第五話 ドラゴンの美味ステーキ

 黒髪ショートヘアでクールビューティのユキは発言を続ける。


「私はみんなの高校入学の少し前、ババロアから地球に忍び込んで、細工をした結果、みんなと同じクラスに所属できた。

 それ以降、今回の拉致が成功するように、魔法軍諜報部の部員と力を合わせて様々な細工をしてきた。

 私は魔法軍のスパイなんだ。

 今まで黙っていて本当にすまない」


 そう言うと、ユキは深々と頭を下げた。


「すまないで済む問題かよ!

 僕らを裏切っていたんだな!」


 声を荒げて言ったのは、クロサワだ。

 クロサワは普段は物静かだが、熱い男だった。


「お前達の勝手な理屈のせいで、僕らは当分は地球に帰れない!

 戦場で死んでしまったら、もう親の顔も見ることができない。

 しかも、今、僕らは地球で死んだことになっている。

 家族も友達も悲しんで泣いているだろう。

 お前達は取り返しのつかないことをしたんだ!」


 クロサワは叫ぶように言う。

 シャノの話の時から我慢していた思いが堰を切ってあふれ出したのだろう。


「別にいいじゃねぇか。

 俺は親なんかどうでもいいし、友達に会えなくても大して悲しまない。

 この世界では魔法が使えて、戦闘で暴れ回れるんだろう?

 面白そうじゃないか」


 ナカムラがあっけらかんと言い放った。


「あんたねぇ!」

 ナカムラに向かってモエコが怒って言う。


 ユキが悲痛な声を出して続ける。

「本当にすまなかった。

 ただ、魔法軍は科学軍と違って人権意識が高く、皆のことを絶対に粗末には扱わない。

 地球にいれずに奪われた青春があるかもしれないが、養成所での一年間は辛くとも楽しい時間を約束する。

 みんなで生きて地球に帰ろう!」


「俺もみんなには申し訳なく思ってるよ。

 嘘じゃないよ。

 さて、夕飯の時間だ。

 みんなを生活塔に連れて行くから一列に並んでくれ」


 一列に並んだ生徒たちは、シャノに手を当てられ、次々に転送されていった。


 転送された先は、建物の外だった。

 オレンジ色の幹をした木、金色の実がなる草花、青と赤に交互に発光するキノコ。

 見たこともない植物がジャングルのように生い茂っている森の中だ。

 しかし、ジャングルにしては気候が涼しい。

 ここが惑星ババロアか。

 そして、目前にある建物はの俺たちの学校グラウンドの倍の面積はある大きな建物だった。


「敵に見つかりにくいように、ジャングルの中にあるんだ。

 さあ、中に入ろう」


 シャノが僕ら生徒を見やりながら言った。


 中に入ると、天井から地面まである大きな壁絵が正面に目に入った。

 ピカソのゲルニカのようなタッチで人間が複数描かれている。

 人間の手からは炎や氷や稲妻などの魔法と思わしき形状の絵が描かれている。

 この大広間の左右に五階まである階段があり、二階から五階まで左右それぞれ4つから5つのドアがあった。


「食堂はこっちだよ」

 シャノに案内されてたどり着いた二階の部屋は広々とした食堂だった。

 テーブルには料理が並んでいる。


「自由に席についていいよ。

 コックたち、料理を作ってくれてサンキューな」

 食堂席の奥に見える厨房のガラス窓まで聞こえる声でシャノは礼を言う。

 ガラス窓の向こうには、六人のコックがいた。

 コックの中には水色の肌のコックもいる。


 B組の生徒たちは席についた。

 ユウトのそばにはダイゴ・チャゲ・シマダのユウトチームがいる。


「今日の夕飯のメインディッシュはドラゴンの希少部位を使ったステーキだ。

 めちゃくちゃ旨いぞ。

 地球人のみんなの口にも合う味付けもした。

 ドラゴンの肉はなかなか食べれるもんじゃないけど、みんなを歓迎する意味を込めてるんだ。

 じゃ、食べていいよ」


 シャノがそう言うと、B組の生徒たちはおそるおそる食べ始めた。


「俺さ、ナカムラじゃないけど、ちょっとワクワクしているんだ。

 魔法を使えるなんて、スゲエじゃないか」

 ダイゴが陽気な声で言う。


「俺は早く地球に帰りたいよ。

 親のことが心配だし」

 チャゲがうつむきながら言った。


「こうなった以上は仕方がないし、みんなで生きて帰ろうぜ」

 ユウトたちの間ではいつもふざけたことを言うシマダが珍しくまともなことを言う。


「そうだね。

 ところで、このドラゴンのステーキ、めちゃくちゃ旨いな」

 口にステーキの肉を含みながらユウトが言う。

 噛み応えはあるが、ドラゴンという名前からは想像しがたい柔かい肉。

 分厚い肉だが、噛み切れやすくて食べやすい。

 噛みしめると旨味のある肉汁が口の中でジュワっと広がる。


「サラダも旨いぜ」とダイゴが話した。


 柑橘系のジュースを飲んで、食後のアイスクリームまで食べ終えた後、ユウトたちは歓談を続けた。


「俺はどんな魔法を使えるのかな。

 かっこいい魔法を使いたいぜ」

 ユウトがそう言うと、


「召喚魔法も使えるんかな。

 リヴァイアサーン!」

 島田がおどけた声で話す。


 ユウトはユカの方に目をやる。

 セーラー服姿がまぶしい。

 ユカもこちらを見たようで、チラッと目が合った。

 俺たちはふとした瞬間にいつも目が合う。

 そうユウトが感じているだけで、気のせいかもしれないけど。


 ユカと目が合っているとユウトが感じた時、今日ユウトに告白してきたエレーヌがユウトのことを見ていることに気付いた。

 エレーヌは笑って、爽やかな表情でウィンクしてみせた。

 艶のある金髪が輝きを放っている。

 ハーフ美人の愛くるしい笑顔で、か、可愛い…。


 少し、ユカから気持ちが揺れてしまった。



「今、誰にウィンクしていたの? エレーヌ」

 エレーヌの隣にいた紺野りさが聞く。


「内緒よ、内緒」


「もったいぶっちゃってー」

 こんな状況になって暗い顔をしていたりさに笑顔が戻った。


「すみませーん、ご飯のお代わりあります!?」

 異世界転移初日でも、ダイゴは普段と変わらずお代わりをする。

 俺たち人間は、こんな状況になっても意外に適応力が高いのかもしれないとユウトは思った。

 もっとも、ダイゴの適応力が高いだけかもしれないけど。


「みんな、食べ終えたみたいだな。

 今日のところは、以上だ。

 就寝部屋を案内しよう」


 シャノが顔をほころばせて言う。


 チームごとに就寝部屋が割り当てられていた。

 4人にしては広い部屋に二段ベッドが二つ。

 洗面台・トイレ・シャワー付きで、自習机も4つある。


「あ、俺たちの持ってきた荷物もちゃんと部屋の中にあるよ!」

 至れり尽くせりだ。


「じゃあ、麻雀する?」

 冗談を言うダイゴ。


「今日はすごく疲れたし、早く寝ようぜ」

 チャゲが真面目にそう言った。


 疲れからぐっすり眠って次の朝。


 荷物の中に入っていたパジャマ姿で起きると、すでに起きていたチャゲが顔を洗っていた。

 「おはよう」と挨拶を交わしたところで、

「みんな、起きろー!!

 朝食の時間だ。

 食堂に来い」


 放送により、シャノの大声が鳴り響く。



「俺さ、昨日までのことは夢だと思っていたんだけど、夢じゃなかったんだな」

 ユウトがそう言うと、


「俺は地球に帰りたいよ。

 魔科大戦なんてどうでもいい」

 チャゲがそう返す。


 チャゲはそう言うが、若干楽しみ始めているユウトだった。

 確かに親に会えないのは寂しいが、これから魔法を使えるということにワクワクしていたし、シャノが話してくれた魔法軍が科学軍を憎む理由に共感していた面があった。

 その後、放送があったのにまだ眠り続けるダイゴをなんとか起こして、食堂に向かった。


 朝食後、白い机と椅子が並んだ教室のような部屋にB組の生徒は案内され、各々椅子に座らせられた。席は自由だったので、ユウトチームで固まって座った。


「あー、これからみんなに魔法とこの世界について学んでもらう訳だけど、午前中は毎日座学だ。

 座学の講師を紹介する。

 来い、ミント」


 シャノの言葉の後に入ってきたのは、エメラルドグリーンの髪に茶色い瞳をした少女だった。

 まだ若い。

 俺らと同い年か少し下じゃないか、とユウトは思った。

 アイドルのような派手な服装に目が行く。

 可愛らしくてとってもチャーミング。

 ロリコンだったら、そのロリロリフェイスにイチコロだろう。


「ミントは君たちと同じ17歳だ。

 各地の蜂起を経て、10年前に結成された魔法軍が立ち上げた国を魔法国と言うが、魔法国は年齢に関係なく優秀な人物を採用するんでね。

 ミントはこの養成所にいるどの教官よりも知識があり、賢い。

 みんなはミントのことをミント先生と呼びなさい。

 年が変わっていないように見えるから、さん付けだと威厳がない」


 シャノがそう話すと、ミントは微笑んで「そうね。先生と呼ばれた方がムードが出るわね」と言った。


「ミントです。

 みんな、一年間よろしくね!」


 ミントが爛々とした笑顔で言う。


「じゃあ、俺はここで」

 そう言ってシャノは去った。


「授業を始めるよ!」

 ミントによる魔法学の講義が始まった。



 ユウトは漠然と考える。

 俺には魔法の才能があるのだろうか?

 どんな魔法を使えるのだろうか?

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