ソレイユの森 12 送受信
夜の深い森の中は、思っていたよりも肌寒い。
風が低い声で唸り、長い髪を逆撫でながら通り過ぎる。
流れの速い雲が丸い月を隠し、また現すのを、カナは、岩に座って仰ぎ見ていた。
保温機能を備えたコートは、寝袋代わりにもなる。
でも、澄みきった森の冷たい空気で、深呼吸を繰り返すうち、眠気はどこかに行ってしまった。
それよりも、今はこの美しい景色を、彼の元に送っておこう。
カナはゆったりとした長い瞬きの合図で、録画開始の機能を発動させた。
人間が頭の中に小さなコンピューターを移植するようになって、数十年。
便利なことも、不便なことも、等しくある。
こういう人間は電磁波の影響を受けやすい。
ちょっと前に、ここからあまり遠く離れていない場所に落とされた爆弾で、その地域の人たちは、生存機能を停止させられた。
人口増加を阻止するために、世界共通コンピューターが、無差別に弾き出した地域だった。
この山一帯は、自然環境保護区に認定されていたため、大事にしてきたはずなのに……。
もう何回目だろうか。あれは突然降ってくる。
ソレイユ探索を始めて移動中だったカナも、もう少し近ければ巻き込まれてしまうところだった。
それが世界の意思なのだから、誰も異を唱えようとはしない。
ただ……このまま医療技術が進むたびに、人の寿命は永く延び、そのために、落ちる頻度も多くなるんじゃないかしら……。
カナはまた長い瞬きをして、録画停止の指令を出した。
頭の中で記録を保存し、送り先への転送を開始する。
転送は数秒後には完了した。
今の不安な感情が、映像に反映されてなければいいけど。あの人は、カンが鋭いから……。
カナは、視界の端に立つ、ソレイユを見た。
薄明りの中で、ほのかに分かる、輪郭と影。
……あのロボット、ああしてずっと立っているのね。眠ることもなく、毎日……。
ソレイユが、何の感情も持ち合わせてないはずなのに、どことなく寂しそうに見える。
あの体内には、今では誰も見向きもしなくなった、旧式の部品が詰まっているだけだ。
それでも。
カナはじっとソレイユを見つめる。
あの人を助けるためには、絶対に必要なロボットなんだ。
あの人は、人類が管理しやすいよう、番号で呼ばれ始めた時代より、ずっと前から、この世にいる人。
ただの、数字の並びでしかなかった名前の私に、「カナユワテ」と、名付けてくれた大切な人。
私に、夢を見てくれた人。
しばらくして、カナの頭の中に、着信のメッセージが届いた。
カナはメッセージを開く。頭の中に、受信した相手からの文字が流れる。
「心配しないで、カナ。俺も今、同じ月を見ているよ」
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