第10話「蛮勇荒れ狂う戦火の街にて」

 その都市の名は、千鞠市ちまりし

 ウォーロマンサー・オンラインのサーバ内に再現された、いわゆる日本的な地方中枢都市である。ゲーム内でも人気の場所で、基本的にここでの戦闘は禁止されていた。

 それは、誰からともなく言い出した紳士協定しんしきょうてい

 だが、おかげでこの土地は戦闘とは無縁だった。

 今日のこの日、この瞬間までは。


「くっ、もう戦闘が始まってる! ヨウタロウ!」

『おっと、俺には帰れなんて言うなよ? 乗りかかった船だし、よ』


 用心して、ケイは【ガラハード】に搭乗して接近した。戦闘禁止エリアの直前で止まって、様子を見るつもりだったのだ。

 だが、その赤いラインを超えた先には戦場が広がっていた。

 それも、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずが。

 後を追ってくるヨウタロウの【クフィーレン】も、両肩に突き出る48cmセンチ砲を作動させている。すでにもう、七機神ギガンティックセブンによる一方的な無差別虐殺ジェノサイドが始まっていた。


「アンリさんはどこに……ん、前方に機影! この反応は……?」


 プレイヤー達の大半は、既にログアウトしたようだ。

 高層ビルが並ぶ中心市街地は、既に業火と爆煙に包まれている。

 そして、その中にSフレーム特有の小さな機体反応があった。

 そのサイズからして、恐らくSDスーパーデフォルメタイプ……ならば、アンリの【ギルガメイズ】かもしれない。すぐにケイは、重量級で足の遅いヨウタロウへと声をかける。


『わかった、先に言ってくれ! けど、用心しろよな!』

「うん、あとで合流しよう! ヨウタロウも危険を察知したら逃げてね」

『はは、お前と一緒ならそうするさ。まあ……ちょっと追いかけつつ、街を見て回りたい。俺もよく、千鞠市には顔を出してたからな』


 うなずくと同時に、ケイは【ガラハード】を加速させる。

 こんな時、武器のメイスも巨大なたても、酷く重い。

 焦れる気持ちが、狭いコクピットの中に重苦しい空気を凝縮していった。

 そして、市街地の交差点を低空飛行で駆け抜けると、目の前に一機のエクスケイルEX-SCALEが倒れていた。


「アンリさん! ……じゃない。【ギルガメイズ】じゃない、けど」


 すぐに機体を寄せて、ぐったりとしたその姿を抱え起こす。

 SDタイプの頭でっかちは、やはりプレイヤーの趣味なのかかわいい装飾が施されている。装甲というよりも、服を着たゆるキャラのマスコットだ。クマ型の矮躯わいくからは、途切れ途切れにノイズ混じりの声が響く。

 どうやらプレイヤーはまだ、撃墜判定を受けていないらしい。

 だが、クマ型のエクスケイルは大ダメージで火花を散らしている。


『き、君は……えっと、誰ちゃん?』

「いえ、名乗るほどの者では! 大丈夫ですか? 助けに来ましたっ!」

『ふふ、名乗るほどじゃない、か……格好いいじゃん。ならさ……助けて。私の、仲間を』


 声は女性だ。

 そして、彼女を完膚なきまでに破壊した者達が姿を現す。

 通りの向こうから、軍団規模の集団が鋼鉄の足音を連ねてきた。

 その数、ざっと数十機……この今いる交差点を囲むように、四方から近付いてくる。

 中から一機、すらりとスマートな機体が歩み出た。

 Mフレームの、とてもヒロイックなデザインはまるで主役ロボだ。


「あなたが……こんなことをしたギルドのマスターですか!」

『いかにも! さあ、その機体を引き渡してもらおう。SDタイプは全て破壊する……危険なPKプレイヤーキラーキャラ、神殺しゴッドスレイヤー跳梁ちょうりょうを阻止するために!』

「やってることがあべこべですよ! あなたたちだって、PKじゃないか! こんなの!」

『違うな……これは、そう! 平和のためのとうとい犠牲だ!』



 言ってることが滅茶苦茶だった。

 ケイは現実の人間、内藤慧ナイトウケイとしても普段から思っていることを口にした。


「PKをする人間が違反だとしても、そのPKを止めるためのPKは認められない! と、思います! 非礼な人に非礼を働けば、その人もまた非礼な人間のそしりをまぬがれない」

詭弁きべんだな、少年っ! ……神殺しは人間ではない。そして勿論もちろん、私は人ではなく、神! 七機神の一角なのだよ!』


 ――七機神。

 このウォーロマンサー・オンラインにおける、トップランカーの七人のプレイヤー。そして、彼等が操る七機のエクスケイルを指す言葉だ。

 だが、先程本拠地ネストで見た【ミカエリュア】は見当たらない。

 ヒーローめいた機体が強いて言えば似てるが、サイズが異なった。


『まあいい……SDタイプを守るのであれば、仲間として処理させてもらうっ!』

「うっ、来るのか!? ……やるしか、ないのかっ!」


 やむを得ず、ケイも【ガラハード】にメイスを構えさせる。

 巨大な盾は、傷付いたSDタイプを守るために前へと突き出した。

 一触即発いっしょくそくはつの空気に、殺気が入り交じる。

 周囲は数で優位なせいか、まるで圧殺するように包囲を狭めてくる。

 交差点のド真ん中で、ケイはゴクリと喉を鳴らした。

 ひりつくような殺気は、まるで現実で肌を泡立ててくるような感覚がある。

 だが、その時だった。


『……見つけた。ついに、見つけた。私は、お前を、完全に、補足した!』


 声が降ってきた。

 怒りに震える、低くくぐもった声だった。

 誰もが機体の首を巡らせ、あらゆるセンサーが周囲をサーチしていた。

 ケイにとっては、よく聴き慣れた声だ。

 とてもクールで、冷たい怜悧れいりな声。

 でも、知っている……彼女は、この声の少女は本当は、とても優しい娘だ。不器用でぶっきらぼうだが、このゲームを……ウォーロマンサーを愛してくれてる女の子なのだ。

 その時、背後で声があがった。


『あ、ああ……来て、くれ、たのね……神殺し……お願い、私の……仲間を』


 倒れたSDタイプが、震える指で短い腕をあげる。

 その指がさす空の先へと、誰もが視線の矢を放った。

 高く聳えるビルの上に、夕日を浴びる機影があった。

 それは、腕組み見下ろす【ギルガメイズ】だった。


『……任せて。かたきは、取る。これは、私の復讐だから』


 ビルの上から、薄暮の空へと【ギルガメイズ】が跳躍ジャンプする。

 中を舞うその姿へと、無数の銃口が向けられた。

 あっという間に火線が集中してゆく。

 だが、ケイは信じられぬ機動を見た。

 短い手足の【ギルガメイズ】は、まるで泳ぐように無数の弾幕をかいくぐる。その運動性は、既存きぞんのエクスケイルのそれを凌駕していた。

 あっという間に、ズシャリと【ギルガメイズ】が着地する。

 そのバイザーに覆われた顔に、二つの丸い眼光がぼんやりと燃えていた。


『ケイ、その人を連れて逃げて。ここは私が』

「無茶ですよ、アンリさんっ!」

『無茶で無謀と誰もが言うわ。でも、無理じゃない。私とこの、【ギルガメイズ】なら』


 アンリの声は、いつにもまして鋭く尖っている。

 彼女の怒りが伝わってくるようだ。

 そして、すぐに敵の一部が襲いかかってきた。

 だが、突出してくる数機の雑魚の、その戦闘へと【ギルガメイズ】が拳を向ける。たちまちひじから炎が吹き出し、前腕部は弾丸のように飛び出した。

 ロケットパンチが炸裂し、敵の先頭を走ってきた機体が止まる。

 その瞬間には、【ギルガメイズ】は影のように低く疾駆していた。


『私が退路をこじ開ける。お願い、ケイ……私の戦いには、誰も巻き込みたくない!』

「え、あ……は、はい! さ、僕の【ガラハード】につかままって」


 崩れ落ちたSDタイプを、小脇に抱えて走り出す。

 その時ケイは、信じられないものを見た。

 土手どてぱらにロケットパンチを食らった敵が、足を止めている。その腹部に埋まった腕へと、全速力で【ギルガメイズ】は突っ込んだ。腕が合体した瞬間、そのインパクトの衝撃波が……立ち尽くす敵を貫通し、その背後の群を薙ぎ払ってゆく。

 発勁はっけい、遠当てのような武術のきわみだ。

 ロケットパンチに合体するタイミングで、敵の向こうへと衝撃を飛ばしたのである。

 そうして開けた道をケイは、ためらいながらも走った。

 すぐに敵が襲い来るが、獅子奮迅ししふんじんの活躍で【ギルガメイズ】が躍動する。


『お、おいっ! SDなのに滅茶苦茶つええぞ!』

『きいてねえ……マジかよ、これが神殺しっ!』

『勝てねえ、レベルが違う、俺達じゃ!』

『いっ、いい、いやっ! 俺はもともと反対だったんだ! だから――』


 だが、すぐに絶叫が周囲を支配する。

 先程のリーダーらしきヒーローロボが、ゆっくりと【ギルガメイズ】に近付いていた。

 そして、恫喝どうかつにも似た声が叫ばれる。


狼狽うろたえるなぁ! 勇者軍団は狼狽えないっ! 勇気ある誓いと共に、PKを処断、断罪する! さあ、私の素敵な仲間たちよっ! 合体……ブレイブ・フォーメイションッ!』


 とうっ、とヒーローロボが中へと舞い上がる。

 それを追うように、六機の影が六色の煙幕で尾を引いた。

 だが、その瞬間には……【ギルガメイズ】が唸りをあげる。

 かぶりをふるその瞳が、赤い尾を引き不気味に光る。


『その時を待っていたわ……合体はさせないっ! 覚悟しろ、【ミカエリュア】ッ!』


 あえて言うなら、禁じ手……明記されたルールではなく、ロマンを求める者たちのマナーである。

 だが、もとより規約違反のPKキャラクター、【ギルガメイズ】のアンリは迷わない。

 合体最中の無防備な瞬間へと飛翔した。

 空中で一回転して、鋭い飛び蹴りを天空へと打ち上げる。


『合体はさせないっ! 一撃必殺……全出力解放っ、プラズマッ、キィィィィック!』


 燃えたぎるオーラに身を包んで、彗星のような蹴りが上昇する。

 その一撃が炸裂する先を振り返って、ケイは言葉を失うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る