第3話
目覚めると、全く見覚えのない部屋のベッドの上にワタシはいた。何処だろう? 病院? にしては、洒落てる部屋だな。というか、ワタシは大丈夫なんだろうか? 図書館で目眩がして、気付いたらここで……あれ? 手足が動かない。金縛り? まだ夢? 何なの?
「目が覚めたか?」
突然話しかけられて、ワタシはビクッとした。でも、まだ手足は動かない。ヤバイ。幽霊的な何かだ……霊感なんて、今までまるで無かったのに。ワタシは、一度頭を枕に沈め、首が動くことを確認した。そして、恐るおそる顔を声のした方に向けた……
「あ! 龍口研新!」
「……そうだ。分かってて盗みに入ったんだろう? 堂々と現場で寝るなんて、図太い女だな」
「え、え、え? ちょっと、待って。盗み? 何のこと?」
ワタシは手足がビニール紐で縛られていることに気付いた。全くシチュエーションが飲み込めないわ。夢か、そうね。龍口研新のことを考えたりしていたから、きっと夢に出てきちゃったんだ。
「この状況でとぼけるなんて、やはり子どもだな。盗んだ物を返せば、警察には連絡しない。というか、僕が誘拐したみたいに思われたら、たまったもんじゃないからな。大方、先程調べさせてもらったが、何処かに隠したんだろ?」
嫌な夢だなぁ。ワタシ縛られたい願望あるのかな? しかも盗っ人扱いで尋問なんて、ドM感丸出しじゃない。冗談じゃないわ。
「ギぃいやャアーーーーーーー!」
龍口研新は目を丸くして、丸椅子を倒しながら急いで立ち上がり、ワタシの口を両手で押さえた。
「@#/&……!」
「オイオイおい、何だよ! 気でも狂ったのか? ヤメろ。警察が来たら、僕が捕まるだろ」
ワタシは龍口研新の手を思いっきり噛んだ。
「ヴあ痛っ!」
「キャアぁーーーーーーー! 助けてー」
「分かった! わかったから、やめてくれ」
「紐を解いてよ」
「その前に盗んだ物を……」
「キゃ……」
「わ、分かった」
龍口研新は左手でワタシを制しながら、右手でビニール紐に手をかけた。ワタシはベッドの上に正座して部屋の中を見回した。イサム・ノグチの間接照明、カリモクの革張りソファ……あ? 見覚えのある絵。クリムトの『接吻』だ!
「クリムト……好きなんですか?」
「……え? ああ、あれ。まあ、複製だけどね。クリムトは素晴らしいよ、現代美術のパイオニアだ」
「でも、何人も愛人がいたんでしょ?」
「芸術家なんて、そんなものだろう。しかし、死の直前に名前を呼んだとされる、エミーリエとは、最後までプラトニックな関係だったそうだよ。その反動だったんじゃないかな? 不器用な人だったんだよ、恋愛にはきっと」
「ふーん。あの、ファンなんです。サイン下さい!」
「は? 何なんだ? 僕はアイドルじゃないんだ。早く出て行ってくれよ」
「出て行け、と言われても、ここが何処だかわからないし。気付いたらここにいたんです。というか、これは夢ですよね?」
「ふんっ。笑えない冗談はよしてくれ。君は僕が誰だか知っているし、ほら、ここに歯形だってしっかりついてる。僕が夢だと信じたいが、物凄く痛かったんだ、夢じゃない。紐は解いたんだ、早く帰ってくれよ」
妙にリアルな夢だな、どうしようかな。
「あの、龍口研新さんは、今東京に住んでいますよね? 故郷の湯芽町の実家じゃないですよね、ここは」
「あのさ、ここは東京だし、僕は龍口研新だけど、僕は生まれも育ちも東京だよ。ファンを名乗るなら、それくらい知ってるだろ」
「やっぱり夢か……ワタシは湯芽町のあなたが設計した図書館で気を失って、今ココ←なんです。ワタシの夢にもう少し付き合って下さい」
「……想像以上にヤバい女みたいだね、君は。いいから、家を教えなさい。送ってあげるから。いや、病院か?」
「だから、湯芽町だって言ってんじゃん!」
「おまけに強情か。お嫁にいけないぞ」
「セクハラですよ!」
「やれやれ、辟易だよ、最近のポリコレだか、パリコレだか知らんが。気が進まなかったから、財布は見ていなかったが、仕方ない。学生証とか、保険証とかマイナンバーくらい入ってるだろう……」
龍口研新は、徐ろにベッドのサイドテーブルに広げていたワタシの所持品からシャネルの財布を取り上げて中を確認しだした。
「ちょっと、プライバシーの侵害!」
「家宅侵入者が言えることじゃないだろ。シャネルか、生意気だな……ん? これかな」そう呟きながら、龍口研新はカード入れからワタシの図書館のカードを抜き出した。
「図書館ね、僕は図書館なんて設計したことはないよ。そんな話は昔あったけどね、断ったんだ。……森実可? 珍しい名前だな。何て読むんだ? ミカか。で、ゆ、湯芽町図書館……!」
「だ・か・ら、さっきからずっと言ってんでしょ! わかった? あなたが夢の中にいるの。ワタシの夢の中に」
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