作者独特の哲学に基づいた、諧謔と余情のある作品。

プロローグから、丁寧かつ厚みのある描写に惹き込まれる。
普段、ファンタジー系の小説をまったく読まない私としては、いきなり登場人物やら設定やらを大量に並べ立てられるとついていけなくなりそうだが、この小説ではそうした無理な書き方はなされておらず、どこか抽象的なような、それでいて先が気になるような書き方で一貫しておりすんなりと物語に溶け込めた。

現実世界で周囲の環境に馴染めず、居場所がないと感じる主人公。
興味がないと馬鹿にしていたゲームの世界に予想外に巻き込まれ、その中で様々な出会いを重ねて成長していく。

「厨時代」の世界では、自身の想像力を頼りとして、武器や技を編み出し闘っていく。
“想像力”というと、何でもありの無法地帯のように思えるかもしれないが、決してそうではなく、現実世界における各人の生き方や信条なども如実に影響されるようだ。
自身で想像するだけでなく、一方で敵の技やテクニックを盗み、そこからヒントを得てさらなる想像を重ねることで、より精度の高いイメージを具現化させて高次元の強さを得ることができるといった感じだろうか。

作者のコメントをそのまま引用するが、
「想像力だけでも限界があり、他人の技をコピーするだけでも独自性が無くなる。二つ揃って初めて強い自分の技が創れるというのがミソ」なのが厨時代の世界である。
私は碁を嗜むが、碁においても、先人の知恵が詰まった定石や布石の知識・技術、そして自分なりのオリジナリティに基づく戦術や方針、それらの均衡を図ることにより、勝ちに近付けると考えている。
少し無理矢理なこじつけかもわからないが、しかしこうした考え方は、仕事とか日常の様々なことに応用できよう。

また、くすりと笑ってしまうような小ネタ的な要素も多々あり、作者の幅広い知識とユーモアを感じる。
特に第17話「クローン茶人」は、茶道経験者の私としてはかなりツボにはまる面白さがあった。

最後は「これで終わり??」と思わず口に出してしまう展開だろう。
様々な伏線が回収されておらず、後々で再登場するだろうと思われたキャラたちも、その出番なく終わってしまうこともあった。
その辺りが読者によっては腑に落ちなかったり、納得がいかないように感じられてしまうこともあるかもしれない。
しかし、それもまた読者の「想像力」で補ってみてはいかがだろうか。

尚、「厨時代」は主人公ユータの目線で描かれているのでどうしても戦闘描写が多くなっているが、厨時代全体でいえば決して闘いだけの世界ではない。
むしろ、人々は現実世界で満たされない欲求等を満たすために、厨時代の世界をセカンドライフとして、多様かつクリエイティブな生き方でもって満喫していると作者は語っていた。その一端は、ナルミの外伝などからも窺えよう。

ファンタジー系小説を読み慣れている人だけでなく、私のように初めての人にもぜひ読んで頂きたい良作だ。
尚、作者はこの厨時代の番外編や続編的なものを考えているそうなので、そちらも気になるところである。