第3話「再会を求めて」

 SF映画のような未来は、現実には少し違った形で訪れた。

 名だたる巨匠の全てが、携帯電話の急速な進化と普及、スマートフォンの登場を予期できなかったから当然だ。そして、電脳空間に広がる仮想現実バーチャル・リアリティの入り口、ダイブリンカーも驚くほどに手軽なものである。

 物々しいヘッドギアでもないし、巨大な筐体に入る必要もない。

 目元を覆う一枚の布切れは、その先に無限のロマンを広げている。

 そう、ロマンこそが全てという戦場……ウォーロマンサー・オンラインもその一つだ。

 内藤慧ナイトウケイはゲーム内にログインしてすぐ、とある場所に移動した。


「【ガラハード】の修理完了まで、あと二時間……出撃できるのは夜からかあ」


 ここは、多くのプレイヤーでごった返す闘技場。

 ウォーロマンサー・オンラインの舞台、戦場と化した火星にある小さな都市だ。半端にテラフォーミングされた挙げ句、遺棄いきされた『明るい未来』の残滓……まだまだ荒涼こうりょうとした風景が広がる火星は、エクスケイルEX-SCALEと呼ばれる人型機動兵器の実験場である。

 プレイヤー達は、巨大な軍産複合体に機体のテストやデータ収集を委託されている。

 より強いエクスケイルを組み上げ、勝ち続ける……そのためのロマンを求める。

 登録名ケイもそんな傭兵の一人なのだ。

 賭博とばくも兼ねた闘技場では、巨大な立体映像の掲示板前に人だかりができていた。


「クソォ! 有り金すっちまった……一発当てて買うはずだった、ドリルフィンガー五本セットが……」

「馬鹿だなぁ、地道にクエストで稼げよ。それよりほら、チャンプのお出ましだぜ?」

流石さすが七機神ギガンティックセブンだよなあ……なんて迫力だ、あれが【オーディガン】か」


 宙に浮かぶ光学モニターが、無骨なエクスケイルを表示させた。無骨な角張った印象は、緑の迷彩塗装も相まって、酷く兵器然としている。手にはライフル、両肩からミサイルランチャーと迫撃砲が空をにらんでいた。

 七機神の一角、【オーディガン】である。

 この闘技場で無敗の伝説を継続中の、偉大なチャンプだ。

 全ての武装を実弾系で統一、徹底したミリタリーティストのエクスケイルである。Mフレームの機体で、彼をしたう者達をギルドに招き、その規模は一個師団にも匹敵した。


「チャンプ! チャンプ! チャンプ!」

「頼むぞおおおおお! 俺の全財産、アンタに賭けたぁ!」

「相変わらず渋いぜ……むせる!」


 圧倒的な声援の中で、慧も固唾かたずを飲んで見守る。

 今日何度めかの、チャンプの試合。対するは、Sフレームの軽量型である。その脚部は、人間でいう逆関節にひざが曲がっていた。機動力と運動性を高めるために、特殊な脚部パーツをアッセンブルしているのだ。

 武装も、両手は五指を持つマニュピレーターではなく、腕自体がレーザーガンになっている。脚を生かして一撃離脱、その戦術に特化した、いわゆるロマン機体だ。

 試合が始まり、周囲が興奮の坩堝るつぼと化す。

 慧は立体映像に別れを告げて、闘技場の中に入った。


「……あっ、しまった。直接見ようと思ったけど……もう、終わっちゃったんだ」


 入り口の巨大モニターから、ゲートをくぐって試合会場を見下ろす。するともう、勝敗は決していた。

 まさに、秒殺。

 周囲ではデジタル表示の数字と文字とが乱舞し、空をデータが行き来する。それは全て、賭けられた金額が移動する処理だ。

 横たわる敵を前に、【オーディガン】は左手を高々と頭上に突き上げた。

 その腕に装着されたロマン武器から、六つの空薬莢からやっきょうが白煙とともに排出される。

 ――

 ロマンそのものとさえ言っていい、一部に熱狂的な愛好家を持つ武器。それがパイルバンカーだ。しかも【オーディガン】のそれは巨大な上に特殊で、リボルバー型の装填装置に六発の炸薬を装備できる。一撃必殺のパイルバンカーを、相手に瞬時に六回叩き込めるのだ。

 初心者の慧でも知ってるくらい、特別な強さ……今では手に入らないレアアイテム。


「完全に見逃しちゃったな。でも……もしかして、あのパイルバンカーも? なら、神殺しゴッドスレイヤーがすぐにでも――」


 慧は熱狂的な歓声の中で、周囲を見渡した。

 様々な人種のアバターが満員御礼で、スタンディングオベーションだ。

 皆の声援に答えるチャンプが、マナーの悪いプレイヤーだという話は聞かない。熱心な信奉者がいるし、彼のギルドは戦争の犬ウォードックを自負する硬派な戦闘集団だ。まるで本物の軍隊のように、整然と高難易度クエストも片付けてゆくのである。

 だが、七機神である以上、まぬがれぬはずだ。

 恐るべき暗さと冷たさをまとった、神殺しの襲撃を。

 慧も、最初から神殺しの少女に会えるとは思っていない。だが、やはり気になる。お礼を言いたいのだ。現実では、引っ込み思案でよく人の厚意に助けられる。だが、内気で内向的な慧は、感謝を伝えることすらままならないことが多い。


「ちゃんとお礼、言わなきゃ。ゲームならきっと、僕はもっとちゃんとできる。……けど、そう簡単に再会できる訳じゃないよね」


 手の平の上に自分だけの小さなウィンドウを立体表示させ、その中で【ガラハード】の修理時間を確認する。稼動稼動だが、まだまだ修理は完全ではなかった。

 さてと夜までの時間潰しを思案していると……不意に隣に、人影。

 フェンスの向こうに【オーディガン】をにらむ、一人の少女が立っていた。長い長い黒髪に白い肌、そして豊かな曲線美で女性らしさが起伏をかたどっている。それを強調するように、ホットパンツにへそ出しシャツといういでたちだ。

 なにより目を引いたのは、彼女の瞳。

 大きく黒目がちな双眸そうぼうに今、黒い炎が紅蓮と燃えていた。


「――見つけたぞ。見つけた……私はお前を、追い詰めた」


 とても冷たい、声。

 暗い情念がもっているのに、酷く冷徹で無機質な声音だった。

 すぐに慧は直感した。

 あの時助けてくれた少女、神殺しの【ギルガメイズ】を駆るプレイヤーだ。

 声をかけようとした、その時……不意に闘技場の中で爆発が起こる。

 なんと、先程【オーディガン】に倒された軽量級エクスケイルが、ありえない程に派手な爆発で木っ端微塵こっぱみじんになったのだ。ゲーム内での公的な博打ばくちである闘技場では、参加したプレイヤーの機体が大破、撃墜されることはない。普通のクエストとは違って、戦闘不能になっても処理的にはリスクがないのだ。

 撃墜を恐れず経験値が稼げるが、資金を得られるかどうかは腕次第。

 それがここ、弱肉強食のコロッセオなのである。

 その中で今、ありえない爆発が炎を広げている。


「も、もしかして……今、あなたが?」


 慧は発する声が震えていることに気付いた。

 そう、あまりにも恐ろしい……なにがと言われても説明できない、不思議な恐怖を感じていた。ゲームの中のなんでもないワンシーン、ちょっとしたアクシデントかもしれない。

 だが、目の前の少女がその爆発を演出したような気がした。

 闘技場の中では、流石のチャンプも驚いているようだ。

 【オーディガン】は身構えると同時に、左腕のパイルバンカーに炸薬を再装填する。


「その声、昨日の……確か、【ゼグゼウス】に襲われてた子」

「そ、そうです! あのっ、ありがとうございました。あなたに助けられました、僕」


 言えた。

 お礼を伝えられた。

 ただそれだけのことなのに、慧は強張る全身を震わせていた。

 このゲームの中でだけは、いつもの自分を変えていきたい。物語の騎士のように、堂々と戦い、過ごしたい。誰かの騎士になれたなら、もう変われる筈だ。

 慧をちらりと見て、その少女は無表情で言葉を突きつけてきた。


「助かったのは、私。君のおかげで楽に接近できた」

「あの、どうやって……昨日、動きが全然見えなくて。あなたのエクスケイル、確か【ギルガメイズ】……あの機体、固定武装がない上に武器を持ってませんでした」


 Sフレームにしてもあまりに小さい、小さ過ぎるエクスケイルを慧は思い出す。

 少女の愛機は、頭でっかちな体型で手足ばかりが重装甲だった。四頭身くらいの寸胴ずんどうで、バイザーに覆われた顔はのっぺらぼうのよう。

 だが、そんな不格好なエクスケイルが、七機神を倒したのを慧は見たのである。


「見た通りよ」

「いえ、だから見えなくて」

「あのビームサーベルに、斬れないものはないわ。だから、肘関節ひじかんせつめて破壊した……【ゼグゼウス】は、


 なんと、全身で組み付いて敵の腕を取り、そのまま相手の握るビームサーベルを本人にぶつけたのだという。

 普通のプレイヤーならば、全く思いつかない戦い方だ。

 ロマンを体現する武器、皆が求める強い武装を、彼女はなにも用いていない。無手のエクスケイルで戦い、勝利したのだ。


「話はそれだけ? なら、もう行って……逃げて。ここは今から、戦場になる」


 それだけ言い放つと、少女は周囲に無数の光学ウィンドウを広げた。

 七色の光の照り返しが、彼女を戦争の女神へと飾る。そう、強き意思を持つアテナのようだ。だが、その本質が復讐の女神ネメシスだとは、今の慧には思いもしない。

 あっという間に少女は、例の奇妙なエクスケイル【ギルガメイズ】を呼び出す。

 データの塊が実体化し、闘技場の地に立った。

 少女はフェンスをあっさり超えて、愛機に飛び乗る。


「あのっ! だ、駄目ですよ、乱入なんかしたら!」

「ずっと、この時を待っていた。チャンプは普段、めったに外に出てこない。周囲の取り巻きに守られてる。でも……闘技場での試合の時だけ、単騎になる。だからっ!」

「あっ、待って! 待ってください! せめて名前を!」


 熱くけた風圧が広がる。

 駆動音を高鳴らせる【ギルガメイズ】の、無貌むぼうの顔に光が走った。

 酷く不格好なまでに大きな頭部、その奥に慧は見た……妖しく光る二つの目を。

 一瞬だけ眼光を放って、【ギルガメイズ】は少女をコクピットに招くや歩き出す。

 周囲が騒然とする中で、慧は自分に選択肢があることを知った。

 普段なら思いもしない、積極的な衝動が沸き起こる。


「僕は……なにをしようというんだ、僕は。そんなのって、僕らしくも……でも、それでも!」


 いつもの自分、変わらない日々にはお別れした筈だ。そんな過去を突き放して、前へ進むと決めたのだ。

 慧は、燃え盛る炎に包まれた闘技場へ光を飛ばす。

 まだ修理中の【ガラハード】が、破損も痛々しい姿を実体化させようとしていた。

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