第28話 積もる時間
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タイトル 「私が続きを書かなければ、あなたは生きてくれますか」
本文
羽瀬川さん
佐井です。久しぶり。メールが届いてよかった。
できたら最後までメールを読んでください。
別送の添付ファイルは、表に出していない原稿です。
読んだのは羽瀬川さんが最初。
そして最後になると思います。
なんでそういうのを送ったのか。
もしかしたら、疑問に思うかもしれない。
あれは羽瀬川さんに読んでほしかったから。羽瀬川さんに読んでほしいために書いて送った。完全に個人的な作品。
内容には、あえて触れない。
なんで送ったのか。
僕は羽瀬川さんに生きていてほしかった。それだけはわかってほしい。
今でもそう思っている。
「私が続きを書かなければ、あなたは生きてくれますか」は、僕の言葉でもある。
僕が作家デビューするきっかけになったイベント、一緒に行った二回目の文コミ、覚えてる?
あのとき僕は「僕が続きを書かなければ、羽瀬川さんはそばにいてくれる?」って聞いた。
「ごめん、できない」って言われたね。
呆然としてた。どうしてって思った。でも当然か。
侮辱していたも当然だから。あのとき傷つけて、本当にごめん。
謝るの、今更すぎるけどね。
ツイッター、たまに見てる。最近の羽瀬川さんを心配に思う。
中学のとき、マンションの34階。本気だったよね。あのとき止めて、本当によかったのか、正直悩むんだ。
止めたのは、僕のエゴじゃないかって。
僕は生きていてほしかった。羽瀬川さんに。本の話がしたかった。それ以上に、羽瀬川さんといることが楽しくて。たぶん、あのときから、好きだったんだ。
同じ高校や大学に行けるように志望校を聞いたり、本の話、できるように忙しくてもちょっとずつ読んでいったり。そういうことをした。
本の話を楽しそうにする羽瀬川さん、すごく幸せそうに笑うんだよ。知らないでしょう。
だから、いま、本のことで苦しんでいるなら、僕はそれがつらい。
好きなものを好きじゃなくなって、きらいになるって、ほんとうにつらいと思うから。
だから、また、羽瀬川さんに聞きたい事がある。
僕が作家でいることをやめたら、あなたの苦しみは晴れますか。生きていたいと思ってくれますか。僕がそばにいることを、あなたは許してくれますか?
あなたを好きでいることを、対等に感じてくれますか。
できたら、返事を聞かせてください。
柑橘広場で待ってる。
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目が覚めると、病院のベッドの上だった。どうやらアルコールの影響で意識を失っていたらしい。
病院内はあわただしい感じがする。きっと柑橘広場での死傷者を受け入れていて忙しいのだろう。一人むくりと起き上がる。病室には誰もいない。
私はスマートフォンを片手に、ふらりと病院内を歩いた。たわむれに画面を開いても、メールの中身は変わらない。インターネットに接続すると、相模セナは意識不明の重体だというニュースが出ていた。発信は数時間前で、続報はない。
なにが変わった?
アルコールがまだ残っているのだろうか。少しだけ歩くのに疲れた。息も切れる。
それでも利き手の親指だけは動いてくれた。メーラーを起動して書こうにも、うまい言葉が見つからない。時間だけが過ぎていき、意味のない下書きばかり上書き保存する。
今さらこんなことを言われても、困るよ。文字として形に残って、いつまでも消えないんだ。それに返事だって書かなきゃいけない。
今をときめく売れっ子作家に、どんな返事ならふさわしい?
いつになったら見つかるのか。生きてる間に見つかるのか。わからないから。
一生かかっても、あなたに伝えられる言葉は未完成なのかもしれない。
それに。私がこれはという文章を完成させたとして。読んでもらうことはできるのだろうか。書く意味はあるのだろうか。
言葉にすると、やっぱり何かがなくなってしまう。伝えきれないと思うと冗長で、削りすぎると捨てすぎたかと思う。
だけど。
もしも目が覚めたのなら、どれだけ長くても、短くても、書いたものを読
んでくれるとは思う。そしてなにがしかの感想はくれるだろう。かつての私たちがそうしたように。
タイトルだけはすぐに入れた。肝心の本文は、なにを書いていいかわからなかった。
『私の気持ちを伝えたら、あなたはそばにいてくれますか
私は生きると誓うから、あなたは書いてくれますか』
完結させてほしい。あなたからの言葉をもって。
どんな答えでもいいから。
そうしたら、きっとなにかは、終わるから。
=了=
未完の原稿 香枝ゆき @yukan-yuki
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