第3話
唇をこじ開けながらその隙間から流れ込んで来る文香の舌がまるでそれ自身が意志を持つかのよう僕の舌と絡み合う。
同化しながら溶け合うかのように、それまで交わったコトのないモノ同士にも関わらず全く異物感のない、例えようもない心地良さがあった。
まさかこんな展開になるとはと我に返るまでに少しばかり時間を要した。
それまでの間、2人で息をするのも忘れそうなくらいに激しく舌先を擦り付け合っていた。
言葉を掛け合うコトも出来ぬまま、離れてはまた重なり、また離れては重なりを繰り返しながらひと時の静寂を噛み締めていた。
僕は無言のまま文香の後ろ側へ手を回し、助手席のシートをよりフラットに近い状態に浅い角度にまで倒した。
そのままカラダを浮かせ助手席に移動し、膝の間に文香が向き合うように座り、カラダを寄せてまた唇を重ねた。
耳や首筋に指先を這わせると文香がピクリと反応を返す。
「こっちにキスされるのも好き?」
意地悪く問うと、
「私がやってあげる…」
そう言いながら、文香が僕の首に手を掛けながら耳元から首筋にかけて舌を這わせて来た。
その体重移動に逆らわずに2人が重なるように助手席に横になる。
そう大きくない僕のカラダの上に更にふた回り近く小さな文香のカラダが重なる。
文香は僕の上着を捲り上げて乳首へと舌先を立てて来た。
もちろん僕にその先の一手が無いわけではない。
しかしながらどういう訳か、いつものようにブラを外すでも胸を弄るでもなくその意図が働かない不思議な感覚に陥っていた。
同じクラスでいた頃から好意を抱いていたし、この子と付き合ったら絶対毎日が楽しいのだろうと憧れの意は強く抱いていたが、それは決して恋愛感情を伴うソレとは違っていた。
そうしたことからか、その文香とこうして唾液粘膜で交じらう行為そのものには不思議と性的興奮よりも胸の高鳴りを覚えていた。
日々孤独との戦いの日常を送りながら、同級生とも徐々に疎遠になりがちではあったが、このように文香との密会で思いがけない局面を迎え戸惑いを隠せない。
普段はチャラケてばかりで取り繕いようがないヤリチンの僕であったが、中学の時に童貞を捧げた彼女と付き合っている頃は真面目に好きになった女性として真摯に向き合えていたし、まともに対峙しようとした際のさじ加減についてはわきまえているつもりだった。
もし文香本人がキスになれば誰彼構わずといったスタンスでなければ現時点で僕はそれなりのポジションを押さえかけているのかも知れない。
考えてみれば元々文香自身もこの状況を期待して僕と会っているわけではないだろう。
だが、仮に事故的にであろうともこのような状況に及んだという事実に対して2人で向き合うキッカケに出来ないだろうか。
僕にしてみても自由にフラフラとしているよりも、特定の彼女を交際相手に相応の青春を謳歌したい。
欲を言えばこのまま文香ともっと深い関係となって周囲を驚かせたい、そんな衝動にも駆られた。
「文香さんさ、キスが好きって誰とでも割とこうしてる?」
「んなわけないでしょ…」
「オレとは良いの?」
「分からない…」
状況を上手く整理出来ていない文香の唇へ今一度舌を滑り込ませると、目を閉じながらそれに応じてくれる。
文香自身も良いか悪いかはさて置き、この心地良さを受け入れていることは見てとれる。
離れて顔を凝視すると照れ笑いをしながら文香も僕から目を逸らさない。
「もう一度外へ行こう」
「うん…」
僕と文香は手を繋いで身を離さぬまま何処へともなくトボトボと歩きながら、適当なところで向き合って立ち止まり、そのまま互いの背中に手を回しながら長い時間舌を絡め合っていた。
そろそろ帰って寝ないと翌朝に響きそうだと車内に戻ってエンジンをかける。
と思いはするものの僕はこの余韻で眠気さえも覚えず、このまま目が冴えたまま眠れないかも知れない。
車を出すまでの間も視線が合いさえすればどちらからともなく顔を寄せては唇を求めた。
「文香さん別れたばっかじゃん?彼氏暫く作るつもりないの?」
「分からない…」
「オレ別にカラダ目的とかじゃないから一緒に真剣に考えてみない?」
「本気で言ってるの?」
「本気だよ。ノリや遊びであんなにチューだけしないでしょ(笑)」
「だって…(笑)」
「え?やっぱチューくらいなら誰とでもしちゃう?(笑)」
「しないけど…(照)」
「分かった。じゃぁ、急がないしこんな感じで2人で会う時間を今後も作ってもらえる?疑心暗鬼なのを無理にとは言わない。それにオレも真面目にそうしたいと思ってるところ、こうして時間を重ねながら示すのが1番だと思うから」
「それで良いの?」
「良いよ。こうやってキスさえしてくれればエッチも付き合い始めてからで良い」
「今の間はヒトに話しちゃダメだよ?ちゃんと考えて返事をするから、皆に知れるのはその後で…」
「分かってる。でもさ、こうやって秘密を共有してる感じ何か良くない?さすがにオレもドキドキしちゃうなぁ」
「ってか私、何やってんだろう、良いのかな…。騙されてる?絶対騙されないよ?」
「ヒト聞き悪いな。そっちだってめっちゃ舌絡めて来るくせに」
そう言いながら顔を近付けると、文香の方も顔を寄せて目を閉じながら舌を絡ませて応えた。
僕達は翌朝口元がヒリヒリしちゃうんじゃないだろうかというくらいに互いの舌先を舐め回し合い、結局深夜3時を回った頃文香を自宅付近まで送り届けた。
翌朝は早朝の日課の自慰行為もせずバイトに向かった。
スイッチのON/OFFが極端な僕の悪い癖なのか、こういった具合いに向き先がはっきりした時は普段はヒト1倍旺盛な性欲が丸っ切り失せてしまう。
まるで出家したかのように行動範囲は必要最低限に収まり、日々の生活に没頭しながら文香との電話やメールを励みに次の1週間を過ごした。
翌週末のバイトの昼休み、僕はバイト先で昼食の賄いを早々にたいらげ、家に帰らずに文香の元へ向かった。
週末の朝から番まで通しでのシフトの日の僕は、14時前後に賄いの昼食を済ませた後に一旦自宅へ引き上げ16時過ぎまで仮眠をとり、再び17時に出勤するという具合いにほぼパターン化していた。
その普段であれば自宅へ引き上げているはずの時間を利用して文香に会う約束を入れていた。
文香のバイト先のコンビニの通りを挟んだ向かいの空き地に車を停めて文香を待つ。
予定より少し早く到着した旨を伝えると5分もせぬ間に文香が助手席のドアを開けて車に乗り込んで来た。
「この間の場所で良い?流石に休日昼間だとヒト多いかな」
「任せる。大丈夫でしょ」
前会った時と同じ経路で城跡地の観光スポットへ向かう。
昼間に陽射し浴びながらこうして会っていることが実に不思議な感覚だ。
「天気も良いし川沿いまで出てみよう」
半分程埋まった広い駐車場の川側に車を停めて川原へ出て、敷き詰められた平たい石の上を歩きながら文香の手を引いた。
流石に冬場のこの季節だと観光客は川縁には出ず、城跡へロープウェイを使って登ってご当地スイーツを食すという定番コースを楽しむ。
流れの速い清流を眺めながら密着するように並んで座った。
顔を近づけると初めこそ照れた様子で顔を背ける文香であったが、前回の流れもあってか直ぐにこちらへ身を委ねて目を閉じて応じた。
文香のバイトの入りの時間までの1時間、「次は何処か遠出でもしようか」と語らいながら唇を合わせ、離れ側に決まって文香は僕の顔を照れた様子で眺めていたが、僕の方も改めて昼間にこうして会うと照れ臭くはあった。
そろそろ時間だと車に乗り、落ち合ったコンビニに向かいながらも信号にかかる度に向き合って笑い合った。
休日の観光スポットを出て抜ける際の車の量は思いのほか多く、タイムリミットを5分程回ったところで文香を送り届け、僕も再び夜番の揚げ場で一心不乱に天麩羅を揚げた。
一緒に色々な場所へ行きたい。
同じクラスだった皆の前で2人でこうしているときっと皆も驚くだろう。
気の抜けたような間延びした僕の日常も文香と一緒なら毎日を楽しみに生活にも覇気が出そうだ。
暇で仕方ない僕は、余り頻繁に連絡を入れぬようにと自制しながら文香からの返事を待ってはそれに対し予め考えておいた言葉でメールを返した。
しかしその川縁での一件以降、文香と2人で会うコトは無かった。
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