第11話「砕け勇気!偽りの勇者を粉砕せよ!」

 偉大な勇者の合体シーンに、苛烈かれつな飛び蹴りで【ギルガメイズ】が割り込んでゆく。

 真っ赤なプラズマを迸らせ、SDタイプの短い蹴り足が鋭く尖った。

 だが……七機神ギガンティック・セブン一柱いっちゅう、【ミカエリュア】は意外な行動でその攻撃を避けた。全くもって無防備なはずの合体直前、勇者とは思えぬ下卑げびた声が響く。


卑劣ひれつ! 卑劣、卑劣、卑劣ゥゥゥゥゥゥゥ! 合体の瞬間を狙うなど、ロボ好きにあるまじき行為!』

『グハアアアアッ! そ、そんな……酷い、よ、リー、ダー……!』


 悲鳴が重なり、ケイは驚愕の口径に目を見開いた。

 確か、【ミカエリュア】は中心となるコアロボットに、六機のロボットが合体して巨大な勇者になる。

 そのコアロボットこそが、七機神の一柱である。

 だが、コアロボットは合体すべき仲間の一機を蹴り飛ばし、【ギルガメイズ】へのたてとしたのだ。合体シークェンスから強制的に外された機体が、飛び蹴りで両断されて爆発する。

 ズシャリと着地した【ギルガメイズ】の中で、アンリが叫んだ。


『なんてことを……合体の瞬間が、奴だけを狙って倒すチャンスだったのに。こんなっ!』


 くちびるを噛む悔しさが、回線越しにケイにも伝わってくる。

 そして、右腕のない巨大ロボットに合体して、【ミカエリュア】が大地へと着地する。その周囲を取り巻くギルドの仲間は、全てが彼にとって『』なのだ。いつでも使い捨てられるし、壊れても代わりがいる。

 七機神とあがめられている割には、集った者たちの扱いが余りにも悲しい。


『ハッハッハー! 今こそあらゆるSDタイプに死を! いつも戦場でチョコマカと、邪魔だからなあ! ようし、右腕は……貴様でいいか! こいっ!』


 周囲のギルドメンバーの中から、【ミカエリュア】は機体を呼ぶ。Mフレームの一機が変形して、右腕となって合体した。

 そこには、そびえる山脈のごとき巨大な勇者が立っていた。

 その一歩がズシリ! と響いて【ガラハード】を一歩下がらせた。

 余りにも強大な敵、そのサイズはLフレームの何倍も大きい。

 唯我独尊ゆいがどくそんを貫くアンリの声も、今ばかりは強張って聴こえた。


『これが【ミカエリュア】の真の姿……この巨体のどこかに、あれが隠されてる筈』

「アンリさんっ! ここは退きましょう!」

『嫌よっ! ……あ、ゴメン。でも、ケイはやられた人を連れて逃げて』

「そんな……なら、僕だってこの場を動きません、動けませんよ!」


 アンリ一人を置いてはいけない。

 すでにもう、彼女はただのルール違反なPKプレイヤーキラーではない。

 むしろ、七機神の方がそれぞれに、自分たちの知名度と地位を利用して悪事を働いているようにも感じた。

 そもそも、何故なぜ七人の凄腕プレイヤーたちは、七機神と呼ばれているのか?

 運営は、この横暴をどうして見過ごしているのか?

 大人気ゲーム、ウォーロマンサー・オンラインに今……なにが起こっているのか。

 だが、ケイが考えを巡らせる余裕を、雷鳴の如き怒号が奪ってくる。


『ではっ、勇者の戦いというものを見せてやろう……このっ! 圧倒的な必殺技でなあ!』

『……あら、出てくるなりもう必殺技? それ、負けパターンよ! かかってきなさい!』

『女……知ったふうな口を! 勇者に敗北など、ありえないっ!』

『ここに勇者が? どこに? 弱気を助け強気を挫く、鋼の勇者はどこにいるっていうの!』


 アンリの声は怒りを帯びていた。

 張り詰めたその響きが、言葉に乗せた意味をケイに伝えてくる。

 そう、

 目の前の巨神は、ルールを無視し、マナーもモラルも持ち合わせてはいない。その上、同じギルドに集った仲間たちを、部品くらいにしか思っていないように感じる。

 それは、名ばかりの勇者で、勇気も救いももたらしはしない。

 その時、背後から援護の砲撃が着弾した。

 足元が爆発して、【ミカエリュア】がわずかに揺らぐ。

 振り向けば、クラスメイトの機体がビルの影から顔を出す。


『よ、よぉ……ケイ、こいつ……やべぇって、本当に七機神じゃねえかよ!』

「ヨウタロウ! こっちの損傷した機体を逃してやってくれ」

『お前は? 一緒に逃げねえのかよ』

「一緒なら、逃げる! アンリさんも一緒なら逃げるさ!」


 既にズタズタに破壊されたSDタイプを、そっとヨウタロウの【クフィーレン】が抱き寄せる。そのまま彼は、弾幕を張りながら下がっていった。

 まずは一つ、心配の種を払拭することができた。

 ただの一機しか、救えなかった。

 それでも、救える機体があるうちは、それを優先したかった。

 そして、無防備な第三者がいなければ、アンリの【ギルガメイズ】は本気で戦える。それをサポートするのも、ケイが自ら選んでこの場に残った理由だった。


『必ず殺すと書いて、必殺技ァ! いでよ、我が神剣! ブレイブバスターソォォォォォドッ!』


 両手を振り上げた【ミカエリュア】が、何もない空間からいかずちを呼ぶ。

 そう、あおい光に包まれた巨大な剣が、まるで亜空間から飛び出るように出現した。

 それを見た瞬間、アンリが息を呑む気配が伝わってくる。

 やはり、今回もまたアンリは七機神の持つ武器が目的のようだ。


『見つけた……なるほどOフレーム、。でも、それが命取りよ! 無駄に仰々ぎょうぎょうしく作っても、私の目はごまかせない!』

「あっ、アンリさん!」


 ズシャリと腰を落として、【ギルガメイズ】が腰に拳を引き絞る。

 アンリは小さなSDタイプで、無手の格闘術のみを武器として戦っている。そんな彼女が、七機神が持つ武器を集めている理由が気になった。

 同時に、今回のこともあってケイは確信を得る。

 恐らく、七機神は……ゲーム内で流通していない、特殊な武器を持つ七機のエクスケイルなのだろう。このゲーム、ウォーロマンサー・オンラインにおいて、絶大な力を持つプレイヤー、七機神。その強さの理由はもしや……?

 勇者とは思えぬ怒りに満ちた声が、ケイの頭上に降ってきた。


『必殺ゥゥゥゥゥゥ! ギガンティック・唐竹割からたけわりぃぃぃぃぃぃっ! 死いいいいねええええええ!』


 まるで、隕石が落ちてきたかのような衝撃波がほとばしる。

 真っ直ぐ大上段から振り下ろされた剛剣ごうけんは、【ミカエリュア】の周囲のギルドメンバーさえも吹き飛ばしていた。

 そして、断頭台ギロチンにも似た必殺の刃が、真っ直ぐ【ギルガメイズ】へと降ろされる。

 ケイは迷わず、愛機【ガラハード】にむちを入れた。

 突進力を爆発させた盾の騎士が、二機の間に割って入る。

 頭上に両手で盾を振り上げれば、激しい衝撃がコクピットを襲った。仮想現実バーチャルリアリティにフルダイブしているケイは、あっという間に危険を伝えるアラートに包まれる。


「くっ、ああああ! 凄い攻撃力だ! 長くはもたない、けど!」


 大地を踏み締め、両足で地面を掴むように力を込める。【ガラハード】の性能や特性は、アンリが手を入れてくれたため多少は向上している。それに、酷く重くて巨大なシールド、これはアンリがくれたものだ。

 死の熾天使が振り下ろす天罰の一撃を、なんなく受け止める頑強な防御力。

 しかし、無敵の盾もそれを持つ機体が【ガラハード】では心もとない。

 機体の足元がひび割れ、クレーターのように陥没かんぼつしてゆく。

 だが、ケイはこの土壇場で不思議とアンリを信じていた。

 彼女が自分を信じてくれると、根拠もない確信を得ていた。


「アンリさんっ!」

『ケイ、また無茶をして! ……このチャンス、逃さない! !』


 槍? 返してもらう? やはり、アンリがPKを繰り返す理由は……七機神だけを狙って戦う訳とは、彼らの持つ武器にあるようだ。

 しかし、巨大な剣の正体が槍とは、どういうことだろうか?

 その答はすぐ、飛び出すアンリの【ギルガメイズ】が教えてくれる。

 小さな体で転がるようにして、【ギルガメイズ】が流星になる。


『動きが止まった! ……とらえたっ! 私は、お前を……完全に、つかまえたああああっ!』


 ケイの【ガラハード】へと振り下ろされた巨剣。

 その刃の上に立つや、【ギルガメイズ】は猛ダッシュで鋭利な合金を駆け上がり出した。触れる全てを切り裂く鋭さが、一歩を刻むごとに【ギルガメイズ】の脚部へ食い込む。

 いつもアンリは、満身創痍まんしんそういでボロボロになりながら戦っていた。

 そうまでして、七機神を倒し、特別な武器を集めたいのだ。

 単純に強い武器がほしい? 七機神を倒して名声を得たい?

 ケイには違うように思える。

 他者を巻き込まず、常に一人で戦う孤高のエクスケイルEX-SCALE……【ギルガメイズ】の戦いは常に、アンリの性格を示すように高潔で清廉せいれんだ。

 あまりに神々こうごうしく、それゆえかなしくなる程に。

 己の脚を切り刻みながら走る【ギルガメイズ】を前に、【ミカエリュア】から悲鳴が上がった。


『ひっ、ひえええっ! そんな……人間業じゃないいいいいいっ!』

『そうね、でも……お前たちがやったことだって、人間とは思えない! 人の心がない奴は、私の敵じゃ、ないっ!』


 ついに、あと一歩のところで……【ギルガメイズ】の両足が砕けて割れた。その中にケイは、ほっそりとした脚線美きゃくせんびの、が収められているのを見る。

 だが、それはアンリの気迫が【ギルガメイズ】に宿ると同時に、見えなくなった。

 大剣の鍔元つばもとまで駆け上がったアンリが、【ギルガメイズ】を逆立ちさせる。同時に、両腕のロケットパンチが火を吹いた。両手で剣のつかを掴んだまま、【ギルガメイズ】本体を上空へと打ち上げる。

 天高く舞い上がった【ギルガメイズ】は、SDタイプならではの巨大な頭を突き出した。

 バイザー上の顔にぼんやりと、まるで幽鬼ファントムのように赤い瞳が丸く浮かぶ。


『げええええっ、防御を……ぐっ、剣が上がらん!』

『そのまま、消えろっ!』


 アンリは、【ギルガメイズ】を弾丸にして、【ミカエリュア】を撃ち抜いた。真ん中のコアユニットとなっている、ギルドマスターのエクスケイルだけを穿ち貫いたのだ。

 上から振り下ろされる斬撃が消えて、ようやくケイは自由になる。

 そして見た。

 ひび割れ破壊された勇者の邪剣の、その中から……一本の槍が出現するのを。


「勇者は、いたよ……いましたよ、アンリさん」


 両手両足を失い、【ギルガメイズ】は無様に轍を刻みながら墜落した。

 急いでケイは、勝利の勇者へ駆け寄り抱き上げると、そのまま全力で戦場を離脱するのだった。

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ウォーロマンサー・オンライン ながやん @nagamono

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