第6話

   第六章


 バンドを結成したショウ達三人だったが、ライブへの出演はまだだった。相変わらず、ショウが一人で興行していた。

 チャコとジョージは、まだ大学の研究室へと通っていた。学校が休みの日は一日中、そうでなくとも夕方からはずっと形のある本で溢れている部屋に集まり、練習をしていた。チャコとジョージの成長はとても早く、興行ができるレベルにはすぐに至ったが、ショウがそれに待ったをかけていた。ショウ達三人がなにやら新しいことを始めたことは、ボブアンドディランの彼女の耳に届き、実際にその様子も見て気に入っていた。いつでもいいのよと言われていたが、ショウは、ボブアンドディランでのデビューを嫌っていた。深い理由はない。大勢の前で披露したかっただけだ。ボブアンドディランの客層は結構高い。お金に余裕のある人間が多く集まる。それが悪いわけではないが、ショウはもっと若い連中にも、お金に余裕のない連中にも披露したかったんだ。

 悩んだショウは、聞き屋に会いに行った。

 今日はさ、単純に話をしたくて来たんだ。話を聞くのは得意だろ?

 目の前にしゃがみ込むなりいきなりの言葉にも関わらず、ミッキーはゆっくり頷く。珍しく、余計な口を開かない。これが本来の聞き屋の姿なんだろうと感じた。

 僕たちは今、バンドを組んでいるんだ。音楽を世界に響かせたい。本気でそう思っているんだけどさ、ボブアンドディラン以外で演奏したいんだ。どうすればいい? まさかさ、ここでやればなんて言って欲しくはないね。

 ショウの言葉に、聞き屋は笑う。

 それでいいんじゃないかって思うけれどね。

 そんなミッキーの言葉に、今度はショウが笑った。

 それができるなら、それでもいいんだけどさ、色々と政府がうるさいんだよね。まぁ、すぐに止められるだろうね。

 そう思うか? 常識で考えたら確かにそうだが、俺は聞き屋だぜ。根拠もなしにこんなこと言うと思うか?

 それは俺でも思わないが、さすがに場所が悪かった。横浜駅周辺は、スティーブからは守られているが、政府の人間が側にいるんだよ。他の街に比べれば融通は効くかもしれないが、駅前でのライブなんて考えられない。少なくとも、俺やショウはそう考えたんだ。

 しかしミッキーは違かった。あいつ等はいい奴なんだよと言う。俺にませろとまで言ったんだ。

 この国では、政府の人間があちこちで俺達を見張っている。派出所と呼ばれる箱で生活をし、常に目を光らせている。なにかがあればすぐに飛んでくるんだが、聞き屋が関わるような事件には顔を出さない。所詮は政府側の人間で、政府の利益にならない事件には関わらないってことだ。ニュースにもならない事件を解決するのは、いつだって聞き屋の仕事なんだ。だから聞き屋はこの街で愛されている。政府の奴らも、本音では聞き屋を愛しているってことだ。だからこそ、見て見ぬを振りをしたんだろう。

 結果が先になるが、駅前での興行は大成功だった。政府からの妨害もなく、若者が暴れ出すなんていう事態にもならなかった。

 興行の日程だけは、ミッキーが提案した。きっと、政府の連中に伝えたんだと思う。さすがに、なんの説明もなしに突然騒ぎが起きれば、黙って見過ごすなんてことはしないはずだ。

 ショウはその日にデビューをすることを、誰にも言わなかった。チャコとジョージにも言わず、突然今から楽器を持って外に行こうと言い出した。

 ベースのジョージには簡単なことだが、ドラムを全て運ぶのは大変だ。ショウは手分けをして全てを運ぶと言ったが、チャコがこの三つだけでいいと、選んだ物だけを運ぶことになった。普段は椅子に座って演奏していたチャコだが、その椅子さえいらないと言った。

 興行は、ドラムを置くところから始まった。いきなりに運ばれてくる大荷物に、その辺を歩いていた連中の視線が釘付けになる。しかもそれは、聞き屋がいる場所に置かれる。なにかが始まる予感を感じない輩は少ない。

 運ばれて来たドラムを、チャコは一人でセッティングをする。その様子がすでに音楽だった。チャコが選んだのは、スネア、バスドラ、ハイハットと呼ばれるパーツだった。ドラムは数種類のパーツを一セットとして成り立っている、ちょっと特殊な楽器だ。

 スネアは軽めの音が、バスドラは重めの音が鳴る。二つともに布地を叩くんだが、

スネアは木の棒を使って手で叩く。バスドラは足で、繊維の塊をテコの原理を利用したちょっとした道具を使って叩く。ハイハットは、金属音だ。しかも二枚重ねになっていて、足の操作によってその二枚をくっつけたり離したりすることができる。スネアと同じに、木の棒で叩くんだ。

 チャコが叩くスネアの音に足を止める輩が多かった。バスドラを鳴らすと、遠くから近づいてくる輩が増える。ハイハットの音に、頭が揺れる。

 次いでベースを抱えたジョージが登場する。ドラムの音に、音を重ねながらリズムを生み出す。ジョージのベースに誰もが自然と腰を動かし、ステップを踏む。

 ドラムの音はそのままでも街に響いていくが、ベースやギターの音は、そうはいかない。様々な種類があるが、ドラムの音に敵うものは少ない。ショウとジョージの楽器には、音を拡張する光装置が取り付けられている。

 最後に登場するのがショウだ。ショウは遠目からすでにギターをかき鳴らしていた。ショウの姿より先に、ギターの音が聞こえてくる。なかなかな演出だよ。ギターの音が大きく鳴るのと同時に、近づいてくる人影。しかもショウは、口笛を吹きながら登場した。

 口笛っていうのは、大昔からあるが、それを楽器として捉える輩は一人もいなかった。犬や羊を呼び出す手段でしかなかった。しかしショウは、口笛でメロディーを鳴らし、一瞬で楽器へと昇華させた。

 チャコとジョージの前に到着すると、ショウは歌い出す。その声に、耳に届いた全ての者が息を止めた。チャコとジョージでさえ、一瞬息を止めていたんだ。

 そのままの空気感で、一曲目が終了した。一瞬の間を開け、二曲目が始まる。ショウが生み出す曲は、三分前後がほとんどだ。それより短い曲も長い曲もあるが、興奮状態を保てるのが三分前後だと、ショウはよく言っていた。

 あれって、ボブアンドディランでやっているショウか? そんな声もちらほらとは聞こえたが、多くの者はショウ達三人のことを全く知らない連中だった。にも関わらず、一度足を止めた連中は、決してその場を立ち去らない。時間が進むほどに、観客が増えていく。

 ショウ達三人は、途中でなにか言葉を落とすことなく、八曲を演奏した。そして演奏後にもなにも語らなかった。無言で楽器を片づけ、立ち去っていく。

 その場から三人が姿を消しても、観客は一人も動かなかった。あまりの衝撃に動けなかったというのが真実だろう。音楽なんていう概念がない輩が初めて出会った音楽だった。その衝撃は計り知れない。なんの知識もなく宇宙人と初めての会話を交わすのと同じことだよ。

 ショウ達三人が立ち去り、しばらくの余韻が過ぎた頃、ミッキーがいつもの場所に腰を下ろした。ショウ達三人のライブ中は、ちょっと離れて見守っていたんだ。聞き屋が背後に座っていては、邪魔でしかない。ミッキーは、そこにいるだけで目立ってしまう。

 ミッキーがただそこに座っただけで、そこにいた全ての輩が動き出した。まるで止まっていた時間が再生されたかのように、それぞれがそれぞれの方向に歩いていく。不思議なことに、誰も口を開かない。連れがいても、無言で足を動かすだけだった。

 しかし、それは表面上だけであり、そこにいたほとんどの者が、スティーブを利用して呟いていたんだ。当時はスティーブを使っての独り言が流行っていた。

 それは呟きと呼ばれている。スティーブ上で自由に呟いた言葉や切り取った映像を保存し、それを誰もが自由に見ることができるシステムだ。呟きには順位がある。単純に何人が見たかを数えている閲覧順位と、どんな言葉が多く呟かれているかの単語順位だ。それらの順位は、呟きを利用する度に表示されるため、影響力が強い。

 この日は、ライブ、横浜、聞き屋という単語が上位を独占した。ショウ達三人のライブの模様も、その映像が呟き上に流されていた。

 あっという間に、ショウ達三人は人気者になった。呟き上には、次のライブはいつやるのかとか、絶対に見逃せないとか、あの三人の名前はなんなんだとか、そんな話題で持ちきりになっていた。


 どうしたらいいかな? バンドに名前をつけるのはいいんだけどさ、どんな名前がいいのか思い浮かばないんだ。

 ショウは一人、聞き屋の元を訪ねた。

 バンド名ねぇ。そんなもの、必要なのか?

 ミッキーの言葉に、ショウは苦笑いを浮かべる。

 ただ演奏するだけならいいんだけどさ、僕達は世界中に音楽を届けたいんだ。呟きを見たでしょ? 僕達にバンド名があればさ、一気に世界へと広がっていく。今でもこれだけ話題になっているんだからね。

 そうか。俺にはよく分からないな。有名になってどうする? やっぱり世界を変えるのか?

 ミッキーのそんな言葉に、ショウは少し遠くを見つめて笑った。そういえば、そんな言葉をどこかで聞いたなと思った。

 それは僕にもよく分からないよ。たださ、音楽を世界に届けたい。それだけだよ。文明以前の世界のように、音楽のある日常って、素敵じゃん!

 まぁ、俺はそれでもいいんだけどな。世界が変わるっていうことはさ、それなりのリスクが伴うんだ。

 あのさ、僕にそんなつもりはないよ。もし仮に世界が変わるとしてさ、それは僕の意思じゃない。この世界の意思ってことだろ?

 そういうもんか?

 ミッキーはそう言うと、おいしょと息を吸い込みながらゆっくりと腰をあげた。そして、ちょっと付き合ってくれと、ショウに呼びかける。ショウは頷き、歩き出すミッキーの後をついて行く。

 ミッキーは一度も振り返らず、口を開くこともなく歩いて行く。どこへ行くの? なんて言うショウの言葉は、全て背中で吸収する。

 聞き屋の仕事場である駅前の箱型の建物は、表に周ると地下への階段があり、更に下って行くと地下を走るスニーク乗り場になっている。

 横浜駅の地下は、地上に見えるその建物以上に広い空間が存在している。地下の一階と二階は様々な形のお店が所狭しと点在している。地下スニークは、地下の四階に存在していた。ミッキーは、更に下へと降りて行く。スニーク乗り場から更に下に降りるには、普段は決して人が降りてはいけないスニーク専用通路に降りなければならない。駅員の目を避け、スニーク待ち合い場所から、スニーク専用通路に飛び降りる。高さは一メートルほどしかないが、転んだりして手間取っていると、やってくるスニークに惹かれて死んでしまう。連結型スニークは、基本障害物を無視する。例え人間が入り込んできても、そのままに轢き殺してしまう。法律でそれが認められてもいる。スティーブが危険を知らせてくれるので、そんな事故は意外と少ないが、ゼロではない。

 専用通路に降りると、待ち合い場所の軒下に一つの扉があり、そこから中へと入って行く。小さな扉のため、背中を丸めて潜って行く。鍵が取り付けてあるが、実際には機能していない。

 扉を開けるとすぐ、下りの階段になっている。背中を丸めずとも歩ける空間になっていて、二十段を降りると、扉に突き当たる。そこの鍵は本物だ。しかも、この時代には珍しい南京錠。ミッキーはポケットから取り出した鍵で錠を開き、中へと入って行く。開いた南京錠は、扉の裏側で施錠する。ここの扉は背が高く、そのままの姿勢で入ることができる。

 ミッキーは扉の裏側の壁を手探りし、なにかのスウィッチを押した。すると数秒後、その空間が明るくなった。今では見かけないタイプの灯りだった。今では大抵が、その空間の明るさを感知して自動に灯りを調整してくれる。しかも消したいときには勝手に消えてくれる。中にいる人が複数でも、その状況に合わした灯りを作ることができる。その装置がそこに取り付けてあればだが。しかしこの場所にはそんな装置もなく、完全なる手動式だった。

 ここはな、代々受け継がれてきた聞き屋の休憩所だ。仕事上必要な物を隠したり、誰かを匿ったり、休憩なんかに利用するんだ。

 ミッキーはその部屋の奥に置かれたソファーに腰を落とす。

 あんたにさ、一冊の本をあげようと思ってな。ほら、これだよ。ボロボロなのは許せよ。なんせ文明以前からここにあるって噂だ。しかも代々の聞き屋が手にしてきたものだからな。文字こそ読めないが、俺だって何度も繰り返しページを捲ってきたんだ。

 そう言いながら、ミッキーはソファーの端に転がっていた形のある本を手に取り、ショウに向かって投げ飛ばした。なんて奴だと思ったのは俺だけじゃない。形のある本は、それは貴重な代物だからな。俺なんかよりもそのことをよく知っているショウは、おいおい! そんな乱暴に扱うなよ! ちょっとばかり怒りを露わにしていた。

 受け取った本の表紙を見て、ショウは興奮する。ウーク三大ロック? こんな本は見たことがないな。

 そんな風に書いてあるのか? 文字が読めるってのは、羨ましい限りだな。けれどまぁ、この本はさ、文字が読めなくてもそこそこ楽しめる。写真がいっぱいだからな。こういう本ばかりなら、喜んで読むんだけどな。

 こんなに写真だらけの本は少ないけど、絵が書いている本ってのは案外多いんだよ。僕達はさ、そういう絵や写真を元に解読したりもするからね。大きなヒントになるんだよ。

 それで、その本はどういう内容なんだ?

 何度も見ているなら分かるだろ? これは音楽の本だね。

 ショウの言葉に、バカにするなよ。とミッキーが笑う。それくらいは分かっているんだよ。

 よく言うよ。いつからこれが音楽の本だって分かった? 僕と出会う以前から分かっていたはずはないよね。

 まぁ、そりゃそうだな。だがな、俺だって楽器の存在は知っていたよ。使い道は分からなかったがな。この写真を見ても、よくは分からなかったよ。そもそも楽器って名前は聞いたこともない。俺たちにとっての音楽は、声だけあればじゅうぶんだった。詩を唄うことが音楽だったんだからな。それを今、あんたが変えようとしている。この本はきっと、あんたのためにあるんだ。

 貰ってもいいの? 気になることがいっぱいの本だよ。

 そうなのか? まぁ、喜んでもらえると嬉しいよ。さぁ、そろそろ帰るか?

 そう言ってミッキーは立ち上がる。

 この場所にはよく来ているの? いい場所だよね。なんだかさ、空気感が外とは違う。ここもやっぱり、文明以前からの建物なんだよね。

 まぁそうだろうな。聞き屋の先代に聞いたんだけどな、この世界に残る最も古い建物がここだって話だよ。

 そうか・・・・ そうだよね。不思議だけど、物凄く懐かしい感がする。

 ここに来たければ、いつでも来ていいぞ。そう言ってミッキーは、ポケットから鍵を取り出し、ショウの胸元に投げ渡す。

 ありがとう。けれどいいの? 鍵はこれ一つなんだろ?

 そんなわけないだろと、ミッキーはポケットを探り、同じ形の鍵を見せた。スペアがあるんだよ。けれどな、絶対に他の奴には渡すなよ。それからこれだけは約束してくれ。この部屋に入ったら必ず内側から鍵をかけるんだ。そうしないと大変なことになるって言われている。まぁ俺は鍵をかけ忘れるなんていうミスはしたことがないがな。詳しい理由は聞いていないが、万が一誰かがここまで辿り着いたとき、中に入って来られると厄介だろ? まぁまず間違いなく、立ち入り禁止にされちまうだろうな。

 そう言い終えると、そろそろ行くぞと鍵を開け、階段を登り地上へと戻って行く。もちろん、鍵のかけ忘れはしていない。


 形のある本で溢れる部屋で、ショウはミッキーから頂いた本を眺めていた。文字数も少なく、ショウにとっては馴染み深い言葉が多く、そのほとんどの意味が理解できたようだ。

 本の中の言葉で、その意味よりも、文字の感じや読み方のニュアンスがいいと感じることがよくある。ショウはそんな言葉を集め、紙に書き記していた。そんな言葉の中に、nowhere manの文字があったんだ。この世界の言葉では、ノーウェアマンと読む。

 バンド名なんだけどさ、ノーウェアマンってのはどうかな?

 上の部屋で楽器の練習をしていたチャコとジョージに向けて大声を出す。

 それってどういう意味? チャコの声が聞こえてくる。

 どこにもいない男。かな? 意味よりもさ、なんかノーウェアマンっていい響きじゃない?

 ショウがそう言うんなら、それでいいだろ? 正直俺さ、バンド名には興味がないんだよね。どうでもいいんだ。名無しだっていいくらいだよ。俺たちが楽しくてさ、それを見てくれた誰かが楽しくなる。最高じゃない?

 ジョージがそう言いながら階段を降りてくる。

 確かにそれが基本だよ。けれどさ、聞いている側が困るだろ? あの人達いいよねって会話をしてもさ、あの人達誰ってなっちゃうじゃん。スティーブでの検索にも困るしね。そのうちに僕達、あの人達ってバンド名にされちゃうよ。まぁ、それもありなんだけどね。

 ショウの言葉にチャコとジョージが笑う。チャコが階段を降りてくる足音が聞こえてくる。

 それでノーウェアマンなんだね。いいセンスしているじゃん。

 チャコの言葉にショウは頷く。しかし、その意味が分からない。まぁ、納得してくれたのならどうでもいいかと思う。あの人達って呼ばれているショウ達三人が、どこにもいない男だっていうのが面白いと言いたいようだが、ショウだけでなく、ジョージにもそれは伝わらなかったようだ。不思議そうにチャコを見つめていた。

 それじゃあ、ノーウェアマンで決まりだな。ジョージがそう言った。そして、ノーウェアマンっていう言葉の意味が分かるのって、俺達くらいなんだけどな。そう呟いた。その言葉を耳にしたチャコは、それこそが最高なんだよと、笑った。

 バンド名のノーウェアマンは、聞き屋から手に入れた本の中にあった言葉だ。ショウが解読した結果によるものだが、それは曲名だそうだよ。ビートルーズっていうバンドの曲だそうだ。後にそのバンドの名前が間違っていたことを知るんだが、この時点ではそう呼んでいた。

 ウーク三大ロックと表紙に書かれていたその本には、その言葉通り、三組のバンドが紹介されていた。ウークっていうのは、イギリスの別名だそうだよ。今では使われていない言葉だ。そのバンドの一つが、ビートルーズだった。これもショウが言うにはだが、当時の世界で最高のバンドだったそうだ。今でもこの世界で崇められているクリストっていう神様がいるだろ? クリストの名前は形のある本の中でも多く見かけられるようなんだが、ビートルーズってのは、そのクリストに迫る人気だったそうだ。

 ロックっていうのは、音楽を楽しむって言う意味だという。物事にも人にも使われるそうだ。ショウはこの言葉がお気に入りで、よくこんなことを言っていた。僕達はさ、生き方そのものがロックなんだ。ってね。

 その本に紹介されていた他のバンドにも、ショウは大きな影響を受けている。その見た目や曲名はもちろん、その言動に対しての影響が強いようだ。その本には、それぞれのバンドのメンバー達のインタビューが掲載されていた。

 バンド名が決まると、ショウはすぐに次のライブを決行した。聞き屋に許可を取り、場所と日付を決める。そしてその情報を、スティーブ上で呟いた。

 しかし、その日のライブは中止になったんだ。予想を遥かに超えた人数が集まり、身動きが取れない状態になってしまった。ショウ達三人がその場に移動をすることさえ不可能な人集りに、政府の連中が動き出した。数時間をかけて人集りは落ち着いたが、ライブを再開することは許されなかった。

 呟き上では、残念がる言葉と、ふざけるなとの言葉が溢れた。ショウ達三人はまだ、バンド名を紹介しておらず、次のライブを早く決め、そこで世界に紹介したかったようだ。しかし、政府からの許可はおりず、ボブアンドディランで興行をするには問題が多すぎた。ボブアンドディランはレストランだ。百人単位での興行をした経験はない。テーブルを全て取り除けば入るかも知れないが、前日の様子では、それでも人が溢れ出すことは容易に想像できた。それに、これはショウ達三人にとっての拘りだが、どうしても駅前でバンド名の発表をしたかったようだ。

 いくら俺でも、こいつは難しい相談だな。あいつらには一応頼んでみるが、あいつらだけの力じゃ弱いな。おばちゃんとボブアンドディランの彼女の父親に協力して貰うか。まぁ、それでも可能かどうかはわからない。あんた達さ、今や呟き上で一番の有名人だからな。

 聞き屋の前にショウ達三人が揃ってしゃがみ込む。周りを歩く数人が、ちょっとばかりの反応を示すが、立ち止まる者はいない。

 そんなこと言ってもさ、こうして三人揃ってここにいても、誰も反応を示さないじゃんよ。別に有名になってちやほやされたいわけじゃないけど、今のままじゃ、僕達がやっていることはただの暇人の遊びだね。それじゃなにも始められないでしょ? なんとしてでもバンドとしての興行を続けないとね。

 ショウの言葉にミッキーは立ち上がった。ちょっと本気になってみるか。そう言い残し、どこかへと消えて行く。

 ショウはその場で、突然歌い出した。立ち上がり、壁を叩き、地面を踏み鳴らしながら。

 チャコはしゃがんだまま、ミッキーが座っていた椅子を叩いたり動かしたりして音を鳴らす。ジョージは身体を叩いたり口笛を吹いたり、口から物音を出したりしている。

 突然始まった興行に、その場の数人が足を止める。やっぱりそうだよ。なんて声も聞こえた。

 ショウ達三人が一曲を終えると、駅前は相当な人集りになっていた。演奏に夢中だったショウ達三人は全く気がついていなかったようだ。しかし、その現実に目を向け、驚いた。こいつはやばいなと感じ、慌ててその場を走り去った。人集りを掻き分けながら。

 いつもの形のある本で溢れる部屋の三階で、三人は演奏をしていた。練習というよりも、純粋に楽しんでいるだけのようにしか見えない。その場で曲を作りながらの演奏は、見ていてとても興奮したよ。ライブ会場で見せるノーウェアマンの姿とは全く違う雰囲気に満ちていた。

 二時間ほどはそんな演奏が続いていた。あの様子だと、誰かが止めなければ朝まででも続けていそうだった。三階の扉が、ガチャっと開いた。

 形のある本で溢れた部屋へは、勝手に出入りをする連中はいても、三階から入ってくる者は珍しい。ショウがこの部屋を使っているときには、一度もその扉から誰かが現れたことはなかった。

 あんた達さ、本当に音楽が好きなんだな。呟きを見たぞ! またやらかしてくれたな。仕事場に戻ったらあまりの人集りに驚いたよ。またあの人達が現れた。なんて声が聞こえてな、呟きを覗いたらまた映像が載っていた。興行をやることは決定したがな、次で最後だ。あの場所ではな。

 扉から現れたのは、ミッキーだけではなかった。ミッキーの後から五人の男女は姿を見せた。

 あんまり大きな騒ぎを起こすと、この街を追い出すことになるぞ。

 そう言った男は、派出所にいる政府の人間だった。隣にもう一人、同じ格好の男が立っていた。

 まぁ、そんなに怒ることはないだろう。私はこの子達に協力をする。あれだけの人を集められるんだ。それは物凄いことだよ。この街にとっても、言ってしまえばこの国にも利益を生むことになる。

 ボブアンドディランのオーナーがそう言った。隣には娘の姿がある。彼女はショウに向け笑顔を見せていた。

 やりたいようにやればいいんだよ。まだ若いんだ。それでいいじゃないかい。おばちゃんがそう言った。

 そういうわけにもいかないだろ? このままじゃ街がパニックになっちまう。呟き上の騒ぎは異常なんだよ。どっちにしても一度は興行をするべきなんだよ。

 ミッキーがそう言った。

 だったらそうすればいいじゃないかい。

 おばちゃんの言葉にミッキーは苛立つ。

 そうしたいからこそ、こうしてみんなを集めたんだよ。おばちゃんまだ話してないけど、ほぼ計画は固まっているんだ。

 なんだい! だったら早いとこ話しな! なんていうおばちゃんの言葉を素通りに、ミッキーが話を始めた。

 ミッキーの話はこうだ。今回は駅前でライブを行う。ただし、事前に政府に協力を要請する。これが最後のライブになる。駅前ではだけどな。その後は、ここの地下に会場を作り、定期的に興行をすればいい。千人程度の会場なら作れるそうだからな。おばちゃんにはその会場の管理をしてもらうつもりなんだ。もちろんその前に、スティーブの制御などの仕事も頼むんだけどさ。なんて感じだったよ。

 ノーウェアマンとしての初ライブは、無事に成功をした。事前にはなんの宣伝もしなかったが、そこには数万人が集まったんじゃないかと言われている。当然その模様は呟き上にいくつも載せられ、世界中の人が拝見することとなった。

 それをきっかけに、ショウは一つの真実を知ることになった。少しのショックと、大きな喜びを感じる出来事だ。

 日本というこの国を中心に考えたとき、世界の西の果てにある国でも、同時期に音楽を生み出していた若者の存在が確認されたんだ。Like a rolling stone の文字と共に、その演奏が呟き上に載せられていた。

 僕達だけじゃなかったんだ・・・・ ショウの一言目だ。

 いつか会えるかな? それが二言目だった。

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