第11話
プロジェクトメンバーの送別会と称し、チームの若いメンバーに六本木交差点付近の高級焼肉店に予約を入れさせた。
決して若いからといって押し付けたわけではない。こういう段取りは年齢を問わずこなれた感じの世話好きが担う方が皆ハッピーなのだ。
僕もキャラを勘違いされてか、以前はよくこのような役割に抜擢されていたのだがその度にお決まりの文句でつっ返していた。
「僕お店そんなに詳しくないので駅前のワタミとかにしちゃいますけど良いですか?」
「だめだめ、クライアントのお偉いさんいるのに良いわけねーじゃん!」
次第にこのような役回りに声がかかることすらなくなり、逆にほんの少しだけ寂しい。
高級焼肉店でのドリンクのラストオーダーを終えた頃、バジェットを握ったエグゼクティブディレクターが到着する。
泡の消えたビールに申し訳程度に残された霜降りのロースを炙り優雅にそれを口に運ぶ。
「もっと食べたいから2軒目行こう」
食べるものもろくに食べられないにも関わらず当然のように金だけはしっかり支払ってくれる。ウチの会社の偉いヒトの宿命なのかも知れないが、会社から割当てられたバジェットを握っているにも関わらずポケットマネーを叩いているヒトもいるというから本当に男前だ。
同じオッサンにも色んなオッサンがいるものだ。
2軒目の六本木交差点を見下ろせるバーの窓際の席に通され、各々が適当なドリンクをオーダーし、数ヶ月前に皆で出張して臨んだ上海での仕事の話題で盛り上がる。
そして盛り上がり序でにカラオケにでもと更に3軒目の店に流れることになり、「何でここでカラオケなんだよ」と乗り気でないながらも皆についてコートダジュールへ入った。
客の出入りのタイミングと重なった事もあってか、直ぐに案内すると言われながらも片付けや先の客の案内などを含めると10分は待たされそうだ。
「ちょっとコンビニ行ってきますね」
ジッとしていられない僕は皆にそう伝え六本木の通りを流すことにした。
六本木交差点へ逆戻りして地下鉄へ降りる階段を通り過ぎ、マツモトキヨシ付近でスマホを眺めながら街行くヒトの様子を観察する。
こうやってヒトの流れを認識することは声をかける時の基本だ。
時刻は22時を回った頃だが、六本木のこの辺りは渋谷のハチ公前のように待ち合わせなどで思いおもいにスマートフォンを眺めながら1人で佇む女性が多い。
とは言え待ち合わせでそこにいるのであればその相手が辿り着くのも時間の問題であり、迂闊に声をかけているとトラブルを引き起こすリスクもある。
待ち合わせ相手が彼氏であれば尚更なのだが、ただのオンナ友達かも知れないしと、慎重に街の雰囲気に紛れて気配を消しながら辺りを観察する。
こういう時は僕自身も待ち合わせでもしているかのようにスマートフォンを弄りながらそこへ佇むに限る。
スマートフォンで誰かと連絡を取りながら待ち合わせでもしている風に周囲の様子を窺っていると、身丈のスラッとした出で立ちで少しカールがかった今風の長めの前髪の女性が、ちょうどその場を離れようと歩き出す姿を視界が捉えた。
改めて示し合わせた別の待ち合わせ場所へ移動しようとしてか、あるいはその待ち合わせ自体を断念して帰路へつこうとしているのか、いずれにせよ歩きながらであれば声をかけた後に気不味くなってその場を離れるのもそう不自然ではない、そう踏んだ僕はその女性を射程距離に捉えるように足早に距離を詰めて行く。
ロアビルに差し掛かる辺りでようやく斜め後ろにつけて声をかけた。
「済みません、ちょっと聞いていいですか?」
「え?はい、何ですか?」
「どこかクラブ入っちゃうところですよね?」
「いや、もう帰ります(笑)」
残念またねとでも言い出しそうなその女性を気にも留めず続ける。
「そうなんですね、僕もクラブ行くわけじゃないんですよ(笑)」
V2へ向かう列から若者の視線がチラチラと刺さるがそれも気に留めない。
「じゃぁおにーさんは何でここいるんですか?」
「会社の飲み会途中でつまんないから抜け出して来ちゃったんですよ(笑)」
「早く戻んなきゃ…」
「ですよね、ただ…。おねーさんすぐ帰ります?明日お休みですか?」
「待ち合わせ相手の予定が押してるようなので今日はこれで帰ります。明日も休みです。何?おにーさんご馳走でもしてくれるの?(笑)」
「オッケー、話が早い!僕も皆のところ戻るんだけど、なので帰りを遅くさせないのdw一杯だけその辺のバーにでも入って飲みながら何か語りましょう!」
「やったー!語る語るー(笑)」
V2へ並ぶ列から舌打ちが聞こえて来そうなのを他所に、僕とおねーさんは向かいの通り側へ特に当てもなく横断してその場を離れた。
そのまま東京タワーのそびえる方向へ歩くと、道沿いにオープン席を数席要した、そのままそこへ腰を掛けて軽く飲むには手頃そうなカフェバーが目に留まりそこへ入った。
高めの丸いテーブルにつきスツールへ腰をかけて僕はレモネード、相手の女性はジントニックをオーダーする。
「ナッツでも摘む?」
「うーん、でもこの時間だし食事は済ませて来たから大丈夫かな(笑)」
僕がそう言うと本当におかしな話なのだが、その女性からも初めて会った感じがしない1つひとつのコミュニケーションに親しみが感じられる。
名前はチカと。都内の会計事務所に勤務していると言う。
「おにーさんのお仕事は何?(笑)」
「僕?そうだなぁ、クリックしてます(笑)」
そう言いながら気取った面持ちで指を突き出しマウスをクリックする仕草で返す。
「何それ。パソコン使うお仕事ってこと?(笑)」
「今時パソコン使わないで出来る仕事の方が少ないと思うけどそんな感じかな(笑)」
「確かに。ってかでもそれじゃぁ余計に分かんないし(笑)」
「まぁそんな大したことはしてないよ。仕事してる振りしてAmazon見てたりヒトの書いたblog見てたり」
「それネットサーフィンじゃん(笑)」
「そう、ネットサーフィン!あれ?こう言うのサーファーって言う?そう、僕サーファーなんだった」
「はいはい、ちゃんと仕事しよーね(笑)」
チカは僕より2歳歳下で関東圏内の地元から上京し都内で1人暮らしをしているとのことだった。
田舎の出にしては仕事上の甘えや隙が垣間見えるような愚痴を一切言わず、加えてウチの会社に有りがちな意識の高いギラギラした感じもない。
自身の立ち位置やその先キャリアを見据えたしっかりとしたもの言いをし、地に足のついた落ち着いた様子にも非常に好感が持てた。
とは言え上司への小さな不満は誰しも抱いてはいるもので、そういった当たり障りのない内容で会話を交わしながらチカの人となりや仕草を観察している自分がいた。
一杯だけという公約があったのととりあえず店に長居しても何も始まらないという意図もあり互いにグラスが空いたタイミングで店を出た。
元々チカがタクシーを拾おうと向かっていた麻布通り方面へ歩きながらコンビニに入る。
「何買うの?」
「もう一本ずつ飲もう!」
「私はもう飲めないけど飲みたいのなら飲んで」
「じゃぁこれ飲んだら解散にしようか」
「そうだね」
「どうする?超ゆっくり飲んだら(笑)」
「置いて帰る(笑)」
麻布通りを渡り、ヒトの行き来が少なくなったの辺りで大好きなクラフトビール「インドの青鬼」にクチをつけながら、麻布郵便局を通り過ぎた辺りの東京タワーが見える適当な場所に2人で腰をかけた。ちょうど段差のある場所でチカが座った後ろの一段高い位置に恋人同士のように重なるように。
「ってか座るのそこ?(笑)」
「だってここしかないでしょう(笑)」
「思いっきり隣空いてますけど(笑)」
「まぁここも空いているしさ(笑)」
そう言いながらチカを後ろから抱く格好でカラダを寄せて顔を近付けると、避けられる素振りも見られなかったためそのまま唇へ軽くキスをした。
自然にカラダに手を添えるとボリュームのある胸元を両脇から抱きかかえる格好になっていたが、それにも拒絶反応は示さない。腰の座った堂々とした様子で応じる。
Uネックのカットソーの上の薄手のジャケットが綺麗に合わせられており、上から胸元を見ると決して浅くない谷間が見える。
思わずカットソーの中に手を突っ込みブラの上から片方の乳房を寄せて更に深い谷間を作りながら唇に舌を挿し込んだ。
「ちょっと!ヒト意外に歩いてるんですけど…(焦)」
「良いよ、しっかり見てもらおう」
「見てもらおうじゃないでしょ!(照)」
「裏側へ回ろうか」
チカの手を引き建物の裏へ回る。
「きっとアレだ、品川とか川崎方面へタクろうとしてるおっさん達が東京タワーより南側まで歩いてるんだよ」
「じゃぁ私もそこまで歩いタクシー拾おっかな」
「そっち方面なんだ。まぁまだ飲んでないしこっち来て」
チカの手を引き寄せながら今度は立ったまま正面から唇を重ねながらジャケットを脱がせた。
Uネックは普通のカットソーに見えたが首の後ろで紐で結ぶ格好になっており、ワンピース風に下からスルリと脱可能なデザインだった。
唇を重ねながら背中を撫で回しさりげなくブラのホックを探る。
背中で結ばれた紐が妨げとなり探しあぐねたが指先で軽く弾いてホックを外した。
ズリ下がりかけたUネックの上から、しかしブラの下側からチカのボリュームのある乳房の先を指先で弄ぶ。
舌を絡ませながらチカの息遣いが荒くなることに僕も興奮を覚え、背中の紐を解いて下へ一気にスライドさせるようにその綺麗な裸体を月明かりに晒した。
「ちょっと何するの!絶対アナタ頭悪いでしょ!(焦)」
「おぉ、凄い!めっちゃカラダ綺麗じゃん!」
お世辞を抜きにして、これまで数100人以上の裸体を拝んだ僕が言うのだから間違いなかった。
月明かりに蒼白く照らされた形の良い弾力のあるDカップに東京タワー。これぞ六本木の夜って感じだ。さすが東京。
話を全く聞かない僕への苛立ちと解けた紐がどうにもならなく着直せない焦りと羞恥心からかチカに強めにアタマを叩かれた。
軽い脳しんとうにも似た感覚を覚えながらも乳房を隠そうとするチカの手を解きその先端を寄せて吸いつく。
「ちょっと…。ってか何で私だけ脱がされてんの…」
「僕も出そっか?」
「バカじゃないの!(呆)」
そう言いながら僕のアタマをもう一発叩きながらもチカが僕の白シャツのボタンを外し始めた。
「インナー着てるよ」
「それも脱いで」
屋外で裸体を晒すことに慣れている僕はなんて事もなくインナーを脱いでブリーフケースの横に放り堂々と上半身裸になった。
「これで同じだね。良い眺め…」
そう言いながら今度は月明かり照らされた僕の乳首を指先で撫でるように触れてきた。
そして上目遣いでこちらの様子を窺いながらネットリと舌先を立てた。
チカにもスイッチが入ったように見受けられて僕はすかさずピンとテントの様に張った股間へとチカの掌をその上ソッと置いた。
優しく握り返してくるチカに露骨に打診する。
「ねー、クチでして」
「何でそういう言い方するかなぁ?」
「良いじゃんもう。そんなエロいカラダ見せられるとそうなるって(笑)」
「そうなるって?(笑)」
「もう良いじゃん、挿れていい?」
「ダメ。生理だもん」
「じゃぁやっぱクチでして(笑)」
「付き合ってないから嫌だよ」
「じゃぁ付き合おうか!」
「ちょっと、じゃぁって何?絶対バカにしてるでしょ?」
「してないって、その証拠にほら!」
「ダメ、出さないで!やっぱ絶対アナタ頭悪い!」
「何だかスゴく褒められてるみたいだな(笑)」
「次にして、今日はとにかくダメ、外だし!連絡先交換しとこ」
「仕方ないなぁ…」
そう言いながら僕はチカのスカートの中に手を潜り込ませ、ソコが厚い壁に覆われているのを確認して手を引いた。
屋外だからという点は正直どうってことないのであるが、この後仲間達と再合流するのに下腹部に血を滲ませてると「何があった?」と心配をされるに違いない。
そして何より僕はワンプレイにそこまで執着したくなかった。
チカが上半身丸裸の状態でスマホを取り出す。
「あ、待ち合わせしようとしていた友達から連絡来てるー!」
「そうなの?帰んなくて済むじゃん、金曜日だし!ってかとりあえず連絡先は交換しよ、赤外線ある?」
「バカにしてるでしょ絶対。LINEのQRコードで良い?」
「じゃぁそれで(笑)」
「!!!!!!(悔)」
六本木の夜は長い。
チカの横乳を肘で小突きながら、その都度ヒト前でアタマをを叩かれながら並んで歩いて適当なところまで送り、深夜0時を少し過ぎた頃には僕は職場のメンバーのいるコートダジュールの部屋に戻った。
「あれ?帰ったのかと思っちゃったよ!」
「何してたの?ナンパ?」
「お、よく分かりましたね!流石鋭い(笑)」
「んで何したの?」
「乳首吸って貰っちゃいました!」
「は?どこで?」
「東京タワーに照らされながら吸われました。痕付いちゃってるかも知れません、見ます?」
「いや出さなくて良いって(笑)」
「相手も美乳でした。待ち合わせ前の空いた時間だった様で続きはまた今度しようって見送って来ました(笑)」
「…まだ歌う?帰る?」
僕の相手にアホくさくなって来たのか先輩達がそう言うので僕が制止する。
「めちゃ楽しそうに歌っていらしたじゃないですか、まだ日付け変わったばかりですよ。僕もちょっとだけ何かうたおっかな…」
明け方近くにはタクシーで横浜の自宅に辿り着いた。
また週末の土曜日の貴重な午前中の時間を寝て過ごすことになると思うと憂鬱だ。
それから数日後、チカと次の予定を決めるために仕事帰りにLINEや通話のの連絡を入れてはコンタクトを取っていた。
職場が広尾と恵比寿で互いに近いということもあり、特に事前に予定を決めておくでもなくとも、ラフに軽いタッチに会えるだろうとチカもそう言い僕もそれくらいがちょうど良いと考えていた。
しかしその想いも虚しくほど無くして絶えた。
僕がスマホの機種変更をした際、直近状態のLINEの連絡先の移行に失敗し、直前のバックアップを取得した時点の数ヶ月前の週末のデータまでの復元にしか至らず、敢え無く貴重なデータ数十件がロストした。
会えればきっと色んなドラマを生んだに違いなかったが、現代を生きるビジネスパーソンを自負していた僕は、ここでも昔からのツメの甘さに泣いた。
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