ヒゲを伸ばしたビジネスマン
第10話
故郷を離れて上京した当初、僕の住まいは内定先本社の品川から遠く離れた横浜市の某住宅街に位置する社員寮だった。
電車でも都内に出るのに時間をそれなりに要するに加え、駅からは徒歩20分程離れた住宅街のど真ん中。
おまけに土地柄なのか寮に住む社員が年に2回位の頻度ではあるが、地元のヤンキーに狩られるというのもお決まりらしかった。
どんな嫌がらせだ。
入寮当日。
最寄りのJRの新幹線駅に母親が見送りに来てくれた。
いずれは地元に近い地方都市に身を構えるつもりで、あまり実家ともお別れという気もしておらず、スタスタとホームへ上がってサッサと出発の時間を待つ新幹線へ乗り込んだのだが、どうやら母親は長男の僕を送り出すには感傷深いものがあったらしい。
思えば高校を中退した際、流石に申し訳ない想いに駆られ中卒で働きに出ている者を当たって職に有り付こうと考えた僕に対し、「そういう生活はもっと先で良い」と学生時分を継続したのは母親のそういった言葉があったからだった。
そういった経緯もあってか、僕も次第に周囲の誰もが知っているような大きな企業に勤めて自慢させてやりたい、母親に対してはそんな想いも芽生えて、就職するのをキッカケに一旦は上京に踏み切ったのだった。
とはいえ、こんな不安定な若者を拾ってくれる企業なんて、本社所在地が都内だからといってたかだか知れているということを、社会に出て目の当たりにするのだった。
新横浜の駅へ降りてJRに乗り換え、横浜駅を過ぎた先の最寄り駅へ到着し、迷いながらも地図を頼りに住宅街を抜けて寮に辿り着いた。
受付けを済ませて自分の部屋へ入ると、擦れた跡の酷い畳の間に、実家から確かに自分で梱包して送り付けた段ボール箱がそこに積まれている光景に何とも言い難い違和感を覚えた。
このカビ臭い部屋が自分の根城となるのかという強い拒絶反応と、確かにそれらが自分の荷物であることの何とも言えない現実を突きつけられたような絶望感によるものだ。
指定された時間に食堂に行くと入寮式と称された今後の生活をそこで送るにあたってのガイダンスを聞かされた。
周囲を見渡すと2ちゃんねるでピザと揶揄されそうな丸っこいメガネ君が10人程並んでいる。女子寮はこことは別のようだ。
ガイダンスの終盤に「不明点などあれば何でも聞いて」と言われたので戸惑いながらも手を上げて素朴な疑問を投げかけてみた。
「ここって男子寮ですよね?オンナ連れ込んだら怒られちゃいますか?」
「あぁ…。そういうのは一応禁止なんですよ。近くにホテルとかあると思うので慣れたら開拓してみて下さい…」
寮長なる男性が困惑しながら回答してくれた。
「慣れたらというより直ぐに必要で1軒くらい知っておきたくて1番近いところ教えてもらえませんか?」
「いやぁ私も使わないのでその辺疎くて…(照)」
何だか困らせてしまったと思いそれ以上の問いかけは控えた。
入寮した翌日の夜にHotmailのMATCH.comで知り合った女子大生と会うことになっていた僕は、こうしてはいられないと落ち着かなくなり、この場を早く切り上げたくなった。
駅前のインターネットカフェへでも籠り、周囲の情報をリサーチして当てをつけなければならない。早急にだ。
さっきまでの部屋のクオリティに対する不満は一旦さておきつつも親元を離れた初日から僕は非情に心細くなった。
当時はネットで漁れる程そのような情報も充実しておらず、結局は寮の公衆電話傍に備えられたタウンページでホテルを探すはものの、せっかく場所を探し当てたとしても土地勘が無く、その場へ移動すること自体が億劫に思えたし、僕自身「ってかいつもホテルなんて使わず外でヤッてたじゃん」と、自宅付近で座って話せそうなところがあると聞いて「そこで良いや」で問答は着地した。
何だかんだで彼女の自宅付近で夜中に合流することが前提となっていたので、慣れないことはするまいとしたことが功を奏したのだ。
後にも先にもタウンページでラブホを探したのはこの時だけだ。
結局その女性の自宅近所の集会所のような共同施設の敷地内で青姦という1発目のゴールを実家を出て早々に決めることが出来、その後10年程はその女性とそういった関係が続いた。
早速出来た友達でもあった。
深夜に寮を抜け出し、タクシーを捕まえてあらかじめ聞かされていた住所を運転手に告げる。
辿り着いたその場所は交番の目の前だったが、彼女の手を引き集会所の真裏の引き戸の傍のコンクリートの段差に腰を掛けて喋っていた。
「最近家庭教師が自分の中学生の妹に手を出し掛けて要員交代した」というここ最近のhot topicを聞かされて、「世の中のオトコ共はホントにロクでもねーな」と思いながら僕も彼女の乳房に直に両手を添えていた。
対面座位で重なった後、彼女の前で仁王立ちになって彼女にアレを咥えてもらったまま、自分の片方の手で根元をしごきながらおクチの中にブチ撒け、その後2時間程は彼女の乳首を指先で弄びながら彼氏の話や大学生活の相談話を聞き入り、明け方寮に戻った。
そして翌週の週末、僕は不動産屋に新居を探しに出向き、入寮から調度10日で退寮するという新記録を作った。
寮母さんが「食事が不味かったのだろうか」と残された同僚達に声を掛けて回っていたと聞き、申し訳ない気持ちになったが、決め手となったのは朝風呂の湯船に浸かっている時に同僚のピザ男が皮を被った粗チンを洗わずに湯船に浸かって来たのをきっかけに「こんな風呂に朝晩浸かれたものか」と見切りをつけてのことだった。
思えば高校入学時の寮を出たのも2週間足らずだったので、僕には協調性というものが欠けているのかも知れないと、仮にそれが事実だとしたら他の何かで補わなければとも感じた。
もちろん遊びのかっての悪さも寮生活を送る上ではある程度許容しなければならなかったが、金銭面で少しばかりラクになろうともそれまでやりたい放題だった僕にとっては「こんな生活してちゃ良い仕事も出来ない」と不自由極まり寮生活に慣れていこうという気も更々無く、清々しい気持ちで寮を後にした。
赤帽の助手席に座って綱島大橋を渡りながら眺めたブルーシートの連なる光景は鮮明に目に焼き付いた。
1人暮らしを始めたからといって生活が全面的に充実して行ったかというともちろんそんなことはない。
何か1つ改善出来れば次は仕事や稼ぎについても何とかならないものかと欲も膨らみ、理想と現実との狭間のギャップに苦しみピリピリとした日々の葛藤にも苛まれた。
ある日、梅雨でも台風シーズンでもない日に暴風雨に見舞われながら、ランチの買い出しにオフィス最寄りのコンビニに行く時のこと。
傘をさしているにも関わらず横降りの雨に腰から下が靴の中までずぶ濡れになりった。
この悪天候に逆ギレした僕はコンビニからオフィスに戻り、入り口手前の傘立ての前でX JAPANのYOSHIKIがドラムセットを破壊するように、さしていたビニール傘を傘立てや壁に叩き付けながらボキボキに折ってしまった。
我に返って後ろを振り返ると灰皿の前でタバコを吹かす先輩社員と目が合ったのだが、一瞬でその視線を逸らされてその場を去って行った。
恥ずかしくなった僕はオフィスの階段を駆け上がり自席へと戻り、「何て僕は気が短いんだ」とまた自らを悔やんだ。
そんな様子で就職してから半年を迎え、10月の体育の日を伴う3連休を利用して僕は気晴らしに大阪に遊びに出向いた。
大阪には悪友のジローと粗チンのリュウがフリーター同然に楽しく呑気な生活を送っており、愛も変わらず実家で親のスネに噛り付いているマサも呼びつけ、久々に皆で集まった。
ジローはその時も流石で北新地のオンナの家に転がり込んでは同棲生活を送っていた。
そして僕らが駆け付けるのと日程を合わせて友達を呼んでくれており、昼夜問わずその彼女の自宅で飲んでは騒いだ。彼女も何故かセーラー服に着替えてはしゃいでいた。主義趣向は様々だ。
卒業と同時でないとその後の実現はないと踏んだ上京であったが、地元から離れて友人もいないような環境で質素な生活を送ることの意味を見出せなくなっていた僕は、何とか仕事面、待遇面、環境面でバランスをとりながらより充実にと改善が見込めないと転職を意識し始めた時期でもあった。
そしてこの働きかけは、以降の僕のキャリアにおいて非常に有意義なきっかけをもたらすことになり、何度かの転職の末、自分の経歴からはいくら御釣りが出ても足りないような大手企業への転職を実現させることが出来たのだが、そこで実の業務を通して、これまで逃げて避けてきたことと向き合う日々を余儀なくされた。
ボロボロの雑巾のように引き摺られながら、自らに矯正の日々と課して得られたものは大きく、黙っていればマトモなオトナに見えるくらいの改心に何とか漕ぎ着けた。
働き始めて10年くらいは毎年GW明けには決まって5月病に悩まされもしながら、季節を問わず感情の浮き沈みも激しかった。
ただ、
「5月病って新人がなるヤツじゃねーか(笑)」
「アホか?オレみたいに繊細だと毎年成るんだよ、バーカ」
といった感じだった僕も、案外一般的なサラリーマンとなって年収1000万程度を稼ぐ位の人生ならイージーゲームなのだという現実を知った。
そもそもそこらのハゲ散らかしたオッサン達が実現させているのだ。
そしてそんな生活は決して裕福なものではない。
日々の業務を通して自身と向き合うことは、身近にいた尊敬出来るカリスマ的な先輩達のお陰で自分を客観視するキッカケになり、その後何か行き詰ることがあっても「彼等ならこの場で何て言うだろう」と考えながら行動するようになった。
自分の中に拠り所が出来てからは諸々の立ち回りにも変化が現れ、何より彼等からの指摘だけはどんなことでも素直に聞き入れられた。ヒトそれぞれ成長の仕方は様々だが、その動機付けも多様なのだ。
そんな僕が今はヒトを育成したりチームを率いる立場になっていたりする。
チームマネジメントについて言うとすれば、元々女性だけではなく同性の後輩にも慕われるようなところがあったためかそのポテンシャルが後に点と点を結ぶように実を結んだようにもあった。
家柄も良く高学歴な同僚達が意外にもこの辺りを克服するのに難儀している様子も見受けられ、そんな彼らのチームと弱みを相互に補いながらレバレッジを効かせるコラボレーションは組織プレイにおいては周囲にインパクトを与え、当然優位に働いていった。
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