第10話

   第十章


 ショウは突然、アメリカにあるニューヨークへと引っ越すことを決めた。あそこは世界で一番自由なんだ。そう言っていた。

 引越しを決める半年ほど前までのノーウェアマンは、相変わらず定期的に世界を周っていた。

 そろそろ休憩でもしないかな? そう言ったのはチャコだった。

 半年後に、ジョージと一緒に徴兵されることになってるじゃん。それをきっかけにさ、しばらく休みたいんだ。正直、ちょっと疲れてるし、向こうから帰ってきてすぐに興行をっていう気分にはなれそうにないんだよ。

 それはいいんじゃない? ゆっくり休むといいよ。ショウがそう言った。残りの日程が終わったら、そのまま休憩に入ろう。

 作品はどうする? もうちょっとで仕上がるだろ? ジョージがそう言った。

 まぁ、休憩後でもいいんじゃない? ショウがそう言った。ショウにしては珍しい反応だった。チャコとジョージが、顔を見合わせて困惑している。

 それでいいのか? こんな言い方は嫌だけど、俺達にとっては最後の作品になるかも知れない。死んだらお終いだからな。

 僕もそうしたいって思うよ。休憩前の最後の作品、仕上げよう。興行は来月で一段楽でしょ? 五ヶ月間、作品だけに集中するって、初めてじゃない?

 二人がそう言うなら、それでいいよ。最後の作品か・・・・ そういうことなら、準備していた曲は捨てよう。新しく曲を書こうか。

 笑顔でそう言ったショウの真意に、チャコとジョージは気がついていなかった。ショウはきっと、本気で次の作品が最後になると感じていたようだ。自分の死を予感していたのかどうかまでは分からないが、なにかを予感し、最後に最高の作品をと心に決めた。

 そうと決まると、ショウの集中力は一気に高まっていく。ノーウェアマンの作品は、初期こそショウが全ての楽曲を書いていたが、中期辺りからはチャコとジョージも曲を書いている。最後の作品になるかも知れないならば、三人で全ての曲を書きたいとショウは考える。方法はいくつか思いつき、その中でショウは、今までにしたことがない方法を採用した。

 三人で適当な演奏をしながら、その中で今のいいよね、なんて言いながら曲を模っていく。ある程度の形が見えてくると、本格的に仕上げていくっていうやり方が、ノーウェアマンにとっては普通だった。初めから誰かがアイディアだけを持ち込み、それを展開させていくってやり方もよくしていた。

 今回は、ショウがまず作品一つ分の曲を書き、それを二人の前で発表する。それを受けたチャコが、また別に作品一つ分の曲を書き発表する。次にジョージの番だ。作品三つ分の曲を、三人で演奏しながらミックスし、分解し、削除をしたり追加をしたりを繰り返していく。ああだこうだと言いながら。そして最終的に作品一つ分の曲に仕上げていく。

 作品が仕上がったのは、チャコとジョージの徴兵一週間前だった。

 作品の発表は、三人の意向で徴兵前日と決まった。

 休憩前の全ての興行は終了していたが、最後にもう一度演りたいっていう気持ちが三人共に一致し、会場探しを始めた。

 ノーウェアマンに見合った会場は、そうは簡単には抑えられない。しかも休憩前最後の興行となれば、キャバランでやったとしても、大騒ぎになってしまうだろう。キャバランでの興行は定期的に行ってはいたが、それは多くの会場を回っているうちの一つだったから、それほどの騒ぎにはならなかっただけだ。とはいっても、狭い会場でノーウェアマンを身近に感じられるキャラバンでの興行は、常にチケットの争奪戦が繰り広げられ、会場前には当日券とキャンセル待ちの輩が多く押し寄せ、実際の観客の倍は集まってしまう。

 どうすればいいかな? 困ったことがあると、ショウはいつも聞き屋の前にしゃがみこむ。

 本当はさ、ここでまた演りたいんだ。今回で最後かも知れないからね。

 ならいっそ、演ってみるか?

 予想外の聞き屋の言葉に、ショウは慌てる。

 そんなこと、不可能だろ?

 聞き屋にはなにか打開策があるんじゃないかって、勝手な期待をしている。

 まぁ、普通に考えていたんじゃ、不可能だろうな。聞き屋のそんな言葉に、ショウは項垂れ、あからさまな落胆を見せる。

 そう分かり易く落ち込むなって。言ったろ? 普通に考えたんじゃってさ。だったらどうする? そうだよ。普通じゃない考えならいいってことだ。

 聞き屋の言葉に、ショウの瞳が輝いた。

 まずはどこかここから離れた場所で興行をするんだ。会場を抑えるのが無理だとすると・・・・ そうだな、どこかの戦場がいいんじゃないか? 海外でもいいが、沖縄なんてどうだ? あそこなら、多少の無理も効くだろ。最近は戦闘が止んでいるはずだからな。

 あそこにまた戻るのか・・・・ 正直、いい気分はしないよ。けど・・・・ 行くべきなんだよな。最後にあの場所で歌うのか。それもいいかも知れない。

 独り言のように呟くショウの言葉に、聞き屋が反応をする。

 本当の最後は、ここでするんだよ。まぁ、休憩前のって意味だけどな。なんだかみんなが死んじまうようだな。

 冗談のつもりの聞き屋の言葉に、そうならないことを祈ってるんだ。と、真面目なトーンでショウが言う。

  沖縄に人を集めて、その日の夜中にここに戻ってくる。それならきっと、それほどのパニックにはならないだろ? 転送装置はあまり大勢をいっぺんには運べないからな。最後はここで静かに楽しもうってわけだよ。

 聞き屋がそう言うと、それ最高じゃないか、とショウは笑顔を見せていた。

 沖縄の戦場を利用することは、案外すぐに承諾を得た。会場使用料はとらないと言われたが、代わりに戦地に在留している兵士を招待してほしいと言われた。ノーウェアマンはそれを了解した。ステージの設営のことを相談すると、兵士達が手伝うと言う。道具の手配も任せてくれと。それはとてもありがたいことで、ショウ達三人は深く御礼を言い、当日の時間やら詳しい場所やらの打ち合わせをし、後はどうやって世間に伝えるかを相談した。

 兵士達に噂を流してもらいます。それであっという間に広がることでしょう。そう言われた。

 徴兵前最後の興行は、作品の発表と同じ徴兵前日に決まった。今回もレコードの発売が決まったが、日程が短すぎたため、千枚の限定販売となった。しかも、会場限定だ。今では当たり前になっているが、これが会場限定商品の始まりだった。これをきっかけに、ライクアローリングストーンが発展をさせた。ライクアローリングストーンは、バンドを象徴するマークを考え出し、それを洋服などに描き売り出した。俺の時代でも大人気だ。年寄りから赤ん坊までが、そんなマークの服を着ている。

 ノーウェアマンの三人は、三日前に会場のある沖縄に入った。沖縄には、本島以外にもいくつかの島がある。本島に住んでいるのは軍人と政府の関係者やそれを商売にしている連中しかいないが、島にはまだ人が暮らしている。以前は沖縄県の一部だったが、今では行政上は神奈川県になっている。沖縄はすでに県ではないし、戦争が終われば神奈川県の一部になるって噂だ。だから横浜とは兄弟とも言える。ショウはこの日、そんなことを言っては喜んでいた。

 ノーウェアマンには、その興行や作品の販売をするための仕事をする人材がいない。以前はシンシアがその役をしていたが、シンシアの死後、全てを三人でこなしていた。一時はヨーコが手伝っていたが、みんなの目の前でチャコと喧嘩をしてからは、一度も顔を見せていない。チャコとヨーコは結婚していて、いまだに離婚には至っていない。二人は完全に仲違いをしてはいないってことだが、人間の心は案外と嘘つきで、ときにはスティーブをも騙すんだよ。チャコとヨーコは、すでに心を通わせてはいなかったんだ。ノーウェアマンの最後の興行にも、姿を見せなかった。

 ショウ達三人は、沖縄に着くとすぐ、ステージの設営をしている兵士達に会い、御礼を言い、手伝いをする。そしてリハーサルを兼ね、兵士達のためだけのライブを行った。

 戦争っていうのは、実に自分勝手な存在なんだ。どちらの国が悪いかなんて、どうでもいい。どちらも人を殺しているっていう事実は消せないんだから。

 沖縄で会場の準備をしていた兵士達は、敵味方が関係なかった。戦争していない時間は、兵士達にわだかまりなんてない。目的が同じなら、同じ方向に進んでいく。兵士達は協力し合い、会場を設営していた。

 リハーサルを終えると、ショウ達三人は島へと渡った。沖縄本島には転送装置がいくつもあったが、島には当時、一つもなかった。移動手段は飛行型か海上型のスニークだった。時間はかかるが、そこまでしてでも訪ねる価値がある。

 島で暮らす人達は、戦争の被害を多く受けていたにも関わらず、とても優しい。この世界では珍しい破壊されていない自然に囲まれているからだろう。スティーブの存在はあちこちで感じられるが、文明以前からの建物が多く残されている。文化も独特で、その言葉さえも、独自の言葉が残されているんだ。

 ショウはその島が大いに気に入り、文化や言葉を吸収していた。紙の文化はなかったようで、お年寄りから情報を得ていた。とても楽しそうにしていたよ。ショウも島のお年寄りも共に。

 島でもノーウェアマンはライブを行った。住人全員を集めてのライブは、普段とは違う雰囲気に包まれ、普段とは違う音楽が奏でられた。

 島に残されていた住人達は、ほとんどがノーウェアマンのライブを初めて経験する。その名前は知っていても、曲を聴けば覚えがあっても、それほどの興味を抱いていなかった。それは、お年寄りから若者まで、住人全員に共通していた。

 海に囲まれた島の沿岸部には、いくつもの大きな洞窟が存在している。そんな洞窟の中には、多くの住人が集まる会館のようなものもあり、そんな場所はたいてい、スティーブからの干渉を妨害している。

 会館の中に入ると、住人は独自の言葉を使用し、妙な楽器を手に持ち、歌っていた。

 わしらはな、あんたらが有名になる前から歌を歌っておった。自然と身体に波打つリズムを表現しておるだけじゃがな。音楽っていうのは、そういうもんじゃよ。

 そんな声に、ショウは頷いた。

 島の住人が手に持っていた楽器は様々だった。三本しか弦のない小さめのギターのような楽器が一番多かったが、床に置いて弾く十本以上の弦が張ってある楽器や、それまでには見たことがなかった打楽器もあった。どの楽器も、素晴らしく楽しい音を奏でる。

 文明以前からの楽器を受け継いでいるのは、なにもこの島だけじゃない。この国だけでもない。あんたはまだ若いから知らんかもしれんが、この世界にはまだまだ多くの矛盾が残されているんじゃよ。音楽を想像したって言われとるんじゃろうが、以前から音楽は溢れておった。あんたはそれを知らずに、勝手に始めただけなんじゃろ?

 いきなりそんなことを言われ、ショウは戸惑う。確かにこの島で聞く音楽は、ショウが創り出したものとも、ライクアローリングストーンのものとも違う。裏社会で生き続けてきた音楽があるかも知れないってことは想像したことがある。しかし、こうして現実を目の当たりにするのは初めてだった。しかも、なにか悪いことをしたかのように感じられる。

 あんたが悪いとは思っとらんよ。むしろ喜んでいるんじゃ。わしらが楽しんでいる音楽も、いつの日か日の目を見れるってことじゃからな。

 そんな言葉にホッとし、その楽器を弾かせてくれませんかと手を伸ばす。

 もちろんいいとも。陽気になれる楽器だとは思わんかね?

 ショウは手に取ったその楽器を、同時に手渡された爪を指にはめ、鳴らした。

 いい感じだねぇ。そう言いながら、楽し気なメロディーを奏でた。

 さすがは有名人じゃな。初めてなのに、わしより上手に弾きよる。よかったらそいつをあんたに譲っちゃるよ。

 本当に! ありがとうございます! 大事にしますよ。明日の興行で、早速使おうか? 興奮のままにショウが言った。

 はっはっ、そいつは嬉しいこっちゃな。あんたならわかっちょると思いが、ここで手に入れたってことは内緒じゃよ。

 そう言うと、じいさんは派手に笑い声をあげた。

 ショウはその楽器を、サンシンと呼んでいる。三本の線だから、サンセンだね。そう言ったんだが、じいさんはこう答えた。そうなんじゃよ、サンシンなんじゃよ。多分だけど、じいさん自身はサンセンと言ったつもりなだろうね。

 チャコとジョージもまた、別の楽器を手に入れていた。ジョージは床に置いて座って弾く十本以上もの弦が張られた楽器で、チャコのはちょっと変わったリズムを鳴らす打楽器だった。それに加えて三人は、指笛を教わった。

 洞窟の中の会館で、酒盛りが始まった。沖縄のお酒はアルーコル度数が強い。沖縄の人は、お酒に強い。島の人間も、文化的には沖縄本島と変わりがない。

 お酒を飲み、食事をし、音楽を楽しむ。洞窟の中の会館は、そんな楽しみで一杯の場所だった。

 朝まで続いた酒盛りを楽しみ、昼前には沖縄本島の会場に戻り、直前の簡単なリハーサルを行った。その間に発売された作品は、これが最後かも知れないとの煽りもあり、大ヒットしていた。

 飛行型スニークでの睡眠のおかげで、ショウ達三人は、とても目が冴えていた。リハーサルの中で、前日に頂いたばかりの楽器を使用し、曲のアイディアを固めていた。

 会場の周りには、開演前から多くの観客が集まっていた。聞いたことのない音色が会場から漏れ聞こえてくる。またなにか新しいことをするのかと、観客の興奮が高まっていく。

 集まった観客の中には、チケットを持っていない者も多くいた。野外の特設舞台なら、音漏れだけでも楽しめると考えたのだろう。その判断は正しかった。ショウ達三人が、なんのサプライズも用意していないはずがない。

 会場内に観客が埋まりきる前に、ショウ達三人は舞台に登場する。普段の興行ではあり得ないことだが、本人達ですら待ちきれなかったようだ。

 いきなりの登場に戸惑った観客も、そこにノーウェアマンの音楽が流れれば、自然と身体を動かし、気分がよくなる。楽しい時間の始まりだ。

 夕方から始まった興行は、おおいな盛り上がりの中進んでいった。初期の曲から現在の曲まで、ショウ達三人の気分のままに演奏していく。曲順なんて予め決めたりはしない。観客の中からのリクエストがあれば、応えることもしばしばある。この日もすでに、数曲のリクエストに応えていた。

 開演から二時間が過ぎた頃、ショウが突然話を始めた。ノーウェアマンの興行では、挨拶程度の言葉は交わしても、長々と話をするなんてことは滅多にない。この日は珍しく、五分間も話をしていた。

 内容としては大したことがない。徴兵されるチャコとジョージへの餞の言葉と、これまでの活動についてを少し述べた程度だが、観客は大いに盛り上がっていた。

 その盛り上がりを受け、ショウは突然とんでもないことを言い出した。

 今から会場を解放する。全ての外枠をバラすから、外にいるみんなも自由に楽しんでいって欲しい。

 その言葉を合図に外枠が動き出した。突然の出来事に、会場はざわついた。外枠はあっという間に一箇所に集められ、バラバラに分解された。

 その後は完全なるフリーライブで、スティーブの呟きを目にした者が慌てて動き出し、一時は転送装置が混線状態に陥ったほどだ。すぐに復旧をしたが、順番待ち状態が続き、それは興行が終了してからも治らなかった。

 フリーライブとなってから、ノーウェアマンは三時間ぶっ続けで演奏をしていた。そして最後に、沖縄の島で戴いた楽器で新曲を発表し、興行を終えた。

 またね! ショウは最後にそう言った。


 ライブ終了後に一人の女性がショウを訪ねてきた。

 私のこと、ずっと見てたでしょ?

 楽屋で寛いでいたショウの前に仁王立ちし、上から睨みつける。

 誰だっけ? ショウは笑いながらそう言った。

 見覚えなんてない。きっと観客の一人だろう。そう思ったようだ。

 あんなに私のことだけ見ていたのに? 信じられない最低男ね。ライブ中私だけを見てたのを忘れたの? 本物の馬鹿なの?

 その言葉を聞いてショウは大笑いをする。周りにいたみんなもまた、同じように大きく笑った。

 その女性が誰なのかは、俺には一目で理解できた。派手好きなのは知っていたが、ここまでの馬鹿だとは知らなかったよ。悲しい現実だが、その女性は、俺の愛する母親だった。当然、俺の母親になる以前の話だけどな。

 俺の母親は、楽屋に入るときも、騒々しかった。知り合いがいるのよ。私に会いたがっているんだから。そんな言葉を喚き、ズカズカ入り込んだんだが、彼女が入り口で本気で立ち入りを拒否されなかったのにはちゃんと理由がある。ショウが興行中にずっと見つめていたっていうのは嘘だが、可愛いと感じていたのは確かだ。ショウの記憶には、そんな彼女の姿がきちんと映し出されていたからな。強引な彼女の態度に、スタッフの誰かがショウに顔を向けた。ショウは連れてきてもいいぞと手招きをしていたんだ。

 可愛い子だね。こっちの子かな?

 ショウの言葉に、彼女は膨れる。

 今度はガキ扱いして遊ぶつもり? こう見えてもさ、十八なのよ! 当然学校だって卒業しているしね。

 なんだ、そうなのか? 見た目通りじゃないか?

 ショウの言葉を聞き、彼女はさらに膨れていったよ。頬まで膨らんだその顔は、自分の母親ながら可愛く感じられた。

 島生まれでしょ? その顔は。こんなに可愛い子は、都会じゃ見かけないからね。

 なんで分かるのよ・・・・ それ言われるの、一番嫌いなんだけれど?

 そうか? 僕は君のこと、好きだけどね。

 ショウは彼女を引き寄せ、隣に座らせた。

 今日はこれから予定があるんだ。明日島まで迎えにいくよ。

 ショウは彼女のことに気がついていた。島での酒盛りの場に、彼女もいた。ショウはそのときも、彼女をしっかり見とめていた。

 嫌だよ。予定があるなら付き合うよ。私ね、これってチャンスだと思っているんだから。もう島には帰りたくないのよ。

 それは困るな。僕はあの島が好きだからね。

 私だって困るわよ。今日は帰らないって言ってあるし、おじいちゃんはあなたと一緒なら安心だって言ってたのよ。サンシンもあげたし、一晩の面倒くらいは見てくれるだろうってさ。

 彼女の言葉に、ショウは驚きより前に呆れてしまった。

 あのじいさん・・・・ まぁいいか。これから横浜に戻るんだけど、それでも構わないか?

 嬉しい! 横浜って、三番目に行きたかった街だよ。ちなみに二番が東京で、一番がニューヨークなんだ。

 あぁそうかい。なんて気のない呟きを零していたが、その言葉はしっかりショウの心に住み着いていた。だからこそのニューヨークで、東京なんだよ。

 ノーウェアマンの三人と彼女は、転送装置を使って横浜へと帰った。転送装置の混雑は予想以上だったが、ショウ達三人は兵士達用の転送装置を手配していたため、すぐに横浜に辿り着いた。

 兵士達用の転送装置は持ち運びが可能だ。いつの時代でも、最先端の技術は軍事利用されてしまう。まだまだ大きな箱型ではあったが、どこにいても転送できるってことは画期的で、この開発があったからこそ、今の携帯型へと一気に進化していったんだ。今では固定型の転送装置は稀にしか見かけなくなったよ。

 横浜に戻ると真っ直ぐ聞き屋の元へと向かった。持てる限りの楽器を背負い、聞き屋の横に並んで腰を下ろす。彼女もショウの隣に腰を下ろそうとしたが、君は向こう側だよと、向かい合って座らせた。

 ショウがギターを搔き鳴らし、最後の路上ライブが、始まった。

 その演奏と歌声を聞き、多くの者が足を止め、噂が広まる。呟きはまた、大騒ぎだ。しかし、そう簡単には人が集まらない。沖縄で足止めされている連中と、疲れて眠ってしまった連中が大勢いたからだ。ノーウェアマンの興行は、現地で見られない人のため、毎回光配信されている。つまりはタダで映像を流しているんだ。これはショウの考えだが、元々路上ではタダだったんだから、これが当然だという。作品や会場に訪れた際にはお金をもらっているんだが、それは経費がかかるからみんなで分け合っているだけだというんだ。お金がなかったり時間がなかったりする連中は配信で楽しめばいい。機会があるときに遊びにきてくれるだけで十分なんだそうだ。とは言いながらも、ノーウェアマンは、作品や興行の売り上げで大いに儲かっている。その儲け率がその他のバンドに比べて少なくはあるが、それはあくまでも率の割合で、稼ぎ出している金額は世界一だった。

 路上ライブ自体はそれほどの混乱もなく無事に終了した。チャコとジョージは楽器を背負って帰っていった。それじゃあまた。と二人がいい、あぁ、とショウが答える。行ってくるね。行ってらっしゃい。二人の姿が消えていく。

 私達はどうするの? 彼女の言葉にショウは、どうしようか? なんて答える。このままニューヨークに行くってのはどう? どうせあなた、一人ぼっちなのよね?

 それもありか・・・・

 その言葉のままに、二人は立ち上がり、歩いて行く。転送装置に向かい、目指すのはニューヨークだ。こっちは朝方だから、向こうは夕方だ。ちょうどいいじゃんと二人は感じる。気をつけろよとの聞き屋の言葉は、二人の背中には届かなかった。

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