ソレイユの森 6 目覚め
ここのところ降り続いた雨が、冷えて雪に変わった。
降り積もる音は静寂だったが、気配で分かった。
家は白い幕に包まれ、空気が冷蔵庫のように、部屋中を低い温度で漂った。
大きな暖炉の前に、あぐらをかいて座り込み、資料をめくっていた周一の耳に、遠くのほうで、ゴトン、という何かが倒れる音がした。
スリッパをはいた足音を響かせて廊下を曲がり、音の正体を探す。
中庭の温室で、水やりを任せていたソレイユが、床に突っ伏していた。
駆け寄って上半身を抱き起こし、ガラスの壁に持たせかける。
周一は上を見た。粉雪におおわれて、天井が白い。日光も届かないはずだった。
もう一週間、充電していない。電池切れで、停止したのか……。
周一はソレイユの顔を覗き込んだ。
光を求めるように、大きくまぶたが開いていた。
こうして動かなくなると、ただのマネキンに戻ってしまったみたいだな……。
周一は、丸本が来るのを待っていた。報告したいことがたくさんある。
昨日のことにも、驚かされた。それは日付が変わった瞬間だった。
急にソレイユが歌を歌い出し、周一にこう言った。「ハッピーバースデー! シュー!」
確かにその日は周一の誕生日だった。が、普通の人なら、真夜中には寝ているだろう。
周一はラボで作業の手を止め、「改良点だな」と、微笑みながら呟いた。
ソレイユのことを気にしながらも、周一はラボで作業を続けた。
何日目かのある日、椅子に座ったまま眠っていた周一は、窓からの弱い朝日に目を覚まして、机の上にある、自分の資料に目を向けた。
強い筆圧で「抗老化薬」と、何度も書きなぐっている。
眠い意識のまま、資料を引き寄せて目を通す。
薬の製造過程が事細かに記されていた。
自分の字なのに、その時の記憶が曖昧なのは、無我夢中で書いていたせいでもあるだろう。
「あぁ……」
周一の口から、安堵の息が漏れた。
「ついに……」
そして急いで立ち上がり、食事も取らずに温室に向かう。足は裸足だった。
温室とラボを交互に何往復も駆け回った。
葉や花や実を、プランターから乱雑に摘み取り、ラボに戻って実験道具の上にかける。
つぶす、焼く、煮出す、混ぜる、抽出する……作り方はすべて頭に暗記されていた。
温室のすみで、ソレイユは周一の走る振動に揺れた。
力なく倒れ、大の字に寝そべったソレイユの、その開かれたままの瞳の中に、わずかな光が差し込んだ。温室の天井から、雪が溶かされ、滑り落ちたのだ。
一時間後に、充電されたソレイユは、自分の力で再起動した。
立ち上がって、状況を把握する。そして、瞬時にデータに記録する。
慌ただしい周一を視野にとらえると、「おはようございます」と声を発した。
いつもならよく通るその声も、集中している今の周一の耳には、届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます