ソレイユの森

リエミ

ソレイユの森 1 シュー教授


 大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。


 同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、「シュー教授」と呼ぶことにしていた。


 歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。


 しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。


 生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。


 親身になり過ぎたのかもしれない……。


 あとになって、シュー教授はその頃のことを、幾たびも思う。


 自分が、若い時から長年、研究していた新薬の開発。


 やっと完成させることができた、偉大な発明。


 それを学会に発表し、世間に広めるための資料。


 盗難にあった。


 死に物狂いで探したが、どこからも見つからない。


 見つかった時には、すでに薬の性能は、世間に知れ渡っていた。


 誇らしげにその資料を持つ、教え子の顔を、シュー教授は忘れない。


 一躍「時の人」となった生徒の名前は、「藤崎」。


 彼女は美しさの中にずる賢さを秘めていた。


 今まで裏表なく接してきたシュー教授だったが、大きな裏切りを知り、絶望の中で相手を憎み、自分を恨んだ。


 そして大学も辞め、シュー教授はもう教授ではなく、ただの周一になった。




 炎天下。


 夏まっただなかの、暑い日だった。


 体から水が、血管から血が蒸発してしまいそうで、周一は道端に倒れ込みそうになった。


 電柱に肩をついて持ちこたえ、ゆっくりと顔を上げる。


 溶けるように陽炎が揺れる、長い上り坂の向こうに、大きくて、高い、青々とした山が広がっていた。


 微風が吹いて木々が揺れ、青や緑が入り混じる。


 クラクラとした頭の中で、砂嵐のような音が舞う……。


 額から汗が目のきわを流れて、痒いようなこそばさを感じた。


 それでも目は、じっと山を見ていた。


 周一は手に持ったコンビニ袋だけを連れ、その坂道を歩き出した。


 暑さから逃れるためだけでなく、山は、他の何かからも、自分を守ってくれるような気がした。


 美しくて醜い、藤崎の呪縛からかもしれなかった。


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