ソレイユの森 10 蜘蛛の巣
待機状態の中、ソレイユの中の基板の上には、わずかな電気が流れていた。
繰り返される時間の中で、大きく違っているのは、外の天気のことだった。
雨が降るのは、雲が出るから。
そんな小さな情報を、基板の電子回路がメモリに運ぶ。
雲が出ると、気温が下がる。雲が出ると、充電供給率が減る。雲が出ると……。
窓の向こうに見えていた草木が、ゆっくりだが着実に成長していった。
つぼみが膨らみ、花が開く。花が枯れ、実が生って落ちる。また花となる。
桃色の花吹雪、ヒグラシの澄んだ声、紅葉の葉擦れ、窓にとまって滲む風花。
終わりの見えない、ループの波……。
ソレイユの中にある時刻計器が、一秒一秒、カウントをし続ける。
一年経ち、十年過ぎた。大きな嵐が来たのは、その夏のことだった。
暴風雨が木々を揺らし、容赦なく窓を打ち付ける。
黒雲が天にかぶさり、稲光が弾け、落雷がとどろく。
家が揺さぶられるほどの猛威だった。部屋のどこかの窓が、派手に割れる音がした。
ソレイユは、電池が切れるまで停止するよう、命じられているのを覚えていた。
守るもののそばから、決して離れてはいけない。
何日間も雨は降り続き、その間ずっと、分厚い雲は、光を一筋も通さなかった。
ソレイユの基板を流れていた、微力だった電力も、その日、ついに底を突きた。
そして、カウントされていた数字も止まった。
次の瞬間、……それは時間でいうと、一秒後ほどの、ほんの短い間隔だったが、ソレイユは目の中に、新たな日差しを受け入れて、無事、再起動した。
続いて、流れていた電波を受信して、自動で合わされた時刻計により、電源が落ちてから、一秒などでなく、すでに三週間も経っている、ということが判明した。
外はすっかり晴れていた。強い紫外線が、ホコリをかぶったソレイユの顔を照らしている。
ホコリは熱からソレイユを守り、同時に日焼けも抑えてくれた。
ソレイユは永らく、椅子に座った姿勢の状態のままだった。
が、先ほど電池が切れたことにより、受けていた停止命令が解除された。
ソレイユは両方のまぶたを動かして、瞳にかかっていた薄いホコリを取り除いた。
椅子から立ち上がって、首を回しながら周囲を確認する。
薄汚れているが場所は同じ、暖炉のある部屋の中。
暖炉の中や、天井、壁には、何重にも大きな蜘蛛の巣が張っていた。
ソレイユは人の侵入がないか確かめるため、家中を歩き出した。
廊下を進み、温室に出ると、立ち止まって上を見た。
草花の成長に耐え切れず、ばらばらに壊れたプランター。
そこから高く伸び過ぎた枝が、天井のガラスを打ち破っていた。
中心から四方に広がった、蜘蛛の巣のような形状のヒビ割れが、太陽の光を乱反射させ、輝きを床にばらまいている。
再び歩きつつ眺めると、角度が変わり、刻まれたみぞに沿って光が滑る。
ソレイユはパトロールを続けた。
玄関ドアが傾いている。外から伸びた大量のツタが、中になだれ込んで来ていた。
ソレイユはそれを乗り越えて外に出た。
玄関前に敷いていたレンガ道が、途中、下から突き出た雑草の力で割られ、不規則な幅の階段のように、ガタガタに崩されていた。
ソレイユはしばらく考えたあと、それ以上、先へ進むことはやめた。
その場で足を止めて顔を上げ、表の世界を視野に入れた。
畑のあった場所は、もう分からない。どこも同じように、緑の草むらに飲み込まれている。
はびこる草のその高さは、背の高いソレイユでさえも、隠されるほど。
一面が、緑の海。風が吹いて、サラサラとなびく。なだらかな地平線まで続く、草原――。
初めて見る景色だった。
それは、これからも変わってゆく、と、ソレイユには予測できる。
ソレイユは状況を把握し終えると、また元の部屋へと、帰って行った。
蜘蛛の巣に捕らえられたまま、食べることも忘れられた獲物のように、今後もずっと、変わることなく、この場所から離れない。
ソレイユはメモリに情報をアップデートしながら、自分自身でそう理解した。
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