第12話

   終章


 上手くいかなくなると、ショウは聞き屋を頼る。演劇と音楽の融合に失敗をしたと感じていたショウは、一人で聞き屋の元に向かった。

 カオリはショウとは違い、それほどには落ち込んでいなかった。評価されないことは悔しかったが、元々周りから期待なんてされていなかったぶん、失った自信も少なかった。とはいっても、落ち込んでいるショウを慰めることはできず、普段通りの生活に戻り、ショウを影で支えようとしていたんだ。余計な口出しをしない愛もある。平穏を装うために距離を置く愛もあるってことだ。

 横浜の街を歩くと、気が紛れる。特に双子の置物を撫でる瞬間は心が落ち着く。そういえば・・・・ こうやって神様に触れるのは久し振りだな。ショウはそう感じた。横浜の街を歩くと必ず双子の置物を撫でるショウだったが、転送装置が建物内にできてからは、外を歩く機会が一気に減ってしまい、すぐ側にある双子の置物に顔を見せることもなくなっていた。

 聞き屋のいるはずの場所に向かったが、その日のその時間、聞き屋の姿は見えなかった。しばらくの間、普段は聞き屋が座っている椅子に座って待っていたが、一向に聞き屋は現れない。その間にショウは、聞き屋として二人の話を聞いていた。不思議だが、その椅子に座るショウを、誰もが本物の聞き屋だと、少しの疑いも持っていなかった。

 なかなか現れない聞き屋に、ショウは腰を上げた。向かった先は、地下を走る連結型スニーク乗り場の更に下の休憩所だった。そこには聞き屋がいると、ショウはなんの疑いも抱いていなかった。

 扉の前まで辿り着き、鍵を持っていないことに気がついた。しかしショウは、その取っ手を掴み、回した。するとドアが開く。やっぱりここにいたんだなと、いると決めつけていた聞き屋に向かって声をかけた。

 しかし、返事はない。部屋を覗いても、聞き屋の姿は見えなかった。ショウはその場でしばらくソファーに腰をかけて聞き屋を待っていた。ソファーの下にあるはずの本を探したが、そこにはなかった。聞き屋が持っていったんだろうと、勝手に納得をする。

 その部屋は、思いの外退屈だった。本もなく、スティーブの機能も使えない。スティーブが全く思考を停止するのは、この場所だけだ。誤魔化すことは、完全なる停止とは違う。とはいっても、なぜこの場所だけはスティーブの思考が停止するのかは分からない。きっとそれが、過去へのタイムスリップと関係があるんじゃないかと、ショウは勝手に想像する。

 どれだけの時間が流れたのかは分からないが、さすがに待ちきれなくなったショウは、諦めて家に帰ろうと決めた。ドアを開け、地上へと戻った。

 なんだ、ここは・・・・

 地上に広がる景色に、ショウは驚いた。そして、そういえばと思い出す。ほんの少し前のことだが、地下スニーク乗り場でも、地上への道程でも、ショウは誰一人ともすれ違わなかった。そんなこと、冷静に考えればあり得ない。こういうことなのか・・・・ あり得ない現実を素早く認めるのは、ショウの才能が故だ。

 ショウが見た景色は、表現には難しい。いくつかの建物はあるが、その全てが見たことのない建物だった。人の姿は全くない。文明が果てた世界。ショウはそう感じる。過去なのか未来なのかは分からないが、ショウが生きていた現実とは違う世界であることは確かなように感じられた。

 頭が混乱していたショウだったが、ジッとしていてもなにも始まらないと、その足を動かした。取り敢えずは人影を探そうとした。しかし、その街には人影どころか生き物存在すら感じられなかった。方向だけを頼りに双子の置物を探したが、それさえ見当たらなかった。

 困ったショウは、聞き屋に頼るわけにもいかなかったが、その場所には足を向ける。当然というかどうか、そこにはいなかった。箱型の建物だけは残されていたが、聞き屋がそこに腰を下ろす椅子はなかった。

 ショウの行動力は抜群にある。建物の中に足を踏み入れるのに、躊躇なんてなかった。そこに行けば必ず誰かに会えると信じていた。

 しかし、そこには誰もいなかった。別の建物もいくつか覗いたが、人影は見えなかった。そんな中、ショウは動く影を確認した。その影は、ゆっくりとだがショウに近づいてくる。

 ここでなにをしている? この街は危険だ。すぐに避難を致しましょう。

 そんな声を発したのは、まん丸のボールだった。空中をふらふら飛びながらやって来た。

 お前は誰だ? ショウは案外と平然にそう言った。

 僕のこの外見のこと? それとも中身? 外見はボール。中身はコンタクタだよ。

 その言葉には、ショウも俺もクエスチョンマークしか浮かばなかった。

 僕のことを知りたいって顔をしているね。だったら教えてあげるよ。見た所君はこの時代の人間じゃないようだね。中身がスティーブだなんて、時代遅れもいいとこだよ。

 ショウはその物体に多くの疑問を感じていたが、敢えて口にはしなかった。ただ愛想よく頷いてみせた。

 僕はさ、簡単に君の感情が見えているんだ。愛想笑いは嫌いだよ。思ったことを口にしないと、後で後悔するんだよ。

 確かにそうだね。僕の今の感情は一つだよ。随分とお喋りな奴だなって思っているだけだよ。ショウは嬉しそうにそう言った。

 僕はね、スティーブの代わりとして働いているんだ。正確にはちょっと違うんだけど、そう言えば君には伝わるよね。この身体は、この星にはない成分で作られているから、君には説明をしても意味がないから辞めておくよ。ここは君がいた世界から数千先の未来だね。と言ってもさ、僕のこの中身は、気がいた世界で生まれているんだよ。しかも、君の時代から数十年後だよ。僕の歴史はそれ程に古いんだよ。まぁ、そんなことはどうでもよかったよね。この時代の人間はね、多くが宇宙に旅立っているんだ。この星にもまだ生存者はいるんだよ。この街にはいないんだけど、この国にも少しはいるんだ。東京にはそんな街が存在しているからね。君はさ、この街の現状を見てショックを受けているよね。それは当然だって僕は思うよ。だって、この景色は破滅の後だからね。けれど勘違いはしない方がいいよ。これはね、敵対する宇宙連合軍による仕業なんだよ。地球はね、この時代のニ千年程前に戦争を辞めたんだ。世界が平和になっていたんだよ。まぁ、詳しく話すと問題点はあったんだけど、人間同士が生きていればそれは避けて通れないからね。争いを一切せずに一生を終える人間なんていないよ。地球はね、宇宙の政府軍に加盟をしたんだ。地球上の戦争は終わったというのに、今度は宇宙戦争を始めたんだ。と言っても、巻き込まれただけなんだけどね。これが現状だよ。もっと詳しく知りたいなら、僕と一緒に宇宙に旅立とうよ。君はなんだが、とても魅力的だからさ。

 得体の知れないその物体の言葉に、ショウは興味を惹かれた。宇宙を旅するなんて、魅力以外にはなにもなかった。けれどショウは、すぐに現実に帰らざるを得なくなってしまったんだ。

 僕も君を連れて行きたかったんだけど、やっぱり無理だね。色々調べて見たけど、君は元の世界に戻らないといけないんだ。と言うか、後数分で自然と引き戻されてしまうんだ。君はその現実に納得がいかないようだから、カラクリを少しだけ説明するよ。君がタイムスリップする秘密はスニーク乗り場の地下にあるんだ。鍵を開けたり閉じたりする組み合わせで未来や過去に行けるんだよ。君は今、自分の意思とは関係なくここに来ているんだね。鍵の操作もしていない。部屋の鍵が開いていたのは、別の誰かが閉め忘れただけなんだ。その誰かさんは、鍵のかけ忘れに気がついて、慌てて扉の前に向かい、今まさに鍵をかけようとしている。鍵をかけた瞬間、君はそこへ引き戻される。当然、その部屋の外にだよ。ほら・・・・

 その言葉が途切れた瞬間、ショウの体が捻れたように見えた。そして次の瞬間には休憩所のドアの前に立っていた。しかも、鍵を閉めたばかりの聞き屋の背後に。

 背後に突然の気配を感じた聞き屋は、躊躇なく勢いをつけて振り返る。

 うわぁ! ・・・・どうしお前がそこに? 聞き屋がそう言った。

 ・・・・その説明は難しいな。ショウは首を捻り遠くを見つめてそう言った。まぁ、そんなことどうだっていいよ。僕はただミッキーに会いに来ただけだからさ。ショウはそう言い、聞き屋の前を歩いて地上へと出て行き、箱型の建物の裏のいつもの壁に寄りかかる。

 俺になにか用があったのか? 聞き屋は珍しく椅子には座らずにショウと肩を並べて壁に寄りかかった。

 あったはずなんだけど、忘れちゃったよ。なんだかさ、ミッキーの顔って、落ち着くよね。ショウはそう言って笑った。

 なんだよ、それ。そう言って聞き屋も笑う。二人は顔を見合わせ、しばらくの間意味もなく笑い続けていた。


 ニューヨークに戻ったショウは、そろそろ悩むのはやめにするよと、俺の母親である彼女に言った。

 それはいいことだよ。彼女はそう言った。

 それでさ、この街を離れようと思うんだ。ショウはそう言った。彼女は一瞬だけ戸惑っていたが、すぐに、それもいいわね、そう言った。

 横浜もいいんだけど、東京なんてどうかな? 演劇の要素はさ、日本では東京が似合うんだよね。

 ショウの言葉に彼女は涙を浮かべた笑顔を見せる。

 嬉しいよ。それって最高の決断だわ。

 彼女がそう言った理由は、本当の感情は二人にしか分からない。簡単に上辺だけを説明すると、東京への憧れと、演劇への未練があった彼女へのショウの気持ちが現れた言動に、彼女が感動をしたってわけだ。

 東京での新居は二人で探していた。その場所が、俺の実家だよ。

 引越しの準備は順調だった。荷物なんていくら多くても転送装置を使えばそれ程の手間はかからない。しかし、転送装置まで運ぶのと、転送装置から運ぶのに自分でやるのは面倒だ。引越しの業者に頼めば、そこでも楽ができる。

 業者の手配は即日とはいかず、三日ほどの暇ができてしまった。この時間がなければ、ショウは今でも生きていたかも知れない。しかし、これこそが運命なんだよな。そう思うしかない人生を、ショウは歩んで来た。

 三日間の暇ができ、ショウと彼女は別々で最後のニューヨークを楽しんでいた。一緒にいればよかったとの後悔を、今でも彼女は抱えている。

 暇ができた一日目に、彼女は妊娠を告げた。ずっと黙っていたけど、もう安定期は過ぎているの。あなたの子供よ。元気な男のよ。そう言った。

 彼女の言葉を聞き、ショウは大喜びだった。こんなにも喜んでいたなんて、息子の僕としては最高に嬉しかった。

 妊娠を告げた彼女だが、昼間も夜も一人で街を楽しんでいた。ショウもまた、ゆったりとした時間の流れを一人で楽しんでいた。本音としては一緒にいたかったが、一人の時間も大切だ。特に、妊娠をしている彼女にとって、そんな時間は重要だと考えていた。

しかし、その二日目に悲劇が待っていたんだ。夕方に部屋を出て散歩でもしようとしていたとき、拳銃を突きつけられ、死亡した。


 ショウの物語は、ここでお終いだ。その後のことを話したい気持ちはあるが、それは意味がないって感じている。人間っていうのは、死んだらお終いなんだよ。ショウにとっての物語はね。続いているのは、生きている俺達の物語なんだ。

 とは言っても、ショウの影響はこの世界に生き続いている。俺は、こんなにも偉大な父親がいることを、ようやく誇りに感じられたよ。

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