第11話
敵が現れたというのに、時間のカウントは『10:00』で止まったまま。仮に何かの間違いでエネミー戦のモードが行われているにしても、おかしい。
そして、おれが対面するはずの敵は、異星人という異常そのもの。
『驚きましたか? せんぱい。これが、私が操るあなたの敵です』
葉桜の声が、何処からともなく聞こえてきた。仮想の視界の中、空中に浮かぶようにして、目の前の怪獣とは似つかぬ葉桜の姿が映し出される。
視界には、目の前の怪獣の名前は『ユキ』であると表示されている。
「流石に、驚くわ。『ヴァーサス』で勝負しろっつっといて、『アラクネー』どころか、アルターでさえねえなんて、思わねえよ」
『それは良かったです。準備した甲斐があったというものです』
彼女は満足したように鼻を鳴らした。『ヴァーサス』が元々は宇宙人によるものとはいえ、この盤上を覆すような行いは、横暴すぎではないだろうか。
『さて、ルールをおさらいしましょう。どちらかが倒されるまで戦う、一対一の勝負。私が負ければ、私は侵略を行いません』
以前聞いた通りの内容。しかし、ユキの言葉はそこで止まらない。
『でも、これではせんぱいにデメリットがなさすぎです。なので、今からルールを一つ追加していいですか』
「……それより、一つ聞いていいか?」
『ええ、構いませんよ。私にお答えできることなら何なりと』
「お前、葉桜だろ」
『――――』
俺の問いに、視界の中のユキ――いや、葉桜が硬直する。
その反応に、やっぱりか、と安堵した。
『いつ、気づきました?』
「直ぐに――なんて言えたら格好もつくんだろうけど、昨日だよ。昨日」
『どうして、分かったんですか?』
震える声で、問われる。
だからおれは言ってやるのだ。
「そりゃあ、お前みたいな性根のひん曲がった、底意地の悪い、へたくそな笑い方をするようなやつ、葉桜以外ありえないに決まってるだろ」
葉桜は、半笑いで肩を落とした。
『……そんなことで、バレちゃったんですか』
「まあ、お前のことを、ずっと見てたからな」
『前回』であったならば、きっと見落としていた。おれは、葉桜のことを何も知らなかったから。
『今回』だからこそ、彼女と関わる選択をしたからこそ、気付づいてしまった。
『それで、乙女の秘密を暴いたせんぱいはどうしたいんですか? 今更勝負を取りやめになんかできませんよ』
「……お前は、葉桜は、ユキと組んでるのか?」
『いえ、ユキちゃんに少し無理を言って、こうして時々せんぱいとの仲介をさせてもらっているだけです。せんぱいと戦うと提案したのも、今までのルールを決めたのも、全部ユキちゃんです』
「ユキちゃんて。仲、いいんだな」
『良好な関係が築けてる、といいんですけどね。私が生きながらえているのは、彼女のおかげですので』
異星人について語る葉桜。
薄々、そうではないかとは思っていた。既に葉桜の口から、過去に大病を患っていたことを聞かされている。そこからの回復と異星人を踏まえれば、おのずと導き出せた。
『私は四年前、彼女を身体に宿すことを条件に、病気を治してもらいました。私は私の意志で、彼女に体を貸してこの場に立っています』
身体を貸している動機は、理解できた。しかし、分からないことが一つある。
「なあ、葉桜、お前はどうしたいんだ?」
彼女がわざわざ仲介する必要性はない。ならそこに介在する葉桜の意志は、目論見は、一体何なのか。
『言わなきゃわからないですか、せんぱい』
問い返されて、言葉に詰まる。どう考えても分からないから聞いたのだ。
おれの考えを見透かしたように、悪戯っぽく笑う葉桜。こんな時まで、いつもの態度を崩さないでほしい。
『まったく、せっかく見直したと思ったら、やっぱりだめだめなせんぱいですねえ。それで、だめだめなせんぱいは、私のルール追加のお願いを聞いてくれますか?』
「……ああ、今まで散々迷惑かけてきたんだ。可愛い後輩の頼みくらい、いくらでも聞いてやるよ」
『じゃあせんぱい。私との戦いに、その命を賭けてください』
命を賭けろ、葉桜はそう言った。
彼女の表情に、いつもの冗談めかしたものはない。本気で、葉桜は言っている。
『もしせんぱいが勝てば、私からユキがいなくなるでしょう。そしたら、彼女によって生きながらえている私は、死ぬかもしれません。しかし大事な大事な後輩を気遣って負けた、なんて言い訳されたら不本意ですからね。だからせんぱいも、命を賭けてください』
論理的なようでいて、言っていることは滅茶苦茶だった。
目が合う。細められた目は、まるで救いを乞うようでいて。
『前回』の十年後に見た彼女の顔と重なった。
『せんぱいは、私と未来、どっちを取ってくれますか?』
その言葉に、一体どれほどの意味が込められているのだろうか。
おれは彼女の持つ熱を、思いを、見誤っていたのかもしれない。きっと葉桜にとっては遅すぎるくらいに、理解した。
こちらの返事も待たず、彼女は焦るようにまくしたてる。
『別に、本当にせんぱいに死んでほしいわけではないんです。いまだけの口約束でもいいんです。可愛い後輩の頼みを聞いてくれるんですよね? まさか前言撤回なんて、しませんよね?』
らしくもなく、縋るように葉桜は言った。
彼女の言葉に、心動かされる気持ちはあった。
しかしおれのやることは変わらない。
おれの返事は、決まっていた。
「いいよ。おれが受けて立ってやる」
『……せんぱいは、ばかですね。そんなせんぱいが、私は、大嫌いです……あとは、ユキちゃんに任せますね』
葉桜のぐしゃぐしゃに歪んだ表情も、さっぱりとなかったように真白に戻る。
『私としても想定外のことはありましたが、始めましょう。私たちの戦いを』
◆
『では、始めましょう』
ユキの宣言と共に葉桜の姿は消えてなくなる。視界にあるのは怪獣と、『09:59』と変化した制限時間。せめてスリーカウントは入れてくれと、ないものねだりをしてしまう。
怪獣は軽く仰け反る。息を吸いこむような動作。
次の瞬間、怪獣の口から炎を吐き出される。
そのモーションは、知っていた。予定通りに盾で受け止める。
じりじりと熱で焼かれている感覚。心なしか、いつもより熱い。
火炎攻撃中は、エネミーはその場から動くことはできない。左腕で庇いながら迫る。右腕で腹部を殴るが、逆に殴った腕がびりびりと痺れる。
「お前はどうしておれと戦う?」
『人類への、期待故に』
「なら、期待に応えられるように頑張らないと……な!」
『ウォリアー』の肩から体当たりをする。怪獣の、『ユキ』の片足がわずかに浮く。巨体がわずかに傾く。
殴る。殴る。殴る。仮想の戦いでも、脳内のアドレナリンは分泌される。フィードバックによる反動も構わず殴りつける。
遂に、その巨体は地面に伏した。
追撃する前に、嫌な予感がして後ろへと下がる。
ばさりと音がした。
闇を蝕む、白く輝く翼。
怪獣の巨体には、先ほどまでにはなかったそれが生えていた。
ごう、と強風を吹き荒らし、『ユキ』は空に飛ぶ。いくら大きな翼とはいえ、あの質量を上がらせることは叶うまい。物理法則を無視した光景だった。
『そんな小細工じゃ、私は倒せませんよ』
「だろうな。むしろこれで終わったら興ざめだ」
強風に耐えながら、おれは『ユキ』から目を逸らさない。
「ユキ、おれはお前が悪い宇宙人とは、思えないんだよ」
『ではあなたにとって、私は何ですか?』
「……」
答えを返さずにいれば、『ユキ』は急降下してくる。速い。巨大な質量をまともに受け止めればひとたまりもない。即座に避ける。
『ユキ』の落下によって砕けた街が『ウォリアー』を襲う。ビルの破片が激突する衝撃。
庇った左の盾が砕け散る。構うことはない。もう一度飛び立たれるより先に、片翼へと手を伸ばし、掴んだ。『ユキ』の浮上と同時に、翼を握りしめたまま腕を振り下ろす――引き千切る!
片翼を失ったユキは、どういう原理かふらふらと空中を不安定に漂い、そして再び地面に舞い戻った。
「お前にとって、葉桜はなんだ?!」
『――私にとってえいりは、友人です』
『ユキ』と睨みあいながら問えば、即答される。
「それを聞いて、安心した」
『嘘をついているかもしれませんよ』
「まあ、そうなのかもな」
『えいりの命がかかっているかもしれないのに、ずいぶんと適当ですね』
「その時は、おれも死ぬさ。それでいいだろ?」
『ユキ』は炎を吐いてくる。左足が軋んで避けられない。直撃する。
装甲がいくらか歪んで脆くなっているためか、さっきよりも熱い気がする。いや、気のせいにしては熱すぎる。
「もしかして、何か設定変えてるか!?」
『流石『ヴァーサス』馬鹿ですね。お察しの通り感覚のフィードバックのフィルターを排除しました』
「お前もしかして葉桜と同じくらいタチ悪いな?!」
『ユキ』はその場で回転して、尻尾での攻撃をしてくる。遠心力も加わって、並大抵の威力ではあるまい。加速がつくよりも先に、尾の根元を腕で挟み、受け止める。
『タチが悪いのはあなたでしょう。いたいけな後輩を一人たぶらかしてからに』
「べつにたぶらかしてなんてねえよ! ……ないよな?」
『ええ、えいりが単純にちょろいだけです。でも、あなたは彼女の好意を知っていたでしょう?』
その通りだった。おれは知っていた。それこそ、十年後のあの日から。
きっといまのおれにも関係ないと目を背けて、何かと手伝ってくれる葉桜に甘えていた。
おれが『今回』の彼女を気にかけたのも、結局は罪悪感。もしかしたら、関わらない方がよかったのかもしれない。そんな弱音を吐いたら葉桜に怒られるだろうけど。
「おれは、おれがやりたいようにやってるだけだ」
『ええ、そうですね。そんなあなたを、えいりは――ちょっとえいり、邪魔しないでください。いま話してる最中なのです』
「おらぁ! 隙ありィ!」
『ちょっ、卑怯ですよせんぱい!』
「こちとらお前のせいで命がかかってるんだ! 卑怯も何もあるか!」
『せっかく見直したのにやっぱりこれですか! だいたいせんぱいはですね! アキさんばっかり見てないでもう少し身近な所にも目を向けるべきだと思うんですよ!』
もはやグダグダだった。攻撃ならぬ口撃に次ぐ口撃。鬱憤をぶつけるように殴り、蹴り、火を放ち、盾を打ち付け合う。
仮想の体が悲鳴を上げている。両腕の盾はもうない。装甲に無事な所など数えるほどにしかない。
戦いの終わりは、近い。
『ユキ』の表皮は硬いが、絶対的な防御という訳ではない。今までの応酬で、いくらか傷はついている。だが単に殴る蹴るだけでは、到底倒せる筈もない。
決め手になるのは、至近距離での必殺技。
火炎を放とうと仰け反る『ユキ』。こちらも満身創痍。悠長に受けて様子を見ていられる状態ではない。放たれるよりも先に距離を詰める――だが、待ち構えてたと言わんばかりに彼女も距離を詰めてきた。距離感が狂う。想定よりも近すぎる距離。
『ユキ』は、『ウォリアー』の腰部を、抱きしめるように両腕で抱えた。
『やっと捕まえました、せんぱい』
彼女の口から炎は吐かれることはなかった。ブラフだった。
身体が浮き上がる感覚。『ユキ』と共に、『ウォリアー』が地面から離れる。
『ユキ』の背中にあるのは片翼だけだというのに、羽ばたきもなく宙を浮かんでいる。その翼は飾りかよ、なんて軽口を叩いてやる間もなく上へと向かう。
雲を越える。空を越える。重力に逆らって昇っていく。
闇の中へと身投げするように、上がって、上がって、上がり続けて。
移り変わっていた景色は、闇に辿り着いたときに、止まった。
見上げた先の星々の光は、架空のものとわかっていても、息を飲むほど綺麗だった。
もしかしたら、三人で一緒に星を見れなかったことへの、葉桜からの意趣返しなのだろうか。あながち、間違ってもいない気がした。
足下には、青い星。先ほどまでいた街の光なんてとうに区別できない。『ユキ』に手を離されてしまえば、きっとゲームオーバー間違いなし。
『これで、詰みです』
「――ああ、おれの負けだ。そんで、お前の負けでもある」
がら空きの腹に手のひらを当てた。
それだけで脅しには事足りる。
『……腕を直線に伸ばさなければ、パイルバンカーは放てないのでは?』
「直角にしたとき、使えるように変えたんだ。試してみるか? 何なら確認してもらってもいいぞ? ゲーム自体弄れるなら、見ることだってできるんだろ?」
『ええできます。そこまで言うなら、仰る通りに解析しま……し……なんですか、それ? あなたはばかなんですか? ばかなんですねあなたは?』
「馬鹿とはひどいな。まあ、否定はできないんだが」
ユキの罵倒に、おれは勝者の余裕とばかりに笑って返す。
『ええ、ばかです。大ばかです。パイルバンカーなんてブラフじゃないですか。道理で普段よりも装甲が脆かったわけです。まさか、自分のアルターのリソースをギリギリまで削って……自爆機能をつけるだなんて、愚かにもほどがあります』
「愚かで結構だ。この至近距離ならお前も道ずれにできる。エネミー相手は試してないが、アルター戦で引き分けにできるのは確認済みだからな」
かくして、勝負は決した。勝利でも敗北でもない終わり。
おれが着地点と定めていた、戦いの結末。
彼女がその手を離すこともなく、おれも自爆装置は起動せず、闇の中で言葉を交わす。
「……なあ、お前は、おれの勝利条件は葉桜を取り戻すことだって言ったな?」
『ええ、そうでしょう?』
「違う」
『――なら、教えてもらってもいいですか?』
断言すれば、ユキは食いついてくる。
だから、求められるままに俺は言ってやる。
「おれの勝利条件は、『放課後ゲーム部』の全員で集まって、もう一度、青春をすることだ……その中にはきっと、葉桜も、ユキも、どっちも含まれてるんだよ」
つまりは、おれが望んだのは、そういうことだった。
青春をやり直したい。タイムリープするより前から、願ってやまなかったこと。
いまとなっては、『前回』で明かされなかった裏事情も知って、かつて思い描いていた青春は跡形もない。
それでも、おれは望むのだ。
『あなたは、私たちと共存の道を選ぶと?』
「共存とか、単なる一般人のおれが知るか。おれはただ、可愛い後輩を放っておけないだけだ」
『……そう、ですか』
無言になった彼女と共に、闇の中を浮かび続ける。
そして、視界の数字が『00:00』となる。『TIME UP』と時間切れが示される。
悪い怪獣は倒されず、しかし相対するおれは、『ウォリアー』は膝を屈していない。
この戦いに勝者はおらず、敗者もまたいない。
ユキの行動言動から、この戦いの勝利条件は、勝ち負けの先にあるのだと思った。
彼女は敵を倒したら勝利であると言った。そしてこのエネミー戦のモードでは時間制限があるため、実質的な引き分けは容易い。疑念は確信へと変わっていた。
ユキの目論見は理解できていた。後は、行動によって納得してもらうだけだった。
だから、他ならぬ彼女自身に判定をしてもらう。
「この答えで、正解か?」
『――ええ、十分すぎるくらいです』
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