弱く果敢なきは人の情 されど 強きも人の情…故に《鏡》は奔る

北の江戸《大宮》では不可解な事件が起こっていた。
相次いで発見される干乾びた遺体。争った形跡はなく、衣服も綺麗なままで遺体だけが何ヶ月も放置されたような無残な状態で発見される。この謎を解明すべく、大宮の町を役人《戍狩》が参る。

謎が謎を呼ぶ 緊迫の推理ものでありながら、人知の及ばぬものの影が暗躍する架空時代劇奇譚となっております。
真髄にあるのは人の情。理解者のいない孤独、他者に認めてもらえないことにたいする悲嘆や焦燥。そうした憂いは段々と積み重なるごとに不満となり、不満は憎悪や欲望に変わる。
孤独に差す《魔》……誰にも頼れず、孤立無援ではみずからの影ほど強大で恐ろしいものはありません。人はあまりにも弱く、果敢ない。
されど、隣に誰かがいれば。

そうした人間の弱さと強さが、硬質ながら暖かみのある筆致で書かれており、読み進めるうちにこちらの感情まで強く揺さぶられました。

登場人物がまた、素晴らしい。
主役である《戍狩》の早瀬は柳のような人柄であり、どこまでも他者の為だけにあろうとする。他者の為に動き、他者の為に涙し、他者の為に笑う。善意しか持たない好青年でありながら、どこか危うさを感じ、彼の行動を見届けずにはいられなくなるのです。
続けてその友達……ならぬ、知り合いたる 惺流塞 も非常に魅力のある人物。妖を名乗って人里離れたところに暮らし、優れた画家でありながら色が視えない。早瀬とは浅からぬ縁で繋がっているにも係わらず、当人は断固否定しています。このふたりはほんとうに魅力にあふれていて、いつか早瀬と惺流塞の経緯を外伝作で読みたいくらいです。
このふたりがどこか浮世離れしているぶん、早瀬を取り巻く他の人物は人間味溢れる者ばかり。それぞれに懊悩がありながらも、ちゃんと地を踏んで前に進もうとする姿は、読んでいて不思議とちからを貰えるような気さえ致します。

皆様がたもこの個性豊かな人物達と一緒に、干乾びた仏の謎を追い、彼等の孤独を紐解いてくださいませんか?

題名の《鏡現》の意味がわかった時。
きっと彼等に魅せられ、頁をめくる指がとまらなくなっているはずです。