法なんてなかった。それだけのことさ」
「……なんでそんなことを?」
果たして、この時の僕の脳は機能していたのだろうか。僕の言葉はことごとく、ただ悠人の心を満たす言葉にしかなっていなかった。
「一つは、健一を混乱させるため。加えて言うと、こうすることで、健一が自分の箱を取ろうとしてくれれば、その分俺の勝率が上がる、というメリットがあった。健一は、自分の箱を取ったとしても、その後『更に』俺の箱にマネーが入っているかどうかを当てないといけない、という状況になっていたんだ」
……ようやく、事態が呑み込めてきた。全て、悠人の掌の上だったという事か。
そして、反則負けという事は……僕は借金200万円を負ったことになる。
これは、変えることのできない事実だ。
「……じゃあ、僕の質問の中で、悠人が『自分の箱』と言われたときに☆のマークの箱を見たのは……」
「もちろん、わざとだよ。もしあそこでお前が俺の箱を当てたとしても、あの時点では直接負けに繋がらないし、まだ先があるから、あそこでは大胆な行動をとれたんだ」
……僕は、それ以降何も喋らなかった。
様子を見ていたカルケーネも、もう待つ必要はないと判断し、説明を再開した。
「……という訳で、一回戦の獲得賞金額は、悠人様500万円、健一様-200万円となります」
カルケーネのこの淡々とした説明が、このゲームの結果により現実味を持たせていた。僕は、事実が呑み込めていなかったのと、混乱していたのとで妙に冷静だったが……
涙が流れた。200万円という大金。そう易々と返せるものではない。
僕は、後悔の念に駆られていた。3回裏までは、「最悪負けても賞金0円」という意識が強かったし、実際に最後の選択で宣言をする方を選んでいればまずこんな借金を負うようなことにはならなかった。
……選択権は僕にあった。そして、僕の選択は、勝利への道なんかではなく、ただただ自分を破滅に導くものでしかなかった。
僕は、何も言わずに嗚咽をこらえながらその場を立ち去ろうとしたが、それはカルケーネによってはばまれた。
「健一様、まだ諦めないでください。このFAKERは、『一回戦』から『四回戦』までの獲得賞金額の合計上位の何名かが決勝に進み、その勝者が優勝者というルールになっています。決勝に進む人数は、今の時点では公表できませんが、巻き返しの余地はいくらでもあります。」
……目眩がしてきた。
どれだけ僕を混乱させれば気が済むんだ?この『FAKER』は。
……でもまぁ、まだ人生が終わったわけではないらしい。つまり、まだ僕の、この馬鹿みたいな戦いは続くことになる。
『巻き返しの余地がいくらでもある』ということは、裏を返せば、さらにひどい目にあう可能性だって同じように、いくらでもあるってことだ。
果たしてこの先にそびえ立つ戦いが、僕を絶望の淵から引き揚げてくれる紐となるのか、更に奥深くまで引きずり込む鬼となるのかはまだ分からない。
カルケーネは、僕に逃げ出そうという意思がないことを確認して、さらに説明を続けた。
「それでは、二回戦は明日行います。賞金は自由に使って頂いて構いません。しかし、この後借金ができた場合、すでにもらった賞金から支払って頂くことができるので、出来れば大会終了時まで残しておくのが望ましいです。部屋に金庫があるので、ご自由にご使用ください。また、マネーの移動は賞金額を記録してあるので、双方の同意があれば自由です」
……そういうわけで、悠人は100万円の束を5つ貰っていた。
一方の僕は借金だ。早く、どうにかして無くさないと……
ここで、最初に僕をこの会場まで案内してくれた、係の人がやってきた。
「健一様、悠人様。今日お泊りして頂く部屋にお連れします」
それからしばらく歩き、エレベーターに乗り、その後、僕たちは沢山ある部屋の1つの前で止まった。
そういえば、この会場は普段何に使われているんだろうか。なかなか豪勢な場所のようだが、まるで『FAKER』のために用意されたかのようだ。家から自転車で行ける距離とは言え、この辺りには来たことがなかった。
ちなみに、いくら豪勢とは言えど、部屋数は少ないらしかった。僕は若干不服ながらも悠人と相部屋という事になり、部屋の中に入った。部屋には夕ご飯の弁当があり、明日の朝7時にまた迎えに来るからそれまで自由だということになり、僕は無言でベッドに寝転がった。
「……あ~、疲れたな」
悠人は、気まずい雰囲気に耐えかねたのか、僕に向かって話しかけるが、返す言葉が見当たらない。
「あのさ、健一」
僕は一人にしてほしかったのだが、流石に二人しかいなくて無視を決めとおすのは無理がある。僕は取りあえず、返事をした。
「俺、500万円も要らないから。半分の250万円、お前にやるよ。それなら、借金も返せるだろ?」
……僕は、たった今耳にした言葉が信じられなかった。
「……え? いま、なんて?」
「だから、俺の賞金の半分を、お前に受け取ってほしいってるんだよ」
悠人は少しだけ恥ずかしそうに、でもはっきりと、そう言った。
「……どうして……そんな……」
「……俺はな、お前を辛い目に合わせといて自分だけ得するなんてできないんだよ」
理屈だけの話をするならば、僕は悠人には何とでも言えた。元々、辛い目に合った原因は悠人との戦いだし、勝って多くの賞金を得た立場で借金を肩代わりするなんて、何の痛手にもならないだろう。
でも僕は、こういうことをサラッと言える悠人に何も言えなかった。悠人は今日のことを思い返したときに、本心から、500万円をそのまま受け取ることが出来なかった。それは、いつも悠人と一緒に遊んでいた僕にはよく分かっていた。
250万円、というのも、悠人の気遣いだ。これを借金と同じの額の200万円や、完全に所持金が均等になる350万円にされたら、僕は絶対に受け取れない。あくまで悠人の賞金を半分にする、という提案だからこそ、僕は受け入れることが出来るのだ。
「……馬鹿じゃないの……」
僕は言葉とは裏腹に涙目のまま震える声で返事をした。
「俺はこんな大金手にしてこんなこと言って、馬鹿なのかもしれない。でもそれならそれでいい。俺はお前のことを放っておけない」
僕は、出来るだけ泣くのをこらえようとしていたのに、悠人の言葉はあまりにまっすぐ、僕の心を捉えていた。僕はくしゃくしゃの顔のまま悠人にお礼を言った。
「じゃあそれ、ちゃんと金庫に入れておけよ。俺はちょっとシャワーでも浴びてくる」
そう言って、悠人はシャワールームに消えて行った。
僕は、ベッドの縁に座ると、備え付けの時計を見た。現在時刻は5:00。本当なら今頃、悠人の家でゲームでもしていたんだろう。まぁ、結局それとは違った『ゲーム』をしていたわけではあるのだが。
もっと長い時間が経ったような気がするが、僕が部活から帰ってきたのが1:30くらいだから、そんなに長い時間は経っていない。
ふぅ。僕はため息をついた。ふと、自分が心身ともにひどく疲れていることに気が付く。僕は、一度仮眠を取ろうと横になって目を閉じた。
戦いはまだ、始まったばかり。
僕は、ものの数秒で夢の世界へ引き込まれた――
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