第8話「彼女が神殺しに戻るまで」

 ――ナイト気取りかよ。

 その言葉は胸に刺さって、今も食い込んでいる。

 ウォーロマンサー・オンラインのケイとなった内藤慧ナイトウケイは、心の出血が止まらぬままにせる。彼を乗せた【ガラハード】は、並み居る敵の攻撃全てを装甲で跳ね返していた。

 だが、搭乗する人間の心までは守ってくれない。

 あくまでケイが手にした力は、ネット上のゲームでのものに過ぎなかったのだ。


『ま、今日のことだけどさ。気にするなよ、内藤。……じゃなかった、ケイ』


 ここは打ち捨てられた惑星、火星……今日も赤い砂が風に舞う。

 ケイは早い時間からログインし、クラスメイトの佐渡陽太サワタリヨウタと合流していた。小手調べに軽いクエストを受け、今はこうして暴走した無人機を処理し続けている。

 陽太はゲーム内では、ヨウタロウと名乗っていた。

 彼の機体【クフィーレン】は、両肩に巨砲を背負った遠距離戦闘型だ。

 ケイは表示されたログを横目に、戦闘を続けながら言葉を返す。


「いや、僕こそごめん。なんか、気をつかわせてしまって」

『あの三年生、結構いつも荒れてるから有名なんだよ。まあ、さわらぬ神にたたりなし、だな』

「触らぬ神に……でも、世の中には神に挑んでゆく人だっている」

『あ、例の神殺しゴッドスレイヤーのことか? あれなー、俺はまだ実際に見たことないんだよ』


 七機神ギガンティックセブンと呼ばれる、神のごとし七人の凄腕プレイヤー。その絶対的な力と戦い続ける、神殺しのPKプレイヤーキラーは有名だ。それは歳もそう違わない女の子で、今はケイ達のギルドであるラウンドマーチに一時身を寄せている。

 だが、それはおおやけにされない秘密だった。

 だから、ヨウタロウは神殺しがアンリという名の少女であることも知らない。


『俺が言うのもなんだけどさ、ケイ。お互い上手くやってこうぜ? 俺も、せっかく趣味を共有できる友達ができたんだから、妙なことには巻き込まれてほしくないっていうか』

「……ありがとう、ヨウタロウ。そ、そうだね……普通、そうかも」

『おう! んじゃ、今度からリアルでもそれで頼むわ。ヨウタロウ、もしくは陽太でいいぜ。な? ケイ』

「う、うん。……っと、また敵が湧きそうだ」

『オッケー、第七ラウンドの開始だな。バリバリ狩るぜぇ!』


 この場所はかつて、巨大な宇宙港だったという設定だ。世が世なら、離発着する宇宙船やシャトルでごった返していただろう。

 だが、今は閑散かんさんとして人の気配はない。

 滑走路をふくむ広大な敷地内は、自己増殖を繰り返す警備用バイオマシンが支配していた。比較的難易度の低いクエストの舞台であり、よほどの失敗をしなければ全滅するような場所ではない。

 多脚型の蜘蛛くもみたいな敵機が、そこかしこから近付いてくる。


『援護は任せな、ケイ! 俺の48cmセンチ砲が火を噴くぜ! 大艦巨砲主義、これぞ男のロマンよ!』

「よろしくね、ヨウタロウ。前衛は僕が務めるっ」


 手近なバイオマシンに接敵、近接戦闘の間合いへと踏み込む。

 装甲を極限まで増設したものの、重量増に比べて突進力の低下はない。だが、小回りが効かないのでどうしても突撃する形になってしまう。

 盾を構えて相手をし、そのまま【ガラハード】が右腕を振りかぶる。

 握られたメイスがしなって落とされ、ダキィン! と鈍い音が響いた。

 一発で装甲の陥没した敵が、その場に崩れ落ちて動かなくなる。


「……騎士っぽく、ないな」

『ん? なにか言ったか?』

「いや、こう、なんというかさ。この装備と装甲、とある人がセッティングしてくれたんだけど」

『まあ、地味だわな。でも、効果抜群だろ?』

「いまいちロマンの数値が……でも、補正対象である元の数値が高いから、いいのかなあ」


 小さな頃から、ケイにとって騎士という存在は憧れだった。幼少期から内向的だった彼は、いつも本ばかり読んでいるおとなしい子供だった。そして、彼を夢中にさせたのが中世の騎士達である。

 主君と御婦人のために戦い、名誉を重んじて誇り高く振る舞う。

 時には冒険をして、ドラゴンを倒したり財宝を手に入れたりするのだ。

 なによりも、その高潔な生き方、生き様を自らに課してひるまない。騎士であることをやめ、騎士ならざる行いをする卑怯者などいない……生まれとは別に、騎士たらんと己を律する意思の強さ、勇気をうらやましいと思ったのだ。


「確かに、回避より防御を優先する方が、安定するんだけどね……アンリさん、ちょっと極端な人だからなあ」


 ボコン、ボコボコン……淡々とケイは、鉄塊てっかいで敵を圧殺してゆく。

 背後からの的確な援護射撃もあって、どうにか切り抜けられそうだ。

 やや単調な作業になりがちで、そんな時は昼間のことを思い出してしまう。確かに少し、調子にのっていたかもしれない。少しの勇気で友達もできた、それで満足するべきかもしれない。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、不意にヨウタロウの悲鳴が響いた。


『おい、ケイッ! なんか、あそこ! あそこに一機だけ色違いの奴が』

「ん……ホントだ、なんだあれ」

『もしかして……噂に聞いたレアエネミーか? なら、逃がす手はないよなっ!』

「あ、ちょっと! ヨウタロウ! ……そうだ、まずは行動だ。失敗しても、何度でも!」


 バックスのヨウタロウが【クフィーレン】をジャンプさせた。

 わずかな時間だけ滞空し、スラスターの光を全身に明滅させる。両肩のキャノン砲を照準調整して、彼は最大火力を解き放った。

 鈍色にびいろの敵意が満ちる中で、一機だけ赤いバイオマシンが爆発する。

 ログウィンドウに大量の経験値とボーナス報酬の発生が通達された。


『おっしゃ、一攫千金いっかくせんきん! ボーナス、ゲットだぜ! 山分けだ、ケイ! ――ッ、やべっ!』

「ヨウタロウ!」


 敵の火線が、空中の【クフィーレン】に集中した。あっという間に、無数の火球がぜて燃える。

 空中から俯瞰ふかんすれば、攻撃の精度は上がる。

 だが、専用にセッティングされていないエクスケイルEX-SCALEは、空中での機動性をいちじるしく制限されるのだ。

 慌ててケイはフォローに回る。

 敵の中へと突っ込んで、デタラメにメイスを振り回す。


「ヨウタロウッ、着地できそう? 僕が敵を散らすから!」

『悪ぃ! ……ん、なんか高速でこっちに一機……な、なんだ? 乱入参加? 野良のらのプレイヤーか?』


 獅子奮迅ししふんじんで戦うケイの背後に、爆発と共になにかが舞い降りた。

 めくれて砕け散るアスファルトの中から、寸胴ずんどうの不格好なエクスケイルが姿を現す。


『ケイッ、平気? たまたまログインしたら、君が……援護するっ!』


 どこかコミカルでさえある【ギルガメイズ】は、アンリだ。またの名を、神殺し……訳あって、七機神ばかりを狙う女性プレイヤーである。

 両の拳を握った【ギルガメイズ】は、舞うように敵を殴り倒してゆく。

 短い足で蹴りを繰り出せば、風圧が衝撃波となって地形ごと相手を吹き飛ばす。

 なんとか体勢を整え着地したヨウタロウから、驚きの声があがった。


『す、凄ぇ……あんなオモチャみたいな機体で』

『そこ、聴こえてるわよ?』

『あっ、すみません! その、俺のミスで』

『別に……私はケイを助けただけ。それに、ケイが助ける人なら、別にいいし』


 嬉しい言葉だったが、これは明日の学校でヨウタロウに追求されるな、そう思いつつケイは操縦桿を握る。分厚い装甲で守られた【ガラハード】は、率先して敵を引き受けながら前に出た。

 いわゆる、と呼ばれるスタイルだ。

 防御力や耐久力を用いて、仲間をかばって敵の攻撃を引き付けるのだ。ただ硬ければいいというだけではなく、なるべく多くの敵を引き受けなければならない。時には壁となって立ちはだかり、時には風となって戦場を駆け巡る。

 上手くできてる自信はないが、ケイは装甲越しに無機質な殺意を拾い続けた。


『ケイ、やるじゃない。だんだん慣れてきたのね、その機体』

「アンリさんこそ、仲間との戦いが板についてきたっていうか……あ、いや! すみません。でも、いい感じだと思います」

『当然よ。これくらいなら一人でいつも片付けてきた。……でも、今はその時より、ん……遊びごたえ? やりがいがあるというか、まあ、面白いわ』


 あっという間に、鋼鉄のむし達が引き上げ始めた。一定数を撃破したので、設定された思考ルーチンに従い撤退したのだ。

 深追いはせず、ケイはすぐにヨウタロウの機体へと駆け寄る。

 お互い無事に生き延びれて、ホッと一息というところだ。

 その時、頭上から声が降ってきた。


『あれぇ? もう終わっちゃったかー、出遅れたぁ~』


 妙にギャルルンとした声は、合成音声だ。

 見上げれば、ヴィネーアの【ランスロイル】が降下してくる。

 いつもは、ピンチに駆けつけてくれるのは彼女……いな、彼だった。いつでもヴィネーアは、古参プレイヤーとしてケイを助けてくれる。アサイさんやマリンも親切だが、ヴィネーアの助力は時におせっかいとさえ思える手厚さだった。

 ガシャリと白銀の騎士が華麗に着地する。


『お、もしかしてアンリちゃんが助けちゃった?』

『あ、いえ、その……たまたま通りかかったので』

『そのレベルのプレイヤーが、こんな辺鄙へんぴなとこで稼ぐかなあ……ムフフ』

『ち、違います! 別にケイを探してた訳じゃ――』

『はいダウトー! 詳しくはギルド本拠地で聞こうかな。そっちの新顔さん、ケイのお仲間? 一緒においでよ』


 人懐ひとなつっこい笑みが、メインモニタの隅に浮かび上がる。

 あくまで美少女パイロットで押し通すという、ヴィネーアの中の人にケイは感心した。

 そして、先程の心配の種が別の形で芽吹き始める。


『な、なあなあ、ケイ。ヴィネーアさん、かあ……天使、かな』

「え?」

『それとも、女神……ああ、ヴィネーアさん。かわいいなあ』

「……ヨウタロウ、とりあえず、あの」


 どうやら、アンリとのことをアレコレ詮索せんさくされることはなさそうだ。

 だが、逆に今度はケイが、ヴィネーアの真実についてぼかして話す羽目になった。それでも、少し楽しそうにアンリがクスクス笑っていたので、その希少な笑顔が今日の全てに報いてくれたような気がした。

 ふと気付けば、昼の学校での失敗も、火星の赤い風に溶け消えていくのだった。

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