第6話「オンリー・ロンリー・クールガール」

 こうして、ラウンドマーチに新たな仲間が加わった。

 その名は、アンリ……搭乗機体は【ギルガメイズ】だ。

 だが、彼女を見れば誰もが噂をささやき合うだろう。【ギルガメイズ】はすでに、七機神ギガンティックセブンを何度もほふった神出鬼没しんしゅつきぼつのエクスケイルとして有名だった。そして、PKプレイヤーキラー行為はこのウォーロマンサー・オンラインでは違反行為である。

 だが、不思議とアンリは迎え入れられた。

 その時の仲間達の言葉を、もう一度ケイは思い出す。


『来る者は拒まず、去る者は追わず。歓迎するよ、アンリ。ただし、PK行為には協力できないし、うちにいる間はつつしんでもらう。いいね?』

『アサイさんさんの言う通りっ! でも、女の子が増えて嬉しいな。ロボゲーだけに、男の子ばっかりなんだもん、このゲーム。よろしくねっ、アンリ!』


 アサイさんとマリンは、不満を言わなかったし、そもそも不満を感じていないようだった。ただ、不安要素は予めくぎを刺してくれる。

 それにアンリは、戸惑いながらも頷いたのだ。

 彼女自身、どうやら拒まれると思っていたらしい。


「でも、よかった……ああして【ギルガメイズ】も修理できて。勿論もちろん、僕の【ガラハード】も」


 あれから三日経ち、いつものゲームの日常が戻ってきた。

 アンリはまだ、少しだけぎこちない。というか、一緒の時はいつもそわそわしている。周囲の言葉には応えてくれるが、話しかけてくることはまれだ。そして、ケイは見てしまった……彼女がなにかを言いかけては、あうあうと口籠くちごもった末に、俯いてしまうのを。

 どうも、まだギルドには馴染なじめていないみたいだ。


「ま、でもしばらくはいてくれるんだ。仲良くしてくれるといいな……いや、そうだ。僕が積極的に動かなきゃ。自分から行動する、自分の思う通りに……そう決めた筈だろ?」


 ケイは今、愛機【ガラハード】のコクピットで自問自答していた。

 今はギルド全員で受注したクエストを実行中である。

 ゲームの舞台となる火星は、近くて遠いが近未来……テラフォーミングを開始してみたものの、途中で投げ出された時代だ。そこはただ大気があるだけで、赤い荒野がどこまでも続いている。

 そして、軍神マルスの星は今……多種多様なエクスケイルEX-SCALEの実験場となっているのだ。

 そういうストーリーのバックボーンがあって、クエストも様々だ。

 今、ケイ達は広大な地下空洞の中に部隊を展開していた。


『こちらアサイだ。各機、準備はいいか? そろそろボスのお出ましだ』


 隊伍たいごを組んで、周囲を警戒しつつ進む。

 先頭はアサイさんの【ブリティーン】が進み、一番後方をマリンの【夢丸三式ゆめまるさんしき】が守る。ギルドマスターだけあって、アサイさんの機体は高レベルでバランスの取れた傑作機だ。一度だけゲーム雑誌に取り上げられたらしく、リアルでお酒が入ってると嬉しそうにその話をすることがあった。

 マリンはマリンで、Lフレームでゴツい鎧武者よろいむしゃのようだ。武器も槍と弓、日本刀とこだわりだ。ちなみに三式の名の通り、何度か引退しては戻ってきているので、三代目の機体である。


『こっちはオッケーよ。ヴィネーアは、まあ……いつも通り遊撃ゆうげき、よろしくやって頂戴ちょうだい。で、アンリはどう? ケイ、しっかり守ってあげてね、ナイトさん?』


 ガシャガシャと歩くヴィネーアの【ランスロイル】が、肩を叩いてきた。

 それで思わず、ケイは【ガラハード】をよろけさせてしまう。初心者とはいえ、そろそろ操縦には慣れてきた。近接武器しかないが、そこに込められたロマンは数値化された強さとして機能している。

 だが、今日ばかりはケイも愛機の操作に神経を使っていた。

 実は、【ガラハード】は修理後に少しだけ武装や装甲を改装されたのである。

 それも、あのアンリが申し出てくれたのだ。


『アンリちゃん、大丈夫? その機体、歩幅ちっちゃいからついてくるの大変でしょ』

『い、いえ、大丈夫です。ありがとう、ございます、ヴィネーアさん』

『呼び捨てでいいよー! 同じギルドの女パイロット同士じゃん!』

『……そのキャラで押し通すんですね……なんか、いさぎよいっていうか』


 相変わらずアンリは不器用だが、ギルドの面々は取りつくろったり構ったりはしない。仲間として信頼し、信用してもらうために普通に振る舞うだけだ。

 そうこうしていると、洞窟の奥から絶叫がほとばしる。

 そして、ビリビリと震える空気に天井から砂が落ちた。


『お出ましだな。マリン、援護を頼む。ヴィネーアは好きに動いてよし! ケイは……アンリを守ってやれよな。んで……俺が、切り込むっ!』


 アサイさんの【ブリティーン】が剣を抜いた。

 かなりレア度の高い武器だが、有質量の刃を持つ実体剣である。

 そう、ビームサーベルのたぐいはまだまだ少ない。それは、粒子フォトンによる刃の形成に膨大なエネルギーが必要だからだ。そのため、ナイフやダガーといった限定的な小型の刀剣類に限られる。

 勿論、七機神の【ゼグゼウス】が装備していたような、特別な例もある。

 巨大な刀身の全てが、高出力のビーム……このゲームでも唯一にして無二のレアアイテムだ。


「そういえば、アンリさんは奪った武器はどうしてるんだろ。使う素振りは全く見せないけど」


 今日も相変わらず、アンリの【ギルガメイズ】は武器を携行していない。

 いつものようにこぶしと蹴り、そして組み付いての肉弾戦で戦うつもりだ。

 そのアンリが、少し上ずる声で通信を送ってくる。


『えっと……と、とりあえず、恩は働きで返すわ。それが私の流儀……ケイ、私のことは気にしないで。……よしっ!』


 程なくして、巨大な地下空洞でケイ達はエンカウントした。

 高い天井に並ぶ無数の水晶石が、乱反射する光で巨大な影を映し出す。

 眼の前に今、怒りに震える巨大な怒竜どりゅうが立ち上がった。


『アサイさんさーん、これってドラゴン? 的な?』

『確か、実験動物を廃棄したとかっていう設定らしい。で、野良竜ノラゴンになって暴れだしたと』

『まあ、毎日ロボとメカばかりだと食傷気味だものね』

『そゆこと。さあ、みんな! しまっていこう!』


 足並みを揃えて包囲し、徐々に自由を奪ってダメージを蓄積させる。

 集団戦闘では、全員で互いを守り合いながら攻めるのだ。どんなイレギュラーな攻撃が来ても、戦線を維持して攻撃し続けるのである。

 だが、今回は違った。

 小さな機体が弾丸のように飛び出してしまった。


「あっ! ア、アンリさん!?」


 アンリの【ギルガメイズ】が、地を彗星すいせいのように突出した。その加速力にまず、度肝を抜かれる。

 だが、ここではただの蛮勇ばんゆう、目立ちたがりのスタンドプレイでしかない。

 それでも、いつもより緊張した声で彼女は叫んだ。


『私が注意を引いてみます! ここは私を使ってください!』

『おいおい、アンリ! 参ったな、戦列が乱れてしまった。マリン!』

『オッケー! もぉ、アンリ? ケイみたいな素人しろうとじゃないんだから……っと、射線がかぶるか。アンリに当たっちゃう』


 そう、ケイでも知ってる集団戦の基本は、協調と相互扶助による耐久戦である。

 だが、あの凄腕パイロットのアンリが暴走していた。

 あっという間に巨大なドラゴンが、【ギルガメイズ】をターゲットとして補足する。長い尾がしなれば、ギリギリで回避するアンリの機動範囲を徐々に削っていった。

 あわててケイが回線の向こう側へ叫ぶ。


「僕が連れ戻してきます! アサイさんは他の二人と守りを固めてください! ……この生まれ変わった【ガラハード】なら!」


 ズシャリと踏み出す【ガラハード】が、背にマントをなびかせブーストする。煌々と燃えるスラスターの白炎を引きずり、超低空を滑るように飛ぶ。

 以前より、かなり重い。

 武装も装甲も変わっていて、Mフレームへの積載限界ギリギリの重量だ。

 そう、アンリは何故かケイに重装化を進め、武器まで変えさせた。


「この武器なら、どこに当てても……はああ!」


 振りかぶられた【ガラハード】の右手は、を握っていた。そう、無骨なハンマー状の打撃武器である。その重さとバランスを取るように、左手のたても巨大化していた。

 ドラゴンの脚部を痛打し、すぐにケイは【ギルガメイズ】の死角をカバーした。

 次の瞬間、怒りに燃えるドラゴンの口から火炎がほとばしる。

 重くて大き過ぎるが、早速新しい盾が役に立った。


『ご、ごめん、ケイ……私』

「いえ、気にしないでください! ……あの、もしかして、ですけど。その」

『ん……ま、まあ、あれよ。……私、人と組んだこと、なくて。とりあえず、突っ込むしか……知らなくて』


 意外だ。

 神殺しのPK、泣く子も黙る【ギルガメイズ】の乗り手は、今までずっと一人だったのだ。それは、ゲームの進行上避けられないクリア必須ひっすクエストの全てを、たった一人で勝ち抜いてきたことを意味する。

 だが、彼女は知らないし、わからないのだ。

 こうして仲間と守り合う戦いも、本拠地での些細ささいな雑談、情報収集やアイテム交換を。


「まいったな……じゃあ、やっぱり僕が守りますよ! まずは、みんなで無事に帰る!」


 紅蓮ぐれんの炎の全てを防いで、熱した盾がやはり重い。

 だが、ケイはひるまずに襲い来る爪をメイスで受け止めた。

 同時に、体勢を整えた仲間達から援護射撃が届く。こういう時、【夢丸三式】の弓は便利で、遮蔽物しゃへいぶつの影から山なり弾道で曲射できる。【ブリティーン】も剣と対のさやを構えれば、それ自体がライフルへ変形してビームを吐き出した。

 そして、ラウンドマーチのエース機が躍動する。


『いいじゃん、ケイ! ナイスッ! で……切り込むのはやっぱし、私じゃなくちゃね!』


 ヴィネーアの【ランスロイル】が、両手に構えた両刃の大剣を引き絞る。

 彼の回避運動は、火炎が飛び交う中に残像を刻んでドラゴンへ迫った。

 一気に勝負をつけようとするヴィネーアの、大胆にして繊細な操縦が白銀の騎士を踊らせる。そして、アンリもただ守られてるだけではなかった。


『飛び道具なら、私にも……今まで全然必要なかったけど、援護射撃! やってみる!』


 グイと【ギルガメイズ】が右の拳を敵へと向ける。次の瞬間、ひじから先が火を吹いてドラゴンへと飛び出した。いわゆるで、さすがの技量とでも言うべき命中精度だった。

 ドラゴンの片目に直撃した鉄拳は、ヴィネーアの必殺の剣を呼ぶ。

 ケイは勝利がほぼ確定した中で思った……腕を飛ばした【ギルガメイズ】の中には、なにもない。空っぽなのだ。やはり、Sフレームゆえに中の人など収められないと、その時は思ったのだった。

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