第4話「神殺しの妙技、鮮烈!」

 周囲の悲鳴を聴きながら、内藤慧ナイトウケイことケイは愛機を実体化させる。

 普段は0と1デジタルのデータに分解されていた【ガラハード】が、ゆっくりと浮かび上がる。それはもう、鋼鉄の肉体を持った巨人だ。

 闘技場の中へ着地する【ガラハード】へと、ケイは乗り移る。


「どうしよう、こんなのってマナー違反じゃ……GMゲームマスターを呼べばいいのかな。でも、悠長なことは言ってられない!」


 すでに先程の少女は、あの神殺しゴッドスレイヤーの機体【ギルガメイズ】を動かしている。その奇妙な矮躯わいくは、ゆっくりとチャンプの【オーディガン】に向き合った。

 やはり、歴然とした体格差がある。

 だが、既に少女は三機の神を殺しているのだ。

 そう、七機神ギガンティックセブンと呼ばれる最強プレイヤーを、約半数も倒している。

 チャンプの哄笑こうしょうが響いたのは、そんな時だった。


『ハッハー! ついに尻尾を出したな、神殺し! 待ってたぜぇ!』


 少女は知っていた。

 この闘技場の中でなら、他のプレイヤーを巻き込まないと。

 だが、それはチャンプの庭へと自ら飛び込む、完全アウェイの戦いに挑むということだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だがこの虎の穴には無数の牙と爪とが待っていた。

 驚くケイは、機体のレーダーがアラートを響かせる中で知った。

 【オーディガン】の周囲に、あっという間に見知らぬエクスケイルEX-SCALEが展開する。どの機体も実弾武装で統一されているらしく、表示されるエンブレムは同じギルド所属であることを示していた。


『お前が俺達、七機神を狙っていることは知っていた! なら、俺の前にも必ず現れる……お前はあぶり出されたんだよォ!』

『……それで?』

『闘技場なら1on1タイマンのバトルになると思ったか? ずっと仲間を待機させてたんだよ! ギルドから外されたくなかったら、24時間この闘技場に張り込めってなあ!』


 少女の気配がわずかにとがる。

 だが、どこかユーモラスな【ギルガメイズ】は、そのずんぐりとした身を小さく沈ませるだけだった。

 ケイにはでも、それで十分伝わった。

 神殺しと恐れられた女の子の、心の底からの怒りを察したのである。


「すみません、チャンプ! あのっ、それは闘技場のルール違反ではっ! リアルで仕事や学校があるプレイヤーだって!」


 思わずケイは、【ガラハード】を前に出す。

 結果、【ギルガメイズ】と共に銃口を向けられることになった。

 だが、ぶるって縮こまる気持ちを叱咤しったし、声を張り上げる。


「七機神が連続して襲われるのには、七機神側にも問題があるのでは……ここは話し合いを、とりあえず冷静に――」

『黙って。邪魔よ』


 回線を通して【ギルガメイズ】から、氷の刃が突き刺さる。

 その頃にはもう、少女とケイは迷彩塗装めいさいとそうの鉄の壁に覆われていた。

 それでも、静かに怒りの声が響く。


『どこの誰だか知らないけど、邪魔したらぶつわよ? 下がってて。……誰も、巻き込みたくない』


 嘘だとは思えない声音だ。

 そして、もう手遅れ……ケイは敵として無数のロックオン表示に囲まれている。

 普段のケイなら、こんなことにはならないだろう。現実では、決して自ら厄介事に関わろうとは思わない。自分はあくまで、あらゆる人間にとっての脇役モブ、背景だ。

 だが、ここでは違う。

 ゲームだからかと言えば、その通りだ。

 自分で選んで自分で遊ぶ、自分自身を表現できるのがゲームだ。そして、例え現実ではないにしろ、ここには無数の人が行き交う世界が広がっているのだ。


「とにかく、話し合いが無理なら離脱を」

『無理ね。……アンリ、よ。そっちは?』

「へ?」

『私の名前。君は?』

「えっと、ケイです」


 アンリ、それが少女の名。

 胸の奥へと染み渡る。

 自分を助けてくれた、神殺しのプレイヤー。そのアンリが、ズシャリと【ギルガメイズ】を構えさせた。

 同時に、周囲から無数の火線が集中する。

 あっという間に、周囲は発火炎マズルフラッシュ硝煙ガンスモークに包まれた。

 無意識にケイは、【ガラハード】の持つシールドで【ギルガメイズ】をかばう。

 どうやら修理中の状態でも、ある程度の防御力は期待できるようだ。だが、すぐにダメージを告げる警告表示が止まらなくなった。


『ヘイ! ヘイヘイ、ストーップ! 馬鹿野郎、なにも見えねえ! 蜂の巣にしすぎだ!』


 チャンプの声が響いて、徐々に射撃が収まってゆく。

 その時、眼光鋭く【ギルガメイズ】が飛び出した。

 真っ直ぐ、チャンプの【オーディガン】へと吸い込まれてゆく。


「あのっ、アンリさん!」

『どんな状況であれ、私がやるべきことは一つっ! きみは……ありがと、もういいよ。逃げて!』


 あっという間に【ギルガメイズ】は、【オーディガン】に肉薄した。

 同時に、周囲の仲間達は口々に叫ぶ。


『あのアマァ! これじゃチャンプにも当たる!』

『くっそー、この24時間シフトが始まって半月……絶対許さねえ!』

『でもよ、ここで倒せば……俺達のギルドの名声、うなぎのぼりだぜぇ』

『だけど、あのうわさは……こうして神殺しが出たんだ、チャンプのあの武器はやっぱり』


 二機のエクスケイルが向き合う戦場に、誰も割って入れない。

 チャンプは愛機【オーディガン】の火器を、全て捨てた。背のミサイルランチャーと迫撃砲も、手にしたライフルもだ。そして、左手を握って大きく振りかぶる。その腕には、巨大な鋼鉄のくいが光っていた。

 アンリはただ黙って、半身に構えて動かない。

 あくまで【ギルガメイズ】は、素手で戦うつもりらしい。


『野郎共っ、見ておけ! この俺が、神殺しを殺すとこをなあ! 何故なぜなら、俺は! 俺は! この闘技場じゃ無敵だからだァ!』


 【オーディガン】が地を蹴った。

 鋭い跳躍ジャンプと同時に、真っ直ぐパイルバンカーを突き出す。

 あまりにも素早いその動きに、【ギルガメイズ】は避けきれずに被弾した。かすっただけでも、合金製の杭は無数の破片を周囲に振り撒く。

 文字通り身を削るような攻防が始まった瞬間だった。


『オラオラァ! どうした、神殺しァ!』

『……やはり、そのパイルバンカーは間違いないわね。普通のアイテムじゃない』

『当然よぉ! へへ、声がかわいいじゃねえか。今すぐこいつをブチ込んで、昇天させてやっからよ!』


 ケイには、アンリが押されているように見えた。

 それも、ジリジリと削られ追い詰められている。

 だが、割って入る勇気がない。それが物理的に不可能だとも知っている。あまりにレベルが違い過ぎて、二機の動きを目で追いかけるのがやっとだった。

 そしてとうとう、【ギルガメイズ】の脇腹にパイルバンカーが突き刺さる。その瞬間、勝負は決した……トリガーと同時に、炸薬さくやくに打ち出された杭は相手を穿うがつらぬく。しかも、【オーディガン】のそれは六連装のリボルバータイプだ。

 だが、チャンプは銃爪ひきがねを前に舌なめずりを見せた。


『よぉ……ちょっと降りて、つらを見せろよ。どうした? カワイコチャン』

『断るわ。密閉されたコクピットからでも感じる。腐った酷い臭い……あんた、臭いわ』

『へへ、言うじゃねえか……ん? ?』


 頭部ばかり大きくて、逆に手足は不格好な短さ。

 そんな【ギルガメイズ】の中を、刺したパイルでコンコンと【オーディガン】が叩く。


『もしかして、! おいおい、なかなかのロマンだなあオィ!』


 中の人……つまり、あの奇妙な姿は外装で、その中に本来の姿、真の姿が格納されているというのだろうか? だが、その言葉がアンリの逆鱗げきりんに触れたようだ。


『……ロマン? ロマンっていうのは、あんたの腐れた脳味噌のうみそにあふれるお花畑のことかしら? ……トドメを前に長台詞ながぜりふ、笑えないけど滑稽こっけいだわ』

『なっ……このアマァ! ……あ? あ、あれ? おい、どうした!』


 パイルバンカーが、作動しなかった。

 そして、ケイは目撃する。

 ギギギときしみながらも、炸薬を装填したシリンダーが回転を拒絶している。そこには、先程からずっと押されっぱなしだった、【ギルガメイズ】の装甲の欠片かけらが挟まっていた。

 異物が引っかかって、炸薬が装填されないのだ。

 これを狙ってやったとしたら、とんでもない荒業である。


『手前ぇ、まさか最初からこれを!』

『その武器は熟知してるわ……何故かは知ってるわね?』

『――ッ! ま、まさか、あの時の……βベータテストの』

『思い出したのなら、そのままいて死ね。このゲームからいなくなれ!』


 ケイは見た。

 バイザーで覆われた【ギルガメイズ】の顔に、妖しく光る双眸ツインアイが浮かび上がるのを。その真紅の光は、まるで溢れ出る血の涙。残光を長く引きずりながら、【ギルガメイズ】は【オーディガン】のパイルバンカーを自分から引き抜く。

 次の瞬間には、バク転と同時に蹴り上げた爪先つまさきが、相手の頭部を吹き飛ばしていた。

 一拍の間をおいて、闘技場の奥に音を立ててその頭部は落下した。


『ケイ! 離脱するわよ、ついてきて!』


 あまりのことに、周囲は呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。

 アンリは叫ぶと同時に、崩れ落ちる【オーディガン】の左腕をもぎ取った。そういえば、先日の【ゼグゼウス】の時もそうだった。七機神を神たらしめる、究極のレアアイテム……ロマンをそのまま形にしたかのような、本来ありえない武器。

 それをアンリは、どうやら回収しているようだ。

 気付けばケイは、ジャンプする【ギルガメイズ】の背を追って、スラスターを吹かせていた。

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