ソレイユの森 4 マネキン
丸本は毎日同じ時間にやってきた。
周一の日常に食い込んでくる、丸本という男の存在。
何度「必要ない」と帰しても、次の日にはまた現れる。
その男の素性が、知りたくもないのに周一には分かってきた。
都会で生まれ育った。機械工学にたずさわってきた。物作りが好き。ビールをよく飲む。
手土産にビールの缶を何本か持ってくることもあった。
ふもとの町まで、買い出しに行かなければ手にできないので、唯一、周一にとってそれは喜ばしかった。が、それも相手の策略だと分かっていた。
庭先で、丸本が営業中にもかかわらず、自分の分のビールを開ける。
小さな家庭菜園を始めた、周一の畑をそばで眺めながら飲み、少し笑ったような細い目をして、親しげに語りだす。
周一は日課の水やりをこなしながら、丸本の話をほぼ聞き流していた。
「小さい頃、ロボットが好きだった。あの完璧な感じが、無性にそそるんだ。でも電池が切れて、すぐに動かなくなる。それが悔しくて、学生の時、ある発明をした。ソーラー電池にしてさ、充電式のバッテリーで動く。まだ歩いたり踊ったり、単語を言わせたりしかできなかったけど……、今の会社には、俺の未来が見える。きっとこのプロジェクトは上手くゆくよ。今、試作品を造ってるから、できたらここにも連れてくるね」
とか、そんなようなことを、まるで夢見る子供のように言っていた。
ただのセールスマンでは終わらないぞ、という熱意が丸本には見えた。
孤独なおじさんの話し相手をすることで、彼なりの「投資」をしているのだろうか。
しかし周一はまだ心を開いていなかった。
気持ちの準備が何もできていない状態なのに、それなのに、丸本はその試作品とやらを、本当に連れてやってきた。
畑の野菜が、ちょうど芽を出し始めた日のことだった。
周一は自分だけが、時を止められているかのように、苦味にも似た寂しさを覚えた。
「自己紹介」
命令する口調で、連れてきた隣の男に、丸本が言った。
男は丸本と同じ背丈だった。周一よりも少しだけ背が高い。
いや、それよりも。この男がロボットだというのか、丸本は。
周一は丸本の真顔に、疑いの眼差しを向けた。
人をからかって楽しいか? そう聞こうとしたとき、男が喋った。
「初めまして。僕の名前は、ソレイユです」
不自然な機械音でもなく、なめらかでよく通った男の声だった。
ソレイユと名乗る男は、とても端整な顔立ちをしていた。
鼻が高くて、眼が青い。なんだかマネキンのようだな……周一は思った。
「握手をしてあげてよ、周一さん」
丸本が真面目に言った。するとソレイユの右手が、周一の前に差し出された。
やはり、マネキンに似ている。周一が掴んだ右手の感触は、冷たくて硬かった。
マネキンの中に金属の骨組みが通っている……周一は握手したその一瞬で、理解した。
「初めまして……」
不意に、周一の口から言葉が出ていた。
それを聞いて、丸本の目が嬉しそうに細まる。
周一はソレイユから慌てて手を引き離した。丸本が言った。
「人工知能のロボットです。いかがでしょう、なんでもお手伝いいたしますよ」
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