第5話「その少女の名はアンリ」
どうにかケイは、離脱に成功した。
それも、
今、ケイの胸の中に不安と高揚感が渦巻いている。
同時に、以前自分を助けてくれた人を、今回は逆に助けられた。
「そうだ、恩を返せたようなものだ。……っと、と!? しまった、そろそろ限界か!」
突然、空を飛んでいた【ガラハード】がガクン! と揺れる。
なんとかケイの必死の操縦で、【ガラハード】は荒野に着地し、
手にした盾が酷く重く感じるのは、それだけケイが機体へ思い入れを込めているから。
『ん、こっちもやばいかな。えっと、ケイ? だっけ? 平気?』
アンリの声は落ち着いていた。
すぐ横に、ゆっくりと【ギルガメイズ】が着陸する。かなりのダメージが見て取れたが、その挙動には安定感があった。やはり、相当やり込んだベテランプレイヤーだと思う。しかし、声や言葉遣いの雰囲気は同世代か、少し上ではないだろうか。
どっちにしろ、酷くクールでクレバー、それでいて静かに燃える熱さを感じた。
そのアンリの機体、【ギルガメイズ】をモニター越しに見やる。
「……あのサイズに、中の人が? いや、なにをどうやったって入らないぞ?」
『ん? なにか言った?』
「あ、いえ! それより」
『そうね、ここで別れましょう。……巻き込んで、ゴメン。運営にもし、なにか言われたら……無理やり協力を強要されたって言って』
簡潔で、取り付く島もない言葉。
それを聴きながらも、ケイは別のことを考えていた。
Sフレームならば、その全高は10m以下だ。
そして、【ギルガメイズ】はどう見ても5、6mである。
ケイの【ガラハード】が15mなので、体格差がかなりある。それが逆に、先程の乱戦の中で【ギルガメイズ】を守れた理由の一つだ。銃声と砲火の中、文字通り身を盾にした訳である。
つまり、それくらい【ギルガメイズ】は特別な小ささだ。
「あ、あのっ、待ってください! アンリさん」
『まだなにかある? ……お金やアイテムなら、少しは融通してあげられるわ。私にはこれ以外、必要がないし』
アンリの【ギルガメイズ】は、その手に巨大なパイルバンカーを持っていた。先程、闘技場のチャンプが駆る【オーディガン】を倒して奪い取ったものである。
六連装のリボルバー機構を持つ、一撃必殺のレアアイテムだ。
だが、ケイにはさして興味はない。
資金もアイテムも、今の彼の気持ちには響かなかった。
そして、神殺しの少女をこのまま行かせることもできない。
「あ、あのっ! さっきの話」
『うん。君が、君みたいな子がこのゲームにいられなくなったら……
「あ、ありがとうございます。でも……お断りします!」
『なっ……それは駄目! いい? 私はルール無用のPKキャラなのよ? 運営だって、今は見て見ぬフリをしてくれてるけど』
ケイにはまっぴらごめんだ。
この勇敢な少女を、自分の意志で助けようとした。迷った末の行動だったが、迷う価値があった決定なのだ。そして、自分で決断したその行動は、誰にも渡したくない。
言われて従った、強要されたなどと、あとから優しい嘘で守られたくないのだ。
このゲームでは、ウォーロマンサー・オンラインでは……ケイは普段の自分が発揮できない自主性、自分自身への正直さを求めているからだ。例えそれが間違った選択でも、自分で選んだという事実だけは
そのことを話したら、アンリは黙ってしまった。
「アンリさんがご迷惑なら、僕はここで失礼します。でも、あなたのことを他言するつもりもないし、それ以前に……なんて言うか、自分でやると決めたことまで、なかったことにしたくないんです。たとえその方が得でも」
『……ん、ごめん。私の方が悪かった。君、凄いんだね』
「いえ……現実じゃ、こんな強い言葉なんて言えなくて。でも、だから」
『どっちにしろ、助かったのは本当の話。改めて、ありがとう。それじゃ』
どうやらアンリは行ってしまうらしい。
だが、背を向け全身のバーニアに光を灯した【ギルガメイズ】は、小さな爆発を連鎖させながら崩れ落ちる。
やはり、深刻なダメージを負っているようだ。
機体での移動を
そこには、一人の少女が【ガラハード】を見上げていた。
「よっ、と……あの、アンリさんはどちらへ? 行くあてはあるんですか?」
「……身軽な
「でも、機体の修理だって必要だし、公共の施設を使えば」
「そ、足がつくわ。まあ、隠れ家の一つや二つは持ってるけど」
改めてケイは、
とても綺麗な、絶世の美少女がそこにはいた。
頭上から声が降ってきたのは、その時だった。
不意に突風が吹き抜け、自然とケイはアンリを背に
『やっほぉ! ケーイ! なんか心配になってさー、随分探し回ったよー!』
風圧を叩きつけながら、一機のエクスケイルが舞い降りた。
それは、同じギルドの仲間、ヴィネーアの【ランスロイル】である。ケイもエクスケイルをアッセンブルする際、参考にさせてもらった機体だ。その姿は【ガラハード】と同様に
着陸した【ランスロイル】の胸が開いて、コクピットからヴィネーアが顔を出した。
「あっ、ケイ……あの、私、お邪魔虫だった? デート中?」
「い、いえっ! そういう訳では……えっと、どう説明したものかな」
背中では、気配を
彼女のことはまだ、ケイ自身も知らないことばかりなのだ。そして、彼女には知られなくないことがあって、普通のプレイヤーを巻き込むまいと思っている。
だが、美少女剣士そのものといった出で立ちのヴィネーアは、コクピットから無防備に飛び出てくる。可憐に宙を舞って回転すると、着地と同時に
「私はヴィネーア、超絶美少女パイロット! 実は男で、バーチャルユメチューバーやってまーっす! よろしくねっ!」
「え、ええ。その、えと……アンリ、です」
「おっけぇ、アンリちゃんね! 女の子同士、仲良くしましょ? 困ってることがあったら相談に乗るしぃ? だーって、うちのかわいいかわいいケイの彼女さんだもんね」
「それは違うけど、えっと……男、なんですよね? リアルじゃ」
「そうだよーん? 内緒の話、秘密だけどねっ!」
「……自分から自己紹介で
ギャルルン! とヴィネーアがポーズを変える。
アンリは、
あまりにもヴィネーアのキャラが
そして、ケイは思った……彼女と呼ばれて即答で否定されると、結構しんどい。あまりにも迷いなく言い切られると、切ないものだと知った。
「さて、そういう訳で……私はアンリちゃんがどこの誰でも構わないけど、お困りみたいじゃない? よかったらうちのギルド本拠地、来る?」
「い、いえ、それは……」
「お、ちょっと迷った? 迷ったよね、今! なら、決まり! さ、【ランスロイル】の手に乗って。どの道、結構
ヴィネーアはそう言って、再び【ランスロイル】に戻ってゆく。
その背を見送るケイは、小さな声でアンリに問われた。
「ケイ……じゃ、じゃあ、その……厄介に、なる、けど。……一つ、いい?」
「あ、はい。その……すみません、ヴィネーアさんは悪い人じゃないんですけど、ちょっと濃いっていうか、グイグイくるっていうか」
「ん、それは……ちょっと驚いた、けど、ありがたいのも本音だし。それで」
やはり、ヴィネーアと違ってアンリは現実でも女の子な気がする。
神殺しと呼ばれる凄腕のPK、あの
そこには、人の好意にドギマギしてしまうくらい、素直になれない女の子がいた。
「ケイ、どうして私を助けたの? 私があの時、君を助けたから?」
ある種、当然とも言える質問だ。
そして、当然のようにケイは堂々と告げる。
もう、言い
「僕は、せめてゲームの中では……ゲームの中から、騎士になりたいんです」
間違った、それではただの痛い人だ。
勿論「騎士みたいな強い人間になりたいんです」でも、かなり痛いかもしれない。
そして、予想通りだがアンリは笑った。
ただ、
本当にごく普通の、同世代の少女の笑顔がそこにはあった。
「それ、いいわね。馬鹿みたいだけど嫌いじゃないわ」
「ま、まあ、その……物語の騎士みたいに、高潔で真っ直ぐ生きたいんです」
それでも、ケイはゲームだからこそそれを求めて、少しずつ現実に持ち帰りたい。
【ランスロイル】の手の平に飛び乗ると、ケイは振り返って手を差し出す。
少し驚いたようだが、なにも言わずにアンリは手を重ね、エスコートされてくれるのだった。
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