第2話「ラウンドマーチの人々」

 ――西暦2045年。

 今では当たり前になった、ロボット産業。日常のそこかしこにロボットが進出し、一家に一台の時代は目の前に迫っている。

 学校で、コンビニで、公共施設で、テレビの中で……今やロボットは世界に満ち溢れていた。

 だが、日本の一部の人間にとって、ロボットとは人間のアシストをこなす隣人りんじんではない。

 ロボットとは、

 乗り込めば誰でもヒーローになれる、そんな無敵の機動兵器だ。

 そして、旧世紀すこしまえに隆盛を極めた巨大ロボット文化は衰退し、小さくしぼむ中で凝縮された。その結晶が、全感覚投影型のMMORPG、ウォーロマンサー・オンラインである。


「ただいまー、ってまあ、誰もいないんだけどね」


 学校から帰宅した内藤慧ナイトウケイは、誰にも迎えられることなくリビングのソファに身を沈めた。

 今日も一日、退屈な学園生活をどうにかやり過ごした。

 現実世界での彼は、自己主張もなく弱気で内気、周囲に流され無難に生きている。言いたいことも言えずに、かといって鬱屈うっくつしたなにかを抱えてもいない。

 ただ、ほんの少しだけ息苦しいだけ。

 だが、仮想現実バーチャルリアリティの戦場へ出向けば、彼はヒーローへの可能性を追いかけられる。

 夢見たロマンがそのまま力になる、それがウォーロマンサー・オンラインというゲームだった。


「どれ、早速ギルドに顔を出すかな」


 スマートフォンをテーブルに置いて、アプリを起動させる。

 あっという間に液晶画面から、無数の光が舞い上がった。その輝きが立体映像をかたどり、複数のアイコンが並ぶ。

 今という時代、スマートフォンは持ち歩けるAR空間発生装置なのだ。

 向こう側にも今、慧のアイコンがポップアップしたはずである。

 平日の夕暮れということもあって、オンラインな仲間は二人しかいない。


『お、ケイだ。やっほー、おつおつー!』

『よう、ケイ! 学校、終わったか?』


 眼の前には今、小さな犬の映像が走り回り、マント姿の少年が腕組み笑っている。どちらも、慧が所属するギルドの仲間達だ。

 ゲーム内でもそのまま、彼はケイと名乗っている。

 元気のいい声をはずませ、犬のアイコンは映像ファイルを展開した。


『昨日さ、なんか事件があったらしーよ?』

「ほんとかい? マリン。どれどれ……」


 マリンは、このゲームでは新参者の慧に親切な女性だ。どこの誰かもわからないが、女だてらにウォーロマンサー・オンラインをやりこんでいる。男女比の極端なこのゲームで、優しくて気のおけない美女(自称)というのは、なかなかに貴重だ。

 彼女が開いた映像ファイルを見ると、マント姿のアイコンも閲覧し出したようだ。

 見るからに騎士風の少年アイコンは、このギルド『ラウンドマーチ』を立ち上げたギルドマスター、アサイさんだ。因みに、アサイさん、までが登録名である。


「アサイさん、これって」

『ああ、昨日の夜だ。なんか、また七機神ギガンティックセブンに動きがあったみたいだ。ついに七機神も四人だけになっちまった』

「……あのぉ、すごーく言いにくいんですが」

『ん? なにか心当たりがあるのかい? ケイ』


 ――

 大人気ゲーム、ウォーロマンサー・オンラインの頂点に君臨するトッププレイヤー達だ。七人全てが、極めてレアリティの高い特別な装備を持ち、最強のエクスケイルEX-SCALEを駆る。皆が皆ロマンのかたまりで、存在そのものが皆にとってのロマンだ。

 その一角、【ゼグゼウス】のプレイヤーがアカウントを削除されたらしい。

 慧にとっては、昨夜の危機が思い出された。


『なんでも、ゲーム内で不正を行ってたそうだ。がっかりだよな、七機神ともあろうものがさ。ほら、【ゼグゼウス】といえば』

「ビームサーベル、ですよね」

『そそ。あのサイズ、あの出力のビームサーベルは【ゼグゼウス】だけのロマン武器だったんだが……実はあれな』

「チート武器だった? データをいじったとか」

『いや、盗品だったらしい。だよなー、確かβベータテストの時に公式サイトで見たっきりだし』


 慧は昨夜、目撃した。

 トップランカーのロマンを凝縮した、強大な敵を。まだまだ初心者気分な慧は、理不尽にも最強クラスの【ゼグゼウス】に襲われたのだ。おかげで、彼の【ガラハード】はまだ修理中である。

 しかし、【ガラハード】は大破したものの撃墜をまぬがれた。

 突如として現れた、謎のエクスケイルが助けてくれたのだ。

 ログにはただ、その機体の名前が【ギルガメイズ】とだけ残っている。

 アサイさんにも聞いてみたが、そんな機体は知らないとのことだった。


『ふむ、【ギルガメイズ】……知らない機体だな。どんなカスタマイズだった?』

「えっと、Sフレームで、それも極端に小さいんです。で、頭でっかちで手足が短くて」


 マリンがすかさず「SDだ! スーパーディフォルメ的な!」と口を挟んだ。

 確か、ロボットを親しみのあるキャラクターへと落とし込む表現方法、それがSDだったと思う。幼児体型にも似た低等身で描くことで、ロボット特有の兵器感、ものものしさが消えるのだ。

 昨夜の【ギルガメイズ】がまさにそうだった。

 だが、その戦闘力は見た目を裏切る恐るべきものである。


『ふむ、こっちでも調べてみるよ。……もしかして、例のうわさと関係があるのかもしれない』

『あー、あれね! 同じ女子としては、ちょっと心配なんだよねー』


 宙に浮かぶ犬とマント姿が、同時に肩をすくめる。

 現在、ウォーロマンサー・オンラインのゲーム内に奇妙な噂が広がっていた。

 その名も、神殺しゴッドスレイヤー

 最強の七機神を次々と倒す、謎のプレイヤーがいるらしい。しかも、女の子だ。彼女は決して表立って行動せず、ある種卑劣ひれつとさえ言える勝利至上主義でランキングをあげているらしい。

 勝つためならば手段を選ばない……それは、あまりにもロマンがない遊び方だ。

 そして、ロマンがそのまま強さになるウォーロマンサー・オンラインの世界では、いびつで異質な存在とも言える。


「その神殺し、昨日の女の子かも」


 改めて慧は、昨夜起こった出来事を二人に語った。

 情報を整理して口にすることで、慧自身も九死に一生を得たのではと思えてくる。ウォーロマンサー・オンラインでは、撃墜されても現実に損失は発生しない。当たり前だが、内藤慧という少年は死なないし、多額の出費を強いられたりもしない。

 だが、撃墜されれば膨大な修理時間とアイテムを要求され、その間は出撃できないのだ。

 マリンが、運がよかったじゃん、と言ってくれる。

 物騒な噂とはうらはらに、謎のエクスケイルは慧にはなにもせず、むしろ助けてくれたのだ。


『なんにせよ、ケイが無事でよかったよ。【ガラハード】は修理中だろ? 少しギルドのストックから資材を回すよ』

『今夜はさ、みんなで新しいクエストに参加しようよ! ね、アサイさんさん!』

『いや、だからさ、マリン。アサイさんでいいって』

『だって、アサイさん、までが名前でしょ? アタシ、結構そゆのこだわるの!』


 気心知れた仲間達の、いつものなごやかなやり取りだ。

 ゲームを始めたばかりの慧も、もうすで馴染なじみ始めている。

 ギルドとしてはランキングとあまり関係がないが、アットホームないわゆるマターリ系ギルド、それがラウンドマーチである。

 いつもの温かな雰囲気に慧がホッとしていると、アプリがチャイムを鳴らした。

 そして、新たに仲間が一人ログインしてくる。

 浮かぶアイコンはギャルギャルしい美少女剣士だ。


『よっす! アサイさん、マリン! おっ、ケイも来てるわね!』

『おつかれー、ヴィネーア。てか、まだそのキャラで通すんだ』

『あったりまえでしょ、マリン。ラウンドマーチの紅一点こういってん、ヴィネーアちゃんだもん』

『ほう……リアル女子のアタシを差し置いて、ネカマ君リアルじゃオトコが紅一点とか抜かすのー?』

『わはは、だもんね、私』


 ヴィネーアは、現実では男らしい。

 だが、誰にとっても大事な仲間で、いつでもムードメーカーだ。時折トラブルメーカーなこともあるが、基本的にゆるい集まりであるラウンドマーチではあまり問題にならない。

 ヴィネーアは、動画共有サイトであるユメチューブYumeTubeで再生数を荒稼ぎしている。今も露出度のきわどいドレス姿で、彼のアイコンはとてもかわいらしい。そして、なにかと慧にも親身で親切、男とわかっていても時々ドキリとするのだ。

 ギャルルンとした声は、ボイスチェンジャーアプリ等で変えているのだろう。

 アサイさんが一通り話の流れを説明すると、ヴィネーアは大げさに驚いた。


『へー、ケイってばそんなレアな体験を……くーっ、うらやましい!』

「いや、びっくりしましたよ。ほんと、ゲームオーバーかと思いましたから」

『私だったら動画るね、間違いなく。タイトルは、大人気ネカマユメチューバーが七機神の一角に遭遇してみた! でキマリ!』


 因みに、ヴィネーアはこのギルドではアサイさんに次ぐ実力者だ。

 慧も、何度も何度も助けられている。

 今日もラウンドマーチは、平和だ。

 マリンとヴィネーアのやり取りも見慣れたし、アサイさんは自分の損得よりみんなでの楽しみに気を配ってくれる。

 愛機【ガラハード】の修理状況を外部アプリで確認しつつ、慧はソファから立ち上がった。


「じゃ、僕は一足先にゲームにログインしてますね」

『了解だ、ケイ。俺は今日は残業、かな。年末進行ってやつさ』

『おーおー、社会人は大変だねー? じゃあケイ、あとでゲーム内で合流しよ!』

『ヴィネーア、キミも一応は社会人でしょ? 売れっ子バーチャルユメチューバー』


 慧は挨拶して場をする。

 会話アプリを終了して、そのままスマホを手に二階の自室へ。

 すでに外は、冬の夜が迫っていた。


「さて、と……もし会えるなら、お礼がしたいなあ。あの【ギルガメイズ】の人に」


 だが、ウォーロマンサー・オンラインの常時接続数は、全世界で五百万人だ。そう簡単に出会える気はしない。

 それでも、ふと妙案が浮かんで慧は制服を脱ぐ。

 着替えもそこそこに、アイマスクのような布繊維のゲームマシン『ダイブリンカー』をつける。全神経が接続されるこそばゆさが全身を突き抜け、慧は電脳世界のケイとしての一日を開始したのだった。

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