FAKER ~知恵と騙しあいの頭脳・心理ゲーム~

まつも

プロローグ 事故

 あれは7月のことだった。


「ただいまぁ!」

 タイトな学校の部活を終えて、家へと帰ってきた僕。普段はすぐに中に入り、ひとまずゆっくり休むのだが、今日は家に誰もいない。ドアには鍵が掛かっており、僕はカバンから鍵を取り出さなければならなかった。


「僕のただいまはどこにいったのだろう」

 よく分からないことを考えながら、僕は家の鍵を探していた。その日は「予定」があったのだが、その時は、不思議とその事を忘れていた。

 カチャと乾いた音が鳴り、頭の中でこだまする。中はとても静かで、なんだか少し変な気持ちになった。身体から力が抜けていくような、そんな感じがするようだった。

 ここで、「予定」のことを思い出した。ぼけっとしている場合ではない。我に帰った僕は、開けっ放しのドアをひとまず閉めて、両手で自分の両肩を叩き、気持ちを切り替えた。



 僕は小谷 健一おだにけんいち、15歳だ。高校での生活にもようやく慣れ、今は夏休み。どこからともなく、蝉の鳴き声が聞こえるような季節になってきた。

 実は、今日家には誰もいなかったが、こんなことは滅多に起こらない。

 僕のお父さんとお母さんは、その日から3泊4日の旅行に出ており、それで家を開けていた。一方の僕は、おばあちゃんの家に泊まりにいくことになっていた。


 しかし。1年に1回、あるかないかといったチャンス。ここで大人しくなどしていられない。

 僕には、小学生のころからずっと一緒の学校に通っている、織原 悠人おりはら ゆうとという親友がいる。悠人の方でも都合がついて、僕たちは今日、その悠人の家で一晩を明かしてしまおう、という計画を立てていたのだ。

 一つの関門になりそうなおばあちゃんも、僕に対してはそれほど厳しくない。多少は反対されることも覚悟していたが、「楽しんでらっしゃい」と、織原家への宿泊を承諾された。


 我ながら、完璧な計画!

 そういった訳で、家には僕しかいないのだ。


 僕は、お母さんが作ってくれたお昼ご飯のおにぎりを食べ、ひと時の休息を終えると、早速荷物の準備を始めた。

 準備と言っても、既にほとんどのものは悠人の家に預けてある。僕が持っていく必要のあるものは、せいぜいパジャマと歯ブラシくらいだ。


 天気は晴天。青い空に、大きな白い雲がそびえ立つように浮かんでいる。いわゆる、入道雲だ。これを見ると、夏の訪れを近くに感じる。


 僕は、悠人の家に行く準備を済ませると、すぐに自転車を走らせた。

 悠人の家までは片道15分ほど。今日の日をすごく楽しみにしていたのもあり、自然とスピードが出る。

 ほどなくして下り坂に入った。帰りはきついのぼりで面倒なのだが、行きはスピードを出せるし、向かい風が頬に当たり気持ちいい。


 迂闊だった。坂を一気に下ろうとして、強くペダルを踏みこんだその時、僕の運命は決まっていた。道の脇から横に伸びていた、人通りが少ない細い路地。そこから突然、人が飛び出してきたのだ。


 完全に油断していた僕は考える暇もなく、反射でハンドルを横に切った。頭の処理が追い付かず、何が起こったのかもしっかりとはわかっていない。景色の天地がひっくり返り、体に鋭い衝撃が走り、世界がぐるぐる回り始める。


 僕はそのまま、意識を失った。

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