ソレイユの森 15 森
三日経った。
食事や睡眠のために、山を下りたり登ったり、マルは一人で繰り返していた。
ソレイユのいる森が深いので、急な斜面で滑ったり、怪我をしてしまうかもしれない。
危ない目に合わせたくない、と言って、マルはカナを同行させてはくれなかった。
私なら大丈夫、そう言おうともしたが、優しい気遣いを尊重し、今は待つことにした。
カナは、自分の仕事を再開した。
山を守るバリケードの前で、人の侵入を防ぐ監視を、係員として続けた。
集中しているマルの邪魔にならないよう、連絡を取ることはしなかった。
取り合わなくても、心が離れてしまうはずがない。
秘密を共有し合うことで、前よりももっと、深くて強い絆を感じた。
私は、あの人を守っていこう、とカナは誓った。
自分の死が来るその日まで……それは、いつの日かは分からない。
この前のように、空からの火で急に殺されるかもしれない。
でも、それが死因になればいい……とカナは一人、密かに思う。
間違った考え方かもしれないけれど、そう願う。
この先ずっと、私は彼の近くにいるだろう。
彼と一緒に、同じ時に、同じ場所へゆくことができる。
マルは、目を閉じて座ったまま動かないソレイユに、頭を悩ませていた。
ソレイユは、薬を守れなかったことで、絶対とされていた命令がやぶられた。
何かのタガが外れた、歯車の噛み合いが取れた、他にも言い方はいろいろとある。
ソレイユはただ、目を閉じたまま、よく通る声ではっきりと言った。
「予期せぬデータが発生しました。プログラムを初期化しますか?」
壊れたコンピューターのようだった。
マルは、その質問に「はい」と答えれば、ソレイユがまた目を開くことは知っていた。
しかし、それは以前のソレイユではなく、何の情報も記憶もない、マルのことさえも分からなくなってしまう、完全にリセットされたロボットだった。
ソレイユの前に立って、マルは何度か命令をした。
「目を開けろ。立ち上がれ。俺を見ろ」
しかし、命令を受理させることができなかった。ソレイユは依然として目を開けず、
「メモリがいっぱいです。情報を削除しますか?」
と、言った。
ソレイユの口から、いったい何の情報を削除するのか、選択肢が出てこなかった。
マルはその隣に腰を下ろした。
大木に背をつけて、同じように目をつむる。
大きな葉が頭上で揺れる。耳をかすめる静かな風の囁き。遠くで歌う鳥の声。
マルは、この森でずっと一人だったソレイユのことを、思った。
彼は、この大きな森で、たった一人きりで、秘密を守り続けていた。
世界中を駆け巡り、多くの人の波に流され続けてきた自分と、まるで真逆だ。
けれど、太陽によって限りなく生かされ続けるその境遇は、マルと似ていた。
孤独だったソレイユと、孤立していた自分。
寂しい思い出は、もういらない。
彼を救ってやるのは、造り出した俺の使命だ。
「削除します」
マルは言った。
ソレイユは、それから一言も発せず、目も閉じたまま、動かなかった。
ソレイユの中にあった、すべての情報が削除されたのだった。
基板は電気信号を送る機能を止め、カウントしていた時をも消した。
ソレイユは、この世から解放された。
マルは目を開けて、その顔を静かに覗いた。
やっと眠りにつくことが許されたような、安らかで、とても美しい顔だった。
◆ E N D
ソレイユの森 リエミ @riemi
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