第9話「アンリを呼ばう声」

 ラウンドマーチは小さなギルドで、いわゆる『まったり派』『エンジョイ勢』と呼ばれるタイプのプレイヤーの集まりである。本拠地ネストもこじんまりとしたものだが、いつでも十人ほどのメンバーで賑わっていた。

 中世の古城を彷彿とさせる本拠地に、ケイはヨウタロウを招待した。

 ヨウタロウはギルドメンバー達の歓迎を受けて、楽しそうにはしゃいでる。


「よかった、すぐに打ち解けられたみたいだ」


 ウォーロマンサー・オンラインのゲーム内でも、飲食は可能だ。今も飲み物と軽食が配られ、仲間達がそれぞれに談笑を交わしている。あくまで味覚への再現が行われるだけで、実際の肉体が摂取している訳ではない……なので、空腹が紛れない反面、いくらでも美味を堪能することができた。

 少し下がって壁際の花になってると、きゃるるんとした声が近付いてくる。


「ちょっとちょっとー、ケイ? なんか今、遠い目してたよー?」


 がっしと肩を組んでくるのは、ヴィネーアだ。

 彼女はこの世界では彼女だが、現実では男性らしい。本人がそう言ってるからそうなのだろうが、ケイとしてはあまり気にしたこともなかった。

 ヴィネーアはケイにとって、手本であり規範とも言えるプレイヤーだ。

 愛機【ガラハード】も、ヴィネーアの【ランスロイル】で蓄積ちくせきされたデータを元に建造されている。西洋の騎士を彷彿ほうふつとさせる姿が似てるのは、そのためだ。 

 だが、白銀に輝く【ランスロイル】の強さは、ケイにはまだまだ高みの花である。


「ケイのお友達? だよね! リアルでも知り合いなの?」

「クラスメイトなんです。僕は、知らなかった……こんな身近に、同じ趣味の人がいるなんて」

「お、ぼっち卒業? えー、やだぁ、さびしいっ! リアルじゃぼっちな私とケイ、ぼっち同盟だったのに!」

「は、初耳です、けど」


 ヴィネーアは動画配信サイト、ユメチューブYumeTubeの大人気バーチャルユメチューバーだ。愛らしい美少女のCGを使って、違う性別で活動している。しかし、それ以外のプライベートをケイもメンバーも、誰も知らないのだった。

 ぼっち同盟は初耳だが、ヴィネーアも現実では孤独なのかと思うと、少し親近感が湧く。


「僕、ちょっとだけ勇気を出してみたんです。人と話すの、怖いんですけど」

「怖いよねー、まずなにを話していいかわからないし!」

「ええ。でも、ヨウタロウは仲良くしてくれたし、よかったなって。でも……」


 昼間の学食での一幕を思い出してしまう。

 それはまるで、前進できたケイに冷水を浴びせるような試練だった。結局、自分が増長していたのだと知らされ、なにも変わっていないことに愕然がくぜんとさせられる。正義の味方を気取るつもりはなかったが、築きかけた自信が音を立てて崩れてしまった。

 ミルクたっぷりのカフェオレを飲みながら、そのことをケイはヴィネーアに話す。

 彼女はバンバンと背を叩いて、それから頭をでてくれた。


「んー、大変だったねぃ。まーまー、おねーさんがなぐさめてあげよう! うはは!」

「く、くすぐったいですよ、ヴィネーアさん」

「まあ、ほら。リアルなんてそんなもんだしさ。そっかー、フラグは立たなかったか。相変わらず現実はロマンがないなあ」


 ヴィネーアは優しい。

 だが、男だ。

 そして、そのことがあまり問題に感じないケイがいた。言うなれば、ギルドの誰にも優しくて親切な、兄貴分。ギルドマスターのアサイさんが父親、補佐役のマリンが母親なら、まさしく兄……否、姉のような存在がヴィネーアなのだった。


「ま、ケイは私がそれなりに守ったげるから。気にしなさんな、リアルなんか」

「ど、どうも……ヴィネーアさんて、優しいですよね」

「お、惚れた? 中身はおっさんだぞ、わはは!」


 心なしかケイも、ヴィネーアの笑顔に安堵感が満ちる。

 今日は少し失敗してしまったが、明日からまた頑張ろうと思える。普通の人が普通にできることも、ケイには頑張らなければなしえないのだ。今日は手痛い思いをしたが、友人のヨウタロウもいてくれる。

 少しずつでいいから、現実を変える。

 そのためには、自分から変わらなければいけないのだ。

 そんなことを考えてると、サロンの一角に光が舞い降りる。

 それは、ギルドのメンバーがログインしてくる時のサインだ。


「おっ、マリン。よく来たな。ヨウタロウ君、紹介するよ。うちのギルドのおかん的存在――」

「ちょっと、アサイさんさん! ほかのみんなも! 大変だよっ!」


 ログインしてくるなり、ローブ姿のマリンが叫ぶ。

 ゲーム内のアバターでも、血相を変えたその表情が凍っているのがわかった。ヨウタロウを含め、その場の全員が緊張感に固まる。

 マリンはログインしてくるなり、サロンの壁一面にはられたモニターへと走った。

 普段は企業のコマーシャルやゲーム内の情報番組、エクスケイルEX-SCALEの戦闘ダイジェストなんかが流れている。今はムードを演出する自然風景が映っていたが、マリンの手で切り替えられた。


「ついに動いたわよ、七機神ギガンティックセブンが……えっと、アンリちゃん! いるわよね!」


 なんとか話題の輪に加わっていたアンリは、意外そうな顔で自分を指差す。

 そして、画面の中にリアル中継の画像が飛び込んできた。

 そこには、無数のエクスケイルの残骸が横たわる中、巨大なLフレームの機体が立っている。まさしく神、七機神の名にふさわしい威容……バリッとした巨体は、あらゆる魔を断つ勇者にも似た神々しさがあった。


「マリンさん、こいつ……【ミカエリュア】」

「そうよ。別名、熾天勇者してんゆうしゃ。七機神の中でも最大、Lフレームぎりぎりの巨体を誇る最強エクスケイル。その強さは折り紙付き、加えて言えば勇者とは言えない性格の悪さが有名よ」


 ケイにもわかるように、隣のヴィネーアが説明してくれた。

 【ミカエリュア】は、コアとなるエクスケイルにギルドメンバー達が六機合体する、合計七機合体の超弩級ちょうどきゅうエクスケイルである。トップランカーの名に恥じぬスコアの持ち主だが、お世辞にもマナーのいい人物とは言えないらしい。

 不思議とケイは、今までの七機神が皆そうな気がして寂しかった。


「【ミカエリュア】のギルドは、いわゆる類友るいとも、類は友を呼ぶって感じなの。ならず者の巣窟、マナーの悪いプレイヤーの吹き溜まりよ」

「その【ミカエリュア】がなにを……あっ!」


 画面の中で、【ミカエリュア】は腕組み胸を反らして叫ぶ。


『聴こえているか、神殺しゴッドスレイヤー! 私とてニコchちゃんのウォーロマスレでは神と呼ばれた男、このウォーロマンサー・オンラインのβベータテストからの古強者を自称しているッ!』


 ドシリと一歩を踏み出した【ミカエリュア】が、ちたエクスケイルの頭部を踏み砕く。

 周囲の残骸を見て、ケイは察した。

 どうやら大規模な戦闘があって、この場に集められた機体は全滅したらしい。それも、全てに共通点がある。

 どのエクスケイルも、いわゆるスーパーディフォルメ……SD規格のものばかりだ。

 そう、神殺しことアンリの【ギルガメイズ】と同じタイプばかりが破壊されている。


『神殺しはSDタイプのエクスケイル……私は決断した! 全サーバーのSDタイプを、無制限に、無差別に、破壊する! 神殺し、貴様が我が前に出てくるまで、全てだ!』


 SDタイプは、コミカルな四頭身前後のエクスケイルの総称である。手足が短い上に頭が大きくて、お世辞にも戦いに有利とは言えないが特徴だ。だが、その愛らしさは根強い人気があり、特に女性のライトユーザーが好んで使う印象があった。

 どうやら【ミカエリュア】のプレイヤーは、アンリを知らないらしい。

 だから、手当たり次第にSDタイプを破壊すると宣言したのだった。

 振り返るマリンが、苦悩の表情で言葉を選ぶ。


「アンリ、どうするの? 一応、このギルドに身を寄せてる食客しょっかくみたいなもんでしょ? ……聞かせて、アンリ」

「おいおい、よせよマリン」

「アサイさんは黙ってて! 誰だって言いづらい、言いたくないよ。アンリ、いい子じゃん……でも、規約違反のPKプレイヤーキラーで、七機神に狙われてる神殺しなんだから」


 アンリは一瞬、戸惑いの表情を見せた。

 だが、次の瞬間には涼やかに笑う。

 颯爽さっそうとして迷いのない、清冽なまでに澄んだ笑みだった。


「ありがとうございます、マリンさん。皆さんも。私、行きます」


 止めることができない。言葉を挟めない。神聖とさえ思えるような笑顔を残して、アンリは背を向け部屋を出てゆく。最後に一度だけ振り向くと、彼女は深々と頭を下げてから走り出した。

 呆気あっけにとられていると、マリンがケイに向かって叫ぶ。


「ケイ、あの子を追って! ちょっと、アタシやアサイさん……アサイさんさんは、動けない。小さいけど、ギルドがある。ギルドの仲間のために、迂闊うかつには動けない」


 ごめん、と前置きしてマリンは胸に手を当てる。アサイさんもいつになく深刻な顔で、プレイヤーも恐らくアバターと同じ表情をしているだろう。

 いつものマリンに戻って、彼女はゆっくりと今いるメンバー全員を見渡した。


「アンリは大事な客人で、もう出ていったわ。ここから先は関わりのないこと……ううん、むしろ関わるのは危険。ラウンドマーチ側から駄目だとは言わないけど、あまり接触しない方がいいわ。それを承知で、ケイ!」


 マリンが真っ直ぐ見詰めてくる。

 ケイは隣のヴィネーアにひじで小突かれた。振り返れば、いつでも頼れる兄貴分の笑顔が「行ってやんなよ、なにかあったら私が助けるから」とウィンクを投げてよこす。


「ケイ、彼女を追って。可能なら、撃破された時に逃げるのを手伝ってあげて」

「マリンさん、それって」

「【ミカエリュア】は洒落しゃれになんないのよ。今までどうやって勝ってきたか、それはわからないけど……あの玩具おもちゃっぽい勇者ロボな見た目にだまされると、痛い目見るから」


 マリンの言葉は矛盾している。仲間にアンリとの接触を控えろと言いつつ、ケイには彼女を追えと言う。心苦しいであろうマリンの肩を、ポンと触れてアサイさんが言葉を引き継いだ。


「俺からも頼む、ケイ。あと、ヨウタロウ君……知ってるかもだが、さっきのが神殺しだ。君も今後は気をつけてほしい。いい娘だと思うんだが、ルール違反はルール違反だからな」


 ギルドという組織を背負い、そこで楽しさを分かち合う仲間がいるということ。それがアサイさんやマリンに大人の論理を強いている。その中で二人は、ケイに託したのだ……同じ仲間として接した、アンリのことを。

 ケイは大きく頷くと、ついてくるヨウタロウと共に走り出すのだった。

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