第9話「アンリを呼ばう声」
ラウンドマーチは小さなギルドで、いわゆる『まったり派』『エンジョイ勢』と呼ばれるタイプのプレイヤーの集まりである。
中世の古城を彷彿とさせる本拠地に、ケイはヨウタロウを招待した。
ヨウタロウはギルドメンバー達の歓迎を受けて、楽しそうにはしゃいでる。
「よかった、すぐに打ち解けられたみたいだ」
ウォーロマンサー・オンラインのゲーム内でも、飲食は可能だ。今も飲み物と軽食が配られ、仲間達がそれぞれに談笑を交わしている。あくまで味覚への再現が行われるだけで、実際の肉体が摂取している訳ではない……なので、空腹が紛れない反面、いくらでも美味を堪能することができた。
少し下がって壁際の花になってると、きゃるるんとした声が近付いてくる。
「ちょっとちょっとー、ケイ? なんか今、遠い目してたよー?」
がっしと肩を組んでくるのは、ヴィネーアだ。
彼女はこの世界では彼女だが、現実では男性らしい。本人がそう言ってるからそうなのだろうが、ケイとしてはあまり気にしたこともなかった。
ヴィネーアはケイにとって、手本であり規範とも言えるプレイヤーだ。
愛機【ガラハード】も、ヴィネーアの【ランスロイル】で
だが、白銀に輝く【ランスロイル】の強さは、ケイにはまだまだ高みの花である。
「ケイのお友達? だよね! リアルでも知り合いなの?」
「クラスメイトなんです。僕は、知らなかった……こんな身近に、同じ趣味の人がいるなんて」
「お、ぼっち卒業? えー、やだぁ、
「は、初耳です、けど」
ヴィネーアは動画配信サイト、
ぼっち同盟は初耳だが、ヴィネーアも現実では孤独なのかと思うと、少し親近感が湧く。
「僕、ちょっとだけ勇気を出してみたんです。人と話すの、怖いんですけど」
「怖いよねー、まずなにを話していいかわからないし!」
「ええ。でも、ヨウタロウは仲良くしてくれたし、よかったなって。でも……」
昼間の学食での一幕を思い出してしまう。
それはまるで、前進できたケイに冷水を浴びせるような試練だった。結局、自分が増長していたのだと知らされ、なにも変わっていないことに
ミルクたっぷりのカフェオレを飲みながら、そのことをケイはヴィネーアに話す。
彼女はバンバンと背を叩いて、それから頭を
「んー、大変だったねぃ。まーまー、おねーさんが
「く、くすぐったいですよ、ヴィネーアさん」
「まあ、ほら。リアルなんてそんなもんだしさ。そっかー、フラグは立たなかったか。相変わらず現実はロマンがないなあ」
ヴィネーアは優しい。
だが、男だ。
そして、そのことがあまり問題に感じないケイがいた。言うなれば、ギルドの誰にも優しくて親切な、兄貴分。ギルドマスターのアサイさんが父親、補佐役のマリンが母親なら、まさしく兄……否、姉のような存在がヴィネーアなのだった。
「ま、ケイは私がそれなりに守ったげるから。気にしなさんな、リアルなんか」
「ど、どうも……ヴィネーアさんて、優しいですよね」
「お、惚れた? 中身はおっさんだぞ、わはは!」
心なしかケイも、ヴィネーアの笑顔に安堵感が満ちる。
今日は少し失敗してしまったが、明日からまた頑張ろうと思える。普通の人が普通にできることも、ケイには頑張らなければなしえないのだ。今日は手痛い思いをしたが、友人のヨウタロウもいてくれる。
少しずつでいいから、現実を変える。
そのためには、自分から変わらなければいけないのだ。
そんなことを考えてると、サロンの一角に光が舞い降りる。
それは、ギルドのメンバーがログインしてくる時のサインだ。
「おっ、マリン。よく来たな。ヨウタロウ君、紹介するよ。うちのギルドのおかん的存在――」
「ちょっと、アサイさんさん! ほかのみんなも! 大変だよっ!」
ログインしてくるなり、ローブ姿のマリンが叫ぶ。
ゲーム内のアバターでも、血相を変えたその表情が凍っているのがわかった。ヨウタロウを含め、その場の全員が緊張感に固まる。
マリンはログインしてくるなり、サロンの壁一面にはられたモニターへと走った。
普段は企業のコマーシャルやゲーム内の情報番組、
「ついに動いたわよ、
なんとか話題の輪に加わっていたアンリは、意外そうな顔で自分を指差す。
そして、画面の中にリアル中継の画像が飛び込んできた。
そこには、無数のエクスケイルの残骸が横たわる中、巨大なLフレームの機体が立っている。まさしく神、七機神の名にふさわしい威容……バリッとした巨体は、あらゆる魔を断つ勇者にも似た神々しさがあった。
「マリンさん、こいつ……【ミカエリュア】」
「そうよ。別名、
ケイにもわかるように、隣のヴィネーアが説明してくれた。
【ミカエリュア】は、コアとなるエクスケイルにギルドメンバー達が六機合体する、合計七機合体の
不思議とケイは、今までの七機神が皆そうな気がして寂しかった。
「【ミカエリュア】のギルドは、いわゆる
「その【ミカエリュア】がなにを……あっ!」
画面の中で、【ミカエリュア】は腕組み胸を反らして叫ぶ。
『聴こえているか、
ドシリと一歩を踏み出した【ミカエリュア】が、
周囲の残骸を見て、ケイは察した。
どうやら大規模な戦闘があって、この場に集められた機体は全滅したらしい。それも、全てに共通点がある。
どのエクスケイルも、いわゆるスーパーディフォルメ……SD規格のものばかりだ。
そう、神殺しことアンリの【ギルガメイズ】と同じタイプばかりが破壊されている。
『神殺しはSDタイプのエクスケイル……私は決断した! 全サーバーのSDタイプを、無制限に、無差別に、破壊する! 神殺し、貴様が我が前に出てくるまで、全てだ!』
SDタイプは、コミカルな四頭身前後のエクスケイルの総称である。手足が短い上に頭が大きくて、お世辞にも戦いに有利とは言えないが特徴だ。だが、その愛らしさは根強い人気があり、特に女性のライトユーザーが好んで使う印象があった。
どうやら【ミカエリュア】のプレイヤーは、アンリを知らないらしい。
だから、手当たり次第にSDタイプを破壊すると宣言したのだった。
振り返るマリンが、苦悩の表情で言葉を選ぶ。
「アンリ、どうするの? 一応、このギルドに身を寄せてる
「おいおい、よせよマリン」
「アサイさんは黙ってて! 誰だって言い
アンリは一瞬、戸惑いの表情を見せた。
だが、次の瞬間には涼やかに笑う。
「ありがとうございます、マリンさん。皆さんも。私、行きます」
止めることができない。言葉を挟めない。神聖とさえ思えるような笑顔を残して、アンリは背を向け部屋を出てゆく。最後に一度だけ振り向くと、彼女は深々と頭を下げてから走り出した。
「ケイ、あの子を追って! ちょっと、アタシやアサイさん……アサイさんさんは、動けない。小さいけど、ギルドがある。ギルドの仲間のために、
ごめん、と前置きしてマリンは胸に手を当てる。アサイさんもいつになく深刻な顔で、プレイヤーも恐らくアバターと同じ表情をしているだろう。
いつものマリンに戻って、彼女はゆっくりと今いるメンバー全員を見渡した。
「アンリは大事な客人で、もう出ていったわ。ここから先は関わりのないこと……ううん、むしろ関わるのは危険。ラウンドマーチ側から駄目だとは言わないけど、あまり接触しない方がいいわ。それを承知で、ケイ!」
マリンが真っ直ぐ見詰めてくる。
ケイは隣のヴィネーアに
「ケイ、彼女を追って。可能なら、撃破された時に逃げるのを手伝ってあげて」
「マリンさん、それって」
「【ミカエリュア】は
マリンの言葉は矛盾している。仲間にアンリとの接触を控えろと言いつつ、ケイには彼女を追えと言う。心苦しいであろうマリンの肩を、ポンと触れてアサイさんが言葉を引き継いだ。
「俺からも頼む、ケイ。あと、ヨウタロウ君……知ってるかもだが、さっきの
ギルドという組織を背負い、そこで楽しさを分かち合う仲間がいるということ。それがアサイさんやマリンに大人の論理を強いている。その中で二人は、ケイに託したのだ……同じ仲間として接した、アンリのことを。
ケイは大きく頷くと、ついてくるヨウタロウと共に走り出すのだった。
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