第9話

   第九章


 音楽の誕生から数年が過ぎ、世界は大きく変わり始めていた。それまでは一つにまとまっていた世界だったが、戦争が巻き起こってしまったんだ。大きく二つに分断された世界は、なんとも悲しい結果を生み出していく。その戦争は、いまだに終わっていないんだから余計に悲しくなってくる。

 戦争のきっかけがなんだったのかは、色々なことを、色々な奴が言っている。どれもが正しくもあり、間違ってもいる。戦争がいいことだとは決して思えないが、この世界は誕生以来二千年近く一度も戦争がなかったわけだから、どうしてなんだとの思いが強いのは仕方がないことだ。しかし、実際に戦争をしているのは政府の連中であって、一般市民はただ巻き込まれているに過ぎない。徴兵制度を設けたのも、無理矢理でなければ参加する者が少ないからだ。

 戦争への参加は、義務になっている。いいことだとは思えないが、それで金を稼いでいる連中も多い。戦争が終わらない理由には、そういった要因も含まれているんだそうだ。単純に兵士の雇用を生むだけでなく、そこに関わる多くの産業が生まれているからだ。武器の製造もそうだし、兵士達の服装を作る会社や食事を作る為の人員や設備にもお金は動くんだ。戦争に関わる全てが止まってしまうと、多くの人間が路頭に迷う。

 徴兵は、全ての国民に対して平等に行われている。例え政府のお偉いさんの家族であっても、当然のように選ばれ、拒否することはできない。と言われているが、真実は分からない。俺も徴兵された経験があるが、周りに親や親戚が政府関係の人間だという奴は一人もいなかった。ただそのことを話さなかっただけかも知れないけどな。しかしそれは、徴兵されたショウの周りでも同じだったよ。

 徴兵されたショウは、当然それを拒むことができず、戦地へと向かわされた。他の国ではどうか知らないが、この国では有名人でさえ特別扱いはされない。悲しいことだが、多くの才能ある有名人が戦地で命を落としている。当然、多くの才能がある有名じゃない連中も同じことだ。

 戦地へ向かう直前、ショウの母親が亡くなった。買い物をしていたスーパーが、標的にされたんだ。落とされた爆弾は、スーパーを粉々に吹き飛ばした。

 その現実はすぐにショウへと伝えられたが、それを理由に徴兵が延期をされることはなかった。ショウは悲しみを胸に仕舞い込み、戦地へ向かった。

 一般市民が暮らす街への攻撃は、稀にではあるが起きている。一応の規定はあり、予告なしの攻撃は禁止されている。とは言っても、それを無視するのが戦争なんだ。誰かを殺すのに、ルールを守っているからと言って許されることはない。

 戦争の構図は、アメリカ対その他の国だ。日本は当初アメリカ側についていたが、そのやり方の酷さに、対立国に味方をするようになった。裏切られたと感じたその日から、アメリカは攻撃を続けている。日本はどんなに酷い攻撃を受けても抵抗することをやめないでいる。抵抗をやめてしまえば、負けを認めることになるからだ。

 ショウが向かった先は、日本の南にある島だった。以前は沖縄と呼ばれる日本の県だったが、戦争が激しくなり、行政としての機能がなくなってしまっている。戦争とは関係がなし暮らしている住人は一人もいない。

 日本に裏切られたと感じたアメリカがまず攻めてきたが沖縄だった。そこには元々アメリカの軍隊が駐在していたため、あっという間にその半分を占拠されてしまった。

 アメリカという国は、世界がまだ一つだった頃からあらゆる国に軍隊を駐在させていた。自分達が世界のリーダーだと考えていたようだ。

 今でもそうだ。リーダーとして、世界を再び一つにしようとしている。

 俺達一般市民は、この現状を世界の分断と見ているが、世界政府としては、そうではないそうなんだ。世界政府の中で内戦が起きている状態だという。確かに国同士が分裂する危機ではあるが、いまだにアメリカも世界政府らの離脱は表明していない。明らかに規定違反をしているアメリカではあるが、その攻撃を、自国のものとは決して認めてはいないんだ。

 世界が一つであると政府が言っているため、どの国への移動も自由だ。敵対しているアメリカへも、普通に遊びに行くことができる。元々対立しているのは政府間での話であって、一般市民にはどうでもいい対立だった。それが故に、戦地での殺し合いは虚しいものではあったのだが。

 沖縄でのショウは、戦地で多くの銃弾を放った。立ち向かってくるアメリカ兵を、何人殺したか分からない。しかし、そうしなければ自分が死んでしまう。その方がマシだと考え、反撃をせずに死んでしまう兵士も実際にいるが、ショウはそうはしなかった。生きて帰りたい。その思いしかなかった。

 ショウは戦地に、ギターを一本持ってきた。さすがに殺し合いの場ではギターを弾かないが、移動の際や、宿舎ではよくギターを弾きながら歌っていた。その歌声に誰もがノーウェアマンのショウだと気がつくが、誰もがそのことには触れもしない。ただ同じ兵士として、ショウを受け入れていた。

 戦地でもショウは、多くの曲を作っていた。多くの死を目の当たりにしたショウの言葉は、必然と重くなる。しかし、その曲の力強さは増していくばかりだった。

 徴兵期間は半年で終了する。本人が望めば延長もできる。上官に在留を望まれることもあり、ショウはそうされたが、断った。そりゃあそうだな。あんたはここにいるべきじゃないよな。上官の呟きが聞こえてきた。


 横浜に戻ってきたショウを待ち構えていたのは、これでもかといえる辛い現実だった。

 転送装置とスニークを乗り継いで形のある本で溢れる部屋に戻ると、そこにオーナーの姿があったんだ。たまに顔を覗かせることはあっても、そこに居座ることは珍しい。なにかを悟らざるを得なかった。

 娘が・・・・ その言葉だけで、ショウはその場に崩れ折れた。どうしてなんだ・・・・

 ショウはこの部屋にギターを置き、シンシアを連れて母親の家に向かうつもりでいた。母親の死さえまだ受けれ入れられていなかった。

 シンシアは今どこに?

 か細く震える声でオーナーにそう尋ねながら、同時にスティーブでシンシアを呼び出す。昨日までは確かに連絡ができていた。しかしこのとき、スティーブからの非常な通告が頭に響く。現在その方の情報は存在いたしません。

 スティーブは、死者の情報を削除する。

 今は私の家にいる。当然、会いに来てくれるよな。

 オーナーの言葉に、ショウは頷く。そしてゆっくりと立ち上がり、オーナーと共に家へと向かう。

 なにがあったんですかと、ショウは口にできずにいた。オーナー所有の箱型スニークの中で、ひたすら遠くを見つめるばかりだ。五人乗りのスニークは、前方に二人、後方に三人が乗ることができる。オーナーとショウは後方に乗っていた。前方には運転手がいるだけだ。チャコとジョージも部屋の中にいて、後から別のスニークで二人を追いかけていた。そこには当然のようにヨーコの姿もあったのだが、ヨーコとショウが言葉を交わすことはなかった。

 オーナーの家は、意外にも外見は普通だった。小さくはないが、大き過ぎでもない。箱型の、どこででも見かけることのできる家だった。そんな家の中に入ると、その様子はちょっと普通じゃなかった。建物の半分が吹き抜けになっていた。シンシアの遺体は、吹き抜けの中央に作られた代の上に寝かされていた。天井から差し込む光を浴び、今にも浮き出し、天国へ旅立つかのようだった。

 どうして死ぬんだ・・・・ やっと戻ってこれたのに・・・・

 そんな言葉を絞り出すのがやっとだった。後はひたすら涙と嗚咽を零し、シンシアの身体や顔を抱きしめていた。

 涙も嗚咽も出なくなった頃、日差しはすでに消えていて、外は暗くなっていた。

 もういいだろ。オーナーがそっと近づき声をかける。もういいのか? いったい、なにがいいんだ! 心の中でそう叫ぶ。

 死因を教えて下さい。心の中はぐちゃぐちゃになっていて、今にもオーナーに飛びかかりたい気分だったが、なんとか抑え込んで言葉にした。

 娘は、事件に巻き込まれて殺された。私がこの街にいながら、なんとも情けない。

 オーナーは涙が溢れそうになるのをぐっと堪えている。きっと、ずっとそうしていたのだろう。娘の死を知ってから、一度も泣いてないんだと思われる。目には涙がたまっているが、それが流れた後が一筋もなく、瞬きを堪えるように大きく瞳を開いては涙を目の奥に引き戻していた。

犯人はすでに捕まっているよ。聞き屋が探し出してくれた。今は刑務所の中だが、明日には地獄行きが決まっている。当然、そんなことで私の怒りは治らないが、どんなことをしても娘は帰ってこない。ショウ君の怒りも治らないだろうが、どうか勘弁してほしい。

 オーナーは全ての言葉を一語ずつゆっくりと発音し、最後の言葉の後で、深く頭を下げた。

 そんな・・・・ 言葉をなくすって、こういう感情なんだと、後にショウは言っていた。

 シンシアは、いつものようにこの街を歩いていた。横浜って街は、治安はそれほど悪くはないが、それなりに事件の多い街でもある。

 シンシアは、朝早くに連結型スニークに乗って家からやって来た。普段はオーナーである父親の箱型スニークに同乗させてもらうんだが、その日は早くショウに会いたいという気持ちと、ボブアンドディランでの興行を控えていていたため、早目に家を出た。

 そんなスニークの中で、シンシアはおかしな男を目にした。朝の連結型スニークは、立っているのも困難なほどに混雑することがある。起きたばかりで機嫌が悪いのか、人混みに揉まれて自分だけが嫌な気分になっていると勘違いをしているのか、あからさまに不機嫌な態度を取る輩が多い。そんな輩同士の揉め事は、日々絶えることなく繰り返されている。

 その日シンシアは、スニークの中で言い争いをしている二人の男を見かけた。どっちの言い分も自分勝手で、迷惑でしかない男達だった。しかも、その言い争いが周りにも飛び火をし始めていたそうだ。お前らなに見てるんだよとか、こっちに寄ってくるんじゃねぇよとか、汗臭いんだよとか、言いがかりにもほどがある。しかも、自分よりも若くて華奢な奴だけに向かって言葉を向ける。女性に対しても強気な態度を見せていた。面倒ごとには巻き込まれたくないが、流石に迷惑が過ぎると思い、シンシアはその二人を睨みつけていた。そんなシンシアの視線と感情が、男に伝わったようだ。それは最初に騒ぎを始めた方の一人だった。どこかで見かけた服装と髪型をしている、印象に乏しい見た目の男だ。その男がシンシアに向かって口を開こうとしていた。そのとき、シンシアの背後から、野太い男の声が聞こえてきた。こんな場所で騒いでるんじゃねぇよ! その一言に、男達が振り向いた。そこに見えた男は、シンシアの足よりも太い腕をしていた。分厚い胸板の筋肉が、上着の上からでもピクピク動くのが見えた。二人の男は、口をあんぐりとさせ、うつむいた。横浜駅に着くまで、静かな時間を取り戻した。

 聞き屋の前を通り過ぎ、軽い会釈をして歩いて行く。橋を渡ればすぐそこに店がある。普段通りの一日を過ごしながら久し振りに帰ってくるショウを待つ。そのはずだった。しかし、そうはならなかったから、こんな話をしなくちゃならないんだ。

 橋を渡っている途中、背後から走ってくる男に背中を刺された。チタン製の鋭い刃を持つナイフで、何度も何度も刺された。悲鳴をあげ、息が絶えても、その男は手を止めなかった。異常と言うのも憚れる。

 その場に倒れたシンシアをそのままに、男は走ってどこかに消えて行く。街の異変に気がついた通行人が政府に連絡を入れてくれた。その場で身元を確認し、父親であるオーナーに連絡を入れる。オーナーはすぐに聞き屋を頼った。政府の人間は頼りにならない。聞き屋はありったけの情報網を駆使し、あっという間にその男を捕まえだした。血だらけの服装は捨て、盗んだ服に着替えていた。印象に乏しい男は、自分がしでかしたことに反省なんてしていない。むしろ、悪いのは彼女だと感じている。政府に捕まっても、向こうが先に挑発してきたと、自らの行動を正当化していた。しかも、それを間違っているとは微塵にも感じていない。

 こういう奴を野放しにはできないと、オーナーだけでなく、聞き屋も感じていた。そればかりか、政府の人間も同じだった。

 翌日、その男は護送中に事故に遭い、死んだ。

 ショウはその後に予定されていたノーウェアマンの予定を、全てキャンセルさせた。


 ショウはシンシアと暮らすために購入した家に篭っていた。しばらくは食事さえしていなかったが、流石にそのまま死んでしまうことはできず、家にある食べ物を摘まんでしのいでいた。

 家に篭り、ショウはなにもしない時間を過ごしていたが、そんな生活はいつまでも続くものではなかった。ショウの性格上、じっとなんてしていられなかった。

 取り敢えずショウは、自然とギターに手を伸ばす。これしか僕にはないと感じ、曲作りに没頭する。言葉は溢れ出して止まらないが、主観的な感情の塊は、聴く者の耳に耐え難い。ショウは何度も頭の中で感情を整理していく。主観を削り出す作業は、ショウの心を癒していく。現実は、どんなに最悪であっても、受け入れずには生きていけない。曲作りをすることで、ショウは現実を受け止め、正気を取り戻していく。そして事件から一ヶ月半、ようやく家の外に出た。

 ショウがまず向かった先は、実家だった。母親の遺影に、ようやく挨拶をする。その後にお墓を訪ね、会話をする。

 オーナーの家には行かない。ボブアンドディランにギターを抱えたまま入っていく。そして、なにも言わずに舞台に上がる。そしてギターをかき鳴らし、歌った。

 ショウの歌は、虚しく店内に広がっていった。数人の客と、従業員しかいなかったが、誰もショウの歌に耳を傾けていなかった。

 ショウはチャコとジョージに戦場で作った曲も含め、全ての新曲を披露した。正直、俺でさえ不安を感じる内容だった。しかし、チャコとジョージの二人は、いいんじゃないかと受け入れた。そして三人で、バンドとしての曲へと仕上げていく。

 この三人は、やっぱり揃ってこそなんだと感じる。ショウ一人では不安定になる曲も、三人で演奏をすると、まるで別物のように生き生きと感じられる。

 出来上がった曲達を、ノーウェアマンとしては久し振りの作品として発表した。手応えは確かにあったようだが、当時はそれほど売れなかった。

 その理由は明らかだが、曲は素晴らしく、評価は高かった。普段のノーウェアマンの曲に比べ、暗すぎたんだよ。後に再評価されている作品だが、当時はこの作品のために人気を落としていた。

 とはいっても、復活をしたノーウェアマンの興行は大反響を呼んでいた。新曲も当然ライブでは披露をするが、生での演奏だと、やはり盛り上がる。世界中が、ノーウェアマンの復活を待っていたようだった。

 ショウ達三人は、以前から感じていたことだが、タブレットでの作品発表に疑問があったんだ。タブレットは、一見形があるようで、実体が後に残らない。そこが寂しいと感じていた。

 ショウは、形のある本の中から、レコードと呼ばれる記録媒体の存在を知った。だいぶ前からその存在自体は知っていたが、詳しく説明する本に出会えず、再現をすることができないでいた。

 文明以前の記録媒体には他にもいくつかが存在していたようだ。様々な形をしていて、それぞれに特徴があったようだ。ショウがレコードに興味を抱いたのは、その大きさや形もそうだが、その再生方法にだった。

 レコードは、基本真っ黒で、お腹ほどの大きさがある円盤型で薄い板状の記録媒体だ。裏表に音楽を記録することができる。専用の装置に乗せ、中心に空いた穴を支点に円盤を回転させる。そこに針を当てる。レコードに刻まれている溝を針が振動で読み取り、音を出す。

 ショウはそれを、写真と絵を見ただけで再現をした。と言っても実際は、そのアイディアを伝え、別の誰かに頼んでいた。

 ライクアローリングストーンのミカンが、その誰かだ。ミカンはライクアローリングストーンのドラマーであり、楽器制作のスペシャリストだ。ライクアローリングストーンの楽器は、その全てがミカンの手作りだ。

 ミカンに連絡を入れると、快く引き受けてくれた。そして、数週間で完璧な形を仕上げてくれた。

 ミカンはまず、レコードを再生する装置から作り出した。その後にレコードを作る装置に取り掛かった。ショウはミカンに口頭での説明と、自身で書いた絵を見せただけだったが、ミカンはそれだけで構造と仕組みを理解したようだった。

 仕上がったレコードに、ショウは大満足だった。その音は予想以上に素晴らしく、スティーブで聴く数倍もの暖かさを感じた。生の音よりも繊細さを感じられるほどだった。

 ショウは形のある本で見かけたレコードのパッケージも真似をした。レコードがちょうど入る正方形に、曲にあったイラストを添える。裏表に書けるっていうのも魅力の一つだ。

 レコードの最大の特徴は、裏表に記録された曲を、自分で設置し、自分でひっくり返して聴くってところにある。記録できる時間は決まっている。その中に収まるように考え、レコードをひっくり返す動作も一つの曲だと捉えると、作品の幅が広がるんだと、ショウは言っていた。

 レコードの評判は良かった。再生装置も含め、予想以上に売り上げた。他のバンドも真似をしている。しかし、生産性がとても悪く、爆発的には売れていない。そして、ショウもミカンもそれで満足をしている。

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