ソレイユの森 2 温室栽培
山奥の開けた土地に、その廃墟を発見したのは、偶然だった。
人通りのない獣道を通って、山頂付近まで歩くと、突然、視界が開けた。
雑草が生い茂る地面の所々に、赤茶けたレンガが埋もれていた。
レンガの道のその先に、崩れかけの古びた洋館が建っていた。
外国人の別荘のようだが、すでに住居として使われていないようだった。
ツタが伝った壁や屋根は、コケに黒く汚されている。
窓は割れ、ボロボロに擦り切れたカーテンが、強い風にあおられている。
終着点だ、と、周一には思えた。
ここで終わり、新たに生まれ変わる所。
人里離れたこの場所で、再び一からやりなおす。
人間不信の自分には、最も適した住処じゃないか。
こんな場所に辿り着けたのは、自分にとって必然だった、そんな強い考えが、頭の中を支配した。
誰の物でもなく、もはや市の抱え物となっていたその家と土地とを、周一は何のためらいもなく買い取った。
修理屋を呼び、草を刈り、家具を新たに入れ直し、部屋をきれいに改装したところで、通帳の残高に不安が見え始めた。
しかし、心は熱に燃えていた。
心機一転。新しい土地と新しい家、そして新しい自分。
今までの自分を忘れよう。
周一は、年老いた親にも、親戚にも、他のどの知り合いにも、引っ越しの手紙は、一通も出したりしなかった。
広いリビングは、ラボのようにリフォームしていた。
大きな机に、試験管、ビーカー、フラスコ、顕微鏡など、一通りの実験機材を並べて、作業した。
新しい白衣を身にまとうと、気が引き締まった。
庭や山で採れる野草、園芸店で買い集めた草花などを、新たな研究の材料にすることに決めた。
明かり取りのため、もともとあけてあった造りの中庭に、ガラス張りの温室を建てた。
山の家には、遮るものが何もないので、容赦なく陽が降ってくる。
プランターに必要な苗木を植え、それを乾燥から枯らさないよう、定期的な水やりをして回らなければいけなかった。
周一は、寝る間も惜しまず、働いた。
働いても働いても、まだ一銭にもならない。
ただ以前の職で、給料が潤沢だったことを幸運に思った。
毎日、毎晩、飽きることなく、一心不乱に、作業するのみの日常生活。
その姿は、どこか狂人じみていた。
大きな窓から、闇夜に漏れる、白熱灯。
時の経過に従って、温室の中に、苗木から芽吹いた花々の香りが広がっていた。
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