エピローグ
『前回』と比べれば、怒涛とも言える夏が終わった。
あの面倒な後輩……もとい後輩たちとの勝負から一週間が経つ。
おれが無事、ユキの求めることを達成して、異星人とのことは丸く収まり一件落着――とは、ならなかった。
ユキによれば地球に来ている異星人は複数存在し、その間でも地球人への対処の方針は分かれ、穏健派と強硬派に分かれている。
そして葉桜に寄生しているユキは、前者である穏健派の一人であるそうだ。
今回の一件で、穏健派は人類との協調路線をより検討することにしたらしい。けれども、依然として強硬派は変わらず、事前に決められた通りの戦いを要求している。
穏健派が人類に協力すれば、すぐにでも『アルター』は現実で開発され、強硬派との戦いとなる。そこは穏健派も望むところではなく、人類への干渉はせずに静観したまま。
後輩が一人増えたこと以外には、おれの日常には未だ変化という変化もなかった。
昼休み。学校の、屋上へ繋がる扉の前。階段の段差に腰かけていれば、葉桜がやってくる。久しぶりに見る彼女は、どこかやつれている気がした。
「せんぱい、お元気そうですね。なんか腹立ちます」
「一週間ぶりだってのに、相変わらず理不尽だな」
葉桜は不機嫌そうな顔をして、指定席だというように無言で俺の隣へと座り、菓子パンを小さい口で勢いよくほおばる。
『ヴァーサス』での戦いが終わり、秋帆先輩に事の顛末を伝えてから、葉桜は病院に連れていかれた。ユキの干渉によって、異常はないか調べるためだ。
半ば強引だったために、ユキが暴れかけたらしいが、葉桜が宥めることでその場を治めたらしい。
パンを食べ終えた葉桜が、それで、とジト目で目を向ける。
「結局私は、せんぱいとユキちゃんの思惑に気づかず勝手に盛り上がって、勝手に余計なことして……特に何もなかったと。私の独り相撲だったと、そういうことですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「……今からでも殴って記憶消せませんかね?」
「無理じゃないかな」
「いや、行けそうな気がしてきました。試しに殴ってください、私を、ガツンと」
「おれが殴るのかよ。つーかちょっと落ち着け」
自棄になって頭を抱える葉桜をなだめる。顔を赤らめて唸る後輩に、可愛いところもあるなと思ってしまう。思ってしまった。
つまるところ、葉桜は自分を目を向けて欲しかったのだろう。それこそ、己の不安定極まりない立ち場を利用してでも。
検査によって、葉桜の危惧するような、ユキの離脱による影響はないとわかった。戦い自体も葉桜の予期しない方へと転がった。盛大な空回りだったのである。記憶だって消したくもなるのはわかる。
しかし、葉桜自身は無意味だと思っているようだが、彼女の行動は決して何の影響もないわけではなかった。少なくとも、おれに対しては。
流石にあれだけ言われてしまえば、鈍いおれだって理解する。
葉桜は、おれのことを好きなのだと。
それに、あんな風に他者に乞われて、求められて、凡人であるおれが悪い気がするわけがなかった。
おかげで今では葉桜の一挙一動を意識する羽目になってしまっている。だが恋愛対象として見ているわけでは、断じてない。ないったらない。
おれには秋帆先輩という想い人がいるのだから……! と、顔を上げると、階段を上がって来ていた当人と目が合った。
「夏瀬くん、えいちゃん、おはよ!」
「おはようっていうか、もうこんにちはですけど……なんでいるんですか?」
葉桜が怪訝な顔で、おれの気持ちを一字一句代弁してくれた。
「来年から私、この学校に通うことになったから、今日はその手続きに来たんだ」
「アキさん、何歳なんですか?」
「細かいことは置いといて……夏瀬くんと同じ学年に入るから、私。クラスも同じ予定だから」
「ちょっ、ちょっと待ってください、秋帆先輩。どういうことですか?」
「まあ、ほら、ひと段落したし、夏瀬くんは重要人物だし、国家権力に頼ってちょちょいのちょいっていうか、ね?」
「ね、ではないですけど……ええ……」
寝耳に水極まりない。慌てて尋ねるおれに、秋帆先輩はにこりと笑顔を返してくれる。
「だから、それまでには秋帆先輩じゃなくて、みらいって呼べるようになっておいてね?」
彼女の笑顔に、胸を鷲掴みにされてしまう。酒もないのにくらりとくる。
しかし葉桜は、おれを独占するように腕を抱いてきた。甘ったるくていいにおいがする。意識が別方向へと動かされる。
「言っておきますが、学校で変なことしようとしたらユキちゃんが許しませんからね。どこで何をしていても見えるんですから……どこでもではありません、えいりから半径三百メートルに限られています。つまり、学校の敷地内なら見聞きできますね」
葉桜が話している途中で、ユキと変わった。しかし腕は抱かれたままである。
葉桜とは表情が打って変わって、笑顔をむけてくるユキ。しかし色のないはずの笑顔には、心なしか圧迫感が付随している。
「……それで、タイムマシンを使ったこととかも知っていたのか」
「いえ、えいりには言ってませんでしたが、あなたがたがタイムトラベラーということは出会った当初から知ってましたよ」
納得したら、即座に梯子を外された。
「タイムトラベラーである人類の意識には、他の人類と異なり私たちにごく近い特有の波長を感じます。おそらく、未来で時間遡行器具を製造する過程で、私たちの協力があったのでしょうね」
その言葉は、きっとおれではなく、秋帆先輩へと向けられていた。
敵対者としていた異星人、その力を借りて、彼女は過去であるこの場に立っているというのだ。
「そう、なんだ」
俯いたまま、感慨深そうに秋帆先輩は呟く。彼女がその事実を、どう受け止めるのかはわからない。折り合いが果たしてつけられるのかは、彼女次第だ。
おれは、うまくやっていけたらいいと思う。
ユキだって、『放課後ゲーム部』の後輩なのだから。
「そういえば、タイムトラベルは異星人的にアリなのか? ズルとか思わないのか?」
「ええ、ゲームにコンティニューはつきものですから」
「人類の存亡をかけたゲームなんてたまったもんじゃないが……」
葉桜から悪い影響でも受けているのか、タチの悪い冗談だった。呆れているおれに、今度はユキが聞いてくる。
「あなたこそ、良かったのですか?」
「良かったって……なにがさ」
「もし私があの戦いで負けたのならば、宣言通りに、少なくとも私という個体は侵略を取りやめたでしょう。しかし勝敗はつかず、依然として私はあなたがたの潜在的な敵なのです。あの時、やっておけばと、倒しておけばと後悔はしませんか?」
射抜くように、ユキは目を合わせてくる。
葉桜の中に、ユキはまだ残っている。ユキは出て行くことも検討したそうだが、葉桜が引き止めたのだという。
葉桜の決断におれの発言が多少なりとも関与しているだろう。その自覚は、流石にあった。
目の前の彼女には、きっと誤魔化しも嘘も通用しない。矮小な自分がそれに応えるには荷が重い、なんてかつての自分なら思ったのかもしれない。
恥も虚飾もかなぐり捨てて、おれは彼女に向き合う。
「まあ、するだろうな。おれはただの凡人だから。後悔なんていくらだってするさ」
「なら……」
「でもな、言ったろ、おれはユキもいる青春が欲しいって。だから、おれは、ユキがここにいてくれると嬉しい。いま大事なのは、それだけだ」
「――はい、わかりました。まったく、仕方のないせんぱいさんですね」
満面の笑みを浮かべるユキ。葉桜ならしないであろう表情に、二重の意味でどきりとしてしまう。
「あ、それとせんぱいさん」
ユキは何か思いついた表示になって、急におれの耳元に近づき、囁いてくる。
「私たちの星では、多夫多妻制ですよ」
「…………そっすか」
この新しい後輩は、一体おれにどうさせたいというのだろうか。そもそも、異星人にも性別はあるのか。
ため息を一つ、ついた。
これからおれは、そして『放課後ゲーム部』の皆はどうなるのかという、未来を想った贅沢すぎる悩みによって。
かつて戻りたいと思ってやまなかった青春の日々とは、ずいぶんと異なる景色。
これからだって後悔することはいくらでもあるだろう。振り返って、あの時ああしておけばと思う日々がやがて来るのだろう。
それでもいま、おれの前に葉桜と秋帆先輩がいて。そしてユキがいて。
少なくともこの瞬間は、この青春に後悔はないと。
そう、思うのだ。
振り返ればあの時ヤれたかも 大宮コウ @hane007
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