第9話 情報通の仲間

『ちゃんと送れてたら教えてー!!!!!!!!!!!』

 俺は、早速チャット機能をテストしようと思っていたが、健一の方が俺よりも先にチャットを送ってきた。

 "!"がチャットの内容のほぼ半分を占めているところが、いかにも健一らしい。


『来てるよー』

 そっけない返事にも見えるが、健一を相手にしたときはいつもこんな感じだ。きっと健一が見ても、特に気にしないだろう。


 ちなみに、LINEのような、相手がメッセージを読んだことを確認できる機能は特になかった。チャットを読んだかどうかは返信が来ない限り分からない。


 今は、8時15分。二回戦のメイクゲームが始まるまではあと15分ある。


 周りのみんなも、基本的にはそれぞれタブレットの機能を確かめているようだった。

 ただ唯一、周りと比べて様子がおかしいのは、一回戦で200万円の借金を負ったという、米山 新平だ。


 みんな、心の中のゆとりの大きさは違えど、今の状況を少しでも前向きにとらえようとしている。話の広がりこそ見えにくいし、今後の戦術との兼ね合いもあるのかもしれないが、ちょっとしたお喋りくらいはしていた。


 だが、米山は違う。もちろん、必要最低限の会話はしている。聞かれたことには答えるし、話しかけられたら無視はしない。

 ただ、彼は少し嫌がるそぶりを見せる。きっと、話しかけられたくないのだろう。今だって、トゥルズの説明が終わってから一人、トイレの近くにある長椅子の端に座り込んでボーっとしている。


『二回戦どうする???』

 健一からのチャットが来た。


 そういえば、健一もまた、一回戦でコールド負けを食らったんだよな……。


 基本的に、一回戦のゲームはコールド負けが発生するようなゲームではなかった。

 俺たちは箱の本体を入れ替えるというトリックを使いだしたから、戦いがややこしくなってしまったが、元々はそうではない。コールド負けになるのは自分の所持金が-100万円を切った時か、相手の所持金が500万円を超えた時だけだ。


 そして、勝負から逃げようと思えば、いくらでも逃げることができる。終了ボタンだってあったし、防御側の時も、箱にほんの少しだけお金を入れておけばそれで大丈夫なんだ。


 つまり、彼の絶望しきったような様子も組み合わせてみると、コールド勝ちした月影に何かしら『騙された』という可能性が極めて高い。


『個人的には親を取れたらいいなと思ってるけど、まずゲームを考えないといけないよな。それに、ゲームを告知するタイミングも重要だ。他の人が作ったゲームには参加できなくなるから、下手をすると自分だけゲームに参加できないなんて状況もありうる』


 もし、俺が健一を見捨てていたら、俺たちはどうなっていたんだろうか……。


 1つボタンを掛け違えば、昨日まで親友だったのに今日はチャットすら送れない、そんな関係になっていてもなんらおかしくなかったのだ。

 こうやって相談する相手がいるだけでも、本当に心強い。この『FAKER』、どこで精神が崩壊してもおかしくない。信頼できる仲間が一人いるかいないか、それだけでもかなり違うんだろう。


『おっけー、じゃあ作成については、考えるのも告知するのも大変だからとりあえず保留でいい? 何も親を取るのが目的じゃないし、取るにしても最初じゃなくたっていいよね』


『いいよ。流石に10分も20分も誰もゲームを提案しなかったら考え物だけど。一応なんかできそうなゲームも考えといてよ』


 少々、厳しい注文だったかもしれないが、健一の発想力ならなんとかなるんじゃないかという気もする。

 米山に比べれば、今の自分の未来は、まだ明るい方だ。



 その後、健一から『了解!!!!』というチャットが来て、話すこともなくなったので、とりあえずチャットは終わりにして、他の機能も確認しておいた。


 今はまだ使えないが、メイクゲームが始まればゲームの登録、更には登録されたゲームの確認、参加の登録等ができるようになる。また、これを使ってルールの確認をすることもできる。


 とにかく、失格にならないことだ。

 この二回戦は、失格にさえならなければ、賞金をもらえる。


 失格の条件はいくつかあるが、その中でも特に当てはまりやすいのが、『2回自分のメダルの枚数がゲームによって減る』という条件だ。


 ゲームには2回参加すればいいのだから、安全策を取るなら、殆どの人がメダルを得るゲームを作るという方法もある。そうすると、『メダルの総数が変わってはいけない』というルールがある分、負けた人の損失もかなり大きくなってしまうが。

 自分と周りの人のメダルの枚数や負けが付いた回数、それによって戦い方が変わってくるのがこのメイクゲームの特徴だろう。





 さて、そうこう考えているうちに、9時25分。二回戦が始まるまで、残り5分だ。


 少し周りを見渡してみると、さっきまで放心していた米山も、少しだけ腹を括ったのかタブレットを触っていた。


 本当に、残酷だな。一回戦のときもそうだったが、いくらやりたくなくても、勝手にゲームは進行するし、強制的にやらされる。このゲームを放棄できるほどの大富豪はここにはいないだろう。

 俺だって、他人のことばかりは言ってられない。まずは自分が勝つことを考えなければ。





 ……はぁ。なんか、少し、疲れてしまった。ここ1時間くらい、すごく密度の高い時間を過ごしているような気がする。時間を気にする回数が増えると、時間を長く感じるなんて話を聞いたことがあるが、まさにそんな感じだろうか。


 ゲームが始まるまでの最後の5分は、少し頭を休めることにした。offの時間があった方が、onの時に頭が冴えやすいだろう。


 これ以降、ゆっくりと休息をとれることはないかもしれない。


 俺は、目を瞑り、何も考えないようにした。

 凝り固まってギチギチになっていた頭の中が、少しずつではあるがほぐされていく。

 そのまま俺は、静かに9時30分になるのを待った。



 





カーン……カーン……カーン……



 来た。

 何の変哲もないチャイムなのだが、今となっては聞いただけで心拍数が上がってくる。これが、俗にいう条件反射というものだろうか。




 俺は瞑っていた目を開けた。

 いつの間にか、トゥルズがルールを説明していた場所に戻ってきている。


「それでは、これから二回戦のメイクゲームを始めます。ゲームは4時間、ゲームの終了は1時半です。皆様のご検討をお祈りいたします」


 二回戦は、とても静かに始まった。今は、トゥルズを入れてこの場に11人もいるのに、誰一人しゃべらない。緊張の糸がピンと張ってあるような状態だ。

 

 トゥルズは、説明を終えるとすぐに会場を出ていった。このメイクゲームは、一回戦の時のように、ディーラーが進行してくれるわけではない。ゲームの作成から実施まで、ほとんど自分たちでやらなければならないのだ。万が一全員が何もせずに4時間が経ってしまったら、全員が失格になってしまう。


 それじゃあまずは、事前に健一と相談していた通り、他の人が動き出すのを待とう。


『焦らないこと。とりあえず10分は様子をうかがおう』


 これは、俺が健一に送ったチャットだ。『待つ』というのは、後ろ向きな姿勢なようにも見えるし、実際良い手なのかどうかは今の時点では分からないが、一度決めた方針をころころ変える方が危険だ。



 どっしりと構えていこうと考え、何気なく時計をチラッと見たその時。


 ……突然放送がかかった。


「月影様のゲームが認められました。今から15分間、参加者の募集を行います。詳しいルールはそれぞれのタブレットで確認してください」


 ……早いな。まだ3、4分しか経っていないのに。


 取りあえずタブレットを確認してみると、"変則ババ抜き"というゲームが提案されていた。


 名前の通り、従来のババ抜きのルールを改変したものだ。1~10の数字カードとジョーカーに加えて、LOOK、SEARCH、GIVE、CHANGE、更にはXという5種類の記号カードを使ったゲームだ。

 人数は"6人以下"という制限が設けられていて、なんでも記号カードXが揃ったときにジョーカーを持っている人が敗者、Xを揃えた人が勝者となるらしい。


 他にもメダルの移動については、ゲームの最初に賭けるチップの枚数や、ゲーム終了時に持っていたカードの計算など、色々な要因があるようだが、とりあえず今は細かいところまで把握する必要も、時間もないだろう。


 まずは、参加するかどうかを決めなければならない。


『健一、どうする? 参加人数は4~6人の間みたいだけど……』


 2,3分待ってみたが、なかなか健一から返事が来ない。



 あいつ、何してるんだ!? 15分しかないのに、このままではやばいぞ。


『おい! 何でもいいから返事をくれ-!』


 なるべく健一と協力していることは周りにばれたくないから、直接話をしに行くわけにはいかない。健一の様子を見たが、何やらタブレットを触っていることしか分からない。


 でも、タブレットを見ているなら俺のチャットだって読んでいるはずじゃないか。急がないと、グダグダになってしまう。


 しびれを切らして、もう一通催促のメールを送ろうかなんて考えていると、ようやく健一からの返信が来た。


『ごめん! 遅れた。今、他の人とも連絡を取ってみているんだ。ちょっと待って?』


 ……健一のやつ。平気で心配をかけてくるが、ちゃんと返信が来て、ひとまず安心した。



 だが、周りの人ともこんなに積極的にコミュニケーションを取っているとは、さすが健一だな。まぁそもそも健一の方が、社交性については遥かに長けているし、一回戦で500万円を手に入れた俺よりも、周りからすると近づきやすいんだろう。

 今後、情報を得るには健一を頼ればいいかもしれない。


『えっと、全員と連絡が取れてるわけじゃないけど、月影は一回戦でコールド勝ちしてるし、ババ抜きってなんか『超心理戦!』って感じがするから割とみんな、微妙な反応をしてる』


 ……はぁ、なるほど。これは便利だな。


『分かった。誰と連絡がついているのかリストアップしてくれると助かる』


 なんだか健一がとても頼もしく感じる。異郷の地で手に入れた地図のような安心感だ。

 少し時間をおいて、また健一からのチャットが来た。


『一応、ちゃんと連絡がついてるのは郡山と本庄だけだけど、グループの兼ね合いを考えれば、それだけでも結構な収穫だと思うよ。まず、本庄と目黒は友達なんでしょ。それに、郡山、武岡、五十嵐、井上の4人もまだ憶測の域を超えないけどグループの可能性が高いみたいだし』


 なるほど。さすがに、あの様子の米山とかは厳しいか。


 ……いや、待てよ。郡山と?


『郡山って、なんでお前と繋がってるんだ? あいつが4人で協力していたとしたら、お前と連絡を取り合うメリットってあるのか? 仲間だって沢山いればいいってもんじゃねぇだろ。メダルの調整が面倒になるし』


 今度は、すぐに健一からの返信が来た。


『いや、僕も最初はそう思ったんだけど、もしかしたら周りに『そう思わせる』ことが狙いなのかもしれないよ』


 うーん、郡山たちの繋がりはイマイチ微妙なラインだな。

 健一が言ったことはそうかもしれないが、とにかく今は時間がない。早く月影のゲームに参加するかどうかを決めないと。


『ちょっとその話は一旦中断。もう9時40分だから、月影のゲームに参加するかしないかはそろそろ決めておきたいんだけど、どうする? みんなが参加しない方向ならそれに従うか?』


 ここでも、あまり待たずして健一の返信が来た。


『みんなの話を信じるならそれに合わせて参加しないってことで良いと思う。最初から嘘ついてるってことはなかなか考えにくいしね。あと、多分そろそろ本庄がゲーム提案するよ』


 ……マジか? 健一がそこまで情報通だとは思えないが……


「本庄様のゲームが認められました。今から15分間、参加者の募集を行います。詳しいルールはそれぞれのタブレットで確認してください」


 ……ここまでドンピシャだと、鳥肌さえたってくるぞ。


『お前、すごいな。なんでそんなことまで知ってるんだ』


『だから、言ったでしょ。じゃあ月影のゲームはそれでいいとして、郡山についてはどう思う?』


 健一との会話のテンポが早くなってきている。もしかすると、少し得意になっているのかもしれない。


『郡山と五十嵐、武岡と井上のそれぞれの範囲でしか繋がってないっていう可能性もなくはない。でも、やっぱり個人的には、4人共みんな繋がってると思う。多分健一が言った通りだよ。それじゃ、一回本庄のゲームを確認してくるから、またその後連絡するぞ』


『りょーかい、僕も内容までは知らないから見てくるね』


 本庄から提案されたゲームは、『かぶるな危険』というゲームだった。これは、変則ババ抜きとは違ってオリジナルのゲームのようだ。


 このゲームではまず最初に、参加者全員にA~Oまでの15枚の手札カードが配られ、参加者はそのカードを各ターン1枚ずつ提出していく。

 手札カードはA>……>Oの順で強さが決まり、得点カードは0を除いた-5~10。場に出た得点カードが正の場合は一番強い手札、負の場合は一番弱い手札を出した人が得点カードを引きとる、というのが主なルールだ。


 ただし、この時に周りの人と出した手札がかぶってはいけない。かぶった場合はカードを引き取る権利を失い、15ターン中3回かぶるとその時点で最下位が決定する。


 まぁ、大体こんなところだろう。もちろんこれ以外にもルールはあるが、全て読んでいる暇はない。


『ルールは大体把握した。周りの反応はどう?』


 さらっとゲームの要点を掴んで健一にチャットを送ったが、健一も忙しいのだろう。また少し時間をおいたあと、健一からの返信が来た。


『提案が本庄だから、目黒ももちろん参加する。郡山も微妙ではあるんだけど、ここらで参加しとかないといけないかなっていう感じに傾いてきてるよ』


 うーん、まだ郡山のあたりは何とも言えないな。

 でも、郡山が協力関係を隠すために健一とつながりを持ったのなら、さっき健一が言った通り、最初から嘘はつかないだろう。もちろん、郡山が参加するからといって、他の3人が全員参加するとは限らないのだが。


『オーケー、じゃあ俺たちもここで参加するか? 月影のゲームが没になったとして、ここでもし7人以上このゲームに参加したら、残りは置いてけぼりを食らってしまう。少なくともどっちかは参加すべきだと思うな』


 またしばらくして、健一からの返信が来た。


『それだったら、最初は悠人が一人で参加してくれない? 二人で行くといざってときに悠人に頼りたくなっちゃいそうだし、ゲームに参加した悠人からもまた話を聞きたい』


 はぁ、健一からこんなに具体的な提案をしてくるとはなかなか珍しいな。まぁ、今の所は俺よりも健一の方が周りの状況をよく把握しているし、ここは健一の意見を尊重したい。


『分かった。でも、もしも何か行動を起こすのなら、俺がゲーム中でもいいから連絡をくれよ』


 一応、大丈夫だとは思うが、どうしても何かやらかす気がして、言わずにはいられなくなってしまう。


『大丈夫だよ、じゃあ、またお互いに何かあったら連絡するってことで!』


 ふぅ、これで当面の方針は決まった。


 ……メイクゲーム、やってみて改めて感じるが、難しいゲームだな。

 ゲームを作るところ以外での目に見えない応酬がすさまじいことになっている。


 でも、その部分において健一は、かなり頼れる存在だ。


 二つ名をつけるなら、『情報通の仲間』……ってところだろうか。




 ……それじゃ、俺は俺でこの『かぶるな危険』というゲーム、負けるわけにはいかないな。


 よし、もっと詳しいルールを確認しよう。

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