第7話 秘密の会議

 ……さて、と。

 俺は、自分が付けていた腕時計を確認した。今は、7時45分。あと15分で8時になり、二回戦が始まる。

 しかし、これはただ時間を確認するためにやったわけではない。時計なら会場の中にもあるし、そのくらいは初めから把握している。


 これは、俺と健一の間で決めたサイン。いわゆる、合い言葉のようなものだ。


 ……大丈夫。健一が反応した。

 この後健一は、俺が行く場所についてくることになっている。連絡を取る手段としては少し粗削りなようにも思えるが、仕方がない。考える時間がなかったし、必要ならば他のサインを考えてもいい。サインが単純な分、代用も効きやすいのだ。


 さて、今一番安全なのは……多機能トイレの中だろうか。よほど洞察力の高い人でなければ、トイレに行っても人が足りないことには気が付かないだろう。

 もちろんノーリスクではないが、2人で会うという時点で多少のリスクは背負わざるを得ないものだ。


 俺は多機能トイレの中に行き、しばらく待った。トイレというのは、難しい場所だ。長居しても怪しく見えるが、健一が早く来すぎるとそれはそれで困る。


 トイレの鍵は、健一が入れるように開けっ放しにしていた。俺は少し心配だったが、健一とは問題なく合流することができた。

 しかし、健一が多機能トイレに来てから腕時計を見ると、既に47分になっていた。話はさっさと切り上げないといけないだろう。


「どうしたの悠人? いきなり――」

「おい、そんな大きな声出すなよ! 静かに!」

 ……はぁ、あぶねぇ。健一が開口一番大きな声を出したので、俺はすぐに小声で制した。


 一回戦で互いに勝負を争った健一。彼は、ここぞ、という時の発想力は飛びぬけているんだが、普段は少し抜けている節がある。一つ道を間違えたら一回戦は負けていたし、決して実力が無いわけではないんだが。


「あぁ、ごめん! 悠人! 完全に油断してたよ」

「本当、危なっかしいぞ。まぁいい、あまり時間がないから本題に入ろう。まず、他の人と話してみてどうだった?」


「うーん、大したことじゃないんだけど、本庄 誠と目黒 覚は僕らと同じ高校生で、顔見知りみたいだよ」

「それはそうだな。俺もそれは聞いたし、一回戦も、二人で終了ボタンを押しあって引き分けにしたみたいだった。一回戦の賞金も二人とも60万円だ」

 ……不思議と、目が合った。きっと、考えていることは同じ。俺たちは、親友でありながら一回戦で勝負を争った。

 元々俺は後先を考えずに参加したのだし、健一なんかこの大会の趣旨さえ理解していなかったのだから、どうしようもない部分もある。あの時は、引き分けにするなんて発想は出てこなかった。

 もちろん、今となっては済んだことなのだが、お互いに引け目が無いわけではなかった。


 ただ、今はこんなことをしている場合ではない。

 早く次の話に移ろうと思ったが、合った目をそらすタイミングを見失ってしまった。時間が経てば経つほど、行動を起こしづらくなっていく。

 そうこうしているうちに健一の口角が上がり、俺もそれにつられて、この場は笑ってごまかした。

「何やってんだよ。時間は迫ってるんだぞ」

「あぁ、ごめんって」

 言葉自体は説教と謝罪だったが、その言葉は笑声しょうせいを含んだものだ。


「とにかく、話を前に進めよう。ほかに何か気づいたことはあるか?」

「うん、えっとねー……」


 健一は、何か考えているようだった。時間が無かったが、健一の思考を邪魔したくはない。俺は少しだけ待った。


「……えっと、賞金が0円の郡山 裕介と武岡 守弘なんだけど、多分、この二人も知り合いだと思う。友達って感じではなかったけど、チラチラとアイコンタクトを取ってたから、赤の他人ではないと思うよ」

 はぁ。それは気づかなかった。そうか、賞金0円の二人が知り合いなのか……。

「なるほど。これは、一つ大きな手掛かりになるかもしれないな」

「え、どういうこと?」

「……健一は、二回戦の中の賞金額で変なところがあったの、気づいたか?」

「……もしかして、郡山と武岡の相手、五十嵐 一也と井上 仁の賞金が499万円になってたこと?」

「そう、そこだよ」


 トゥルズは対戦相手の所持金については一度しか言わなかったが、健一はよく把握している。まぁ、朝食を食べた時にも自己紹介まがいのことはしていたし、いろいろ確認したのだろう。


 俺は、話を続けた。

「499万円って、わざとコールド勝ちにしてないってことだろ? 多分、その2人は協力関係にあるってことだろ」


「まぁ、それはそうだけど、それとこれとどういう関係があるの? 郡山と武岡は二人とも賞金0円だったんでしょ?」


「つまり、そこの4人が全員で協力している可能性があるってことだ。一回戦で郡山と武岡はあえて負けて、その上で4人グループを作り、率いている。言ってみると結構しっくりくるんじゃないか?」

「それは、協力を提案した方が最初から賞金をもらうって言ったら怪しいってこと? でも、そもそも最初から4人が知り合いだったってことはない?」


「……五十嵐と井上が知り合いに見えたか?」

 俺には、そうは見えなかったのだが、健一はどうも納得がいっていないみたいだ。


「……まぁいい、これはいったん保留にしておこうぜ」

 俺は、この話をいったん終えようとしたが、健一は引き下がらなかった。


「ちょっと待って、そもそも、二回戦で協力するっていう発想が、一回戦で出てくる時点で何かおかしくない? 僕は、一回戦で負けてもう終わったと思ってたのに、なんでそんなことができるの?」


 ……なるほど。確かに健一の言ったことは一理ある。そしてこの時、俺はある可能性に思い当たった。

「あの招待状には、そこまでのことは書かれていなかったんだよな」

「うん、書かれていなかったよ。あそこに書かれていたのは、日にちと住所、あと電話番号くらい。それに、本庄と目黒も、招待状はいきなり家に送り付けられてきたって言ってたから、ここに来るまでFAKERの概要は分からないようになってるみたい。お金を奪い合うゲームだって事さえも」

「なるほどな」

 きっと、とにかく参加者を集めたかったのだろう。俺の場合は、言えば参加してもらえそうだと思ったから受付の人が少しだけ中身を明かしてくれた。そう考えれば辻褄が合う。


 そして、それならば……

「もしかして、このFAKERって今までに何回も開催してるんじゃないか? ここには、健一や俺のように初めて参加した人と、そうでない人がいる」

 またしても健一は、少し否定的だった。

「……そんな無茶な。だとしたら、この大会自体が詐欺じゃないか。公平じゃない」

「でも、筋は通ってるだろ? 受付の人でさえも、金を奪い合うゲームって事しか教えてくれなかった。それでも協力ができてるってことは、そういうことだろ?」

「……それは、そうだけど」


 俺は時計を見た。今は、51分。もうそろそろ時間がない。

 健一もそれを察したらしく、一度話をまとめ始めた。

「……分かった。じゃあ、郡山、武岡、五十嵐、井上の4人全員が知り合い同士かどうかは分からないけど、とりあえず郡山と武岡は知り合いで、FAKERの存在を知っていた可能性がある。そして、その4人はとりあえずは協力している……ってことね」


「そうだ。流石に、運営の手先だとかそこまでのレベルの話ではないだろう。それだったら、こんな簡単なボロの出し方はしないはずだ。俺が運営で手先を配置するなら、絶対にもうちょっとうまくやる」

「うん。分かったよ。とりあえず、この件については今後も様子を見ていくってことにしとこう。悠人はほかに何か気づいたことある?」


 後は……そうそう、月影 司と米山 新平だ。

「もう時間も無いし、手短にいくぞ。月影 司は米山 新平に一回戦でコールド勝ちしてたよな?」


「……うん」

 よく覚えていなかったのだろうか、健一の返事が少し遅かった。


「見てると、米山の様子が少し変だったよな。何か気づかなかったか?」

「……あー、確かに、言われてみれば。やっぱ、僕は悠人に助けてもらったから別だけど、借金200万円は重いと思うよ」


 もしかすると、郡山と武岡のことばかり考えていたのかもしれない。米山の話になると、健一は少し歯切れが悪かった。


「うーん、まぁ、それもあるんだけど、他にも何か無かったか? なんとなく、『わざと孤立している』ように見えたんだが」


「そうだっけ。今は、二回戦のことなんて、頭に入っていかないんじゃない? しかも、多分、米山は、部屋が月影と一緒になってるでしょ? 月影と、なんかあったのかもしれないよ」


「あぁ、なるほど。一回戦のことで人間不信になってるか、それか脅迫の一つでもされてるとか、何か裏があるかもしれないな。それについてもおいおい見ていこう」


 よし、一通り確認が終わった。腕時計を確認する。今は、53分だ。

「オッケー。とりあえず、もうすぐ時間だしそろそろ行こうか。健一は先に出ろ、俺は少し時間を空けてからここを出る」

「わかった。それじゃあ二回戦、頑張ろうね」

 健一が部屋を出る。俺は、それからしばらく待って、55分になったところで多機能トイレを出て、広間に戻った。


 広間に戻ると、すでに朝食が乗っていた長机の上は片づけられていた。机には、一辺に5個の丸椅子があり、反対側と合わせると丁度10個になる。部屋には長椅子もあったが、そこに座っている人はいず、大半の人は既に丸椅子に着席していた。中には本庄と目黒のように立ったまま喋っている人もいたが、俺は、ひとまず丸椅子に座った。

 健一は反対側のひとつ前の席に座っている。『前』というのは、その先にある大きなモニターを基準にしたときの表現だ。多分、ルールの説明か何かで使うのだろう。


 また、広間には、別のどこかに繋がる4つのドアがあった。俺は気になって開けようとしてみたが、それらのドアはいずれもロックがかかっていて、先を見ることは出来なかった。


 ほどなくして、全員が丸椅子に着席した。

 今は、7時58分。あと2分でトゥルズが言っていた8時だ。流石にもう、喋っている人もいない。10人いるとは思えないほどの静けさだった。

 それから間もなくして、トゥルズがパソコンを持って現れた。天井についているプロジェクターからモニターに向かって、パソコンの画面が表示されることを確認する。確認が終わるとトゥルズは一旦プロジェクターを消し、9時になるのを待った。



カーン……カーン……カーン……



 これは、一回戦の時にも聞いたチャイムだ。

「時間になりました。それでは二回戦を始めます」

 トゥルズが、もう一度プロジェクターをつけた。モニターに大きく『二回戦』の文字が表示される。

「二回戦に行うゲームは……」

 トゥルズが、タンッとキーボードのキーを押した。



メ・イ・ク・ゲ・ー・ム



「メイクゲームです。二回戦はかなり自由なゲームになります。プレイヤーで行うゲームを自分で作成メイクしてください」





 ……これはまた、なかなか凄いゲームが出てきたな。

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