ソレイユの森 9 傍観者
警官たちの黒い帽子が、夕日に艶やかに照らされている。
西日の赤い光の中で、主人のいなくなった家の中や周辺を、彼らはアリのように行ったり来たり、せわしく動き回っていた。
ソレイユは暖炉の部屋の窓際に、椅子を横向きにつけて座っていた。
この位置なら、午後からの長い陽を浴び、十分に充電することができる。
以前の失敗を活かす、自身の学習機能の結果だった。
警官たちは、ラボや温室から草花を採取したり、暖炉の燃え殻を調べたり、いろいろな場所から指紋を採ったりして、それぞれの業務を迅速にこなしていた。
誰も、ソレイユに語りかける者はいなかった。
ソレイユは微動だにせず、瞬きさえしない。
ここの主人は、変わった趣味をしていたようですね、と警官たちは言い合った。
等身大のフィギュアか、キレイな顔立ちだ。いいスーツを着ているな。
そして床を土で汚している靴跡や、机の引き出しに残っていた、レポート用紙の間から発見された、一枚の名刺によって、最初の通報者である丸本が、事件に関わっている容疑者の一人だろうと、推測された。
丸本の携帯は繋がらなかった。名刺にあった会社に連絡してみると、
「営業先については、本人に任せてあるので、こちらは知らない、関係ない」
と冷たい返事が返ってきた。
「あいつが何かのプロジェクトに参加していたか? そんな新商品の企画はない。もしあったとしても、まだ試作段階の状態では、たとえ警察さんにでも、それは企業秘密でしょう……」
会社側は、悪いイメージをつけた丸本のことを、あっさりと切り捨てた。
周一の残したレポート用紙の内容は、乱雑な文字や記号だらけで、いったい何を書いているのか、解読するのが難しかった。
かろうじて読めた、医学用語や、ある言葉……それは「アンチエイジング」や、「不死身」、「不老不死のための薬」などだったが、おそらくすべては、空想の産物だろう、と解釈された。
そんな薬は、天才発明家でもない限り、生み出されない代物だ、と思われた。
「あの子は、普通の教師でした」と、現場に花を手向けに来た家族が言った。
長らく疎遠にしていたからか、この家のことさえ知らなかった。
家は継手がいないので、売りに出されることが決定した。
「家具や調度品はどうされますか」と、不動産屋が聞いてきたので、家族は言った。
「備え付けの家具として、まとめて次の方に使ってもらって結構です」と。
「事故物件のような、いわくつきの邸宅となりますので、たぶん……なかなか住み手が見つからんでしょうな……」と、不動産屋は呟いた。
ソレイユはずっと椅子に座ったまま、自分の目の前で繰り広げられてゆく、これらの話の内容を、ただの傍観者として、見聞きしていた。
シューはもうこの世にはいない。
そう解かっても、隠された秘密を守ることを、放棄しようとはしなかった。
体の中にあるメモリにデータがインプットされ、情報が新しいものへと書き直される。
夜が来て朝が来る。
ソレイユ以外、他に誰も用事のなくなってしまった家の中は、物音一つしなくなり、空気の流れも止まったかのように、しんと静まり返っていた。
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