第4話

地元の中学から同じ高校へ進学したヤスと言う親同士も仲が良いツレがいた。

ヤスは文香といつも身を連ねて過ごす入学当初から僕とも同じクラスだったアミと付き合っては別れを繰り返す校内や僕ら地元の仲間連中の間でも公認のカップルだった。


僕が文香と個人的に連絡を取り合うようになったのとほぼ同時期に、ヤスがまたしてもアミと寄りを戻したいと周囲に漏らしているのを僕も耳にしていて、互いのテンションもまた高まっていることから確度もそれなりに高いということだった。

普段であれば「懲りずによくやるな」と気にも止めずにいたであろうが、ここ最近の文香との関係もあってか何か自分にも出来るコトがあるのではないかと言ってしまえばおこがましいのだが、一緒に遊びに行ったりしてみてはとそれとなく周囲に文香との一件を告げていた。

僕らは地元の中学時代からの連れ立った仲間同士で別々に高校に通いながらも3日に一度は平日であれ誰かしらの家にメンツを変えながら集まっては夜更かしをしていた。

中心人物の1人であるジローの家に集まることが多く、上下関係問わず交友関係の広い彼の元には周辺の情報が多く集まって来る仕組みが出来上がっていた。

彼もまた僕と同じように高校を中退しており昼間は仕事に明け暮れ、少しでも早く上がれたら僕の家へ顔を出すのも日課になっていた。

一緒にドラクエの石盤を集めながら、地元の高校へ通う彼女も帰りに僕の家へ立ち寄っては、短いスカートから下着を覗かせながら昼寝をして帰るというのも日常のひとコマであった。


文香とはその後も変わらず電話やメールでそれなりに連絡を取り続けてはいた。

調度文香も車の免許を取りに教習所へ通い始め、僅かな時間が出来れば学校帰りにバイトや教習所へ直行する日々を送るようになっていた。

文香がどう捉えるかという懸念もあれど、学生時分そのようにグループ的に交際を発展させるコトについては本意ではないにしろ楽しそうではあった。

「次いつ遊ぶー?」

「教習所とバイトと期末のテストで今ちょっとバタバタしてるかも」

「確かに難しそうだな。まぁ気が向いたらまたドライブでもしよっか」

「分かった。連絡するね」

相手のこういった事情を知りながらでもあるので一方的に連絡を入れては誘うの一点張りではならない。

次の一手に難儀しながらヤスやアミと一緒に出掛ける予定でも入れたらどうかと、僕はヤスに誘いの電話を入れてこの間に外堀を固めてはどうかと考えた。


「マジか。文香さんとそんなコトになってんの?良いじゃん、皆で何処か行こう!」

「オレも意外な展開にびっくりしてるんだけど、調度次の予定入れて無かったから文香さんにも言ってみる」

そう告げて電話を切り、何の用事もなく取り留めもない話をするでもないのであれば電話も入れやすい、そう踏んで早速文香へも電話を入れた。


「ヤスとアミちゃんがまた良い感じだって?」

「ちょっと何?その情報ダレから?(笑)」

「オレらの地元でジローっているじゃん?こないだライブで歌ってたヤツ。そいつと喋ってたらヤスの話になってそう言ってた。さっきたまたま用事があってヤスと話してたら本人もそれっぽいこと言ってた」

「ふーん」

「だから何なら4人で今度何処か行こーって思って!」

「なるほど…。でもアミやっぱユウくんとより戻したいらしいよ(苦笑)」

「は?ユウってヤスと同じS科の?アミちゃんがヤスと別れた後に付き合ったユウ?」

「そー。だから遊びに行くならユウくんと一緒に行こう(笑)」

「何でそうなるんだよ…(笑)」

「一応聞くだけ聞いてみてよ」

「余り気が乗らねーな(笑)」

「お願い!(笑)」


どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがってとウンザリしながらも、僕は久々に喋ってみようとその流れで校内の敷地の外れにひっそりとそびえる寮に入学当初から下宿するユウにコールした。

僕も入学時には寮生活をしていたが、豚箱のようなクオリティに吐き気がして10日で退寮していた。

「元気?今寮?」

「おぉ!どうしたの?久しぶりじゃん!オレは長い休み以外はずっと寮だよ(笑)」

「お願いゴトされちゃって、久しぶりに喋ってみようと思って電話してみた」

「もしかしてアミ?」

「何だそれ、話が早いな。そういう情報行き交ってるの?」

「オレも困っちゃってるんだよ。ヤスがより戻すって張り切ってる手前どうにもならないでしょ(苦笑)」

「なるほど。それでオレと文香さんとユウとアミちゃんでどっか遊びに行こうって誘ってみてって言われたわけ」

「行けねーよ(笑)」

「だよな。まぁ愚問だとは思った(笑)」

それからお前は最近どうしているんだだ、アイツはどうしてるんだと他愛もない会話を暫く交わしつつ、電話を切った。

そもそもは文香と会う口実が出来ればという立ち回りではあったが、こうやって色んな要素が交わると話の主旨自体が歪んでくる。

ヤスの力になれるとも思ってのことだったのだが、逆に文香にそそのかされヤスをそっちのけでという意図はなかったが、実際にユウにこうして声を掛けた自分にも少しがっかりした。


少しだけ日をおいて文香に状況を説明すると「やっぱり難しいか」と言いはしつつも、あわよくば「ユウをその気に出来ないか」という思いがなくなったわけでもなさそうだ。

何でこうも移り気が早いのかとついつい漏らすと、ヤスとよりを戻そうと舞い上がっているのとほぼ同時期に、学年全員での雪山へのスノボ合宿なる校内行事があり、連れだってのお泊り行事に2人で行けると浮かれていたと思いきや、スノボが得意で目の前で華麗なジャンプをガンガン披露するユウの姿にコロッとやられ、何てことなく気移りしてしまい文香諸共スノボにもどっぷりハマっているとのことだった。

合宿から帰ってからの雲行きが怪しいと確かにヤスも言っていた。が、ここまで自分らが良ければそれで良い、自由を地で行く歳頃の好き勝手やり放題な女子高生グループをもはや止める術などなかった。

僕は僕で文香とこうして連絡を取り合っていながらも、次第にいつの仮免に向けてであるとか、教習所への通いを早く終わらせたいといった文香の意図が前面に出てくる余り、次の約束にこぎつけられず、一方的なメールのみへの連絡形態へと状況は変わっていき、ついにはメールも電話も取りたいときの連絡さえつかなくなった。

ひと時の気持ちの高鳴りは誰にでもあるということだろうか。

だがそれを容易に納めることが誰にでも出来るのかというと必ずしもそうではない。少なくとも僕は1度上がりかけた気持ちをこのまま抑えるには何かきっかけが必要な状況に陥っていた。

モノゴトを自身の中で消化するには、その出来事が当人に与えたインパクト相応に腹をくくって事実と向き合いながらその時置かれている状況を受け入れなければならない。


文香と連絡が取れなくなってから1ヵ月程度経ったある日、同じ学科への入学、留年、退学の一連のフルコースを共に経験したツレのタカから連絡があった。

僕達の同学年は留年や退学が当たり前のように繰り広げられていたが、たまたまこの学年だけのレアケースだったらしいと後から聞かされてはいた。

「クラス飲みするらしくて来るか?って言ってるよ!行くでしょ?」

「マジ?誰から声掛かった?」

そう言いながら、誘い主によっては行き辛い状況だということを添えて問い返した。

「大丈夫、取り纏めが広く声かけてるらしいから、ダブり組みも全然歓迎ってことでしょ。オレらクビになった後ダブったヤツ等も来るらしいし関係ないっしょ!一緒に行こうぜ(笑)」

相変わらずふわりと軽い感じのタカと話していると、単純に久々に皆でわいわいやるのも悪くないと思った。

そこで文香と顔を合わせるなら、少しくらい会話も出来るだろう。


そう深く考えず、当日合流するとカラオケの広めの部屋でほぼ全員が私服姿でズラリと並んで寛いでいた。

さすがにこのメンツを前にして文香のところへ直行するわけにもいかず、当時ダラダラと一緒につるんでいたオトコ連中の近くに腰を下ろし、適当に食っちゃべっていた。

帰り際、文香が原付で引き上げようとするところで声をかけた。

「もう帰るの?(笑)」

「帰るからどいてー(笑) 邪魔ー(笑)」

「ってか次いついける?(笑)」

「もう、行かないって…。ってかベラベラ喋り過ぎなんだって皆に言ったでしょ(笑)?」

「誰?」

「そっちの地元仲間の間で色々言ってたでしょ?じゃぁ帰るね!」

そのまま文香はグループの仲間数人と連なって颯爽と漆黒の闇へと原付の灯りを灯して消えて行った。

僕は皆がいたから照れもあったのか本音なのかの整理がつかないままその場に少しの間立ち尽くして動けなかったが、まだ帰らないと騒いでいる皆の元へ合流した。

単純にそれまでのヤスの一件を含め文香の言動そのものにもカチンと来ていた。


結局その日は隣街の中学から同じ学科へ通っていたナオキを車で自宅に送りがてら、明け方近くまでそれらの事の成り行きについて聞いてもらっていた。

「マジで?文香さんとキスとかヤバイじゃん…」

童貞には少しヘビーだったかと言うだけで特に状況を打破する術が見つかるはずもなかったが、ナオキがじっくり話を聞いてくれたお陰で僕は大分気が晴れた。

冷静に考えるとジローに話してヤスやアミを少しでも拠り所にと考えた自分が安易だった。

そもそもジローに話せばヤスの前で適当に話を盛って取り繕うに違いなかった。

それらが何かしら尾ひれをつけて文香の耳に入ったのだろう。

事もあろうに自ら余計なコトを発しもしないのにソレを側近のアミ辺りから聞かされたりしていようならば立場も何もあったものではないと想像するに難しくはなかった。

あの日の文香の言動に腹を立てつつも、やはり直接的な原因を作ったのは僕の方だったのかも知れない。


日が経つにつれて段々とそうとしか思えなくなってくる自分がいる。

僕自身の元々の性格やスタンスの問題もあるのかも知れないが、根源はやはりこのゴロゴロしたまま過ごす限りなくニートに近い生活のリズムにあった。

何せ何もすることが無いのだからどうしても1人で思考を暴走させてしまいがちなのだ。

どこで連絡を入れるのが良いだろうなど諸々の細かな自己葛藤の末に独りよがりになっていたのは事実だった。

アタマで分かっていてはいても制御が効くかと言えばまた別の次元の話だ。

飲みの場で会って以降、いい加減な態度を取られるのが怖く意固地になってとてもコンタクトを取る気にはなれずにいた。

何とか挽回しようともその術さえ思い当たらない八方塞がりな状況は続き、余計なコトをしさえしなければ今の状況より悪い状況へは堕ちないだろう、そう1週間程度間を開けては電話かメールを入れるが空振りに終わるのを繰り返し、遂には自分自身の折り合いもつかず間が持たなくなってしまった。

久々にモノ事に真摯に向き合いかけていた僕の想いはこうやって無慈悲に砕け散っていった。

報われない努力はもあるものだと、打ちひしがれる思いで一時の甘い記憶としてその出来事にソッと蓋を閉じる、そんな心境の変化を冷静に、また客観的に捉えることが出来た瞬間があった。


数日後、僕は文香がシフトを終えるのをバイト先のコンビニの前で待っていた。

共にほぼ同じシフトで勤務している同じクラスの歩美と連なって出てくるやいなや、歩美が僕に気がつき、気を利かせてくれてその場を先に立ち去った。

僕もありがとうと思いながら、笑顔で返し小さく手を振って送った。

文香に寄りながら声をかける。

「文香さん、色々悪かったね。オレは最初に言ったようにそのまま文香さんのコトを好きになってたと思う。でももう暫く経つし状況も変わってるのを理解しているから」

「…」

「まぁ嫌な思いも少しはさせたと思ってて、こうしてまた面と向かって一言だけ詫びたかっただけ」

「分かった、分かった。もう良いって…」

「まぁでも嫌じゃなければまた時間が合えばドライブでも行こうよ」

「もう良いって、キモいって。ってかもう帰るよ(笑)」

久々にこうして2人して対峙するついでに、あわよくばと思いながらの打診もものの見事に玉砕された。

僕もこういう面倒くさいヤツなのだが、そもそも文香自身も小っ恥ずかしいのを取り繕うタメには相手を無下にしたりとそういうヤツなのだ。

僕のビジュアルが本当にキモかろうかと、これまで考えたこともないような台詞を生まれて初めて投げつけられて内心吹き出しそうでもあったが、そもそもあれから暫く時間も経っていたし、わざわざ出向いて言葉を交わす必要はなかったのかも知れない。少なくも文香にとってはそうだった。

ただ僕にとってこの場は次へ向かって歩き出すための非常に大きな意味を込めていた。

ほぼ想定していた通りの返答をそのまま得られ、ある意味清々しい気持ちになったと同時に自分の中でこの出来事が消化され、喉の奥に引っかかった何かがスルリと奥へと通っていった、そんな感覚があった。


たかが知れてる失恋沙であろうと、ヒトの想いは意図せぬところで行く末なく彷徨うコトもある。

その事実を受け入れること、自身でその事実と向き合うことでさえ、自分の中で折り合いがつかず難儀する。

目の前で起きた出来事を受け入れて浄化出来ないままでは気持ちの整理がつかず、次へ向かおうにもなかなか足が出ない。

想えば不慮の事故で大切なヒトを突然亡くした人々は、きっとコレとは比べものにならないくらいの苦悩に陥るに違いないと、この出来事からそのような視点も得られた気がした。

表向きチャラけたイメージを持たれがちな僕でも、ヒトの心を弄ぶようなことを意図してすることはないだろう。


数ヶ月の間全く他へ見向きもせずに文香にばかり意識が向いていた僕であったが、反面こちらからも切り捨てるように折り合いをつけられてからは、その反動で以前にも増して狂ったように遊んだ。

周囲の交友関係も後押しし、真夏の燃え盛る炎に油をぶちまけるように、自らで己を解き放つようなそんな感覚だった。

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