ソレイユの森 8 命令


 丸本はしばらく身動きが取れなかった。


 すべては、一瞬のようでいて、またスローモーションのようにも見えた。


 頭の中で疑問と恐怖が入り混じる。


 滑落した。周一さんが、事故に遭った……。


 丸本は慎重に、ゆっくりと崖に近寄って行って、下を見た。


 吸い込まれるような落差があった。その底で、うつ伏せに倒れている周一が、動かない。


「周一さん!」、丸本が何度か叫んだけれど、答えは返ってこなかった。


 携帯電話を取り出して、早口で救急車を要請したあと、丸本は足元に転がっていた、周一の鞄に目が行った。


 陽を反射する何かが見えた。かがんで手に取ると、無色の液体が入った小瓶だった。


 手作りのラベルの字を読んだ。「不老長寿における抗老化薬」。


 寿命を延ばすことのできる薬……。丸本は恐怖を忘れ、目を見開いた。


 立ち上がって周囲を見回す。誰もいない、誰にも見られていない。


 混乱する頭で、丸本は正しい判断ができなくなっていた。


 薬を隠すように、手の中に握りしめた。そして、その場から走り出す。


 荒い呼吸のまま、家のドアを乱暴に開けた。


「ソレイユ、こっちに来い!」


 叫ぶと、奥のほうから「ここを動くことはできません」と言う、ソレイユの声がした。


「ソレイユ!」


 丸本は呼びながら、靴も脱がずに奥の間へ走った。


 暖炉のある部屋で、ソレイユが立っていた。丸本に向き直り、「こんにちは」と会釈した。


「来るんだ」


 ソレイユの手を引いたが、強い力で振り払われてしまった。


「何をしている」と、問いかけた丸本に、ソレイユは、


「守っています。命令は、絶対です」と、淡々と答えた。


「ソレイユ、それならお前に命令する。誰に会っても、俺のことは喋るんじゃない。その守るもののそばを動くな。電池が切れるまで、停止していろ。いいか、分かったか」


 ソレイユは理解するため何秒か間をおいてから、丸本に頷いた。


「かしこまりました」


「欠陥品め……」


 言ってから、丸本はソレイユの冷たい手に、もう一度だけ触れた。


 さようなら、俺の夢……。


 手が指先から離れると、丸本の耳に、小さなサイレンの音が聞こえ始めた。


 静かな歩みで部屋を出て、玄関に向かう。


 玄関の棚の上に、自分が置いて帰った、分厚いソレイユの説明書があった。


 逃げる間際に、片手で掴んだ。


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