第5話
おれと葉桜の夏休み開始に合わせて、丁度よくゲームのアップデートがあった。『ヴァーサス』には時折思い出したように追加要素が出されるのだ。
『ヴァーサス』は、アルター同士の一対一のシングルモード。複数人でチームに分かれて行うバトルロイヤルモードが主だった。
しかし今回の追加要素は、従来とは趣が異なる。ノンプレイヤーキャラクター、すなわちNPCと戦闘する、エネミー戦のモードが新たに出たのだ。
おれはこのモードについての知識は殆どなかった。おれがやっていたのは基本はシングルモードか『放課後ゲーム部』三人でのチーム戦。しかしこの新しいモードは二人まで。『放課後ゲーム部』は三人。ひとり余ってしまうし、そもそも葉桜がやろうとしなかった。なので導入したての最初に秋帆先輩と数度やったきりだった。
「というわけで、やろう! 夏瀬くん! 協力して敵をボコボコにしよう!」
『前回』と同様に葉桜に振られた秋穂先輩が、おれを勧誘してくる。
あの夏祭りが終わって、今日で一週間。秋帆先輩とはその間二度会ったが、俺への態度はいつも通りだった。『前回』と比べても、何も変わらなかった。
「やりましょう。すぐで大丈夫ですか?」
「うん! もうそれ用にアルターを調整してるから!」
しかし、返ってきた言葉には驚きがあった。おれの記憶が正しければ『前回』の秋帆先輩は、普段使いのアルターをそのまま用いていたはずだった。
理由は、『エネミー戦』が実装されてすぐか、一週間置いたかの違いか。
「やる気満々ですね……おれはしてないけど、いいです?」
「もっちろん!」
まあ、そんなこともあるかと、いつも通りゲームセンターへと入り『ヴァーサス』を始める。
秋帆先輩のアカウントから送られた、エネミー戦へ招待するウィンドウが表示される。承認する。
『ウォリアー』のバイザー越しの視界が移り変わる。
山に囲われた、一面何もない鈍色の大地。傾いたオレンジの太陽が眩しい。フィールド名『荒野(夕方)』だった。遮蔽物がない、プレイヤーの純粋な力量が問われるフィールドだ。
そして隣を見れば、純白の騎士――秋帆先輩のアルターがいた。
『どう? かっこいい?』
先輩のアルターである『ヴァルキリー』はヒト型で、おれと同様にアルターと神経を接続し、自分の身体のように動かすリンカーであった。
通常時は、二つの槍を操る騎士のような形状のアルターだ。だが今回の『ヴァルキリー』には、一本の槍しかその手にはない。代わりに体を覆う装甲が増えている。
アルターのカスタマイズには、使用可能な容量が限られている。エネミー戦のモードは複数の敵と連戦する形式だから、防御面に割り振った理由はそのためではないかと分析する。
「ええ、その『ヴァルキリー』とも一度、戦ってみたいですね」
「いいよ! じゃあこれが終わったらやろうね!」
会話もそこそこに、おれと先輩の正面の空間に、黒い亀裂が走る。同時に視界の隅に現れる、10:00の表記。
エネミー戦では、プレイヤー同士のモードとは異なり、10分の制限時間がある。その間に倒しきれば勝利するのだ。
亀裂から現れた最初の敵は、アルターと同じくらいの砂の巨人。視界には親切に『ゴーレム』と、相手の名称が表示された。
『ゴーレム』は腕を振り上げる。おれと秋帆先輩は、二手に分かれるように避ける。おれたちのいた場所に、伸ばされた『ゴーレム』の腕が打ち付けられる。
『夏瀬くん、じゃあいつも通りいくよ!』
「はい!」
普段のチーム戦では、『ウォリアー』が前に出て敵を引きつけ、『ヴァルキリー』と『アラクネー』の攻撃で敵を仕留めるのが定石だった。
伸びる腕の攻撃を盾で受け止めながら、間合いを詰める。近距離戦の間合い。盾で横から打ち付けるが、手ごたえがない。
『やああっ!』
横合いから現れる『ヴァルキリー』。先端が鋭利な槍が、『ゴーレム』の胸を貫いた。
しかし、『ヴァルキリー』はすぐにその場から飛びのく。おれも追従して下がる。反撃はなかったが、『ゴーレム』に出来たはずの穴が修復されていく。
『どうしよっか、これ』
エネミーの残りの体力なんて表示されないから、攻撃が効いているかもわからない。しかしおれは、確信をもって指示を出す。
「じゃあ、もう一回同じのをお願いします」
『効いてないかもしれないけど?』
「そのときはそのときで。あと、突いたらすぐに退いてください」
同じように、おれが近づいてエネミーの攻撃を引き受ける。胴体を『ヴァルキリー』の槍が貫く。『ヴァルキリー』が飛びのく。
修復前の、穴が開いた状態。ここだと、盾を横薙ぎに振るう。
『ゴーレム』が上側と下側で分かれて崩れていく。足もとに砂がまき散らされる。しかし逆再生のように散らばった砂が――ある一点を中心として集まっていく。
修復しきる前に、『ヴァルキリー』がその一点を踏み潰す。何かが砕けたような高い音が響く。
『ゴーレム』は核を中心とし、無限に再生するエネミー。弱点が分かってしまえば、倒すのは容易い部類だ。
『よく分かったね。ひょっとして、夏瀬くん、もうやってた?』
「いや……やってないですよ」
『今回』は、であるが。カンニングを咎められたようでばつが悪い。
エネミー戦のモードは、敵が毎回ランダムが選ばれる。『前回』のおれと秋帆先輩は最終的に三体目までクリアできた。だから、攻略法もある程度は把握してしまっていた。
二分が経過し、新たなエネミーが現れる。
二体目は浮遊する巨大なクラゲ『ジェリクス』。倒すと分裂するギミックだが、二人とも近接装備しかないために時間いっぱい使ってようやく倒せた。
三体目は鋭い牙とツメの生えた、禍々しい悪魔のようなエネミー『デーモン』。飛翔して、肉弾戦を仕掛けてくるエネミーだった。
三連戦で、『ウォリアー』は両腕の盾を、『ヴァルキリー』は装甲の一部を失っている。
『このまま、最後まで行けそうだね!』
それでも、秋帆先輩の闘志はゆるぎない。おれも、今だけはタイムリープや一切合切の問題を忘れて、未踏破の四戦目に昂ぶってしまう。
空間が割れる。これまでより、一回り大きい闇。
現れたのは――アルターより一回り背の高い、黒い巨人。右手に長剣、左手に盾を持つエネミー『グラディエーター』。
初めて見るエネミーだ。しかし妙なギミックがなさそうなぶん、かえって戦いやすい。このようなフォームのアルターとなら、いくらでも戦ったことがあった。
グラディエーターは盾を正面に、突撃してくる。速い。『ヴァルキリー』の正面に立ちふさがり、受け止める。まるで車に轢かれたような、強い衝撃が襲う。疑似的なものとはいえ、一瞬意識が飛びかけた。
秋帆先輩は、すかさずおれの後ろから槍を突き出す。しかし『グラディエーター』は刺突を剣で器用に弾き返す。
盾を『ウォリアー』に密着させたまま、強く振りぬかれる。足が浮き、背後の『ヴァルキリー』ごと巻き込んで後ろに飛ばされてしまう。
『グラディエーター』からの追撃はない。最初と同様に、武器を構え直している。隙のない構えだ。おまけに時間制限だってある。中に人がいないから、挑発だって効きやしない。
『夏瀬くん』
「はい」
『私が槍を抑える。夏瀬くんはいつものとっておき、使っちゃって』
秋帆先輩は言うや否や、一本槍を振り回して突撃する。相手に息もつかせぬはずの攻撃を、『グラディエーター』は盾と剣で捌き続ける。まるで舞踏のようだった。
おれは右側から近づく。右腕を伸ばす。それを『グラディエーター』は当然のように盾で受け止める。
すかさず、パイルバンカーを放つ。右腕がはじける。しかし驚異的な硬度というべきか、『グラディエーター』の盾は杭が刺さった状態で、手元を遠く離れていくだけにとどまってしまう。
仰け反る『グラディエーター』を、『ヴァルキリー』が襲う。
突き出された槍は――しかし、届かなかった。
崩れた体勢のまま、槍の半ばを掴んで止める『グラディエーター』。『ヴァルキリー』は槍ごと体を引き寄せられ、腹の部分に蹴りを直撃させられてしまう。
再度立ち上がろうとする『ヴァルキリー』を、奪われた槍によって貫かれる。
貫かれた場所は、『ヴァルキリー』の搭乗部。
槍が引き抜かれる。膝を屈する『ヴァルキリー』。それをおれは、何もすることなく、倒れ伏すまで見てしまっていた。
既視感が、目の前の光景重なる。
フラッシュバックが遅れてやってくる。
タイムリープする直前の、十年後の記憶が呼び起こされる。
怪獣、それに相対していた機械の巨人。腹に光線を食らって倒れ伏す、鉄屑になり果てたもの。
おれの目に映ったその輪郭は、崩れ落ちる先輩のアルター――『ヴァルキリー』と同一のものだった。
◆
あのあと、おれは何も抵抗できずに『グラディエーター』に敗北した。
惜しかった、でも次は行けるはず。そう息巻く秋帆先輩に対し、おれは早めに帰ると告げて、ゲームセンターから出た。
そして、近くにある公園に逃げ込んだ。
改めて、公園のベンチからの景色を見回す。子供が遊んでいる。それを見守る保護者。木やビルが倒壊していることはなく、平穏そのものの風景。
「あれは、見間違いなんかじゃないよな……」
先程見た光景を思い返す。
おれの見間違い、勘違いでなければ、タイムリープの直前の巨人と怪獣の戦いは、紛れもなく事実ということになる。
タイムリープの原因――秋帆先輩から受け取ったお守りも踏まえると、秋帆先輩とタイムリープに何らかの関連性があることは、疑いようがなくなる。
一番肝心なことは、あの怪獣と戦っていたのは、秋帆先輩だったかもしれないことだ。
おれは、果たしてどうするべきなのか。杞憂というには、あまりにも見過ごすことのできない符号の一致。
事ここにきて、冷静でいられるわけがない。碌に回らない頭で考えていると――首元に冷たい何かが押し当てられた。
「うわっ」
驚いて声を挙げる。ばっと振り返ると、そこには……なぜか、葉桜がいた。
「は、葉桜か。驚かすなよ」
「隙だらけだったので、つい。はい、どうぞ」
渡されたのは、微糖の缶コーヒー。以前『放課後ゲーム部』の三人でここに遊ぶために来た時、おれが飲んでいたが、まさか覚えていたのだろうか。いや、きっと偶々だろう。
「……せっかくの夏休みなのに、こんなところで何を一人でたそがれているんですか」
「別にいいだろ、そんな日があっても。というか葉桜こそ、何でここにいるんだ?」
「あ、私がここに来たのは偶然、偶然ですよ。せんぱいが帰っちゃったって聞いて、私もちょっと今日はゲームする気分じゃなかったので早めに切り上げて、なんとなく公園を覗いたら、せんぱいがいるのを偶然見かけてしまって、無視するわけにもいかないなーって話しかけただけですからね」
「……そうかい」
プルタブを開けて、コーヒーを口に流し込む。茹っていた頭に、冷たい苦みが染み渡る。
「で、何を悩んでるんですか? アキさんのことですか?」
「――――ゲホッ、ゲホッ……なんでそう思ったか、聞いても?」
葉桜は躊躇なく確信を突いてくる。むせながら問えば、葉桜は呆れたとばかりにため息をつく。
「いや、せんぱいが悩むことなんて『ヴァーサス』のことかアキさんのことくらいじゃないですか。私としてはもうちょっとくらい将来のこととか考えることをおすすめします」
「余計なお世話……でも、ないか」
「せんぱいが頼んできたんですからね。アキさんと仲良くしたいって。交換条件です。何も気にすることではありません」
「……葉桜、友達、できたんだっけか?」
「いえ、まだ一人も」
「そうか……悪いな」
「いいんですよ、元から期待してませんでしたし……それにまあ、私にはせんぱいとアキさんがいますから」
「……それ、フォローなのか?」
「さて、どうでしょう」
葉桜は腕を組んで、口を尖らせる。
「だいたい、せんぱいだけじゃなくて、アキさんもおかしいんですから」
「秋帆先輩が……?」
「ええ、そうです。もしかして気付いてないんですか?」
「……何も」
変化というのなら、未来で見たはずのアルターを使ったことくらい。おれから見て、先輩の表面上からは何も違いは感じられなかった。
葉桜の小さな口から、深海から引き揚げてきたような深いため息が出る。
「いえまあ、お二方の間で何があったかとかは、どうでもいいんですけど。でも私をのけ者にして色々されるのは、いかがなものかと思ってしまうと言いますか……」
タイムリープ前の十年後でも、こいつはそんなことを言っていたな、と苦笑してしまう。そういえば、こいつは案外寂しがりやなのだ。
葉桜のおかげで、肩の力が抜けた。このままおれ一人で悩み続けても、時間を浪費するだけで埒が明くまい。だったら、この後輩の助けを借りるのも、悪くはないのではないかと思える。
「そうだな。うん、じゃあ、相談してもいいか?」
「どうしてもと頼むのなら、やぶさかでもないです」
「どうしても、だ」
「せんぱいにそこまで頼まれてしまえば、優しい後輩は手を貸すしかないですね」
随分と、頼りになる後輩だと思う。皮肉ではなく、本当に。
「じゃあ……ちょっとどう言えばいいかわからないから、ちょっと自分の中で整理するまで待ってくれ」
「ええ、待ちますよ、いつまででも」
どうにも恰好がつかないが、葉桜相手には今更というものだ。葉桜も気にせずに、そっけなく返してくれてる。
そして数分、ある程度現状をまとめた。
「秋帆先輩には、隠し事がある」
「ええ、まあ、隠し事くらい誰にだってあるでしょう」
「その隠し事が、おれの未来に深くかかわっている……かもしれない」
「気のせいじゃないですか?」
「気のせいかもしれない。けど、それを確かめるためには、知る必要がある。けど、たぶん秋帆先輩は、答えてくれない。この前聞いたけど、やんわり誤魔化された。おれは改めて、それを聞きたい」
「はい」
「しかしおれが、果たして聞いていいものなんだろうか……?」
「はい?」
「いやすまん忘れてくれ。あと三分……いや、五分待ってくれ」
葉桜に突然タイムリープなんて荒唐無稽な話をしても、きっと信用されないだろう。そのためひどく曖昧な物言いになってしまった。
そもそもの話、だ。
秋帆先輩にタイムリープについて打ち明けたとしよう。なら、その後は?
おれは、何の因果かタイムリープした。だが、それを除けば単なる一般人でしかない。知っていることといえば、十年後にロボットが怪獣と戦い、そして負けたこと。それだけの情報なら、言うだけ言えばいい。
それ以上に関わりたいとおれが思うのは、単なる自己満足でしかないのだ。
ああでもないこうでもないと唸っていれば、葉桜は目を細めて、右手の人差し指をぴん、と立てる。
「解決策が、一つあります」
「な……ほ、本当か……?」
おれの不出来な説明で思いつくとは、にわかには信じがたい。一縷の望みにかけて、葉桜に問う。
「まず、今のせんぱいは、だめです。だめだめです」
「だめだめ」
「はい。ここでそのだめな理由を今から順に挙げていっても、きっと身にならないでしょう。そしてせんぱいはだめせんぱいのまま、その生を終えるのです」
実際、『前回』のおれは順調にダメ人間の道を歩んでいたので、否定しきれないのが厳しい。
「しかしそんなだめなせんぱいを、優しい後輩は見捨てません」
「……それで?」
見慣れた仏頂面のまま、葉桜は告げる。
「私と、デートをしましょう」
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