最低でもビートルズ

@Hayahiro

第1話

   序章


 まさか僕がこんな死に方をするとは想像すらできなかった。

 僕の目の前には、拳銃を手に持った男が立っている。その拳銃を、迷いもなく僕の眉間に突き刺す。こいつが誰なのか知らないが、興味もない。こうやって僕は死んで行く。

 僕が見ているこの現実を、誰かに伝えなくちゃな。ライクアローリングストーンのニック。なぜだがあいつの顔が真っ先に浮かんでくる。僕はあいつのことが好きなんだ。一緒に映画を撮れなかったのが心残りだな。

 死を意識しても、恐怖はない。もうじき生まれてくる息子に会えないのは哀しいが、精一杯生きてきた僕の魂はこの世に多く残してきた。悔いは残さない。その代わり僕は、この記憶の全てを息子に残そう。三十年後に開くように設定をして。


   ♫


 ノーウェアマンのショウ。それが俺の父親だ。死んでから三十年が経つっていうのに、いまだに有名人だ。俺は一度も会ったことがないが、その存在を感じない日はなかった。ノーウェアマンの曲は今でも毎日のようにどこかの街で流れている。俺はそんなノーウェアマンが大好きだが、正直に言って、ショウが俺の父親だってことにはずっと違和感を覚えていた。身近な存在ではあるけれど、一度も会ったことがないんだから仕方がない。俺はずっと、母親がショウの大ファンなんだって思っていた。家のあちこちで感じるショウの面影は、母親のコレクションだと考えていたわけだ。あなたのお父さんなのよと言われても、はいそうですかとは信じられなかった。

 しかし、父親の血ってのは強いもんだな。俺の顔は、いつの頃からか、部屋のあちこちに飾られているショウにソックリになっていたんだよ。

 少しずつではあるが、俺は身体の中にあるショウの存在を感じるようになっていた。新しいことに対して血が騒ぐ。誰もやったことがないことへの興味が強い。結果俺は、こんな時代にも関わらず、冒険家なんていう肩書きで仕事をしている。

 世界中をこの足を使って走り回っている俺の頭に、ある日突然莫大な量の記憶が飛び込んできた。それが三十歳の誕生日だったってことに気がついたのは、その記憶を全て確認した後だったよ。

 俺は父親であるショウが生きていた頃のことを、当然のことながら全く知らなかった。その伝説や残された記録は見聞きしていたが、本当のことは知らない。上辺だけを知っていただけだ。記憶が送られてきたことにより知ったショウの姿は、俺がイメージしていた姿とはまるで違っていた。俺だけが知ったショウの本当の姿を、俺は心にしまおうかとも考えたけれど、そうは出来ない。なんせショウは、世界で最高のロックンローラーだ。この世界を作り出したヒーローでもある。真実を知りたい連中は多い。俺はその期待に応えるべく、ショウの物語を語る決意をした。


   第一章


 ショウが生まれたのは、日本という国の、横浜と呼ばれている街だ。港街の印象が強いが、実は山だらけだったりする。俺も日本生まれだが、横浜じゃない。東京って街が、この国では一番賑やかなんだ。俺の母親が、そういうタイプだった。どの国でも構わないが、賑やかな街でないと生きて行けない。ひっそりと田舎暮らしが出来るような人じゃなかった。

 そんな山の一つの天辺にある病院で、ショウは生まれた。チャコもジョージも同じ病院だよ。あの三人は生まれる前からの結びつきがあったんだ。だからこそあれほどまでに息が合っていたんだろう。まるで三つ子の兄弟のようである。顔も態度も、その魂の根元がそっくりだった。

 病院での出会いは、記憶の底に沈んでしまっていた。俺がそれを無理矢理に探し出したのは、 その事実を知っていたからだ。ノーウェアマンの三人が出会った瞬間を目撃したかった。

 同じ病院で生まれても、すれ違ったり夜を同じ空間で過ごしたりはしても、当然のように交流はない。会話もできなければ一人では寝返りも打てないんだから当然だ。しかし、目が見えていなくても、側でお互いを感じ合っていただけでも大きな繋がりがあったとも言えなくはない。

 ショウが生まれた病院では、基本的に赤ん坊は専用の部屋で過ごすことになる。保育室と呼ばれていて、退院するまでの間、赤ん坊はその部屋で看護師に面倒を看てもらう。母親は別の部屋で入院をし、おっぱいの時間やオムツを替えたり、沐浴や抱っこをしたりするために会いに行く。赤ん坊にはすでにチップが埋め込まれているため、取り違える心配はない。コメカミとお尻のチップは、出産直後に埋め込まれている。

 赤ん坊でもオナラは出る。保育室は、赤ん坊のオナラでカラフルだ。個体別の色が、赤ん坊のお尻の周りに漂っている。

 お尻のチップは、俺が生まれたときには廃止されていた。オナラの色分けで個人の識別をするなんて、差別的だって意見が飛び交った。しかし、それを便利だという少数派も存在している。そのため、完全廃止ではなく、一部では任意で埋め込んでいる輩も存在している。

 俺は反対だし、賛成している理由が分からない。迷子を探したり、色占いをしたり、顔を忘れた誰かを探すのに便利なんだそうだ。そんなこと、コメカミのチップでじゅうぶんまかなえる。

 スティーブと呼ばれているコメカミのチップは、人格もあり、成長もする。付き合い方を間違えると危険かも知れないが、今のところ問題は少ない。なんせショウからの記憶が送られてきたのは、スティーブがあってこそだ。スティーブが記録したショウの記憶を、俺の頭に送り込み、三十年後に開くよう設定する。全てスティーブが管理をしている。俺たちの頭に埋め込まれたスティーブはたった一つの人工生命体だっていう噂だが、真相は分からない。今や全世界の人間のコメカミに埋め込まれているスティーブが、たった一つの生命体だってことは理解できるが、人工的かどうかは疑わしい。スティーブという名前の誰かが開発したという噂だが、俺は勝手にスティーブを宇宙生命体だって決めつけているよ。

 生まれたばかりのショウの記憶には、ほんの少しではあるが、感情が残されていた。チャコやジョージを見つめるショウの心が、ウキウキしているのを感じられる。それは、他の赤ん坊を見るときにはみられない感情だった。

 横浜の街で、ショウは母親一人の手で育てられた。生まれてすぐに教育が始まる時代としては、父親がいないことで寂しさを感じる余裕はない。学校では大人達に囲まれて、勉強や遊びに大忙しだ。家に帰ってからも、母親との時間を楽しむだけで一日が過ぎて行く。俺もそうだったが、父親がいないことがハンディになる時代じゃなかった。その逆もそうだし、両親がいなくても、子供を預かる施設が充実していたため、それを理由に子供の感情が乱れることはなかった。チャコは生まれてすぐに両親を亡くしているが、家庭環境で悩んだことは一度もなかったという。今の時代に生まれてくる子供達とは環境がまるで違っていたんだ。

 教育のあり方は、この十年間で大きく変わってしまった。今では学校に通うのは五歳からが一般的だし、両親や片親がいない子供を面倒見る施設は存在しないと言ってもいい状態だ。ただ預かるだけの施設なら存在するが、預けられた子供の精神状態はとても悪い。幼い時分から寂しい思いをすることが心に与える影響はとても大きいんだ。

 ショウとチャコとジョージの三人は、同じ学校で教育を受けた。当時のこの国では、生まれてすぐの学校を選ぶことはできなかった。生まれた地域と日付によって振り分けられる。それも、政府によるものではなく、スティーブによって振り分けられていた。同じ地域の赤ん坊を揃えることもあれば、別々の地域から集めることもある。生まれた日付についても同じこと。つまりはスティーブが勝手に自分勝手に決めていたんだ。なんらかの意図はあったようだが、真相は分からないし、半分以上は気紛れだと思う。とは言っても、ノーウェアマンの三人のように、運命的ともいえる出会いをしている連中が多いのは確かだ。特にその時代では、いい出会いに溢れていたようだ。最悪ともいえる出会いは極端に少なかった。

 学校のシステムは国や街によって様々だが、学力さえあれば自由に進学ができ、転校も可能だった。二十二年間分の教育を受けるという点では、全世界で共通だったからだ。

 横浜の学校では、幼少、小、中、高、大と五つに分かれていた。これは当時としても大きな分割だった。世界では三つに分けるのが主流になっている。ちなみに俺は、四つだった。高がなかったんだ。

 幼少学校での三人は、俺には不思議なことに思えるが、あまり仲良く過ごしてはなかった。お互いの存在を感じながらも、一定の距離を置いていた。同じ教室にいるにも関わらず。ハイハイを始めた頃も、決して同じ方向には進まず、掴まり立ちをするときも必ず別の場所まで這っていき、お互いに背を向けるように立ち上がる。それは歩けるようになってからも同じことだった。言葉を発するようになっても、顔を見合わせて声をかけることはなかった。ほんのたまに、遠くから奇声を発する程度だったが、その奇声に応酬をするのは、決まって残りの二人だけだった。

 幼少学校は三歳で終了する。理由は簡単だ。言葉を使っての基本的なコミュニケーションが取れるようになるまでが幼少学校の役目だからだ。四年間の教育で終わってしまうが、うまく喋れない子供は、小学校で補習を受けることになっている。

 学校教育の二十二年間は、決して延長ができない。どんなに出来が悪くても、病気で休むことになっても、特別扱いはしてくれない。その代わり、卒業後にもスティーブが個人的に教育をしてくれる。とは言っても、入院中にもスティーブが学校で行うべき教育をしてくれるため、卒業後にも教育を受ける輩はまずいない。どんなに出来が悪くても、学校が終わった後のスティーブによる補習も存在する。教育が足りなくなることは、まずあり得ない。

 延長や落第は存在しないが、飛び級は存在する。幼少学校でのそれは滅多にないが、小学校からは普通のこととして多くの生徒が飛び級を重ね、平均的には十七年間で全ての教育を終了している。もっとレベルの高い勉強を続けたくて居残ることは可能だが、二十二年間が限界になっている。

 ちなみに俺は、十五年間で卒業をし、冒険を始めた。

 学校における一年間の始まりは、四月になっているが、それもまたこの国独特のルールだ。他の国では一月を始まりとしていて分かり易い。その年に生まれた子供が、0年生として入学をする。最初の年だけは、生まれ月によって教育期間が異なってしまう。そのため、幼少学校では、成長過程での個人差が生まれやすく、飛び級は滅多にしないことになっている。小学校での補習が用意されているのも同じ理由からだ。十二月生まれの子供にとっては、言葉や身体の発達で不利になることも多い。

 この国の始まりは四月のため、三月までの早生まれが特をすることはあっても、十二月生まれが不利になることは少ない。その理由は、その年に生まれた子供が、その年の四月から翌年の三月までを0年生として教育を受けるからだ。早生まれは最長で三ヶ月間、遊んでいられる。遅生まれでも、三ヶ月間は0年生としての教育を受けられる。世界的には逆行したシステムだが、俺はこっちの方が素晴らしいって思う。

 ちなみにだが、早生まれでも三ヶ月間を本当に遊んで過ごすってわけじゃない。三ヶ月間も家で赤ん坊の面倒を看ることになれば、困ってくる家庭も多い。そのため、早生まれの赤ん坊は、三ヶ月間一つ上の学年と共に教育を受けることになる。そんな早生まれの子供たちが稀に、飛び級をするってわけだ。これもちなみにだが、俺もそんな稀な早生まれの一人だったりする。

 小学校に上がってから、三人の距離がぐっと近づいた。理由は明らかだ。言葉を持つようになったからだよ。お互いの存在を強く感じていたからこそ、敢えて言葉のないコミュニケーションを拒んでいたようだ。側にいるだけでも伝わる感情は多いが、言葉があればもっと広がるし、勘違いも減っていく。

 今の時代は少し様子が違うが、ショウが生きていた時代は、嘘を吐くことが難しかった。他人に対しての嘘ならいくらでも吐けたんだが、スティーブに対しての嘘を吐くことが不可能だったからだ。隠し事をするだけなら経験によって誰でも可能だが、言葉に出しての嘘は全てが見破られてしまう。スティーブが嘘を知るってことは、当然その話し相手にも伝わるってことだ。当然だよ。コメカミにいるスティーブは、全てが共通の人格なんだから。嘘を吐いても、必ずばれる仕組みだったんだよ。俺の時代では、スティーブが学んだ結果として、スティーブが嘘を隠すようになっていた。それでも俺たちは、嘘を吐くことに慣れておらず、どうしても嘘を飲み込む癖が抜けないでいた。しかし、今の時代は違う。嘘を吐かない輩はまずいない世界になっちまった。今の時代で生まれた輩は、最低でも一日に百個は嘘を吐く。

 小学校は四年生から十一年生までの八年間の教育が標準になっている。最初の三年間では遊びを中心に学んでいく。学問的な勉強はせず、生活の中で必要な能力を遊びの中で学んでいくんだ。友達や学校の先輩や後輩と一緒に遊ぶことや、先生やときには近所の年配者や親なんかを巻き込んで遊ぶってことはとても大事な人間関係の勉強になる。自然環境に身を置いたり、社会を見学したり、スーパーなどで買い物をしたり、肉体的、精神的、頭脳的な勉強を重ねていく。その後の五年間で、学問を中心に切り替えていく。言葉や数字の勉強はもちろん、この世界の歴史や現状、未来についても学んでいく。そして当然、スティーブについての勉強もある。当時の俺は全くスティーブに興味がなかったが、今になってはもう少し勉強をしていればと後悔している。スティーブがいるからこそ、俺にはショウの記憶が送られてきているんだからな。

 ショウとチャコとジョージの三人は、四年生のときにはバラバラのクラスで勉強をすることになった。それでも三人が仲良くなったのには理由があった。幼少学校への送り迎えは基本親の役目だが、小学校は違う。六年生までの三年間だけは、学校側から迎えがやってくる。今ではもう存在していないが、スニークと呼ばれる乗り物がそれぞれの家の前までやってくる。帰りにはそれぞれの家の前まで送ってくれる。まだまだ幼い子供達の安全を考えての優遇だ。

 スニークは光エネルギーで走行する移動用の乗り物で、種類は様々だ。一人乗りの街中タイプから数百人が乗れる飛行タイプまで、紹介したらきりがない。小学校への送迎には、数十人が乗れる地上用の箱型スニークが使用されていた。地上用のスニークは基本、ほんの少しだけ中に浮いている。光による地面との反発作用を利用していたらしい。水上タイプでは光と水の力関係を、飛行タイプでは空気との力関係を利用していた。全てが光エネルギーの制御によって動いていたそうだ。残念だが、俺が生まれたときには、スニークの存在は絶滅状態だった。どこかの金持ちが、個人で所有をし、個人の敷地で楽しむことしか出来ないんだ。スニークの使用は、公共の場では完全に使用禁止になっている。

 そんな箱型スニークの中で、三人は多くの言葉を交わし、仲良くなっていった。送り迎えの順番は学校から家までの距離と道程によって決められる。誰がどの席に座るのかの決まりはないが、空いている席を選ぶと、その順番によって自然と収まる席が決まってしまうものだ。そして一度場所が決まると、なかなか別の席へと移動することはない。

 一つの学校で、スニークの数はだいたいが六台ってところだ。地域ごとに別れていて、その混雑具合は様々だが、座席がなくなるような手配はしていない。

 三人は同じスニークを利用していた。同じ地域に暮らしていたから当然なのだが、それほど家が近いってわけではなかった。その地域で一番学校から遠くに暮らしていたのがショウだった。当然、ショウが一番乗りになり、自由に座席を選べる立場になる。ショウは一番後ろの端っこに居を構えた。人っていうのは不思議で、席がいっぱい空いていると、外側に身を置く癖がある。しかも、入口から遠くを攻めていく。

 送迎用に使われていた箱型スニークは、別名として学校スニークと呼ばれていた。学校スニークの特徴は、大勢が乗れることだが、その入口が一つしかないことにもある。運転手を含め、全ての乗客が同じ場所から乗り降りをする。しかも、一番前から。

 一番前の入口とは反対側に運転席がある。スニークは、基本は人が運転をする。自動運転の機能はついているが、スニーク乗りは自らの運転を好む傾向にある。どちらにしても子供達の安全上、学校スニークには運転手が必要だ。生徒の数を把握したり、喧嘩を予防したり、健康状態を確認したりと、その役目は多岐に渡っている。

 学校スニークは長方形で、後ろに長く伸びている。真ん中に通路があり、両端が座席になっている。一列に左右それぞれ二人ずつが並んで座る。しかし、先頭と後ろだけは違う。先頭には入口もあるため運転手だけが座り、後ろは全面が座席になっているため五人がけになっている。

 チャコが学校スニークに乗り込んだとき、すでに窓側の席は埋まっていた。仲がよい友達でもいれば通路側でも喜んで座るんだが、そんな相手を探しているうちに一番後ろまでやってきてしまった。窓側に座る二人を見て、仕方なしにショウの隣に腰を下ろした。おはようの声をかけながら。

 ショウとは多少の面識があったのも理由の一つではある。反対側に座っていたのは、上級生で、面識もなく、ずっとショウを睨みつけていた。

 一番後ろの席は本来人気があるんだが、なぜだが誰も寄りついてこない。学校が近づいた頃、一人の女の子がショウを睨みつけていた上級生の隣に座った。二人の様子から友達だと感じられる。その直後に、ジョージが一番後ろに迷い込んできた。他に座る場所もなくなっており、ど真ん中に腰を下ろした。チャコとショウには軽く顔で挨拶をする。二人も同じように顔の中身だけを動かした。隣の女の子が舌打ちをする音が聞こえた。

 学校スニークを降りて教室に向かっていると、後ろから女の声が聞こえてきた。

 ねぇちょっと、話したいことあるんだけど、いいよね? その言葉が誰に向けられていたのかは分からなかったが、足を止めて振り向いたのはショウだけではなかった。ショウの前を歩いていたチャコとジョージも同時に振り向いたんだ。

 振り向いた先には、学校スニークで同じ列に座っていた二人が並んで立っていた。

 別にいいけど、遅刻しちゃうよ。ショウがそう言った。

 お前たち、生意気だな。ショウを睨みつけていた上級生がそう言う。

 喧嘩は良くないって、先生が言っていたよ。ショウはそう言いながら、上級生の両足を踏みつけた。そしてのまましゃがみ込みながら上級生のズボンを下ろした。

 おぉー! パンツまで脱げちゃったじゃん! ちっちゃいおチンチンだね。そう言いながら、中指でそれを弾いた。

 痛ーいよー! なんて震えた声で叫びを上げながら、上級生は大泣きを始めた。

 お姉ちゃんも脱ぎたい? ショウは女の子に顔を向けながらそう言った。

 やだー! なんて言いながら、その女の子は上級生を置いて逃げていった。

 ショウは立ち上がり、ポカンとしているチャコとジョージに顔を向けると、大声で笑いだした。そんなショウの姿を見て、二人も声をあげて大笑いする。騒ぎに気がついた生徒のなん人かが、フルチン状態の上級生に近づいて行く。フルチンは大笑いしている三人を指差してあいつらにやられたと言っている。その言葉を耳にした三人は、違うよー! と叫びながら走って逃げていった。その言葉は嘘ではない。チャコとジョージはなにもしていない。あいつらがと言った言葉は、確かに違っていた。嘘をつけない世界では、言葉が全てになる。違う誰かにやられたのを、フルチンが勘違いをしたということで、誰も怒られずに騒ぎは解決してしまった。

 その日の帰りから、三人は学校スニークの中で仲を深めていった。フルチンも女の子も同乗していたが、三人には近づいてこなかった。


 五年生になると、三人は同じクラスになった。いつも一緒にいて、元から似ていた顔が更に似てくる。体型もそっくりで、その頃から周りでも三つ子だと言われるようになっていた。

 ショウを中心にいたずらばかりする子供だったが、頭は良く、要領も良く、三人共が揃って飛び級で六年生に進学することになった。それは結構異例のことだった。通常、六年生までは飛び級をしない方針になっている。その理由は、学校スニークの利用が六年生までと決まっていたからだ。年齢的には六年生と同じでも、三人は次の年からは学校スニークに乗れないってことだ。それに気がついたジョージの両親が学校に連絡を入れた。うちの子供は学校まで近いからいいが、他の子はどうなる? そのことをちゃんと考えているんだろうねと。学校側は慌てて対策を練った。そして、学校スニークの制限を、年齢基準に変えたんだ。

 六年生に飛び級をした三人だったが、その授業は退屈だった。その結果、次の年には八年生と飛び級することが決まった。

 飛び級をするには条件がある。先生からの推薦と、年に三度ある試験に合格すること。いずれか一つだけで飛び級ができる。途中からの飛び級も可能だ。ショウ達三人は、五年生の途中で六年生なり、年明けに八年生になった。

 ショウ達のいたずらは、相手を選ばない。上級生だろうが先生だろうがお構いなしだった。けれど、どういうわけか嫌われることはなかった。その理由は、ショウ達三人のキャラクターにあったんだと思う。

 いたずらの役割は決まっている。ジョージが考え、ショウが実行をし、チャコが謝る。

 俺がお気に入りなのは、学校に対するちょっと小さな大規模ないたずらだ。言葉としてはおかしいが、まさにそんな感じのいたずらだった。月に一度、全校生徒が集まる朝礼が開かれる。正直退屈な時間だ。校長だけでなく、教頭までもが長話をする。生徒達の間だけでなく、先生連中からも評判がよくはなかった。ジョージはそんな声を耳にし、いたずらを思いついた。実に単純なものではあるが、大勢を巻き込むことに成功した結果、それは大きな変革にも繋がっていったんだ。周りを巻き込んでいく力は、当時から健在だったってわけだ。

 実行役のショウは、教頭の長話が始まるとすぐ、その間合いを見計らって、最高のお言葉をありがとうございます! やら、また来月を期待しています! なんて言葉を大声で叫び、バカでかい拍手を送った。すると、周りのみんながつられて拍手を重ねていく。しかも、ショウの真似をしてなにやら叫ぶ連中もいれば、口笛を派手に鳴らす連中もいる。教頭は気分が良くなり、手を上げながら挨拶をしていた舞台を降りていく。そしてなぜか、校長とハイタッチを交わして交代した。

 教頭が舞台を降りようとしているとき、待っていました、校長! とショウは叫んでいた。その言葉に校長は気分を良くする。

 校長が舞台に上がり、挨拶を終えるとすぐ、ショウがまた叫びを上げた。それは、校長が大好きな詩の一節だった。校長はその言葉につられてすぐに続きを朗読し始めた。その朗読が一分近くで終わると、今度はなんの合図もなしに生徒や先生達から拍手喝采が沸き起こった。舞台上で舞い上がって両手を広げる校長に対し、チャコが慌てて駆けつける。ジャンプをして固定されていた拡声器を掴み、まずは校長に向かってごめんなさいと謝った。続いて先生側に謝り、最後は生徒に向かって深くお辞儀をして謝った。するとまた、拍手喝采が沸き起こる。よく言った! 許すぞ! ショウとは別の声が聞こえてくる。気不味くなった校長が舞台から降り、先生の一人が舞台に上がりチャコから拡声器を取り上げ、本日の朝礼は終了します。各自整列をして教室に戻るように。そう言った。

 このいたずらにより、三人は学校一番の有名人になった。

 有名になるってことは、いいことばかりじゃない。ショウ達三人のことを気に入る者もいれば、反感を持つ者もいる。仕方がないことだが、ショウ達三人は、そんな反感を黙って見過ごすようなたまではなかった。

 お前達さ、調子に乗りすぎなんだよ。まだ六歳なんだろ? 家帰ってママのおっぱいでも吸っていろよな。

 学校帰り、校門を抜けると突然目の前にちょっと大きな男が立ちはだかりそう言った。その男の顔に、ショウ達は見覚えがあった。

 誰だっけ? そんな思いで三人は顔を見合わせる。けれど、思い出すことはできない。

 俺のことなら分かるだろ? そう言ってもう一人の男が背後から顔を出す。見覚えはあるが、こちらも思い出せない。なんせ二人の顔はそっくりだった。サイズ感が違うだけで。二人目の男は、ショウよりも小さかった。

 すると今度はそいつの背後から女の子が顔を出す。

 私のことも覚えてない  女の子がそう言った。ショウ達三人は首を捻った。もっと可愛い子のことなら絶対に忘れないんだけどな。なんて言葉をチャコが呟いた。

 ショウ達三人の前にそっくりな顔の二人と女の子が並んだと思うと、今度はその背後から大勢の輩が現れ、ショウ達三人はあっという間に囲まれてしまった。チャコとジョージは恐怖を感じたのかその存在感が縮こまっていく。しかし、ショウは別だった。その存在感が、増していく。

 もしかして、あのときの? そう言いながらショウは小さな男の子の前に立ち、両足を踏んづけてしゃがんだ。そしてズボンをすっと下ろす。やっぱりそうだ。フルチンくんじゃん! このおチンチン、変わってないね。そう言いながら、人差し指でピンと跳ね飛ばした。

 学校スニークでのあの日から二年しか経っていないが、ショウ達三人は大きく成長していた。しかし、フルチンの成長は遅かった。それはきっと、一緒にいたお兄さんに奪われてしまったからだと思われる。

 フルチンはまた、泣き出した。それを見ていたお兄さんが怒りを露わにするが、大笑いをするショウにつられて、周りを囲む大勢も一緒に笑い出した。この事態に慌てたフルチンのお兄さんは、どうしたものかとあたふたしだした。後で知ったことだが、フルチンのお兄さんはフルチンと一つしか年が変わらない。身体は大きくとも、まだまだ子供だった。突然態度を一変させた隙を、ショウは見逃さなかった。フルチンのお兄さんの耳元に顔を近づかせ、お兄さんも脱ぐ? そう囁いた。そしてそのまましゃがみこみ、フルチンのお兄さんのズボンを下ろす。ショウはズボン下ろしが上手だった。確実にパンツと共に下ろすことができる。

 お兄さんのは少し、大人サイズだね。そう言いながら、人差し指でピンと跳ねる。ぎゃー! と喚いて飛び上がるフルチンのお兄さんを見て、周りを囲む輩の笑いが大きくなる。フルチン兄弟は慌ててズボンを持ち上げ、あそこに手を当てながらその場を去っていく。その後ろを慌てて女の子がついて行く。

 ショウ達三人は、いまだに大笑いしている輩の間を縫い、いつも通りに家路についた。

 ショウ達三人は気づいていなかったが、フルチンは、八年生の同じクラスにずっといた。次の日の登校で気がついたが、フルチンが避けたため、その後には一度も会話をしていない。しかも翌年ショウ達三人は揃って十年生に飛び級をしている。いつの間にか立場が逆転してしまった。当時の学校世界では、年齢よりも上級生であることの方に力がある。そんな世界だった。

 十一年生への進級は普通だった。頭を使う勉強については飛び級可能だったが、身体的な面での不安があり、飛び級に待ったがかかった。本人達にとっては、正直どうでもいいことだった。飛び級には興味がなかった。三人一緒にいられればそれでいい。それしか頭になかった。

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