第3話
状況を整理する必要がある。
本当に、自分が過去に戻った……いわゆるタイムリープと呼ばれる現象が、おれの身に起きたのか。もしくは未来予知など、それとは異なる現象なのか。
葉桜との対戦後、一度目と同様にすぐ解散した。理由も同じで、葉桜がへそを曲げたためである。白昼夢と断じるには高校卒業後の日々は克明に過ぎたし、昨日の秋帆先輩や葉桜との会話も行動も流れも、偶然とは到底言えないほどにあまりに符号が一致している。
学校の昼休み、施錠されている屋上の手前の階段は、人気がないために考え事にはもってこいだった。高校一年生のときに偶然知って、それからたまに使っていた。二年生に上がってからは、つるむ相手もある程度できて使う機会がなかったのだが、覚えていてよかった。
もしかしたら、今このように考え事をしている自分は、怪獣に潰されてしまっているのかもしれない。死後の世界で、過去にそっくりな状況を再現させられているのかもしれない。
自分の身に起きたことに、こうも懐疑的であることには理由がある。
ロボと、怪獣。その二つだ。
最期に見たロボットと怪獣が戦う光景は、おれの中であまりにも荒唐無稽にすぎた。むしろあれだけは悪い夢で、秋帆先輩に貰ったお守りも無関係にタイムリープした、と言われたほうが納得できる。
なんにせよ、過去にいる状況も、それに至った状況も、そもそもここが本当に過去であるのか判断するにも情報が必要だった。高校のころ、いつ地震が起きたとか、台風が来たとかは正直覚えていない。しかし話を聞いたり、見たりすれば思い出せる気はした。
だが、バタフライエフェクトというものがある。蝶の羽ばたきによって、全く無関係の場所で竜巻が起こる、なんて話。
勿論、おれは単なる学生だし、この時期にやっていたことだって『ヴァーサス』くらい。しかしおれがタイムリープした影響が、多少なりとも存在する可能性は決してゼロではない。それは念頭に置くべきだろう。
購買で買ったあんぱんを片手に、そう結論付けてから新品のノートにメモをしていると、足音が聞こえた。
まさかこんな場所に人が来るとは思っていなかった。顔を上げると、少女と目が合った。
葉桜後輩であった。
「げ、せんぱい」
「げ、とはなんだ。げ、とは」
「すいません、つい」
他に誰か来たのなら場所を変えようかと思ったのだが、葉桜ならいいかとそのまま考察を続ける。
「せんぱいも、同じ高校だったんですね……あとここ、私の定位置なんですけど」
「そうか。おれも気にしないから葉桜も気にするな」
葉桜のことを無視してメモをし続ける。
すると、葉桜は隣に座って、もきゅもきゅと袋から取り出したメロンパンを食べだす。
何か返してくると思ったのだが、予想外の行動で拍子抜けしてしまう。無言でいるのも気まずくて、つい気になっていしまったことを投げかけてしまう。
「葉桜、ひょっとして、ひょっとしてなんだが、いつもここで食ってんのか?」
「そうですそうですよ悪いですか一緒に昼食を食べる友達がいないのがそんなに悪いですかせんぱいには関係ないじゃないですか」
「いや、別に悪くはないが……」
別に顔立ちも悪い方ではないのだし、何かしらの友人ができていそうだと思ていた。けれども、そうではないようだ。
彼女に友人がいないなんて初めて聞いたが、納得はある。おれに対してあれほどまでに攻撃的なのだ。逆に他の相手に落ち着いて振る舞う葉桜を想像すると、人間不信になりかける。
思えば、この後輩のことは気にかけてこなかった。なにせおれが見た未来というのが夢でなければ、十年後の本人から直接言われたのだ。お墨付きである。
学生の時期の視野狭窄加減は、今でも思い出したくない。
だが、せっかくの二度目の機会。
仮に、一度経験した記憶を『前回』としよう。ならば、『今回』はどうするべきか。
ちゃんと、葉桜と向き合う機会が降って湧いたと思えば、自分が何をすべきか腑に落ちた。
「関係は、あるんじゃないか。一応、おれの後輩だしな」
そう答えると、葉桜は信じられないものを見たような目で見てきた。
「せんぱい、私のこと嫌いですよね?」
「別にそんなことはないが……」
「嘘です。だって昨日はあんな風に……その、煽ってきたりしたじゃないですか」
「いや、そりゃゲームが盛り上がれば口調が荒くなることはあるし……それに、お前の口が悪いからでもあるだろ」
別段上品ぶるわけでもないが、葉桜の対戦中だけは、おれもやたらと口が悪くなってしまう。妙に馬が合うのだ。
それでもゲームの中とリアルでは分けて考えていると思ったが、驚いたような顔をする葉桜を見ると、そうではなかったらしい。
「そうですよね。わかってるんです。直さなきゃとは思ってるんです、思ってるんですけど……」
背中を丸めてぶつぶつとつぶやく葉桜。。それを見て、こいつは、こんな奴だったのかと思ってしまう。十一年後の大人になった葉桜とも、記憶の中の十一年前のこいつとも、異なっている姿。
「や、でも、ここで食べているということはせんぱいもご友人が少ないんですよね。お仲間ですね」
「勝手に同類認定すんな。今日はちょっと考え事したかっただけで飯食う相手ぐらいいるから」
「……お邪魔です?」
「いんや、全然」
「……あと、そういえば、なんですけど」
「なんだ?」
「せんぱいの名前ってなんでしたっけ」
「……もしかして、昨日言ってなかったか?」
「はい。アキさんからも聞いてませんでしたね」
「マジか」
「まあ、気付いたのは家に帰って、ご飯食べて、お風呂入って、勉強して、さあ寝ようってときにようやくだったんですけど」
「いくらなんでもおれに興味なさすぎだろ……」
これについては、完全におれの失態だ。自分が知っていて他人が知らないはずのことを、知っていると思ってしまう。早めに気づけて良かったと言えよう。
だが、だ。
おれは、秋帆先輩のことも、この後輩のことも、碌に知らなかった。
いまは知らなくていいと思い続けて、知る間もなく『放課後ゲーム部』は解散してしまったのだ。
「夏瀬れん、だ」
「れんせんぱいですね。了解です。忘れたらまた聞きます」
「いや忘れるなよ……」
「人の名前を覚えるのは苦手でして」
「……まあいいけど。おれもそういうの、よくあるし」
弱弱しげな姿を見せたのも一瞬のこと、葉桜はいつものような不遜な態度に戻った。調子が出てきたようで、よかったと思う。おれにとっての葉桜は、友人ができなくて悩んだりするようなやつでも、他人の顔色を伺うような奴でもなかったのだ。
あるいは、これは以前の俺が目を逸らしていたことなのかもしれない。そう思うと小さな罪悪感が湧く。
だから、今回は力になろう。ゲーム以外でも、面倒を見よう。贖罪とも、義務とも言い表せぬような決意だった。
「にしても、せんぱい面されるのもなんか不公平というか、癪ですね……せんぱいは私に頼み事とかお願い事とかないんですか」
「あー……そうだな。じゃあ、秋帆先輩と仲良くなれる手伝いをしてほしい、かな」
おれがタイムリープしたことに、あのボタンが関与しているとする。もしそうであるのなら、秋帆先輩がタイムリープに関与していると考えられる。
秋帆先輩が一体何者であるのか、知る必要がある。しかし、現状そこまで深い仲であるとはとうてい言えない。いま聞いても、流されて終わり、の可能性だってある。
だから、まず秋帆先輩と仲良くなるのが先決だろう――そう考えたのだが、俺の頭の中なんて知る由もない目の前の後輩は、それはそれは嫌そうに顔を歪めていた。
「せんぱい、死んでください」
「なんで?!」
少しだけ知ることができた、そう思えたはずの後輩は、結局分からずじまいだった。
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