〈トラウマ〉を抱えて、彼らは二度目の人生を謳歌する

そこは童話の記憶が混在する現代世界――〈読み手〉の世界に紛れ込んだ〈キャスト〉たちが、ごく自然に社会へ溶け込んでいる世界。
童話の登場人物の記憶を持った者たちを〈キャスト〉と呼び、彼らは童話世界での〈トラウマ〉を力に変えて現代を生きている。
そんな〈キャスト〉である主人公、灰村成は自分の童話としての記憶に違和感を抱えながら生活していた。
ある日、彼は「童話殺し」と呼ばれる〈キャスト〉の犯罪者に命を狙われることに。そこに颯爽と現れたのは、お気楽そうで胡散臭い二人の少年少女。二人の不可思議な力に助けられ、成は〈キャスト〉たちの見る世界へと足を踏み入れていく。

童話がモチーフなだけあって、本作はメルヘンチックな要素が含まれます。でも、物語を深く読み解けば、そこには〈キャスト〉だからこその葛藤や心の傷、後悔や悲しみが詰まっている。めでたしめでたしで簡単には終われない、一筋縄ではいかないファンタジーでした。
主人公の成はとくにイレギュラーな存在として描かれていました。それもそのはず。物語の後半で明らかになる彼の正体に、思わず童話の原作を読み返したくなった。
成はシンデレラの〈キャスト〉で、〈トラウマ〉は「灰でもかぶってろ」と叫べば十二秒だけ時間を止められるというもの。異能の発動や種類も多種多様で面白かったです。
また、童話なのでキャラクターが濃いですね。童話の人物も元が濃いんですけど、記憶を持った〈キャスト〉たちもオリジナルに負けず劣らず個性豊かで、読んでて楽しく、飽きませんでした。読み手を楽しませる力も持っているんですね、さすがです。

誰もが知る童話が一堂に会する、宴のような物語。しかし、彼らは青春を生きているわけで、私たち〈読み手〉となんら変わりない日常も生きている。青春に欠かせない悩みや葛藤、それは〈読み手〉だろうと〈キャスト〉だろうと大差ない。彼らは確かに、童話世界で様々な思いを馳せてきた。
赤ずきんなんて、狼に食べられてお腹の中に閉じ込められていたわけで、そりゃあトラウマにもなるなぁと。
ヘンゼルとグレーテルだって、信じていた者に裏切られ、また裏切られ、悪い魔女に食べられそうになる。恐怖しかない。
みにくいアヒルの子だって、親兄弟から「みにくい」と言われ続ければ心を病むに決まってる。
彼らの視点に立てば、生まれ変わっても覚えているくらいに深い傷でしょう。
そんな影のある童話から、一見すれば喜劇や成り上がりの物語に属するキャラクターにも〈トラウマ〉がある。誰にだって心に悩みを抱えているものなんだと、本作を読んでいて改めて感じました。
そして、後半の怒涛のバトルアクション。成の正体、〈キャスト〉〈トラウマ〉〈克服〉〈アクター〉、散りばめられたキーワードが一気にはまっていく爽快感がまだ抜けません。
また、会長の助言からの攻撃にはワクワクしました。読めば分かる。そこにすべての答えがあるので。

物語は楽しいだけじゃない。それでも、〈キャスト〉たちの物語を読み手は楽しんでいたい。
ひとまずは、読み手として〈キャスト〉の彼らに、そして紡ぎ手の彼らにも拍手を送りましょう。

ぜひ、ご一読を。