第8話

   第八章


 街を歩いていると、壁やら床やら天井やらに宣伝の文字が多く書かれている。チタン製の素材にコーティングされている壁には、光が通っていて、スティーブを利用すれば自由に文字や映像を描くことができる。音を流すことも可能だ。今では当たり前になっているが、当時はそこにほんのちょっと動くだけの文字で会社名や商品名が書いてある程度の宣伝だったんだ。有名人の顔を使うことはあっても、喋ったりはしなかった。

 そこでショウは考えた。その壁にノーウェアマンの映像を流してもらう。それには多くのお金がかかるが、当てはあった。それまでの宣伝は、ほとんど効果がなかった。その理由は、誰もがそんな壁に目を向けなかったからだ。ショウは単純に、目を向けたくなる工夫をすればいいと考えた。ノーウェアマンの音楽と映像を流す。そうすれば自然と目が向くはずなんだ。向けられた真ん中に、宣伝のための文字や画像を埋め込む。

 ショウはその発想をボブアンドディランのオーナーに伝えた。すると話はすぐに動き出した。ノーウェアマンは早速映像の撮影を開始した。オーナーは知り合いの不動産関係者に声をかけた。そして、横浜の街のほとんどの建物が興味を示した。後は宣伝を載せる会社を見つければいい。難しそうに思われた仕事だったが、オーナーの娘が尽力してくれた結果、思った以上の会社が名乗りを上げてくれた。

 建物の壁を利用するために、まずは所有者の了解を得て、幾らかの使用量を支払うことになる。普通であれば、会社側が直接建物の所有者に支払うんだが、ノーウェアマンを一度経由することにしている。会社側はノーウェアマンの映像に宣伝を差し込むわけであって、ノーウェアマンの知名度があってこその宣伝方法なんだ。ノーウェアマンの人気は横浜では絶大だった。まずは横浜の街を、ノーウェアマンの音楽で溢れさせようって考えたんだ。

 初めは宣伝を単純に映像の脇に嵌め込む常時設置型しか考えていなかったが、オーナーの娘である彼女の思いつきで、曲の合間に入れる挿入型を考え出した。それが実に好評だったんだ。常時設置型と挿入型の両方を導入したおかげで、多くの資金を集めることに成功したんだ。

 宣伝の開始は、横浜の街で一斉に行われることとなった。

 ショウ達三人は、そこに流される映像の撮影を急かされることとなった。色々と考え出した、演奏をしている映像の他に、普段の練習風景や、食事をしていたり街を歩いていたりしている姿などを撮影しまくっていた。しかし、それを単純に流すのはつまらないと考え、どうしたものかと悩んでいた結果、撮影は遅れ、宣伝の開始日が近づいてくる。

 最終的にショウが考えたのは、静と動の繰り返しだった。基本は様々な場所で撮影した演奏風景を流し、ときに突然動きを止めた三人の様子を映し出す。人為的に止めた映像ではなく、流れる映像の中で三人だけが動かないでいるだけの映像だ。

 横浜の街で、一斉に音楽が流れ出す。壁にはノーウェアマンの映像が映し出される。なんていうか、世界が変わったと感じるほどの変化が見られたよ。古い時代が、一気に現代に追いついた。俺にはそう感じられた。

 この瞬間、ノーウェアマンは世界中で知られる存在になった。壁を使った宣伝は、あっという間に世界へと広がっていった。そのための準備はオーナーとその娘が事前にその人脈を利用して進めていた。

 ノーウェアマンの音楽が、世界中で一気に流されたんだ。しかも街中に溢れる。音楽なんて聞いたことのない連中の耳に突然流れ込んでくる。うるさいだけだと迷惑がる連中もいたが、受け入れる輩の方が多かった。街中に流したのが正解だったようだ。若者の多くは、ノーウェアマンの奏でる音楽に身体を反応させてしまう。若者が受け入れると、年寄りはそれをいいものなんじゃないかと真似をする。文化っていうのは、そうやって生まれるんだ。しかもこのときは、世界を代表する会社の多くがノーウェアマンの味方についていた。

 ノーウェアマンの成功により、ライクアローリングストーンにも注目が集まった。音楽が一気に世界で文化として定着を始めたんだ。ノーウェアマンとライクアローリングストーンの真似をする連中もすぐに現れる。世界が、変わった。


 音楽を始めたきっかけはなんですか?

 そんな言葉からインタビューが始まった。

 確実に変わりゆく世界のきっかけとなったショウの元には、多くの取材が申し込まれた。それはそうだよな。聞きたいことは山程だ。こうしてショウの記憶を覗いている俺にだって、聞きたいことは山程なんだ。

 きっかけなんて覚えていないよ。本来僕達の周りには、音楽が溢れている。それを感じないわけにはいかないんだよ。たださ、僕達は数千年もの長い間、音楽という概念を捨てて生きてきたんだ。身体では感じてもいても、心が理解をしていなかった。僕達は、そこに気がついただけだ。身体が心を解放させたんだよ。

 体内で脈打つ鼓動ってさ、そもそもが音楽なんだよね。僕達はそれを、母親の胎内にいるときから感じているんだ。空気の流れも、風の音も、虫の鳴き声だって音楽だよ。誰かの足音だって音楽になる。きっかけなんて、あちこちに転がっているってことだ。僕達は、運が良かったんだね。

 世界中で今、音楽が溢れていますが、自分達が始めたことが世界中で愛されていることについて、どう思いますか?

 音楽が溢れている世界は、素敵だと思っているよ。うるさいって感じる人もいるみたいだけど、それってさ、音楽に限ったことじゃないからね。音楽がない世界でも、うるさいと感じることは多々あったんだ。ざわめきだってさ、考え方によっては楽しめるんだ。それと同じなんじゃないかな? うるさいと感じるかどうかは、心の問題が大きいんだよ。音楽がこんなにも受け入れられているのは、きっと心に直接届いているからなんだよ。僕達の音楽は、そこを一番大切にしているからね。

 僕達が始めたって、世間では思われてるけどさ、それはちょっと違うんだ。 遠い西の果てでも音楽は生まれていたし、知られていないだけで、僕達よりも早く音楽を生み出していた人はいるかも知れないしね。たださ、音楽が愛されていることは確かだし、嬉しいことだよ。何度だって言うけど、音楽は生まれる前から心で感じているんだ。誰が始めたかなんて、どうだっていいと思わないか?

 西の果てという言葉が出ましたが、それはライクアローリングストーンのことですよね? 正直に言って、彼らについてどう感じていますか?

 それは彼らの音楽性について? それとも人間性について? どっちでも構わないけど、カッコいいの一言だよね。僕はさ、こんなに有名になる前に、ニックとは連絡を取っていたんだよ。ライクアローリングストーンの映像を呟きで見つけてさ、こいつは凄いなって感じたんだ。直ぐにどこの誰かかを調べて、僕の方から連絡を入れたんだ。ニックの方も僕達のことは知っていてくれてたみたいでさ、大いに盛り上がったよ。ニック達はさ、僕達とは違うアプローチで音楽を生み出している。使っている楽器も、似てはいるがまるで別物なんだ。正直に話すけど、僕達の音楽は、横浜って街の背景を存分に利用しているんだ。横浜の文化は世界でも少しばかり独特だからね。けれどライクアローリングストーンは違うんだ。スコットランドの空気を感じることはできるけど、あっちは完全なオリジナルなんだよ。全てがニック達の手作りなんだよ。どんなに僕達が評価を受けても、それは上辺だけだ。ライクアローリングストーンのように中身が詰まった評価じゃないんだよ。音楽性では、完全に僕達は負けている。僕達には、あんなに心を揺さぶられる音楽は生み出せないよ

 人間性についても同じだよ。決してニックのようにはなれない。一度話してみれば分かるはずだよ。僕とは違ってさ、ニックには裏表がない。今はまだノーウェアマンの方が人気があるように感じるけど、数十年後も世界でも愛されているのはライクアローリングストーンの方だと思うよ。

 ノーウェアマンの興行はとても評判がいいですよね。ああいったパフォーマンスは、どうやって考えているんですか?

 それってさ、こう言っちゃなんなんだけど、僕達に取っては褒め言葉じゃないんだよ。僕達はさ、芝居染みた興行をする癖が強いんだよね。本当はさ、ライクアローリングストーンのように、感情の全てをぶちまけたいんだ。音楽だけで勝負をしたいんだよ。その日その日の感情をぶつけるのがライブなんだよ。けれどさ、僕達はついつい作り込んでしまう。それを評価してくれるのは嬉しくもあり、苦しくもあるんだよ。もっとスマートな興行ができるようになりたいもんだね。

 とは言ってもさ、楽しんでいる部分も少なからずはあるよ。なにかを演じたりするのって、楽しいんだよね。パフォーマンスを考えているってことは、実は全くないんだよ。その場の思いつきを、その場で終わりにしていないだけなんだよ。こんなことしたら楽しいんじゃない? なんてノリで始めることってあるだろ? 僕達はよく、練習中にそんなことをするんだよね。普通はそこで終わってしまうんだけど、そうはしないで、今度の興行で使えないかなって考えてしまうんだ。それがパフォーマンスに繋がっているんだよ。子供の悪ふざけの延長なんだ。

 ライクアローリングストーンがタブレットで音楽を売り出していますが、そのことについてはどう感じていますか?

 あれは実に画期的だよ。僕達は音楽を宣伝に利用して利益を生んだよ。それってさ、間接的な売り出し方なんだよね。ライクアローリングストーンはさ、そんな面倒なことはしないで、直接に音楽を売り出したんだ。余計なオプションなしにだよ。タブレットの開発を込みでの売り出しなんだから、到底真似なんてできないよね。そんな発想もなかったしさ。けれど今度、僕達もタブレットで音楽を発表するつもりなんだよ。タブレットに一時間足らずの音楽を記憶させ、それを一つの作品として売り出すんだよ。いい考えだと思わないか? 曲ってさ、一曲で楽しむのは当然だよね。それができない曲は、正直につまらないよ。けれどさ、数曲を集めるとまた違う形で楽しめるっていう音楽を目指しているんだよ。これはさ、タブレットの存在無くしてはあり得ないんだよ。

 音楽を食べるっていう発想は、当然僕達にはできないよね。身体に取り込んだ音楽を、スティーブに保存する。一度保存した音楽はいつでも取り出せる。最高だと感じているよ。これからもっと、大勢が真似をするんだろうな。

 ボブアンドディランでの興行は、これからも続けていかれますか? 今の人気を考えると、会場が狭すぎるとも感じます。実際にノーウェアマンのチケットが取れずに悲しむファンは多くいますよね。その辺についての対策とかはありますか?

 大きな会場は当然必要だと考えているよ。けれど、ボブアンドディランでの興行は、やめるはずもないよ。僕達の活動は、常にあの場所を中心に行なってきているからね。それは絶対だよ。チケットが取れないってことについては、責任を感じているよ。これからは世界中を周るつもりでいるから、わざわざ横浜に来なくても観れるだろ?

 本音で言うとさ、大きな会場より、小さな会場の方がいいんだよね。いずれはまた、駅前での路上ライブをやりたいと思っているくらいだからさ。

 ノーウェアマンの人気は、音楽という枠とは関係がないように感じます。世界で一番影響力があるとも言われていますが、そのことについてなにか思うことはありますか?

 僕達にその自覚はないよ。だって僕達は、いまだに多くの人や物から影響を受けているからね。

 しかしその人気は、間違いなく世界で一番ですよね? 世界で一番の有名人だと思います。ノーウェアマンのことを知らない人間は一人もいないと言われていますよね?

 本当にそうだとしたら、嬉しいことだよ。僕達の目標は、最低でもビートルズなんだ。ビートルズっていうのは、文明以前の世界で一番有名だったバンドらしいんだ。最終的にはさ、クリストを超えるつもりでいるからね。

 ショウのこの言葉は、あらゆる方向から非難と攻撃を受けることになった。ビートルズってバンドは、ショウは以前、ビートルーズと呼んでいたんだが、過去の世界にタイムスリップした際、その時代の聞き屋から訂正されたんだ。文明以前の世界の話を持ち出したことで、政府がノーウェアマンに目をつけた。クリストは世界で最も崇拝されている宗教の教祖の名前だ。ショウの言葉は、冒涜とみなされた。

 それでは最後に、ファンの方にメッセージをいただけませんか?

 ありがとうって言葉しかないよね。なんだかんだ偉そうなことを言ってもさ、僕達がこうやって音楽をやっていられるのはさ、ファンがいるからこそなんだ。本当にありがとうだよ。みんなに会える日を楽しみにしているよ。


 このインタビュー後、ノーウェアマンの三人は活躍の場を世界に移すこととなった。それまではその映像こそ世界で流れていたが、興行をしたことはなかった。インタビューの内容による非難はあったが、そんなことは関係がないと思われる盛り上がりだった。どの国に行っても、ノーウェアマンの三人が現れるとパニック寸前になる。歩いているだけで人集りができてしまった。そして当然、世界中の会場を埋め尽くした。

 しかし、これは後になってからの噂だが、このインタビューによって、命を落としたんじゃないかと言われている。

 ノーウェアマンはその後、タブレットを利用した作品を三ヶ月に一度のペースで発表した。そしてその全てが世界中で売れまくった。その勢いのままに、ショウは音楽の新しい形を作ったんだ。

 それは、ピーブイと呼ばれている。映像と音楽の融合に成功したんだ。元々のアイディアは、壁に映し出した宣伝だよ。あのときはほんの少しの小細工は入れたが、演奏する姿を映し出すのが精一杯だった。まぁあれは音楽を売り出すことだけが目的じゃなかったからな。しかし今度のピーブイは、音楽そのものを売り出すための映像だったんだ。一曲丸ごとを映像と共に楽しむ。ショウはそれを、タブレットで売り出した。

 ショウは自ら曲に合った物語を考えて、演じた。そんな映像の中で、演奏シーンは一つもなかった。

 ノーウェアマンのピーブイは、大成功だったよ。誰もが真似をした。しかし、タブレットの売り上げには繋がらなかった。色々と問題があったんだよ。一つは、音楽を聴きながら街を歩くことは危険じゃないが、映像を観ながら歩くのは危険だってことだ。頭の中で映像を流しながら歩く若者が増えたんだよ。当時はそれが悪いこととはされていなかったが、評判は悪かった。それに加え、わざわざ買ってまでピーブイを見ようとはしなかったんだよ。三分前後のその映像は、街中でよく見かけることになった。建物の壁に、宣伝として流されたんだ。初めはその映像そのものを売るためだったが、次第にその曲を含んだ作品を売るための宣伝に変わっていったんだ。そういう意味での大成功だったんだ。

 ノーウェアマンのピーブイは、その後のコマーシャルを生み出すことに繋がっている。コマーシャルのアイディアはライクアローリングストーンのミックが出したことになっているが、元ネタは言うまでもなくショウだよ。

 ピーブイの成功で、ノーウェアマンのタブレット作品は大いに売れ、興行をすればその会場に、その街の全員が集まったんじゃないかってほどの人集りができた。

 世界中を走り回っていたショウは、いつしかヨーコとの距離が離れてしまい、離婚する結果となってしまった。それは愛情が薄れてしまったこともあるが、スティーブによる決定でもある。

 この世界の結婚制度は、その全てをスティーブが管理している。好きな相手ができ、お互いの気持ちが一致すれば、後はスティーブの承認待ちだ。離婚をするときは、お互いの感情と実際の距離を元に、突然離婚成立の連絡が届く。結婚にはお互いの意思を尊重するが、離婚の際はほぼスティーブの独裁となっている。

 ショウが世界に旅立つと、ヨーコは横浜に残り、ショウとの連絡も全くといっていいほどしていなかった。横浜に戻ってきたときでさえ、連絡をしないことが多くなっていた。しかもヨーコは、チャコとの愛を育んでいた。ノーウェアマンが横浜に戻ってくると、二人は必ずショウに内緒で会っていた。

 そんなショウだが、ショウにも別の恋人がいたのだから文句は言えなかった。ノーウェアマンが世界を周るとき、そこには必ずボブアンドディランのオーナーの娘が同行していたんだ。ショウの気持ちがヨーコから離れた理由は、彼女への想いがあったからだ。そもそも二人は、出会ったその日からずっと、互いに恋をしていた。

 結婚をしようと言い出したのは彼女からだ。当然ショウはそれを受け入れた。

 ショウはずっと彼女のことを君とか娘さんとか呼んでいたが、この日を境に名前で呼ぶようになった。やっと君のことをシンシアって呼べるよ。彼女の耳元でそう囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る