第10話 かぶるな危険
健一が、俺の知らぬ間にいろんな方面へと働きかけていることを知り、俺の2回戦のメイクゲームに対する意欲は高まってきていた。
――なんとしてでも勝ちたい。
その気持ちは、きっとこのゲームにお金が絡んでいなかったとしても、俺の心から芽生えていたものだろう。
健一の期待に応えなければという思いも強かったし、もしかすると健一に対する対抗心も原動力になっていたかもしれない。
ともかく、俺は気合いを入れて、かぶるな危険のルールの詳細をチェックし始めた。
まず、基本的なルールはさっき確認した通りだ。最初に、参加者全員にA~Oまでの15枚の手札カードが配られ、参加者はそのカードを各ターン1枚ずつ提出していく。カードは、Aが一番強く、以降はだんだんと弱くなる。
1ターンは5分。ターンの初め、まずはそのターンに使う得点カードを『投票部屋』にて抽選で決める。そして、参加者は5分以内に投票部屋の投票機にカードを入れ、次に『待機部屋』に移動する。
全員が待機部屋に移動したら、次は結果発表だ。得点カードの数字が正の数、例えば、2とか、6とかであれば、一番強いカードを出した人が得点をもらう。反対に、-3や、-1などの負の数であれば、一番弱いカードを出した人が負の得点をもらう、即ち失うことになる……
なるほど。このゲームは、いわばチキンレースだ。
いかにギリギリで他を出し抜くか。それが駆け引きの最初のポイントになるな。
……ただ、それをより複雑に、厄介にしているルールがある。
出したカードのアルファベットが他の人と被っていた場合は、出したカードが何であっても得点カードをもらうことは出来ない。また、3回カードがかぶったら、その時点での最下位に順位が決定する。3回かぶった人が複数いた場合、先に3回かぶった人の方が順位が低くなる、という意味のようだ。
……3回って、厳しすぎるだろ。
仮に健一以外の全員が参加して、皆が別々のカードを出し合ったとしたら、1ターン目でさえ俺が安全に出せるカードは15枚中7枚。適当に出したら誰かとかぶる確率の方が高くなってしまう。
……これ、正直得点なんかよりも相当重要だぞ。いくら得点を沢山ゲットしても、3回かぶって最下位になってしまったら元も子もない。その時点で負けが決まって、それまでの得点は何の効力もなさなくなる。
とりあえず、ゲームの初めの方は、誰ともかぶらないことを意識すべきだな。中盤になって残っている人数が減ってくれば、少しは戦いやすくなるかもしれない。
一応、タブレットを使えば他の参加者の残りの手札カードを見ることもできるみたいだから、中盤以降はそれも活用していこう。
あとは、メダルの移動と禁止事項についてだ。
このゲームは、より高い順位をとれば、メダルをもらうことができて、順位は15ターン終了時の得点カードの合計によって決まる。得点が高いほど順位が高いという、極めてシンプルなシステムだ。得点が同じ場合は、より大きな得点カードを持っている方が上の順位になる。レアケースだが、同時に2人が3回かぶった時も、同じように得点の高さで順位が決まるという。
また、禁止事項……というか、これはわざわざ触れる必要があるのか分からないが、一応付け加えておくと、一度部屋を出ると失格となり、再入室はできず、その時点での最下位に決定する。
そして、1ターンの5分以内にカードを投票しなかった場合は試合放棄とみなされ、同じように失格となる。
失格になると、部屋を退出しなければならないという決まりらしい。これは部屋を出た場合に再入室できない、という規定にも合致している。
まぁ、ルールについてはこんなところだろう。
『もし何かゲームの穴とか見つかったら教えてよ』
これは、俺が健一に宛てたチャットだ。
ゲームの穴の大切さについては、一回戦で学んだ。
一回戦では、そのゲームの穴によって勝敗が左右されたといっても過言ではない。
何かに気づけば、それだけで一歩のアドバンテージを得ることができるし、逆に大切な何かに気づくことができなければ、それが決定的な一歩になる可能性もある。
そういうわけで、俺は自分自身でもゲームに何か穴がないかと思ってルールを何度か読み直していた。
とはいえ、読み直したからといってそう簡単に穴が見つかるわけではない。そもそも、存在するのかどうかすら定かではない。俺はなかなか良い発想が浮かばず、思い余っていたのだが、ここで突然トゥルズからの放送がかかり、俺の意識はそっちの方に吸い寄せられた。
「変則ババ抜きは、参加者の人数が合わなかったため、没となりました。現在提案されているゲームはかぶるな危険のみ。あと5分ほどで募集を締め切ります」
あぁ、健一から聞いていた通りだな。こうなると、かぶるな危険に参加しようとする人が多くなるような予感がする。
と、ここで健一からの返信が来た。
『うーん、一瞬カードがかぶりたくないなら、カードを出さないという選択肢は無いのか、とか思ったんだけど、そこら辺はしっかり対策されてるんだよね。ちょっと今は何も思いついていないんだけど、また考えてみる』
まぁ、そうだよな。一回戦のゲームの穴なんて意図的に作られたものかもしれないし、他のプレイヤーが作ったゲームでなかなか見つかるとは思えない。
ここは一旦、健一に任せた方がいいかもしれないな。あまりゲームの穴なんてものを当てにしすぎず、もっと実用的な戦術について考えよう。
とりあえず今、ルールを読んでみた中で最初に検討したいのは、L、M、N、Oあたりの、弱いカードの処理の仕方だ。べたに2点や3点くらいのときに消費しようとしては、すぐに他の人とかぶってしまうだろう。正直、-1点や-2点くらいなら失点を恐れずにOを出して、他の人とかぶらないことを優先した方がいいかもしれない。
そして、次に大事なのはいかに高い得点を取るかだ。
かぶらずに一番強いカードを出すって、難しい話だ……
こういう時のセオリーは、物事を単純に捉えること。まずは、周りとかぶらずに一番強いカードを出すことができればそれで勝ちだということにして考えてみよう。
頭の中で何度も何度もイメージをする。
愚直にA、2番手のB、ダークホースのD、大穴のF……
答えは出ない。近いものすら思い浮かばない。
誰かがかぶるならもうこの辺りで弱いカードを出すという戦術もあるが、必ず誰かは高い得点を手に入れることになるし、そもそも今それを考えるのはナンセンスだ。単純にした設定から外れてしまっているじゃないか。
適当にカードを出しては勝てるはずがない。考えて……考えて……どこか近づいてきているんじゃないかと思ったところで、タイムリミットが来た。
「かぶるな危険の開催が決定されました。ゲームは部屋AとBを使って行います。部屋Aのロックが解除されたので、参加者の皆さんは入ってください。全員揃い次第、すぐにゲームを開始します」
くっそ、ダメだ。思いつかない。一度部屋に入ろう。何人が参加するのかも興味がある。
俺は、壁際にあった長椅子から立ち上がり、部屋Aに入っていった。
部屋Aに入ろうとする人の流れで、何となく誰が参加するのかは分かる。一応全員が部屋に入ってから確認しなおしたが、このゲームへの参加を決めたのは、7人だった。やはり少し多いように感じる。
ちなみにメンバーは、五十嵐、井上、郡山、武岡、本庄、目黒……と、俺だ。例の4人が全員参加していることが少し気にかかるが、彼らはまだ4人で組んでいることを隠しているから、そこまであからさまに協力はしないだろう……とは思っているのだが、まだ何とも言えない。
また、参加人数が7名だったので、これによって順位によるメダルの移動枚数も決まった。
1位は+20枚、2位は+10枚、3位は+5枚、4位は±0、5位は-5枚、6位は-10枚、7位は-20枚だ。順位が5位以下だった場合は負けが付くので、メイクゲームの失格にリーチがかかることになる。
もちろん目標は1位だが、ここで負けをつけることだけは避けたい。
俺は、部屋に入ってからもしばらくさっきの続きを考えていたが、メンバー全員が揃うと本当にすぐに、何の前置きもなくゲームの準備が始まった。
「それではまず、ゲームで使用する手札カードを全員に配ります。名前が印字されているので、自分の名前であることを確認してください」
これは、最初から部屋にいた、トゥルズとは別のディーラーだ。彼女は、カルケーネやトゥルズは違って女性だった。だからといってどうと言うわけでもないのだが、そういえばここで女性を見たのは初めてな気がする。未だにこのFAKERが何の目的で行われているのか分からないが、彼らは何のためにこんなことをしているのだろうか。
ともかく、俺はそのディーラーから手札カードを受け取った。手札カードの端には、アルファベットごとに2、3mmの切れ込みがデコボコに入っていて、裏には『織原 悠人』という名前とバーコードが印字されている。きっと、投票機に入れた後の識別に使うのだろう。これを見る限り、他の人のカードをこっそり使うことも出来なさそうだ。
「手札カードの確認が終われば、その他の準備は既に完了しているので、早速ですがゲームを始めます。よろしいでしょうか?」
よろしいでしょうか? とは聞いているものの、これは形式にすぎない。俺はチラッと周りの人の様子を見てみたが、『よくない』なんて発言をする人は、当然のことながら誰もいない。そんな選択肢を思いつくのも健一くらいだろう。
「それでは、これより『かぶるな危険』を始めます。まず、最初のターンで使う得点カードを決めます」
彼女は、箱に15枚の得点カードを入れ、箱を軽く振ってシャッフルをした。シャッフルが済むと、おもむろにその中から1枚のカードを取り出した。
「えー、最初のカードは、……『3』です」
――かぶるな危険、スタートだ。
俺は、誰にもばれない様に、小さくゆっくりと息を吐いた。
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